心透かしのジョーカー 作:馬汁
それは、ある日の昼休みの事です。
普段通りに第三寮で食事を取った私は、週末の食事に思いを馳せつつ学院の敷地を歩いている所でした。
「……」
そこで私が目にしたのは、実体のない黄緑色の何か。普通なら、誰かのアストラルがこの眼に映されたのだろうと納得する所だったのですが……。
「ふむ」
不可解な事に、それは混ざり切っていない絵具の様に、何か別の色で入り混じっていました。
正体がつかみきれない姿に、「不思議だなあ」「怖いなあ」と思いつつ、私は観察を続けていました。
良く見ると、それは人の形を取っていました。地面に両の足を着け、何かを追う様に歩いている様子です。
全身にアストラルを纏うような能力であれば、色以外に不思議な事は無かったのですが、生憎とそれに人の形が在っても、人の姿はありません。
実体無き人型が、アストラルを纏っている。それが意味するところは……。
《……見られて、いる?》
「……」
《倉井透……あ、やべ。アストラルが視えるんだった。早く離れないと……っ!》
「……ふむ」
恐らく、幽霊だったのでしょう。
・
・
・
「と言う事なのだが……。2人はそういった類の存在を、或いは怪談を見聞きしていないだろうか?」
「逆に聞くけどさ、入学したての一般生徒に聞き覚えがあると思うか?」
「僕も聞いた事も見たこともないなあ」
《ええっとー……》
2人は聞き覚えが無い、という振る舞いをする。当然の事だろう。
大仰な仕草で、私は頷いた。
「それも仕方ないか。興味があるという訳では無いが……建てられて間もないこの学院に何かが
《お化け……って思われてる? 僕》
私は、あのアストラルの人型の正体を知っている。原作では特定のシーンでしか明かされないが、私の記憶には確りと残っている。
この学院には、正体を隠して学生生活を送る者が何人かいる。その一人が彼、周防恭平なのだ。
彼は学院の監視役。生徒という立場から、問題のある、或いは予想される転入生を監視するという役目を担っている。彼が透明化と言うアストラル能力を保持しているのを隠しているのも、その一環だろう。
他にも役目、仕事はあるだろうが、原作ではそのように行動していた。
勿論、問題が無ければ普通の善き友人として振る舞う様だ。
今回はその仕事を目撃してしまった訳であるのだが。
「なあ、この前言ってた“この世に属さぬ存在をうんたらかんたら”って……」
「うむ、目撃したのはこれが最初ではない」
半分嘘であるのだが。
あの様な存在を目撃したのは初めてじゃないが、その正体は勿論幽霊などでは無く、他の透明化能力者だ。
「……え、アレ嘘じゃなかったのか?」
《って事は、マジでお化けがこの学院にいんの?》
「調子に乗って紛らわしい言い方をしたが、あの言葉に偽りは無い。幽霊と呼ばれるべき存在を目にしたのは初めてではないぞ」
「マジかよ……」
嘘である。
《うっげ、なんか怖くなってきたぞ……》
「ゆ、幽霊……」
《そっか、幽霊……正体がバレてなければ良かった……のかな? うーん……》
わざわざ2人にこの件を話したのも、私が警戒されない様にと思っての事だ。
私が目撃した存在に対してノータッチで居るのも怪しまれるから、こうして私が
周防も安心して任務に当たれるだろう。私の視界は避けるようになるだろうが。
「その幽霊が何かしてきたりしない、よな?」
「今の所、現実に影響を及ぼした場面に遭遇した事は無い。干渉を試みる様に蠢く様子は、見るに堪えないがな。実体無き幼い姿が妙齢の男女を追い、付き纏うその様子は……、控え目に言って、この社会の闇を感じさせた」
「色んな意味で怖ええよ」
《なにやったんだよその男女……》
これは最後に付け加えた所感を除き、実話である。
思念を覗き見た所、お留守番で退屈していた子供が両親を追いかけていただけだった。一方の両親は子供の誕生日プレゼントの為の買い物で、そこに何も闇は無かった。優しい世界、と言う事だ。
《お、お化け?》
と、ここの2人以外の思念が紛れ込んできた。
何者かと思えば、どうやら三司あやせさんが今の話を聞いていたらしい。
「……他に見た幽霊と思しき姿と言えば、女性を追い続ける霊だろうか。率直に言って嫌悪感を感じたから詳細を省く」
これは割と最近の話だが、その正体はさっきの幼い姿が成長した姿である。思春期なのだろう、とだけ言っておく。
《う、そんなお化けが……》
「この学院に現れた亡霊は、何が目的だったのだろうな」
