ポンコツ勇者 VS クソガキ魔王 VS ダークライダー 作:やーなん
聖地の三人の話と、イフ編をまぜまぜしました。
女神メアリースが管理する最果ての滅びた世界。
彼女の信奉者たちが“聖地”と称するその終焉の地。
そこにレイアは再びやって来ていた。
「あ、意外と早く来たんですね♪」
「キョウコちゃん」
レイアが見ることのできない巨大な“門”の前に、ついこの間友達になった少女が居た。
「はい、スラムが無くなることになったので」
レイアがここに来たのは、単純に色々あって彼女の居場所がなくなってしまうからだった。
「新しい魔王様が、いっぱい神官様を派遣してくれて。
学校とか、職業訓練所とか、斡旋所とかできるらしいです。
お姉ちゃんと私も、孤児院に引き取られて学校に通うことになりそうです。
私の眼も、手術の日が決まりました」
「それは良かったですね」
なぜか、その声には素っ気なさと冷たさが混じっていた。
「あの騒ぎで死んだ人も全員、生き返ることになったんでしょう?
ヤな女ですよね、あいつ。人の命なんてシミュレーションゲームの数字としか思ってない。
失敗したなら壊せばいい、そう思ってる。馬鹿げてますよね」
「……キョウコちゃん、ずっと聞こうと思ってました。
あなたは、何者なんです?」
少なくとも、レイアは自分たちの造物主の悪口を公言できる度胸は無かった。
彼女を否定した者の末路は、彼女の世界ではよく知れ渡っていた。
「私ですか? 私は運命の女神をアンズライールって芸名でやってます。キョウコは本名ですよ、漢字は杏子って書きます」
「芸名って……」
何となしに超常の存在だとは察していた。
だけど当人がこんな感じだと何とも言い難いレイアだった。
「それより、レイアちゃんあの人の弟子になったんでしょ?」
「え、なったんですか? 私は何も言われなかったですけれど」
「義姉さんから神器の杖を貰ったでしょう?
あれが弟子入りの証です。私もほら、あの人の一張羅貰ったですし」
キョウコは魔法使いが身に着けてそうなとんがり帽子をひらひらさせた。
残念ながらレイアには目が見えないのでその仕草は分からなかった。
「まったくそんなこと言われなかったのに……」
「あの人はほら、そう言う事言わないから。素直に気に入ったなんて人間相手には言いませんよ」
「そうなんですか……」
「不服ですか? そんなわけ無いですよね。
だって、楽しいでしょう、魔導の研鑽は?」
「……はい、日に日に出来ることが増えて行って、これが本当に自分なのかって、現実味が無くて」
自分の可能性に囁かれるように、彼女は魔法の鍛練をこなしていた。
そして、行きたい、と思ったら彼女はここに来ていた。
「あの、仮にも弟子になって、ええと、キョウコちゃんの旦那様のこと見たり知ったりしちゃダメなんですか?」
「きゃ~♡ 旦那様だって♡ 嬉しい♪
あの人がダメでも私が許可します、オッケー!!」
「はあ……」
「まあ、実際のところ内縁の妻みたいな感じですかね。
まだ役所に届けてないですし」
神様って役所に届け出が必要なんだろうか、と内心ツッコミを入れるレイアだった。
「だから前々から子供でも作ろうって言ってるのに、日和って先延ばしにされてるし。
生身の頃はあんなにがっついて──」
「おい……」
夫婦の生々しい事情は、門の奥からの声で遮られた。
「教えてほしいことがあるんだろ。
どんな魔法でも教えてやるよ、早くこっち来い」
溜息の聞こえそうな声色だった。
可哀想だったので、レイアも足早にそっちに向かった。
“門”が、開く。
レイアには何も見えないが、霊的感覚を磨き始めた彼女には壁があるように感じていた。
それが、開いていく。
「待っていたよ、我が後継者候補」
“暴君”が口を開いた。
だが嫌々と言っているような口調で、荘厳な雰囲気が台無しだった。
「なんでも教えてくれるんですか?」
「ああ、何がいい? ついでに僕が鍛えてやるよ。だからキョウコの言った事は気にするな、いいな?」
「じゃあキョウコちゃんとの馴れ初めとか聞きたいです」
“門”の外で、キョウコが大笑いする声が響いた。
彼女の義姉がプッと噴き出したが、次の瞬間には謎の圧力でトマトジュースにされていた。
「とても、興味があります!!」
レイアは女子だった。
色恋沙汰には目聡かった。
「……この間、“暴君”と呼ばれた男の話はしただろ?」
「はい」
一応、話してくれるようだった。
「ある時、彼に挑戦者が現れた。彼が人の身で神の如しなら、彼女は人の身で究極の刃だった。
暴君はいつかその座を追われるもの。激闘の末、彼は破れた」
意外だと、レイアは思った。
てっきり彼は自分の負けは認めなさそうだと、そう思ったのだ。
「くくッ、とどめを刺される間際、彼はなんて言ったと思う?
