心透かしのジョーカー   作:馬汁

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体育祭と私の歪み
Ep.8 ・ 誰かの筆が及ばぬ、画布の外。


「あ、居た居た。倉井くーん」

 

「む。ああ、大久保さんか」

 

 手を軽く振って挨拶を返す。久しぶりに顔を合わせた気がするが、実際同じ教室に居ても話す機会は無かった。

 

「どうしたのだ?」

 

「私、バレー部入ろうかなって思ってるんだけどさ。なんか部員不足で存続の危機らしいんだよねー。それで悩んでて」

《入ってくれるかなー? ……って、男か。そうだった》

 

「……ふむ、部員不足」

 

 なるほど。しばらく見ない間に入部していたのか。

 この学校は、やはり部活動が活発では無い様だ。アストラル技術を学ぶ目的で入学する者が多いから、部活に時間を割こうと思う人が少ないのだろう。

 元々入部しない者も多いから、皆も入っているしとりあえず何処かに入ろう、という集団心理的な雰囲気も無い。

 

「ねーねー、友達の可愛い女の子がいるよね。頼んでみてくれない?」

 

「ふむ? ……ああ、恭平の事を言っているのであれば、不可能だ。彼は男性である」

 

「えー? うっそー」

 

 口を一の字に締め、じっと見つめる。

 そっと頷いてやると、察した大久保さんが「マジ?」とでも言わんばかりの顔を見せて来た。

 

「マジ?」

 

「マジマジー」

 

《……あんなに可愛い子が、男》

 

 ツッコミは無い。

 

「兎に角、私では力になれない。あるとすれば、バレーに興味がありそうな者を探し、交渉するしかないだろう」

 

「そんなー、申し訳ないよ。……あの子、男なんだ」

 

「うむ」

 

「そっかー」

《あんなに可愛いのに……これが噂に聞く、男の娘?》

 

 本当に名残惜しそうだが、男である以上は仕方あるまい。

 

 とにかく、彼女の急務はバレー部員の確保だろう。私が女装する訳にも行かない。

 最低限解決させるならば、運動部に興味がある女子を探し、勧誘すれば良い。幸いそれを容易に実行できる能力が私にある。

 ただし、それだけでは不安が残る。やっぱりここのバレー部が肌に合わない、と感じてしまって退部。あるいは部員数の制限で躊躇して退部しないにしても、部内の雰囲気が悪くなる。

 誘った末に遺恨が残るのは、私としては不本意だ。

 

「……どうせ入部を望むのであれば、部に馴染めるような者が良いだろう。そうだな、一先ずは活動を見学させてはくれないだろうか?」

 

「見学って……どして?」

 

「私が適当に誰かを紹介しては、雰囲気に馴染めない可能性があろう。故に、先に部の雰囲気を把握するべきだと思うのだが」

 

 そう説明してみると、また大久保さんはポカンと口を開いた。

 呆気にとられた状態の思考は、大抵ぼんやりとしていて読み取るには難しい物なのだが……。

 

《……そこまで真剣に協力してくれるの?》

 

 辛うじて拾えた思念から察するに、こんな風な事を思っている。

 

 首を突っ込みすぎただろうか。確かにここまで肩入れしたことは無い。

 しかし頼まれ事である。解決を願っている所を解決できる能力があるのに、それを無視する事は出来ない。

 

 とは言え、確かに女子の部活動に私が割り込むのはあまり宜しくないか。

 

「……男の私が見学に行っては、そちらの部員も気を悪くするだろう。気にしないでくれ」

 

 目の前の者の様に、同性異性を気にせず話す様な性格ばかりではない。男に対して距離を置きたがる者も多いだろう。

 

「いや、待って、大丈夫! 是非見てってよ!」

《真剣に考えてくれる人が居て損なワケ無い! それにチャンスだし!》

 

 ……が、大久保さんはこう言ってくれている。

 ふむ。

 

「部員の各々も、男性の見学に対して嫌悪は抱かないのだな?」

 

「大丈夫だから!」

 

 そう言うのであれば、大丈夫だろう。

 

「すまない。ではお邪魔するとしよう」

 

 

 

 

《男が女子バレーに入ってった……》

 

 誰かが見ていたのか、そんな思念を浴びつつやって来たのは体育館。アストラルの研究の為に使われているのか、様々な備品が備えられている区画と、ほぼ全ての日本人に馴染み深いのであろうバスケットボールのコートがある。

 今はバレー用のネットが立てられ、バレー部員が練習していた。

 

「どーしたの灯っち。って、うわっ、カレシ?!」

 

「ちがーう! 見学の人だよ見学」

 

