心透かしのジョーカー 作:馬汁
「ゴメンナサイ!」
「構わぬ。情に流されたとはいえ、あの場で決断したのは私だ」
「でも僕……ああいや、それよりもありがとう、って言った方が良いかな」
「うむ」
彼の判断力を戻って来たのが分かって、数分した頃か。恐らく3つのカップラーメンを完食したというタイミングで、私の部屋に来て謝罪の言葉を返してきた。
《入学早々恥ずかしい事しちゃったな……》
「えっと……」
「昼は食べていなかったのか?」
入学式は午前から。昼食を挟んでクラスメイトの自己紹介やら教材の配布やらが行われたが、時間が無いという事は無かった筈だ。
よもや緊張で食が進まなかった訳では無いだろう。
「ううん、お腹一杯食べたんだけどね」
「そうか、余程燃費が悪いんだろう」
「ええ、そうかな。育ち盛りならこんなもんだと思うけど……」
あの分の栄養が成長に活かされるのであれば、一か月後には180越えの体との逞しい筋肉で固い骨を包んでいるであろう。
彼の家庭のエンゲル係数は、どの家庭よりも群を抜いていたに違いない。
「まあ、良いだろう。それと周防さんが良ければ、夕食を共にしていいだろうか。恐らく他にもう一人来るかもしれないが」
「うん、勿論! 誰と一緒なの?」
「花島さんだ。互いに市外から来たという事で、交流させて頂いている」
「そっか、遠い人は前泊させてくれるもんね」
「ああ。それでは彼に連絡する」
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「よう倉井。そっちは確か、周防……さん? だったな」
《おお、かわ……可愛い? あれ、どっちだこの人》
「うんっ。僕の事は呼び捨てで良いよ」
「お、おう……おい、倉井」
「考えている事は良く分かるが、男だ」
誰もが同じことを考えるだろう。読心能力が無くとも分かる。原作主人公だってそうだったのだから。
「なーに言ってるの? どっからどう見ても男でしょ!」
《また勘違いされてるし!》
「いや悪い」
「もう……失礼しちゃうよっ」
頂きました! 生の“失礼しちゃうよっ”!
もう、これを聞いただけでこの学院に入った甲斐があったと言う物だ。
「お、おう……」
《倉井の奴、飯の一つも食ってないのに満足した顔してやがる……》
……自分の心を隠す練習もした方が良いだろうか。
「とにかく食事に行こう」
「うん! 透のご飯、僕が貰っちゃったし、早く行こうよ」
《半端に食べちゃったから、妙にお腹空いてきたし!》
「貰った?」
「えへへ。間食のカップラーメンを貰ったんだ。本当は分けてくれるつもりだったんだけど、無理を言って全部頂いちゃって」
《えへへって可愛いかよ。え、男?》
「そ、そうか」
気持ちは良く分かる。可愛いだろう。
《しかも倉井も神妙に頷くし……。えっと、ツッコミ待ち? 俺ツッコミしないと行けないのか?》
「……さて、今日もここの食堂で良いか?」
「お、おー……まいいか。良いぜ。てかこっちが良い。昼に別の所行ってみたんだが、何でか女子ばかりの所で居心地悪かったんだよな」
「うん? ああ、そういえば寮棟毎にメニューが違うんだっけ?」
《そういえばそんなこと聞いたような……聞いてないような?》
「ここのは男子に好まれるメニューだ。量が欲しいなら間違いなくお薦めだ」
そう言ってみれば、やはり周防さんの目が輝いた。分かりやすい上に可愛い。これで男なのだから驚きだ。
「ふっ。楽しみにすると良い」
「なんでお前が誇らしげなんだよ」
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「……」
《え……何あれ、えー……?》
「いただきまーす!」
「いただきます。……どうした、食わないのか?」
「お、おう。食うぜ、勿論。……なあ、倉井」
考えている事は分かる。事前に知っていなければ驚くだろう。
しかし目の前の光景は幻ではなく、現実そのものである。
「うむ、ここまで肉や揚げ物が並ぶと、栄養面に気がかかるな」
「そう? でも寮の食事だし、大丈夫じゃないかな。それに男の子なんだから、お肉が多いくらいが丁度良いって」
《いやツッコむ所はそこじゃねぇだろ!》
「ま、まあ付け合わせのサラダもあるしな……」
