心透かしのジョーカー   作:馬汁

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Ep.29 ・ 嘘を胸に、未来へ挑め。

 

「む」

 

 珍しい。

 ……と言うのが、それを目撃した感想だ。

 

 あの日協力関係を築いて、以降この日まで干渉する事がなかった一人。

 表の姿を含め関わる事は無かったが、関係を取り下げる様な動きは見られない。

 

「ふむ……何用か? 亡霊よ。校舎内で私を呼び寄せるとは」

 

 二学期が始まり数日経ったか。

 今日再び透明化した姿での顔合わせとなった。

 

「既に二学期、私も学徒の一員に過ぎぬ故、あまり多くの時間を割くことは躊躇われるが……。その様に私を招くのは初めてだな」

 

 といった都合もあり、すれ違うまでなら関与しないつもりだったのだが、今回は違った。その場で手招きしていたのだ。

 

 朝、校舎に赴くタイミング。朝礼の時刻まで余裕をもって出ている私にとっては、彼に時間を割く事に抵抗は無い。

 お互い同じく、朝礼の場に居合わせなければならないのだしな。付き合っていて遅れるという事にはなるまい。

 

 ……が、だからと言って良く分からない物に時間を割けるものではない。物事を説明するような身振り手振りを見るが、そこから伝わる物は殆ど無い。

 私が思念を読めなかったらどうするつもりだと言うのだ。

 

《立ち去る様子は……ない。良かった》

 

 ああ、待つとも。先程までのジェスチャーの一切は理解できなかったが。

 

「言わんとする事は理解し難いが、理由も無しに手招きする事もあるまい。十分までなら付き合おうか」

 

《それくらいなら大丈夫、紙を一枚渡せば良いだけだし……》

 

 ほう、紙。

 眉を上げて目線で彼に本題を促すと、その紙とやらが四つ折りの状態で落とされた。動作は殆ど無いが、私と彼の間を狙って落としたようだ。

 

「これを読めばいいのだな?」

 

「……」

 

 頷かれて、それではと折り目を広げた。

 その内容とは、三司あやせの取材予定を記した物だった。何でもない様なメモ紙に、筆跡を悟られないようにか明朝体で印字されている。

 

『9月8日 午後4時 ○○新聞 記者1名。生徒代表室』

 

「……あれと同じ新聞社か。この日の記者を見ていろ、という事だな」

 

 再び頷き認める。

 成程、彼はここで私を活用させるらしい。……あるいは、理事長の思惑だろうか。

 

 私にとってはどちらも大差無い。重要なのは信用を失わない事だ。

 

「他ならぬお前の頼みであれば、引き受ける。……要件はこれ一つで良いか?」

 

 しかし、てっきり学院へ編入される問題児への対応を任せられる事と思っていたが。……まあ暴力沙汰の可能性は少しでも小さい方が嬉しい。

 荒事に関しては、恭平の方が長けているからな。

 

 

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「時に」

 

「おん、何だよ透?」

 

「生徒代表に四六時中目を向けて、何か得られた物はあるか?」

 

「変な言い方すんな。……特になんもねえぜ。ただ……」

《また胸が大きくなってる話をする相手じゃねえしなあ。俺だけ気付いてるってのは気まずいっつーか……》

 

「ただ?」

 

「や、なんでもねーわ。やっぱ」

 

 であればそれでよい。彼女の平穏な学校生活はお前の口の堅さに掛かっているのだ。

 

「そっちこそどうなんだ。カノジョさんの事は構ってやれてるのか?」

 

「ああ、それは……」

 

 栗原さんに関してはあまり連絡を取り合っていない。海から帰ってきたあの日以降、彼女はこの付き合いに青春を見出さなくなった。

 しかし付き合いは続いている。少なくとも彼女に続ける意思はあるから、別れる理由の無い私から行動を起こすことは無い。

 

 それに、今は少し忙しい。今優先するべきは学院側との関係構築で、栗原さんの“相談”も今は先延ばしという状況だ。

 

「……関係は良好だ」

 

「なんか含みあるな。絶対何かしらあるだろ」

 

「最近は忙しくてな。いやはや」

 