不死を窮め、生きるのにも飽きたと吹かしてた愚か者は、死の瀬戸際になって、まだ死にたくないとかほざいたんだ。
──ハハハッ、余りにも無様で、殺す価値すらないって放り出されたほどさ」
相変わらず自虐が好きだなぁ、と思ったレイアだった。
とは言え、これのどこが馴れ初めなのかと彼女が思っていると。
「ただ、その際に滅多刺しされてね。
記憶とかそれまでに培ってきた魔導の研鑽とか、全部ゼロになって異世界に放り出されたんだ。
その先がまあ、君の住んでるのとはまた別の地球だったわけだ。
時代の頃は二十一世紀ぐらいだったっけな。現地の人間に拾われて、記憶が戻るまでしばらく日本で学生をしてたよ」
「ああ、だからキョウコちゃんは日本人だったんですね」
レイアのいる地球でも二十一世紀は純粋な日本人は珍しくなかった。
当時の風俗は、レイアは時間を潰す為に無料のアーカイブサイトでよく読んで知っていた。
「往生際が悪いのが彼の惨めさでね。
一回ぐらい死んだって全然問題ないくらいバックアップを無数に取ってた。だから記憶を取り戻すのも時間の問題だった。
そして気づいたわけだ、キョウコが特別だってことに」
「特別?」
「素直に初恋の人と同じ魂を持ってたって言ったらどうですか?
そのことを教えてもらった時のこと、まだ根に持ってますからね」
「お前はいちいち茶々を入れるなよ!!」
彼は怒鳴り散らしたが、きゃーと向こうから黄色い悲鳴が聞こえるだけだった。
「はあ……昔の仲間に、僕より優れた才能の持ち主が居たんだ。
最初は嫉妬からだったけど、呑み込みもいいから魔導の手ほどきをしてやったんだよ。
あいつにはほかに好きな奴が居たし、身を引いてやったのさ」
「やーいダーリンの陰キャ♪ 意気地なし♪ 三千年童貞♪」
「お前一回ドつかないと分からないか!!」
それはちょっと拗らせすぎだなぁ、とレイアも思うのだった。
「まあキョウコも目の離せない奴でね。
大体は僕が原因だけど、こいつ首を突っ込むんだよ。
だから僕がいろいろと魔導を教えたわけだ。
……正直、この時ほど自分の間違いを実感したことは無かったけどね」
「どうしてですか?」
レイアは思わず尋ねた。
「才能は魂に依存する。キョウコは僕をも凌ぐ才覚を示した。
……いや、違うね。決まってたんだ、あいつが運命を司る存在になることは。
じゃなきゃ、たった三年で僕に追いつけるはずが無い。
僕の三千年に渡る研鑽も、先の敗北さえも、キョウコを待っていたに過ぎなかったわけだ。笑えるよ」
「ちなみに、どの辺に惚れちゃったんですか?」
彼の自分語りなんて興味ないので、さっさと恋バナの要点を要求するレイアだった。
「君もなかなか遠慮が無いね。まあ別にいいけど。
死者蘇生の研究をしてたって言ったよな?