ソースの絡んだコロッケ、トンカツエビフライ、から揚げ。それぞれがそれぞれの定食──それも特盛だ──だから、野菜も各皿にどっしりと乗せられている。が、流石にみそ汁や白米は三皿とは行かない。一皿にまとめて、そこに三つ分の量が盛られている。
「あ、そうだ。透にこれあげるよ。カップラーメン全部貰っちゃったお礼」
《貸しがあると、なんだか気が引けちゃうからね。今の内に》
「既に代金は頂いた筈だが」
「良いって良いって! ほらっ」
「……そうだな、有難く頂こう」
二本あるエビフライの内一本を分けてもらった。しっかりタルタルソースが絡んでいる。旨そうだ。
それにしても、彼が美味しそうに食べる三つの特盛定食は、都心のランドマークを想起させる程に目立つ。この食堂に入り混じる雑念からも、彼へ向けられる多人数の興味が感じられる。
「あ、そうだ。灰もどう?」
《お、おお。下の名前で呼ばれた》
「い、いや……。俺は遠慮する。並盛りだけど、同じメニューだしな」
「そう?」
「おう。……あー、俺も恭平って呼んだ方が良いか?」
「うん、良いよ!」
笑顔が眩しい。山のように大きく盛られた料理から、影が伸びていると錯覚する程だ。
《……って、そうすると倉井の事も透って呼ばないと行けないな》
「じゃあ倉井も、透だな」
「ああ、構わぬ。私からも、灰、恭平と呼ぶ事になるな」
流石、原作における友人キャラだ。気を許した相手への距離の詰め方が身軽だ。
今仲良くなって、原作主人公への影響があるだろうが、気にしていない。周防さん……いや、恭平の都合で、どちらにせよ接触する事になる。
「早々に友人と呼ぶべき者を得られて、喜ばしい限りだ」
「うんうん」
「まあ……そうだな」
《なんかツッコみ役に回ってる気がして、腑に落ちないんだが……。まあ、面白いから良いか》
……親しき中にも礼儀ありと言うが、この関係ならばさほど気にする必要は無さそうだ。
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「ふー、生き返ったー。美味しかった」
一階ロビーには、交流する生徒達がそれなりに居る。ドリンクを提供する自販機もここにあり、人がそれなりに集まる。
食事を終えた私達もそんな中の一組。例に違わず同じように過ごすのだが……。
《……と、友達が増えてる。しかも可愛い子が》
差す視線が、私の意識を逸らさせる。
能力の性質という程の物では無いが、自分の名を呼ばれると反射的に意識が向くのと同じように、私へ向けられた思念というのは聞こえ易い。
灰や恭平との会話から意識が逸れるのも、当然の事だった。
《うう……新刊の話が出来ると思ったのに》
「……ふむ」
「おーい、どうしたんだ?」
向けられた思念の主は、錦織さんであった。
初対面より興味を向けられていたのだが、彼女の気性が控えめと言うのもあり、中々切っ掛けが生まれなかった。
「……うーむ」
「悩み事?」
……どうしたものか。無視するつもりは無いが、どう対応するべきか決めかねている。
どうにか上手い事出来るだろうか。
「……いや何、忘れていたことを今思い出してな。気になっていた漫画雑誌の新刊が今日だったのだ」
《漫画雑誌! 今日って事は、同じの!》
別に当日で購入するつもりでは無かったが、折を見て読んでみるつもりだった。いい機会だろう。
「そういえば、漫画読んでるんだっけ?」
「うむ。ジャンルや分野を問わず読んでいる。技術書や啓発本の類は例外だがな。しかし参った、この後は新刊でも読んで過ごそうと思っていたのだが」
ちら。
《はっ。……ってなんで隠れたのウチ?! ちゃ、チャンスなのに!》
……釣れないか。
「うーん、僕は力になれそうに無いかな。もう外出は出来ないし」
「読書なら、錦織さん……って思ったけど、漫画か。錦織さんって漫画読んでるのか?」
ほう、それは良い合いの手だ。見事である、灰。
「存じないが、読まないと決めつける事も無いだろう。錦織さんに尋ねてみよう」
「それが良いね。……あ、でも女子のフロアに上がるのって、なんか気まずいかも」
「その通りだ」
重ねて素晴らしい合いの手だ、恭平! 予期していなかった話の流れだが、最高の仕上げが出来そうだ。
