心透かしのジョーカー   作:馬汁

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Ep.4 ・ 運命と呼ばれた、形無き道しるべ。

 入学式当日。

 

 120人前後の新高校生が、この学院にやってくる。

 この場に集う人々の全員は、その目をある1人に向けていた。

 

「この3年間で私達は様々な事を知り、未来の為、社会の為の知恵を身に付けます。その中で先輩方や、先生方に迷惑をかける事も────」

 

 彼女の名前は、三司あやせ。今、生徒代表としての挨拶を、壇上の上に立ち淡々と述べている。

 多くの場合新入生はお互いを知らないだろうが、彼女だけは例外であった。最近この鷲逗市で起きた事故の現場、当時居合わせた彼女が、そのアストラル能力によって人々を助け出したのだと云う。

 

 その結果、死傷者はゼロ。彼女の努力はニュースでも、ネット上の記事でも取り上げられている。この鷲逗市に住んでいた住民ならば多くの人が知っているだろうし、市外でも名前を聞く機会は十分あった。

 

「────皆さま、これからの3年間、どうかよろしくお願いします」

 

 緊張交じりの、やや硬い声色。作中の彼女を知る私からすれば、見慣れない様子だった。しかし納得いかないと言う物ではない。作中は猫を被る事が多い彼女だが、いくら何でも一朝一夕で身に付く物ではない。

 原作主人公をして見事だと舌を巻く程には、表と裏の顔を使い分けていたが……。

 

 場を包む拍手の音に交えて、私の手からも賞賛を送る。

 

 それを受けてお辞儀をする三司さん。壇上から降りるが、その顔はやはり硬い。

 

《生徒代表、いや、アストラル使いの代表として、気を引き締めないと。お姉ちゃんの為に……》

 

 どうやら、それは緊張によるものだけでは無い様だ。

 意思で固められた決意が、この大人数の雑念を貫く様であった。

 

 

 ・

 ・

 ・

 

 

 入学初日、クラス全体の自己紹介がまず行われる。教材の支給は後になるとの事。

 私と既に知り合っている大久保さんの番は既に過ぎて、私の番が回る。

 

「私は倉井透。趣味は読書、古い小説から漫画まで、広く浅く読んでいる。宜しくお願い致します」

 

 反応は、並みと言った所か。落ち着いた性格というのが伝わったのが分かる。

 約一人の反応が気になるところだが……特にない。

 

 

周防 恭平(すおう きょうへい)です。好きな事は食べる事! どうかよろしくっ」

 

 可愛い。これが親友ポジだというのだから驚きだ。

 周防恭平、彼も裏の事情を抱える者の一人だが、その出番は少ない。基本的に潜伏している立場だから。

 

 

「私は二条院 羽月(にじょういん はづき)だ。特にこれと言った趣味は無いが、身体を動かすのは好きだ。宜しく頼む」

 

 やはり、口調が似ているかもしれない。今更変えてしまうのも違うが。彼女も気にしていない様なのだし。

 二条院さんは特にこれと言った秘密は抱えていない。強いて言えば時代劇趣味と、原作主人公との過去だろうか。

 

 

「私は三司(みつかさ) あやせと申します。特に趣味はありませんが……そうですね、皆さんとお話しできればと思います。宜しくお願い致します」

 

 猫被り、胸被り。いや、今はまだ盛られて居ないのだったか。……が、月日を重ねるごとに厚くなっていくだろう。

 よく見ると、ふとした瞬間に笑顔が僅かに途切れるのが分かる。注意しなければ分からない程度の物だが。

 

 

 原作に関わる主要な人物はこれぐらいか。名前だけ出る様な人物も居るが、今は関係ない。

 

 それにしても、登場人物達と一緒のクラスになれたのは幸運だ。これで別のクラスだったら、きっと煩わしい思いをしていた。

 

「それでは、この学院で使う事になる教材を配布します」

 

 しかしその分気を張らないとならない。この世界の物語が後1年半で始まり、私はその舞台にこの身1つ投じている。下手な干渉をすれば、図らず物語が変化してしまう。

 自分の手で変化を与えるならばともかく、そうでない場合、原作の知識が通用しなくなる可能性が高い。

 

 心躍る気持ちではある。だからこそ気を引き締めなければ……。

 

 

 

 

 どうやら、学生会長という肩書きは入学初日から与えられているらしい。

 AIMSへの登録、学生生活や授業に関わる話を先生から受け、放課後を迎えると三司さんはすぐに教室を離れた。

 