あれ、自分が納得いかないから最終的に諦めたけど、その話をキョウコにしたわけだ。
そしたら、そんなの当たり前だって、あいつは言ってね。
僕の主観が入る限り、理想は現実には出来ないって。それより私を見ろーってことだったんだろうけど。
……いやでも、こんなガキに自分が裸の王様だと思い知らされるとは思わなかったって感じだったよ」
「……え、それまで誰にも似たような事言われなかったんですか?」
「僕がなんて言われてるか、忘れたの?」
ああなるほど、とレイアは頷いた。
「とはいえ、キョウコに毒されて僕も大分丸くなってね。
あいつ、魔導関係者から拝まれてたよ。二代目は流石だってね。
おい馬鹿弟子、お前あいつ嫉妬してぶち殺しそうになってたよな!!」
「……だって、私には二代目と名乗って良いなんて一度も仰ってくれなかったじゃないですか」
ずっと仕えていたのに、ともにょもにょした女性の声が聞こえてきた。
「何言ってんだ。お前には僕の名前を貸してやっただろ。
キョウコに僕の名前で何かさせるなんて怖くて出来ないからね」
「えー、酷いー」
ぶーたれるキョウコの声がした。
本当に、この師弟の影響力は大きかったようだった。
「そして最後の過ちだ。
僕はそこの馬鹿弟子とキョウコで、自分たちの魂を神域への昇華させる儀式を試みた。
好奇心からだった。未だ足を踏み入れていない領域へ、キョウコのお陰で真っ当な研究者に戻ろうなんて考えたのが間違いだった。
神々の領域なんてところにたどり着いても、そこに居たのは自分たち以外を見下してるばかりの下らない連中ばかりだった。
あれが神だって、笑わせるよ。僕たちもそうさ。自分たちの存在すら消し去れない。全知全能が聞いて呆れるよ」
それから彼ら三人は、ずっとここにいる。
人間が想像できないほど永い時間を、ずっと。
「全知全能ですか……まったく想像できません」
「そうかい? なら、見せてやるよ」
レイアの視界に、色が付いた。
彼女が最初にここに来た時のように、彼は地上を映していた。
「さあ、選びなさい。あなたの運命を」
しかし、その光景は過去のものだった。
スラムがあの時、リーパー隊に蹂躙されている時だった。
そして、そこに居るのは。
「クラリスさん?」
クラリスと、彼女に選択を問うキョウコだった。
≪運命の選択≫
全てを捨てて魔王と戦う。
自分の心のままに、人々を救う。
|
「わ、私はッ──!!」
彼女は俯き、覚悟を決めたように顔を上げた。
「私は、魔王を倒す」
≪運命の選択≫
→全てを捨てて魔王と戦う。
自分の心のままに、人々を救う。
|
「そうですか」
キョウコは少し悲しそうにした後、スラムの奥を指差した。
「クラリッサはあっち居ます。
急がないと、手遅れになりますよ」
「ああ、ありがとう」
この時、クラリスはクラリッサと合流しようとしていた。
どのような覚悟を決めようとも、せめて彼女だけは、と。
だが。
「クラリッサ!!」
「クラリスッ!!」
彼女は娼館から逃れ、中から出て来た獣人がその背を追っていた。
「クラリッサ、危ない!!」
運命は残酷だった。
鋭いかぎ爪が、彼女を背から突き刺した。
「お、お姉ちゃん!?」
「安心しなよ、これはもう既に過ぎ去った可能性。終わった選択肢、その可能性の一つを見ているに過ぎない」
レイアの悲鳴に、“暴君”が応えた。
即座にクラリスがクラリッサの背後の獣人を斬り捨て、彼女を抱き抱えた。
「クラリッサ、クラリッサ!!