《素直に言ってくれねえ奴だ……》

 

 察しの良い友だ。お陰で助かる。

 

「と言う事だ。私は明後日に予定を抱える事になった。放課後は付き合えないからそのつもりで居てくれ」

 

「用事?」

 

「野暮用と言う奴だ」

 

「そうか。まあ邪魔する理由はねえし、構わんぞ」

 

 

 

 とは言ったが、確かに栗原さんの事をほったらかしにしているのも事実。

 何か行動を起こすべきだろうか。

 

 彼女の試練を手助けするくらいはしたいが、学院との関係より優先出来る事ではない。

 とは言ってみたが、実の所一日も余裕が持てない程切羽詰まった状況でもない。一度それっぽい事をしてしまえば、傍目にはしばらく良好な風に映るだろう。

()()も鍛えなければならないしな。

 

 ……よし、思い立ったが吉日だ。連絡を取ってみよう。それから恭平……、学院から受けた仕事に対する布石を、これから打っておかなければ。

 

 

 

 昼休憩を終え、午後の授業。ちょうど目的の先生が請け負う科目だったため、その授業を終えるチャイムを待ってから彼女の元へと向かった。

 作中では三司さんに対する取材や撮影といった依頼を仲介、所謂プロヂューサーの様な事をしている者だ。この話をする相手としては丁度良いだろう。

 

 

「失礼。質問の為、暫しの時間を私に頂けないでしょうか」

 

「倉井さんですか。どうかしましたか?」

《この子程の生徒が質問を持つとは思えないけど》

 

 これからの行動に、公に出来る理由が必要だ。

 授業の合間、彼女を捕まえた私は、単刀直入且つ、答えの知った問いを掛ける。

 

「三司さんが請け負う生徒代表の任、補佐や助手が必要ではないかと考えております」

 

「補佐……、つまり副代表とか、そういったものですか?」

 

「相違ありません。先生の同行が必要な仕事が多いのは承知ですが……」

 

「ああ、いいえ。いやにタイムリーな話だったもので。実は、学院としても副代表の枠を設けるべきという話が出ていたのです」

 

 承知している。他の先生からの思念からも知る事の出来た事だ。

 恐らく、理事長辺りが手を回したのだろう。彼とは直接会っていないから、彼の思念を知る事は出来なかったが。

 

「であれば、私の言葉は余分ですか。真夏の下、頻りに外へ出向く彼女の姿が気に掛かった故の言葉です。ご容赦を」

 

「構いませんよ、貴方の事ですからね。私も倉井さんのやっている事はよく耳にします」

《教師としての立場が無いけれど……まあ、頼もしいとでも思っていれば良いかしら》

 

「そうですか。……彼らにとってのより良い人生が未然に終わってしまうのを、私は防ぎたいのです」

 

「ふむ……」

《本当に、年齢が不相応な考えをするわね》

 

 

「では、話は以上です。お呼び止めして申し訳ない」

 

「大丈夫ですよ。これから予定があるのですか?」

 

「ええ、これから軽いデートの予定です」

 

《で、デート?》

 

 隠し事でも無いだろう。あっけからんと言い放つ私に、柿本先生は惚けた顔を向けた。

 

 

 

 

 

「デートプランは前日に建てるものじゃない?」

 

「デートでもないし、ただ一緒にご飯食べるだけじゃーん」

 

 無事その日の内に夕食を誘う事に成功し、口調も切り替えた僕は栗原さんから苦情を申されていた。

 実際、前世でも今世でも交際経験は無く、能力を用いずに人の心を射止める術は得られなかった。

 

《何かしら聞かれたり、問い詰められたりするのかと思ったけど……》

 

「ん、どしたの?」

 

「いいえ、何も。……どうして誘われたのか考えてただけよ」

 

「ん、どうしてって言われても」

 

 普段の口調ばかりで過ごしていたら、今後何かあった時に人格が呑まれてしまう可能性がある。

 と言うのは後付けの理由だ。

 

「ある程度、付き合ってる体を保たないとね」

 

 口を寄せて、彼女だけに聞こえる様に言った。いたずらっぽく笑ってみたりもする。

 

「えへ」

 