 異性と行動しているだけでそういう風に思ってしまうのは、思春期の微笑ましい所だ。二度目の高校生活を送る私には、あまり縁が無い。

 大久保さんの斜め後ろから、活動を眺めてみる。一見、雰囲気は緩めの様だ。技量の向上と言うより、交流や遊びという目的が強そうだ。

 

「え、でも……男だよね? あっ、もしかしてLGBTって奴?」

 

「私の肉体も、性自認も男性だ。部の雰囲気が如何なる物か、見学に参ったのみである。無論、私は入部しない。この部を好むであろう者に紹介しようと考えている」

 

「……って事は、女の子の知り合いが多いの? え、ホスト?」

 

 その発想は、思春期と言う物の範疇に収まらないと思うのだが。

 

「私はホストなどではない。倉井透と言う。生憎と交流のある女性は2人しか居らぬが、問題無いだろう」

 

「私から頼んだんだー……って、2人しか居ないの?! ていうか2人って、錦織ちゃんと私だけだし!」

 

「問題ないと言っていている。部を紹介するのに既存の交友関係は不要であろう」

 

「えー……、そうなの?」

 

「チラシ配り程度であればな」

 

「って、それただの部員募集! 確かに2人以外の誰かを誘うなら、そうするしか無いかもだけど」

 

 何も考えていない、という訳ではない。心を読めれば、部へ馴染めるかの判断が付くのは当然として、如何にして心に付けこむべきかの判断も付く。

 しかし、その際に私の口から放たれる、言葉巧みな部活動へと誘う言葉は、詐欺師のそれと遜色ない。

 

 こう言ってはなんだが、そこまでする義理は無いのだ。

 

 落し所を見定めるとすれば……。

 

「私は人間観察に関しては自信がある。この部の雰囲気と併せ、相性が良いであろう者を探す。その後は部で勧誘する方が適当か」

 

 私は人を探し、彼女らは実際に誘う。こんなものだろう。

 

「そんなに自信あるのー? アストラル能力関連……って訳でもないか。アストラル粒子が見えるだけだもんね」

 

「うむ。では先ずは、この部を見学させて貰う。良いだろうか?」

 

「まあそれぐらいなら。みんなも良い?」

 

「もっちー」

 

 部員の賛同も得て、私は体育館の片隅に移動した。

 

 

 活動の様子をしばらく見てみるが、一番最初の印象からあまり変化は無い。

 基礎的な練習もある程度。真面目な練習も交えているが、真面目であっても真剣ではない。取り合えずメニューをこなしている、という風に見える。

 ……見た所、このような活動に不満を抱いている様子も無さそうだ。劣等感を密かに感じている、という事も無いだろう。

 

 個人の気性も、スポ根的な熱い情熱を抱える者は居ない。話好きな者ばかりで、ちょっとした待ち時間に雑談で花を咲かせている。

 顧問の方は席を外しているから分からないが……部内の全学年があの様子ならば、顧問も真剣に取り組む方では無いと思われる。

 

 なんというべきか……。そう、ママさんバレーだ。

 耳にする話題は若々しい高校生のそれだが、それを除けばママさんバレーという言葉が一番しっくりくる。

 

「……楽しそうに練習するものだな」

 

「倉井くんもやる?」

 

 言葉を零すと、それを耳にした大久保さんが声を掛けて来た。

 

「遠慮しよう。しかし雰囲気は把握した、競技としてのバレーで高みを目指す者は、まず馴染まないだろうな」

 

「それは……あはは、まーそうだけど」

《そう言われると思ったー。本当はマズイのかなあ……》

 

「顧問が何も言っていないのなら、良いのではないか?」

 

 どうやら大久保さんは引け目を感じているらしい。

 後ろ髪を掻いて、顔を逸らしている。

 

「まあ、そうなんだけどね。それどころかバレーに興味ないまである」

 

「なるほど」

 

《……でも、マジメにバレーするのも大変そうだしなぁ》

 

《出てこない……》

 

 改めて、皆の様子を見る。

 遊びのバレーボール。上達や勝利への執着は無い。他校バレー部に対する劣等感も、恐らく無い。

 

 だが、他の部活動が真剣な中、自分らだけが遊んでいるという事実が、引け目を感じさせているらしい。

 大久保さんだけがそう感じている、という事もなさそうだ。大声でも無かったが、今の会話が体育館に響いたのだろう。殆どの部員が聞こえてしまった様で、その半分から大久保さんと似たような思念を感じた。

 

《アイツ、何時まで……そもそも女子バレー部に入って何やってるの?》

 

「……ふむ」

 

