心透かしのジョーカー   作:馬汁

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Ep.3 ・ 人にとって見知らぬ未来。

 本の整理も終わっただろうか。

 一歩下がって全体を見るが、相変わらず壮観なものである。とは言えあと10冊も並べれば、どれかを本棚から下して空間を空けなければならないが。

 蓋を開けてそのままだったダンボールも、折りたたんで何処かに置いておこうか。

 

 まあ、片付けも一先ずは、という所だ。後の衣類は明日続けるとしよう。

 

 

 この世界、ルートが何方に往くか予測することは不可能だ。私の全く知らぬルートへ、つまり原作から逸脱した未来へ進む事さえあり得る。

 私が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ落ちた事に意味を見出すのであれば、如何なる未来が待ち受けようと、全ての者が幸せに物語を終えさせる為なのだろう。

 

 それまでに下準備をしておくべきだろうか。例えば、事件の真相を知る理事長に能力を明かし、協力を持ちかけるとか。

 これはあくまでも選択の内の一つだ。慎重に選ばなければならないだろう。

 

 ……あるいは、主人公側の組織に所属するのも一つか。

 

《部屋は合ってる……よな》

 

 と、未来を見つめて思案していた所に、思念が扉から漏れ聞こえてきた。その気配に気づいて間をおいて、扉からノックの音が聞こえた。

 花島さんだろう。

 

「えっと、花島だ。良いか?」

 

「今開けよう」

 

 無視する理由は無い。扉をすぐに開く。

 

「すまない、もしかして待たせているのだろうか」

 

「いんや、行くついでに呼んだだけだ。行くか?」

 

「勿論。……しかし、部屋番号は教えていただろうか?」

 

《げ、やっぱり突っ込まれた》

「そ、そうだな。手渡すときに見えちまって」

 

 ……ふむ、そういえば検査の時の自己申告も、千里眼だと言っていたか。

 

「というと、やはりアストラル能力か。常時発動する様な能力……では無さそうだな」

 

 花島の顔を見ていると、時折目元にアストラルの反応が見られることがある。しかし常時ではない様子だった。

 

「すまん、普段は発動しないんだけど、なにか気を惹くような物があると、無意識に」

 

「なるほど、勝手に発動する物か。気持ちは良く理解できる」

 

 頷く。私の場合常時発動となる。といっても視界と同じ様な物で、映っていても意識から外すことは十分可能、という性質だ。

 

「やはりその問題を解消する為に橘花学院へ赴いたのか」

 

「そうそう、まあ履歴書が豪華になるってのもあるけどな」

 

「なるほど、それも大事だ」

 

 やはりこの男は初対面でも怖気無い、むしろ進んで話をする様な性格だ。話していて気持ちが良い、とはこの事だろう。

 表裏の無い、その上フレンドリーな人は私としても好印象である。

 

 

「お、花島~」

 

「よーっす。……と、錦織さんは?」

 

「あ、こ、ここに居ます!」

 

「あ、すまん。ソファの裏で隠れてたのか」

 

《か、隠れ……背が低いだけなのに……》

 

 悪意のないすれ違いである。これに関しては見ていて落ち着かないが、これもまた交流だ。代わりに早速と食事の話題を出す。

 

「では、4人揃っているのであれば食堂に行こうか。寮毎でメニューが違うらしいが、気になっている所はあるか?」

 

「え、そうなのか?」

 

 と……そういえば、これは案内されていなかったな。

 

「ああいや、すまない。廊下の話声から漏れ聞こえたのみで、具体的にどう違うのかは分からないのだが」

 

「そうか。いや、別に大丈夫だぞ?」

 

「そう言ってくれるならば助かる。どうやらこの寮は男性に好まれる様なメニューらしいが」

 

「なんて言われても分かんないし、どうせだから最初はこっち食べようよ! 私もうお腹ぺっこぺこー」

 

 確かに、食事が如何なる物だと知らないのでは、選びようが無い。

 女性にはなかなか厳しいと、原作知識として記憶に残っているのだが……。

 

 

 

 

「これは……かなりの量だ」

 

 点呼のチェックを行った後、注文をしてみると、かなりの重量感のある食事が両手に返って来た。これで並だというのだ、驚くのも無理ない。

 

「2人は大丈夫か?」

 

「まあ何とかなるっしょ!」

《無理!》

 

「……ちょっとだけ残しちゃうかも」

 

 両者ともに素直で結構。

 その時は私も協力すればいいだろうが、しかし食べかけの物を渡すというのが気が引ける人も居る。嫌悪感を抱く可能性もある。

 

 4人が食事を受け取って適当な所に座る。様子を見ながら協力するとしよう。

 

「頂きます。……ほう」

 

 大人数が利用し、その上各人が思い思いに好みの料理を注文出来るのは、食堂にとってかなりの負担になる筈だ。

 しかしこれは、素晴らしい。恐らく作り置きで大人数に対応しているのだろうが、それでも素晴らしい食感や温もりが失われていない。

 