「ごめんなさい、私はこれから用事があるので……」

《初日から取材……緊張するけど、今までも何度かあったし……よし》

 

 容姿もある、事件で人々の命を救った、という話題もある。1日にして男女問わずの人気を得た彼女だが、クラスメイト達の好奇の目線から逃れる様に行ってしまった。

 

 クラスメイト達は残念そうにしているが……。

 

「うぅぅぅ、お腹すいた~!」

 

 一部の人は、三司さんへの興味よりも別の事が勝っている様だ。

 その中で一際目立つのは、周防さんの悲痛な叫びだ。

 

「しにそう……」

 

 今にも飢え死にしそうな調子で言っている。彼は懐に非常食でも備えた方が良いのではなかろうか。

 

 

「よう倉井。今日は外出するのか?」

 

「外出か? ……うむ、確かにコンビニの場所なども知っておきたいな。他の2人は?」

 

「ん、大久保さんなら何時の間にか女友達作って仲良くやってるぜ」

《流石ギャルって所だな》

 

「流石だな。となると錦織さんの方が気掛かりだが……」

 

「お前もそう思うか? オレも気になったんだが、放課後になった途端教室から離れて行ったんだよな」

 

 そうだったのか。三司さんや周防さんの事ばかり見ていて、全く気付かなかった。

 

「ま、行こうぜ。あ、その前に寮に寄って手続きしないとな」

《面倒だけどな》

 

「うむ」

 

 やはり錦織さんの事が気に掛かる……が、まああまり心配する事では無い。

 

 もし迷子にでもなっていたら……あの性格だからな。

 いや、ここは学校だ。通りがかった先生が声を掛けてくれるだろう。

 

《……やっぱり気になってるみたいだな》

 

 ……察された様だ。

 花島の観察力について知れた所で、私は息を吐く。

 

「花島さんが気さくな性格で助かった。私は話が苦手では無いが、この通り固い印象を持たれがちでな」

 

「あー……武士だもんな」

 

「うむ」

 

「マジでどんな人生送ったらその口調になるんだ?」

 

「もう言ったはずだ。それに、口調なら二条院さんも当てはまるだろう」

 

「確かに……鷲逗市って、実は武士の文化が色濃く残ってたりするのか?」

 

 私は市外の人間なのだが。

 

 

 

 

 コンビニから持ち帰ったレジ袋を無造作に置いて、ベッドに腰かける。

 

 買ってきたものは、カップラーメンやお菓子、芳香剤の類だ。

 放課後すぐに外出、コンビニもそう遠くなかったのもあって、夕食の時刻には余裕がある。

 

「ふむ……」

 

 昨日の片づけの続きでもしておこう。

 

 

 ……片付けという単純な作業をするとき、無心で片づける者と、何か別の事を考える者とで分類される。

 私の場合、後者に当てはまる。のだが、今はそれとは関係なく考え事が紛れ込んでしまう。

 

 そう、考え事をするのではなく、紛れ込んでくるのだ。外部から。

 

 この寮生活の2日目になって気付いたのだが、隣の部屋の住民から、思念が聞こえてきてしまう様だ。

 昨日まで気づかなかったのは、殆どの新1年が、入学式当日に寮へ訪れて来たからだろう。

 

《夕ご飯、お夕ご飯までの時間が~。待ちきれないよ~!》

 

 驚くべきことに、隣の部屋に住むことになったのは周防恭平だった。

 偶然としては、やや出来すぎている気がする。原作主人公の2つ隣、という事にもなる。

 

 いや、それは良いのだ。今は気にする事では無い。

 それよりも……。

 

《あと30分、あと30分待てばご飯が……! うううう、こんな事になるならコンビニ弁当一個じゃなくて三個買えばよかったー!》

 

 騒がしい。

 寮生活での騒音被害は、原作知識で防音対策が取られていると聞いていたから、一切心配していなかったのだが。

 

「むう」

 

 こういった方面での被害は、想定していなかった。

 苦情を寄こす訳には行かない。実際に音などは聞こえていないし、心の声が煩いだなんて言えば、能力が暴かれてしまう。

 

《ごーはーんー!》

 

 ……しかし苦情以前に、なんだか不憫だ。

 

 

 はあ、仕方がない。

 

 放っておくのは忍びない。廊下に出て、隣の部屋の扉にノックを3度。部屋の中からの返事を待つ。

 

「はーい、どうぞー……」

 

 声からも気力が全く見られない。瀕死と言っても良い。ゲームであれば、普通の回復薬では復帰できないレベルにまで至っている。

 