 辺りを見渡す。何処からか思念が聞こえてくるが、この体育館の中の者では無さそうだ。

 

「どうしたの?」

 

「いや……、今まで見学に来た者の人数は?」

 

「人数? んー……数えてないけど、5人以上は」

 

「そうか。では、ここで失礼しよう」

 

「え? もう行くんだ」

 

「うむ。それでは失礼する」

 

 さて。……誰かに入部してもらう様に掛け合うのは、比較的簡単だろう。

 入部のハードル自体は低い。目標が無いに等しいあの部活動なら、気軽に入ってもらえるだろう。

 

 

「……」

 

《や、やっと出て来た!》

 

 体育館から出て、その横で待っていた人に目を向ける。

 私が体育館に入った所を目撃した様だが、暇人だったのだろう。今まで体育館の外から様子を見ていたのであろう彼女は、私を見つめていた。

 

「ふむ、何用だろうか」

 

「あ、あなた! 男なのに女子バレーに入って、何なの?!」

 

「見学だが」

 

《け、見学! まさか女の子キワどい所をずっと見てたのね!》

 

 何故そうなるのだろうか。

 

「真偽を疑るのであれば、部員に聞くと良い。事情も話してくれるだろう」

 

「ウソ! 弱み握って口封じしてるんでしょ!」

《色んな事して、色んな写真とか撮って……! なんかこう、リベンジポルノ的な!》

 

 二条院羽月さん以上のムッツリが居るとは思わなかった。

 目を細めて、考える。どうした物か。……面倒だな。

 

「では、私の携帯だ。パスワードは29343」

 

「はっ?」

 

「どうした。確認するのであろう」

 

「え、いや……言ったっけ?」

 

「ゑ?」

 

「え?」

 

 ……あ、しまった。声に出さず心に押し留められた言葉に反応してしまった。

 

 この類の失敗は久しぶりである。思念を実際の言葉と勘違いするのは、とうの昔に無くなった筈なのだが。

 

「まさかとは思うまいが、思考をそのまま言葉にしていたのか? 通りで酷い妄想を口にしていると……」

 

「は、はあああ?!」

《い、言ってた?!》

 

「兎に角、確認すると良い。貴方の思うような物が入っていれば、その手で断罪する事が許される」

 

「ぐ……言ったわね! 確認するからね?! 後から名誉棄損とかなんとか言って来ないでよね?!」

 

 言った所で裁判官も鼻で笑うだろう。

 久しぶりのリカバリーだが、無事に成功。彼女は私のスマホに食い入るように見つめた。

 

 しばらく待って、彼女の反応を見る。私のスマホには、学院の猫の写真や、周辺地域の地図データが写真として保存されている。

 それと、原作の背景絵と同一の景色を見つけた時の写真もあった筈だ。

 

《あ、猫……。可愛い》

 

「……もう良いだろうか?」

 

「あ、ああ。うん。変な写真とか全然なかったし……」

《むしろ何もないし……猫以外。可愛かったな……》

 

「では」

 

「あ、はい」

《写ってる地面って、学園のだよね? ここに居るのかな……》

 

 差し出した手に、ぽんとスマホを乗せられる。

 

「今ここでは部員が不足しており、新たに誰かを迎え入れる必要がある。その件で訪ねていた。詳しい話は、信頼できない私より彼女らに訊くと良いだろう」

 

「あ、いや。その話は知ってる。……でも、男のアンタに何が出来るの?」

 

「この部を気に入りそうな者を探す」

 

《探すって、そんな事出来るの? ……まあ、そこまでは関係ないか。でも、》

「どうしてそこまで肩入れするのよ」

 

「頼まれたからだ」

 

「なにそれ。つまり、良いとこ見せたくて?」

 

 それは異性としてのアピール目的と言う意味か。全く違うし、既に答えは返した。

 

「頼まれたからだ。問題に突き当たった友人に協力してやるのは、当然の事では無いのか? 自分で解決しようと挑むのであれば兎も角」

 

「そりゃあ、当然の事かもしれないけど……。まあ、もういいわ。呼び止めたりスマホ見せてもらったりして悪かったわね」

 

「そうか。理解頂けたようで何よりだ」

 

《ぜんっぜん理解してないけど。まあそういう人も居る……のかな》

 

 訝し気な目線を止めるつもりはなさそうだが、とりあえず解放してもらえる様だ。

 

「私はここで失礼する。因みに、貴方は入部するつもりは無いのだな?」

 

「そもそも1年生じゃないし」

《バレー部に入るとかあり得ないし》

 

「……新入生である必要は無いが。しかし分かった、失礼した」

 

 




しばらく原作キャラは脇役扱いかもしれない。
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