心透かしのジョーカー 作:馬汁
諜報活動、という程本格的な物では無いが。それに関しては、この環境はあまりにも私に有利に働きすぎている。
読心能力により一方的に情報を覗き見る事が出来て、且つ彼の透明化能力を見抜くことをも可能としている。
《監視は続行……。うーん、優等生で面倒見が良いからこそ、怪しく見えちゃうなあ》
その上、恭平の部屋は私の隣。思念が壁によって隔てられることは無く、私に伝わってしまう。
一体誰の思惑が、この部屋の配置に作用したのだろう。私は一切のリスクを冒す事なく、学院側の内情を探ることが出来る。
《悪気は無さそうに見えるけど……実は裏で、って可能性もあるし。まあ妥当か》
既に理事長との連絡は済んだのだろう。
私への対応は監視の続行、という程度なのは……脅威と見られていない。と考えて良いか。ならば警戒せず日常を送っても大丈夫そうだ。
いよいよ二学期を迎えるか、という時期。帰省の為寮を離れていた者達も戻って来て、寮も賑やかになってきた。
夕食の為、普段通りに食堂へ向かっても、その変化は明らかだ。
「おう」
「うむ。今日は和食の予定だが、お前はどうするのだ?」
「て言うと第一寮か? 良いぜ」
廊下に出て直ぐに合流する。
ここからだと人の気配が多く感じられる。雑多な思念が私の頭に舞い込んでくると同時、他者の思念が少なかった今までが楽だったのを実感する。
「お前は問題無いのだな?」
「無いって、何が?」
「課題だ。多くは無いが、先送りを続けていると足元を掬われる程度だったろう。既に済ませたのか?」
「ああ、それならもう終わってるぜ」
既に知っていた事だが、まあ話の種だ。
相手の事を知る為の会話が殆ど必要ないとは言え、雑談が出来ないほど私は不出来では無いのだ。
「しかし、第一寮かあ……」
「む、何気なしに誘ったが、もしや初めてか?」
「いや、一回行った。けどやっぱ居心地悪かったわ。やっぱ旨いは旨いんだけどな」
という様子を見るに、本当は第三寮の食事を頂きたかったのだろう。
まあ今日ばかりは付き合わせて貰おうか。
第一寮の食堂は、教職員や研究員。まあ生徒以外の人間が多い。他の食堂にその類の者が全く居ないという程ではないが、平均年齢は見るだけで明らかだ。
「やっぱ雰囲気違うよなあ。やっぱ一人じゃ行きづれえんだわ、第三寮の行きづらさとは違う類の雰囲気」
《付き添いが透だともっと楽だな。コイツも渋いからなあ》
「まあ……、そうだな」
私は渋いのか……。精神的には老いているとは自覚していたが。
「まあ、たまには油物以外を食うと良い。量こそ第三寮程では無いがな」
健康という面では確かにこれの方が分かりやすい。私も和食を食べていると落ち着くが、若い身体もあってか、第四寮のような献立を嫌う事は中々できない。
食の合間に辺りを見渡しても、健康を気にしがちな中年層が多い。私にもああいう時期があった。
「おや? 倉井君……と、キミは」
「む?」
この声は、と声の方を向く。友人と言う程の間柄ではなく、ただ一人のクラスメイト。
二条院羽月。時々寮長としての仕事を手伝う事があったが、二条院さんにも交友関係が確立され始めたのか、最近は私を頼る機会を減らしている。
「おお、二条院さんか。お前もここに通っていたのか」
「あ、ああ。偶にだが、こっちの食堂を利用している」
《なんか気まずい……のか? ……彼が相手だと、あんまり気まずくは感じないな》
「おっす。大体授業でしか会わないから、なんか久しぶりだな」
「うむ、久しぶりだな」
《どっちかと言うと花島君の方と顔を合わせるのが気まずい……》
灰に対して気負っている様子だが、当人はそんな事察せる筈もなく。
「どうせだし、一緒に食うか?」
「あー……。うむ、そうしようか」
灰の陽キャムーブは、今回ばかりはマイナス点だ。嘆きの溜息を吐く程呆れると言うこともないが。
「そうだ、この前倉井君の言っていた猫に会ったぞ」
「おお。……そういえば結構、彼の存在を伝えてから間が空いたな。もう少し早い頃に出会う物かと思っていたのだが」
「そうだな。倉井君の言う通り、人を選ばず懐いている様子だった。ただ巡りが悪かったんだろう」
《あの様子は、猫も安心して過ごせる環境だという事なんだろう。そんな環境を崩さない様にしないとな》
まあそういう物だろう。
……猫が懐くに懐けない波動を放つ彼のメインヒロインは、今頃嘆いているのだろうか。
「そういやさ、なんで寮長になったんだ?」
胃袋の負担が無い食事に心を落ち着かせている中、ぽつりと灰が口を開いた。
私も気になっていた所だ。入学一年目、それも一学期に寮長へ立候補したのは驚いた。
「特に深い理由は無い。他の皆の助けになれれば、と思ってな」
《親に憧れて……って理由を教えるには、少し恥ずかしいな……》
「ほーえ。優等生だなあ」
「いや、私が優等生だなんてまさか。一番助けになっているのは倉井君の方だろう。それと三司さんもだな」
確かに事実上の相談室を請け負っている。本来彼女がやるべきことだったのだが、成り行きだから如何しようとも出来ない。これからこの役目を捨てようとも、今までしていたという事実はそう消えないだろう。あんまりにも貢献しすぎた。