「……」

《普段の顔知ってると違和感しかないわ……》

 

 まあまあ。……そうだ、思い付きだけど良い事思いついた。

 

「ねえ」

 

「何?」

 

「なんとなくの質問だから適当で良いんだけど、好きな語尾ってある?」

 

「す、好きな語尾って何よ」

《何いきなり妙な事言い出すのよ》

 

「あるいは口調と性格?」

 

「もっと分からなくなってきた……いや、そういう事かしら」

《また口調を変えるつもりなのね?》

 

 そう言う事。

 この訓練も、口調に慣れてしまえば効果が薄れる。違うのも偶には試さないと。

 

「まあ良いんじゃないの?」

 

「よしっ。じゃあどんなのが良い? おぼっちゃま風とか、お嬢様風とか」

 

「お嬢様?」

 

「ふふ、私の横に並んで話せる事を光栄に思いなさい!」

 

「なんで高飛車なのよ。鳥肌立ったわ」

 

 お、鋭い指摘だ。これは第二の灰と認めても良いかもしれないな、なんて。

 ……うむ、良い友人になるのは間違い無い。

 

「それじゃあ次は何が良い? 宇宙人?」

 

「頭痛くなるから止めなさい。もうそれは今度にしましょ」

 

「……そう? 残念」

 

 薄笑いにも捉えられるような笑みのまま、口を拭く。会話の合間にスプーンを立てていた食事は、もう既に無くなっていた。

 

 

「それじゃ、さ。次は栗原の事なんだけど」

 

「……?」

 

「──進展は如何だろうか? 私なりに背中を押したは良いものの、その先を見届ける事は出来なかったが」

 

 この問いに、答えを求める意図は無い。

 

《いきなり口調が戻ると、びっくりするわね……》

 

 バレーボールという物への嫌悪感を解消したものの、その次に行くべき段階までの道が開かれないのだ。根底にある「復讐」という種は毒を撒きつつ、しかし未だに芽を出さずに居る。

 

 必要以上の関与は彼女の未来を歪める。しかし彼女が行動を起こす気配は無い。

 

 ……それも当然、と言えばそうなのだが。

 

「貴方の言う、相談の事?」

 

「うむ」

 

「まあ、全然ね」

《私との連絡は受けてくれるけど、塞ぎ込んじゃってるから……進展と言える進展は、無いわね》

 

 塞ぎ込んでしまったという、栗原さんの“親友”。彼女を救えば、伴って栗原さんも気兼ねなく学生時代を過ごせる。

 救う、という言い回しは傲慢だと取られかねないが……、栗原さんの心情から予想できる親友の状況は、他者の行動でしか解決できないものだと思えるのだ。

 

「己が力のみで解決出来る問題か?」

 

「……」

《どうなんだろ……》

 

「蒸気を力に進もうとも、電気を回転に変換し進めようとも、止まった状態から進むには多大な労力を要する物だ。私は十分な力を与え、お前を動かした。次は進み続ける力を持て」

 

「ん、うん」

 

 最初から最後まで様子を見る気は無い。彼女が自ずと歩み始めて、私の力を必要としなくなった時に、私は離れるつもりである。

 それを確認できない今は、この関係を保つ必要があるのだが。

 

《私が、最初の一押しに……。でもそうする前に私が止まってちゃ仕方ない、か》

「そ、っか」

 

「悩めど、迷えど、歩みを止める事は決して無いように。……ご馳走様。じゃ、頑張ってね。僕はこれ以上手を出すつもりはないから。……あんまり栗原さんが情けないと、やっぱり口出しするかもだけどね」

 

「そこまで情けない人間じゃないわよ、私は」

 

「ん、ボクもそう思ってるよ。なんせ恋人だからね」

 

「ふん」

 

「へへ」

 

 動き始めが大変であるように、動いているものを止めるのも大変なのだ。

 ……これで、しばらくは放っておいても大丈夫かもしれないな。

 

 

《たまに心を透かしたような言い回しをしてくるのは……気のせい、なのかしらね》

 

 気のせいだろう。

 何度もそういった疑念を抱かせるのは、宜しくないのだが。




減速します。詳細は活動報告にて。
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