「失礼する。隣に住んでいる倉井透だ」

 

「あぁ、うん。ぼくは周防恭平でふべっ」

 

「……」

 

「……」

 

 し、死んでいる……。

 い、いや死んでは居ないだろう。思念が全く聞こえてこないだけだ。

 ただ、うつ伏せでしかも顔面をベッドの中に埋めて、もしや意識を失っているのではないだろうか、と思えるような容態だ。

 

 ……意識はある、筈だ。

 

「挨拶に来たのだが。その序で用事が……非常に申し訳ないのだがな」

 

「うん」

《ごはん……》

 

 良かった、まだご存命だ。

 

「ケトルか何か、湯を沸かせる物は無いか? 夕食までにカップラーメンで間食でも、と思ったのだが」

 

「間食っ?!」

《カップラーメン?!》

 

「……ああ。寮へ越す際にケトルを用意するのを失念してしまってな。こちらに用意があれば、貸して欲しい」

 

「ぼくからもお願いっ。いえお願いします。僕に恵みを、お恵みを~!」

 

 返事を頂いていないのだが……それを忘れてまで食いついてくるとは、むしろ恐ろしさすら感じる。

 これが周防さんか。食の化け物、いや食の化身と言うべきか。食への執念が尋常では無いのを実感する。

 

「あ、ああ」

 

「カップ麺を分けてくださいませんかっ?!」

 

「構わない」

 

「ありがとうございますッ!」

 

「で、では取ってこよう」

 

「お湯を沸かしておきます!」

 

 2つ返事で頷いてから自室に戻る。予想通り、自然な流れでカップラーメンをおすそ分けすることに成功した。代わりに彼の鬼気迫る程のオーラを浴びることになったが。

 ……手持ちは3つあるが、彼としては全く足りないかもしれない。後の30分を持たせるには十分だろうか。

 彼はとても大食いだ。一食で平均成人男性の一日分の皿を平気で平らげる。しかも、分量がとても多いこの寮の食堂で、大盛を頼んでしまう。勿論、数刻後には米粒一つ残らない。

 

 それを考えると……足りるのか不安だ。

 そんななけなしのカップラーメンを3つ、全てを抱えて、再び周防さんの部屋へ。

 

「お待ちしておりました!」

 

「……どれが良いのだ?」

 

「全部!」

 

「え」

 

「全部!!」

 

「……」

 

 そんな風に言われると、思わずそのまま渡したくなる。……同情と言うより、恐怖で。

 

「あ、ああ。構わぬ」

 

 差し出す様に手を伸ばすと、半ば奪われるように周防さんの手へ。

 私が食べる分は、という言葉は微塵も浮かんでこなかった。

 

 それから緊張感漂う時間が経ち、ピピ、とお湯が沸いたのを知らせる電子音が聞こえる。それを合図に、周防さんが目にも止まらぬ速さで電子ケトルに飛びつく。

 そして中身のお湯を一切零さず、尚且つ今まで見た事の無いような素早さで、大胆にお湯が注がれる。

 3つのカップラーメンがお湯で満たされるのに、2秒もかからなかった。

 

 注ぎ終えると同時、ガタと音がする。ケトルを元に戻す動作を瞳が捉える前に、置く音が先に聞こえて来た。

 

 周防恭平、想定以上の恐ろしい身体能力だ……。

 

 

 そして……。

 

「3分っ」

 

「……3分だな」

 

 待つ。

 お湯を注いだら、待つ。カップラーメンの基本だ。

 

 基本、なのだが……。

 

「……」

 

 今にも食らい付きそうだ。

 涎を隠しもせず、むしろ牙を見せる様に唸る獣の様だ。

 

「すぅー……」

 

「……」

 

「……」

 

「2分」

 

 私は、この獣と同じ部屋で後2分待たなければ行けないのだろうか。

 いや獣と言うのは失礼なのだが、思わずそう形容してしまう事は許して欲しい。

 

 

「グウウウ……」

 

「……」

 

 

 ……うん、無理だ。恐ろしくて仕方ない。帰ろう。

 

 

「で、では。私はここでお暇させて頂く」

 

「うん」

 

「……私は320号室だ。何か私に用事があれば、遠慮せず来て構わない。では」

 

「うん」

 

 ……。

 

 三大欲求と言うのは、恐ろしいものだな……。




 本格的に原作キャラと接触します。解釈違い等が読者と私の間で生まれる可能性はありますが……二次創作と言う世界の常、だと思って暖かな目で見て頂けると。
 勿論指摘等は歓迎いたします。
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