 アストラル技術でも活用しているのだろうか。しかし原作で登場人物が食堂の設備を利用するシーンがあったが、その様な描写は無かった。

 純粋に、この食堂の努力による成果だと思える。

 

 私は男としては大柄でもないし、大食いでも無いが、これぐらいなら完食できるだろう。油っ気があまり濃くなさそうな物を選んだのも幸いだった。

 

 

 しばらく食事をしていくが、無言で居るとやはり雑念が聞こえてくる。それは3人からだけではなく、先輩にあたる生徒達の方からもだ。

 ここまで混線している状況というのも、珍しい……という事も無い。私も満員電車は経験済みだし、そうでなくとも一クラス約35名の学生生活を送って来た。

 この状況下でも、意識を向けた相手の心を読み取る事は十分可能だ。

 

《……今から本の話をしたら、他の人が話しずらいかな》

 

「ふむ……そういえば、錦織さん」

 

「はっ、はい」

《は、話しかけられたぁ! こういうときの共通の話題が……あれ、なんだっけ?》

 

 読書と言う共通の話題があった、と丁度思考していた筈なのだが……、話しかけた途端に頭から吹き飛んだ様だ。申し訳ない事をした。

 

「……完食が難しかったら、遠慮無く言うと良い。この分であれば大丈夫そうだ」

 

「あ、ありがとございましゅ……」

《……って、会話が終わっちゃった。あ、読書》

 

 

「いやいや私もきついってー。マジ並盛どころか大盛だって」

 

「……」

 

 花島さんが沈黙する。手伝うべきか迷っている様だが。

 

「花島さんは手伝わないのか?」

 

「ん、まあ大丈夫だけどよ。男に食べかけを渡すのって気が引けないか?」

 

「私は気にしない! じゃあご飯半分おねがーい」

 

「ちょ、ちょ。零れるって」

 

 俗にいう陽キャとはこの事か。しかし陽キャ同士の交流は良い。見ていて気分が穏やかになる。潤滑油を差した絡繰りの様に滑らかに進んで、妙な引っかかりも無い。

 

 食事を口に含んでいる最中だ。ここで笑みを浮かべては米粒を零してしまうだろうか。しかし、微笑ましい様子でどうしても頬が緩んでしまう。

 

 

 このまま見ていては我慢できないかもしれないな、と代わりに錦織さんの方を見る。

 食事があまり進んでいない。もう満腹だ、という声が表情からも心からも聞こえてくる。

 

「そちらも、何か分けておきたい物はあるか?」

 

「あ、それじゃあ、これを……」

 

 ……初対面の4人だが、花島さんと大久保さんの二人が良い潤滑油となってくれそうだ。私が口を挟まなくても良いのは都合が良い。このまま朗らかな雰囲気を作って貰おう。

 

 

 

 

「ご馳走様」

 

「どうも」

 

 食事を終え、食器類を返却する。女性2人が同じ様に返却したところで、それを見ていた食堂の職員から微かな動揺の思念が聞こえた。主に小柄な錦織さんに対する驚きだ。

 残すだろう、と分かっているのなら分量を考慮してくれないだろうか。

 

「そういや皆どっから来たの? 東京?」

《同じ東京出身とか居ないかなー》

 

「私は名古屋からだ」

 

「オレは千葉」

 

「東京から……」

 

「おお、東京! 私とおんなじじゃん!」

 

 感激した大久保さんが、錦織さんの手を握って目を輝かせる。

 

「はえ、そ、そうですね。手、手ぇ……!」

 

 ……あの様子だが、本気で嫌がっている様には見えない。そっとしておこう。

 

 

「しかし倉井が名古屋出身か。意外だな」

 

「済まないが、訛りは無い。期待には答えられないだろう」

 

「いや期待していた訳じゃないけど……まあ、やけに落ち着いた口調だしな。つか、落ち着いてるというより、武士?」

 

 武士みたいな口調と指摘するのは、二条院さんと出会ったときまでに取っておいて欲しいのだが。

 

 因みに、この口調は意識して作っている。二条院さんの様に時代劇から影響された、という事は一切無い。

 こういう厳格な雰囲気を纏っていると、周囲の人も影響されて誠実な対応を心掛けるようになるのだ。最も、その効果も人の性質によって差があるのだが……。

 

 それよりも理由として大きいのが、素の口調が存在しないというのもある。

 他人の心が読めてしまう影響か、一人称や口調が安定しないのだ。だからこうして、自分の口調を作っている。

 

「幼い頃に両親から影響されて、この口調だ」

 

 と、そんな理由など明かせるはずも無く。基本的にはこういう風に説明している。

 

「武士一族?」

 

「残念ながら違う」

 

《一体どんな親なんだろう……》

 

 因みに私の両親は存在するが、基本的に疎遠である。幼い頃にアストラル能力が露見し、捨てられるとまでは行かなかったものの、別居させられている。ある程度の仕送りはある。

 反アストラル派という訳でも無く、純粋に読心能力に忌避感があるのだ。致し方ない。

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