どうして、私はまたッ!!」
クラリスは即座に悟ったのだ。
クラリッサの傷は、致命傷だと。
その治療は、彼女には不可能だった。
「クラリス、一生のお願い……」
「ダメだクラリッサ!! 私は、まだ君と!!」
「レイアのことを……あなたしか、頼めないから」
抱き抱えたクラリッサには、もう生気は無かった。
彼女の命が失われていくのを、クラリスは感じていた。
「あ、ああ、あああ……」
己の半身が、消え去ろうとしている。
クラリスの魂が、肉体が、精神が、絶望に染まっていた。
「あああああああああああ!!!!」
絶望と、憎悪が、彼女の魂を震わせる。
奇しくもそれは、目の前から消えていく魂と共鳴してしまった。
「これって……」
「魂の共振さ。それは単純に、魔力の増強だけを引き起こすものじゃない」
未知の現象が、目の前で起こっていた。
共振していた魂が失われ、それに代わるように代替物が現れた。
「この間、僕は教えたね。
魂の同位体は、なにも同じ人間に限ったことではないと。
それは動物かもしれないし、──物かもしれないと」
クラリスは、いつの間にか一振りの剣を手にしていた。
これまで持っていたモノとはまるで違う、魂を宿した魔剣だった。
「人が死に、地獄に堕ちるならば、魂を持った物品はどこにいくのだろうか?
その答えは簡単だ。魂を宿した物にも死後がある。そこには、墓標のように流れ着いた魂を持つ物品が流れ着く。
そして時折、同じ魂を持つ人間との共振によって、その手に現れることが有る。
僕は総じてそれらを“魔剣”と称したが、実際に剣の形をしてるのは珍しい」
クラリスと、もう一人の自分たる魔剣を手にした彼女はそれまでの比ではなかった。
理論上、常時その出力は十六倍。
だが所詮、それは理論上の話である。
「そして、彼女はアタリを引いたようだ。
魂を宿した物品にも、ピンからキリまである。
名付けるなら、グラムゼット。龍殺しの魔剣、グラム最終と言ったところか」
それはまさに、魔王を殺す為の魔剣だった。
彼女がそれを手にしたのは偶然などではなく、必然だった。
そしてそのトリガーが、クラリッサの死であった。
こんな意地の悪い話は他にないと、レイアは思った。
まるで自分たちの出会いは運命に定められていたかのように、悲劇で彩られていた。
「いやはや、これはスゴイ。
僕の兄貴も“たたかう”を連打してるだけで大抵の相手を倒せる脳筋だったけど、ここまでじゃなかった」
魔剣を手にしたクラリスは、まさに無双。
憎き仇である魔王ローティとの戦いは、どちらが魔王か分からないほどの鬼神の如き戦いぶりだった。
その刃が、第二形態へ変身した魔王ローティを引き裂いた。
まるで遊び疲れた子供のように満足げに、彼女は倒れた。
街は、消え去っていた。
もう二度と復興できないほど、綺麗サッパリ消滅していた。
そんな微生物一つ存在しない更地に、パチパチと乾いた音が鳴り響いた。
「素晴らしいわ!!」
魔王を殺すという偉業を成した勇者の前に、女神が降臨したのだ。
己の宿願を成したクラリスは、呆けたように彼女を見上げた。
「あなたの力は見せて貰った。
よくぞ、私が与えたスペックの最高値を示したわね!!」
「……なぜ」
「んん?」
「なぜ、あなたは魔王を倒されて喜ぶのですか……」
女神メアリースは小首を傾げた。
何でそんなことを聞くのか、とでも言いたげに。
「だって、私は“人類”の女神よ。
だからありとあらゆる種族で、最も尊く素晴らしいのは人間であるべきじゃない。
私は魔王に、私の権能が許す限り最高の図面を引いて、我が盟友が生み出した!!
そんな存在を、あなたはただの人の身で倒したのよ!!