《え、い、居るの?! あ、いや、冗談よね。だってそんなの一度も聞いた事ないし……》
「ま、まあ何かしてる訳じゃなかったんでしょ? そういうお化けも居るんじゃないかな」
《あんまり詮索されると困るんだけど……》
《うんうん、お化けだからって変な事するお化けだけじゃないものね! うん!》
……原作の登場人物2人でコントしないで頂けるだろうか。面白い。
「まあ、目に入ってしまう物は気になるがな。実害が無くとも気になるのが、人間の性だ」
「だけどよ……はあ、季節外れの怪談話だな」
「怪談と言うには現実味があるが」
「うっせ。現実味がありすぎるんだよお前の場合。全く……」
《下手したら夜寝れないかもしれないし……。寝不足になったらお前の所為だぞ》
「……確かに季節外れだねー」
《とにかく、今後は気を付けないと……》
《……嘘、なんだよね? なんか不安なんだけど……うあああ! もう! 取材とか幽霊とか胸・タイラーとか、どうして私の学校生活はどうしてこうも大変なのよ!》
……なんだか申し訳なくなってきた。
・
・
・
その放課後。気になったことがあって、インターネットのSNSを漂ってみたのだが。
三司あやせ平野、
三司あやせさんのメディア露出は入学以前からあったが……まさかこの時期にこんなあだ名が生まれるとは。
「何か労わってやりたいが……」
彼女の好感度を稼ぐのは、原作主人公の仕事である。それを奪ってはならない立場であるから、なにも出来ない。もどかしい所ではあるが。
「……様子見か」
……様子見と言えば、だが。
「ふむ」
《……特に異常はなし》
私の視界の外で、覚えのある姿が密かに動いていた。
なるほど、今度は私が様子見、もとい監視対象になったらしい。まあ、私が透明化を看破できると知られたのならば、なにもおかしくはない。
なにもおかしくないが、こんな風に追われてみると、なんというか、やりづらい。
《うー、透明化を見破られるとか、なんてやりづらいんだ!》
見え見えの尾行を敢えて無視しなければならない私の身にもなってほしい。
仕方ないと言えば、仕方ないのであるが……。また演技する必要がありそうだ。
「……ふむ、遂に私も憑かれたか」
《ぎくっ。い、いや、幽霊だと思われてるなら好都合。正体はバレないし、全部幽霊の所為だし。うん。……でも、実は気が付いていて伏せている、という可能性がある》
やはり警戒心は抱かれているか。まあ、十分警戒させておこう。
警戒しきった後に、安心と言う物が得られるのだ。
猫だって、初対面の相手は匂いでも覚えないと落ち着かないのだしな。
と、話をすれば……うむ。以前の猫が私の前に姿を現してくれた。
「猫か。おおよしよし。食堂の方から飯は貰えたか?」
「んにゃあ」
「感謝感激と言った所か? ふふふ、しかし私の懐に食べられる物は無いぞ。媚びを売るなら他の者に当たると良い」
「にゃ」
「それではな、猫」
離れる様に歩いて見せると、猫は追うのを諦めて、その場で寛ぎ始めた。自由気ままこそが猫の本質であるな。うむ。
「……いや、その手があった、か?」
猫だ。
もしかしたら、三司あやせさんを労わるのに使えるだろうか。
しかし頭の中で検討してみるも、やはりダメだという結論になった。彼女と猫を巡り合わせさせる役目は、すでに割り当てられている。そこへ介入してはならない。
難儀な物だな……。最善は無干渉だが、それはそれでこの学校にやって来た意味が半分無くなる。
私が本格的に行動するべきタイミングは、既に見定めている。実際に何をするかは、状況を見て選ぶことになるが……。
「ふむ、この期に及んで“選択肢”と来たか」
プレイヤーとして選択肢を選んできた私が、この世界でも未来を選ぶ立場にあるとは。
運命とは摩訶不思議な物だ。
……そうだな。
「此の運命が私の掌に収められ、運命の往く先が私の意思に委ねられたのならば。未来に望むべきは、果たして私が嘗て見た世界であるべきか」
……と、言った所か。
あえて、私が知らぬルートへ未来を導くのも、また選択なのだろうな。
きっとそれには、責任や罪悪感が待ち受けているのかもしれないが。
《な……何を言っているんだ。この人……》
……因みに。
意味の分からない事を言って相手を困惑させるのが、私の密かな楽しみだったりする。
目指せミステリアス。口調がこんな風になっている私とて、お茶目に振る舞いたい時があるのだ。
原作開始までどうしようか悩んでたり。