「では、まずはロビーで探してみよう。いるかも知れない。2人は?」
《……って事は、話しかけるチャンス!》
「そういう事ならオレはそろそろ戻るわ。漫画はあんま読まねーし」
「うーん、僕も戻ろっかな。まだ荷解きが終わってないんだ」
《僕が居ても蚊帳の外だし》
さて。この状態ならば、こちらから話しかけても大丈夫だろう。
「……」
「……」
《め、目が合った! ……よし!》
「く、倉井さん!」
「おお、錦織さん。丁度良かった、少しお時間を頂けないだろうか」
「は、はい!」
輝いた目が向けられる。よほど漫画の話がしたかったと見える。
「大した用事ではない。錦織さんは読書をすると聞いていたが、漫画雑誌は購読しているだろうか」
「はい! してますっ! ジャ〇プとか月刊少年とか! 倉井さんは興味ないかもですが少女漫画誌も読みますよ! あとウェブ小説発の漫画なんかも単行本を欠かさず持ってるんですよ!」
うむ、共通の趣味で盛り上がれるのは良い事だ。薄々感づいてはいたが、趣味が読書と言うよりかは、漫画が趣味なのだろう。
「それは丁度よかった。それでは……ふむ」
ジャンプの新刊を借りたいと言おうとした所で、口を閉ざす。いくら何でも、貸して欲しい等とは言えない。発刊当日に購入するからには、当然その日に読みたいと思っている筈である。
一緒に読む、というのも論外だ。よもや異性に対して提案できる筈もあるまい。肩を並べて一冊の本を読むという行為が禁忌とさえ思える。良くて無言の失望、最悪の場合社会的地位の喪失である。
「えーっと……」
《あ、あれ? 新刊が借りたいんだった……んだよね?》
悩んで無言のまま考え込むと、それに疑問を抱いた錦織さんの思念が飛んでくる。
「……すまない。新刊を見せて欲しいと思ったのだが、発刊当日に頼むべき事では無いな」
「え、そ、そうですか?」
《何で? そんなの良いのに。そうだ、一緒に読めば──》
「そうだな。良ければ、其方でお薦め出来るような作品は無いだろうか」
間一髪。錦織さんが妙な考えを浮かべる前に、私の言葉で思考を中断させる。相手が良くても、世間体と言う物が厄介なのだ。
「あ、そうですね! 有名どころを既に網羅してるんでしたら、これはどうでしょうか? 並行世界の同一人物が出会って、双子として生きる、恋愛日常系なんですけど……」
あらすじに聞き覚えは無い。私の知らない作品だろう。
「興味深い。電子書籍で見られるだろうか」
「見れますよ! と言うより、書籍で貸してあげられますけど、そちらでも良いですか?」
「書籍か。是非借りたいが、最初の2巻を一度に借りてしまっても?」
「大丈夫です! むしろ全巻一気読み歓迎ですっ」
それは流石に私が無理だ。
うむ、一種の興奮状態に陥っているのだろうか。今の錦織さんからは殆ど雑念が聞こえてこない。本心がそのまま口から吐き出されているせいか。
「それでは3巻ほど借りよう。そうだ、こちらからも何か本を貸しても良いが、興味はあるだろうか」
「あ、つまり交換ですね! えっと、それじゃあ……」
……上手くコミュニケーションが取れている様だ。余程相手の気が触れていない限りは、能力で心の内を覗きながら話せば問題は起きない。
お互い持っている漫画書籍を明かし合い、重複している物があると分かれば脱線し、その作品についての話題で花を咲かせる。
越したばかりで落ち着かない筈だが、これで緊張は抜けただろう。今までに見られなかった晴れやかな顔を見て、確信する。
「それでは、これでお暇しよう。随分と話し込んでしまったが、楽しかった」
「あ、はい! こちらこそ、趣味のお話ができて嬉しかったです」
「うむ。それでは翌日の朝に本を交換しよう。また会えるのを楽しみにしている」
懸念すべきは、広く交流をするあまり、私の手が回らない程に交友関係が肥大化する事だろうか。
まあ、15年間は共にしてきた能力だ。今更失態を引き起こす事は無い。
部屋に戻る錦織さんを見送って、私は自販機から購入した飲み物で喉を潤した。
話しすぎると喉が渇く、当然の事であった。
描写の一環とはいえ、我ながら恥ずかしい事をしてしまった。
宣伝というわけじゃないです。読者層が異なるというのは分かりきっている故。