あなたは証明したのよ!! 自分の種族が、この世で最も優れているのだと!! 私が創ったあなたが!!」
興奮気味に、女神は人類を賛美する。
それは人間賛歌だった。この世で最も虚しい自画自賛だった。
「……だから、だからレジスタンスの皆は」
「ええ、でも私の期待に応えたのはあなただけだったわね。
あの連中も将来性は無いし、そろそろ終わりにしましょうか。
だって、あなたと言う私の最高傑作が産み出されたんだから!!」
クラリスは空虚な心ままで自然と涙を流していた。
こんなモノに、自分は産み出されたのか、と。
こんな奴にやり返す意味なんて無い、そう思ったのだ。
「さあ、何か願い事でもあるかしら?
あなたにはその権利がある。欲しいモノなら何でも上げるわ」
「……じゃあ、妹を返してください、故郷を返してください。そこで静かに暮らさせてください。お願い、もう、私に関わらないで」
「わかったわ、と言いたいところだけど」
女神は肩を竦めた。
「時間を戻すのは私の管轄外なのよ。
過去の私に連絡して、あなたの故郷の破壊を中止したらあなたの存在が消えるだろうし。
何でも、と言った手前仕方がないわね。あなたの願いを叶えられる御方を紹介しましょう。
きっとあなたなら、あの御方も気に入るでしょう」
彼女は指を鳴らした。
場所が更地から、遠く離れた場所へと変わる。
彼女の信奉者が、“聖地”と呼ぶこの場所へと。
途方もなく巨大な“門”が、彼女の前に現れた。
「ようこそ。私は“門番”」
レイアにはいつも声しか聞こえない女性が、そこに立っていた。
ローブ姿の陰気な女が、クラリスに言った。
「あなたは?」
「名前など、意味の無いこと。
一応、“観測”を司る女神と言うことになっています」
「……観測」
「過去、現在、未来、その全てを見通す、ただそれだけの存在です。
そして──」
「よく来たね、お姉ちゃん」
「キョウコ……」
スラムに現れたような普通の格好ではない、古いタイプのアニメの魔女っ娘のよう装束のキョウコが彼女の前に現れた。
「待ってたよ。さあ、あの人のところへ行こうか」
彼女に手を引かれ、クラリスは開いていく“門”の中へと進んでいく。
「憐れな奴」
声からして生意気そうと思っていたレイアは、その姿を見てその通りだと思った。
ギリシャ神話の神々はよく、中学生が力を持ったような連中と評されるが、そこに居たのは本当に中学生くらいの小柄な少年だった。
眼鏡が似合う神経質そうな、そんな見た目の少年だった。
「ここに来る奴は、大体三通り。
僕の怒りを買って縊り殺されるか、自分の間抜けさを教えられる奴。
何をとち狂ったか、僕に挑んでくる奴。
そして、キョウコに案内されてやって来る奴」
彼女はその三つ目だった。
「キョウコのバカはバカなことに無意味な“善い神様”ごっこが趣味でね、下らない無価値な試練を遊び半分に与えて、それを乗り越えた奴にどんな願いも叶えてやるって意地悪してるんだ」
「私は真面目にやってるつもりなんですけど~」
「まあ、良いんじゃないの?
願い事、あるんだろ。言ってみろよ」
少年はキョウコの抗議を無視して、どうでも良さそうにクラリスに言った。
「……本当に、どんな願いも叶うんですか?」
「当然だろ、僕らは真の意味で“全知全能”なんだから」
何でもできて、なんでも知れる。
言葉にすれば簡単だが、陳腐にも程があった。
それこそ、中学生が妄想するような、完全無欠の究極の力だった。
だからだろうか、それを体現する存在が、幼稚な子供の姿なのは。
「私はアンズちゃん。運命を司ってます。
過去とか未来とか、振り直せます」
「私は観測を司る者。
彼女が振り直した結果を、望むモノなのか観測します」
「そして僕がその実行を行う。
僕らは三位一体、みっつでひとつの神。
その三つのプロセスを経て、ありとあらゆる過去、現在、未来への介入を可能とする」
まさに、真の意味での全知全能であった。
神話で全知全能と謳われる主神にありがちなミスも失敗も介在の余地が無い、完全無欠の究極の力だった。
これが“聖地”に隠された、多くの人間たちが求めるモノの真実だった。
「……本当に、どんな願いも叶うんですね」
「そう言ってるだろ。僕の気が変わらないうちにさっさと言えよ」
「妹を、家族を、故郷の人たちを、元通りにしてください」
いいえ、とクラリスは首を横に振った。
「全部、無かったことにしてください。
私達に起きたこと、全部……」
「願いは拡大解釈の余地が無いほど正確に言え。
お前は魔王ローティの襲来も無かったことにしたいのか?