「なに譲り合ってんだよ。皆それぞれ助けになってるし、貢献してるって事で良いじゃねえか。俺なんて助けて貰ってる側だぞ」
「……そうだな。少しは誇ってもう良いだろうか」
「そうすると良い。導く者、守る者等が見返りを求めても罪は無い。それさえ求めぬのであれば、せめて誇りを抱いて貰わなければな」
「せめてもの誇り……か。なるほど、腑に落ちる言葉だ。私からも、流石だと言わせてくれ」
「ああ」
《やはりこの男は、同年代という気がしないな……。何処となく、お父様と似た雰囲気を感じる》
……やはり言動から年齢が滲み出ているのだろうか。同年代らしくやっているつもりだったのだが。
「その内先輩からの相談も受けちまうんじゃねえか?」
「……どうだろうか。相談を受ければ、応えるつもりではあるのだが」
今のところ、そういう事は無い。
年上の生徒から相談を断る理由はないが……。私の都合がつかなくなる程に人が増えれば、何時か誰かを諦めることになる。
或いは、より少ない時間で解決させられる様、努力するべきか。
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「相談と言えば……聞いたぞ。幽霊が居るんだって?」
「ああ、そういえば。……大きな噂にしてしまったか?」
「どうだろうか。多くの場所で聞くという程じゃない。ただ、噂ではそれを理由に彼女を振ったとも聞いたのだ」
「何?」
「マジ?」
それは……初耳だ。
私の能力でも知り得なかったという事は、別の寮棟を中心に噂になっているのだろうか。
「少なくとも振ったというその事実は無いが……いや、最近は付き合いが無に等しいから、そういった噂が立つのも驚く事では無いな」
「と言う事は、事実無根。という程ではなくとも、付き合いが減っている事は事実なんだな」
「確かに最近は栗原さんと居る所を見たことが無いような……」
最近は三司さんの事を気に掛けていたから、優先順位として下へ下へと押し下げられていた事は認めよう。連日遠方へ偵察に出たり、学院側との関係を確立させていたりとすれば、そうなってしまっても当然なのだが。
「問題無い、最近はタイミングが無かったのだ。今後は付き合いも戻るだろう。……ただ、人から見れば関係が解消してしまったと捉えられても仕方ないな。省みるとしよう」
「俺が様子見てやろうか?」
「遠慮しよう」
「そうかい」
《当事者の言葉程信用できないもんは無いんだよな……》
というやり取りが面白かったのか、横で二条院さんが微笑む。仲が良いのだな、とは言葉に出さずとも、そういう風に考えている事は直ぐに分かった。
「ともかく、私の確認できている範囲では良好な関係だ。安心して私に任せると良い」
「そもそも安心出来ねぇ」
ジロ、とでも擬音を付けたくなる程鋭い目線が向けられる。私の言葉が嘘であるかを見極めているつもりのようだが……。
「……まあ、倉井君が言うのであれば間違いないだろう。そういう嘘を吐く人間では無いのだろう?」
「そりゃあ……うん、確かにそうか?」
二条院さんの信頼に当てられて、私の言葉を見極めようとしていた目は伏せられた。
「幽霊に関してもそうだ。私達には分からないが、きっと君たちにとっては事実なんだろう」
「いやいやいや俺巻き込むな。関わってんのコイツだけだから」
「そうか? それは申し訳ない」
まるでバネでも仕込んでいるかの如く首を横に振る彼をニタリと笑い……。それはそれとして、この事情に踏み込まれては困ると思考する。幽霊事情は、私にとって学院側との関係を保つための鍵なのだ。
今まで冗談半分に共有していた幽霊事情だが……。ふむ。
これまで通りにするのは、いけないな。
「クク……。例え此の非日常に足指一つも踏み込み、己が身を異なる世界に投じたのであれば。御前の過去は自らも羨むばかりの物に為るだろう」
今世という非日常が、何時しか自分の人生として受け入れられて。
辛い事が思い起こされるばかりである筈だった過去は、今や良き思い出として心の片隅に残っている物だ。
私にとって、そんな意味が込められている言葉。
しかし彼らにとっては、違う意味となる。
「これらの存在を知覚出来ない者が踏み込むべきではない。もし関わればその時が最後、平穏な日々を二度と迎える事は出来ぬであろうよ」
「あー……詩と言うか、倉井節をまともに解説されたのは初めてだが。……なんで? 今までそんな空気じゃなかったぞ」
「先日、かの幽霊と対面した。突き放す様で悪いが、お前達はあれと関わらない方が良い。以前の様に、冗談半分に言いふらせられる物では無いと判明したからな」
「そ、そんな物と対面したのか……。大丈夫だったか?」
大丈夫か。という問いに、ふとこれからの未来を想像する。
何かしらの事態が発生して、学院から切り捨てられる未来。特班やそれと敵対している組織の何れかに、抹消される未来。
それが現実として迎えられるその時、この友人らは一体どう思うのだろうか。
「……問題無い。この現状でも、学院を満足に卒業出来るだろう」
それは想像したくないし、現実にしたくもない。
安心させる為に作った薄ら笑いを浮かべて、そう返した。
前に何処かで言及したかもしれませんが、倉井くんの口調は調律者をイメージしてます。
L社の一員だったり、指定司書だったりする調律者です。