それとも先延ばしにしたいのか?
或いは女神メアリースの介入を無かったことにしたいのか?」
彼はその神経質そうな視線でクラリスに念を押す。
「私は、ただ妹と一緒に故郷で生きていたいだけです。
故郷を、全て元通りにしてください。その上で、あの女神に理不尽なことをさせないでください」
「良いだろう。
……本当に、哀れな女だよ。君は」
そうして、彼女の願いは寸分違わず思った通りに成就された。
世界名、アースエッダ。
その構造は滝のように縦長で、上から下へ行くほど大地が広がっている。
そんな世界の最下層、その片隅の森の奥に、隠れるように小さな村が存在していた。
その村の名前は、存在していない。
そんな村に、クラリスは産まれた。
その村は、何の特徴も無い。
どこにでもある、貧しい村だった。
しかし、クラリスと双子の妹クレアは村の皆から大事に、本当に大事に育てられた。
魔王に襲われる事も無く、だから勇者誕生の予言も無い。
二人は何不自由なく、健やかに普通に育った。
だが、二人が十五歳の誕生日に、運命が訪れた。
二人の村に上層からの馬車がやって来て、二人は訳も分からぬままそれに乗せられた。
村人たちは笑顔で、両親は涙を流しながら送り出した。
二人は統一国家の王城にて歓待された後、おいしい食事をたくさん食べた。
「夢みたいだね、クレア」
「何でみんな、こんなに良くしてくれるんだろうね?」
二人はその日、ふかふかのベッドで眠った。
そして翌日。
二人は兵士たちに連れられ、王城の奥へある儀式の間へ連れていかれた。
そこには、大勢の神官たちがそこにいた。
「予言の子たちよ、よくぞ来た」
「しかし、予言の子は本来一人のみ。
双子は予想外だったが、そのどちらかを世界機関に捧げるか決めようぞ」
二人は、神官たちが何を話しているのか分からなかった。
だが、身分の高い神官が二人に説明した。
「あれなるは、世界機関。
この世界を運営する、神の遺物。
百年に一度、巫女を捧げることで百年の豊穣が約束される」
身も蓋も無い言い方をすれば、それは生贄だった。
「え?」
二人に勇者の予言は無かった。
だが、どちらかを生贄にする予言はあった。
クラリスは、すぐにそれを理解できなかった。
「決まった」
「決まったぞ。妹の方だ」
「妹が巫女へと選ばれた」
すぐに神官たちによって、クレアが拘束された。
「や、やめて、クレアを離して!!」
「お姉ちゃんッ、お姉ちゃん!!」
たすけて、と唇だけが動いて、クレアは世界機関の炉の中に放り込まれた。
クラリスの嘆きが、悲しみが、儀式の間に響いた。
そして、その悲嘆に彼女の半身は答えた。
「グラム、ゼットおおおおおおぉぉぉ!!!!」
その手には、魔王をも殺した魔剣が次元を超えて飛来していた。
魔剣のたった一振りが、この世界の中枢を両断した。
「どうして私がこの世界を滅ぼしたか、これで分かったでしょう?」
全ては無かったことになっていた。
だが、クラリスは思い出していた。己の半身たる、魔剣が覚えていたのだ。
「たった一人の犠牲によって、他の全人類が繁栄を享受する。
確かに効率的ね。でも野蛮だわ。文明的とは言えないわね。しかも文化的停滞を招いている。
……そんなの間違ってるって、そう思うでしょう?」
憐れなモノを見るような目で、女神メアリースがクラリスを見下ろしていた。
「もしかしてあなたは私が気に入らないとかそんな理由で、世界を滅ぼすように魔王に命じてると思ってたのかしら。
滅ぼすには、滅ぼすなりの理由が有るのよ」
はぁ、と女神は呆れたように溜息を吐いた。
「せっかく、私が予言と言う形で魔王の到来を教えて備える時間を与えるはずだったのに。
あんな旧式の、あの世界を去った神々の装置に依存した不健全な世界の運営権を得たから、私が改善しようとしたのに誰も聞き入れなかった。
だから壊すはずだった。私、なにか間違ったこと言ってる?」
彼女は聞かれてもいないことを懇切丁寧に説明していた。
そこにクラリスを責め立てたいとか、嫌味を言っているつもりが微塵もないのが救えないところだった。
「それとも、あなたは妹を殺した世界を正しいとでも言うつもり?」
「……──ました」
クラリスの悲しみと、苦しみは、何一つとして晴れなかった。
「私が、間違ってましたッ、私が、愚かでした、えぐ、ひぐ」
「でしょう? 最終的にいつも私が正しいのに、どいつもこいつもその場の感情で全部台無しにするのかしら」
「──そのくらいにしておけ、我が盟友よ」
暗黒の瘴気が吹き上がり、人の形を成した。
「彼女の成した邪悪は、我が管轄だ」
「それもそうね。ハーレ以来かしら、世界丸ごと一つ吹き飛ばしたのは」
女神メアリースはどこか楽しそうだった。
「楽しみにしているわ。私の最高傑作が、最高の図面で作り直されるのだから」
そして彼女はスゥと消え去った。
「さて、悲嘆に暮れる憐れな子よ。
私がその悲しみと苦しみを癒してやろう」
暗黒の両腕が、クラリスを抱きしめる。
「そして家族を失ったお前に、新しい家族を与えてやろう」
「新しい、家族……?」
「そうとも。さあ、──私が産み直してあげよう」
「さて、五百を超える我が子たちよ。
新たなる我が子の誕生を祝福しよう。
ほら、皆に挨拶なさい。新たなる魔王──クラリスよ」
「はい、お母さん」
もう彼女に、悲しみも苦しみも無かった。
だってもう、彼女の家族は不滅の存在なのだから。
彼女に斬り殺されたはずの魔王ローティが、面白そうに笑っていた。
「はいカット」
「途中から、言葉が出ませんでした」
自分の知り合いの末路が、選択次第でこのようなものになるとは、レイアは途中から絶句していた。
「まあちょっと盛り過ぎたかな。
どんどん悪い方悪い方って途中から演出しちゃったよ。
僕映画監督の才能があったのかな」
「不謹慎です!! お姉ちゃんも死んじゃうし……」
「言っただろ、有ったかもしれない可能性だって。
でもわかったろ、全知全能ってこういうことだ」
彼らは本当に、寸分違わずクラリスの望み通り願いを叶えて見せた。
現実の方が余りにも惨いというだけの話だった。
「まったく、酷いじゃないですか!!」
そして自分が相対している存在のイカレ具合を目の当たりにしても、レイアはぷりぷり怒っていた。
全部分かった上で、あえて無神経に振舞っている彼に。
「ただでさえ、現実でもクラリスさんはあんなことになってるのに!!」
次章への伏線も込めて、イフ編と聖地方々の身の上話でした。
次回から本当に三章に入ります。
ただ、年始もそろそろ終わり、明日から私も仕事が始まると言うことです。
連日更新を心掛けましたがそれも終わりです。
三章の構想を練りつつ、新年の仕事を頑張ります!!
よければ、高評価と感想をお願いします!!
それでは、また次回!!、