ポンコツ勇者 VS クソガキ魔王 VS ダークライダー   作:やーなん

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今更ですが、今作のテーマは姉妹愛です。



幕間『アンビバレント』前編

 

 

 

「ストレッタさん、ちょっとよろしいでしょうか」

 

 碑文教団の関連企業の、ある工場の一角。

 完全にAIで稼働していると言うことになっている無人の工場だ。

 

 バイオリンに使うような弓を、機械に取り付けられた弦に滑らせ、音を鳴らす。

 魔法の持続時間を延長させているのは、まだ十歳に満たない少女だ。

 音によって機械を操っている。

 

「ストレッタさん!!」

「今、機械の調律中です、邪魔しないでください」

 

 彼女に声を掛けた教団員は、溜息を吐いた。

 

「あなたはこの工場の備品だ、これ以上は言わせないでください」

「工場長、一体何の用ですか。工場の稼働を止めてまで」

「メリッサ様の側仕えの役目が、あなたに回ってきました」

 

 それまで迷惑そうにしていた少女が、ぱぁっと笑顔になった。

 

「お姉様の、お世話ですか!!」

「はい、大司祭様が、その、ゼロ様の(しとね)に招かれているようでして……。

 今回は大分長引きそうだと」

「わかりました、じゃあ今すぐお姉様の元に行きますね!!」

 

 少女ストレッタは弓を指で鳴らすと、魔法が成立する。

 転移の魔法が発動し、少女の姿が搔き消えた。

 

 

「かはッ」

 

 教団過激派のアジトに転移したストレッタは、膝を突いて血を吐いた。

 

 魔法とは原則として、等価交換、或いは代用の技術だ。

 100キロの道のりを一時間で移動するには、時速100キロを出さなければならない。

 その距離を仮に一秒で移動したとなれば、時速360000キロで動いたことになる。

 言うまでも無く、人体は一瞬で血の霧と化すだろう。

 

 だが、一秒ではなく、1分、10分ならどうだろうか? 

 衝撃を防ぐ鎧を身に纏ったり、バリアーを張ったりすればどうだろうか。

 そうやって工夫し、現実的な妥協点にまで落とし込むのが魔法という技術なのである。

 

 工場からアジトまで瞬間移動したストレッタが、血を吐く程度で済んでいるのはそれだけ彼女の技量を示していた。

 

「はぁ、はぁ、お姉様、お姉様!! 

 お姉様が私を必要としてるッ!!」

 

 内臓の損傷を治癒の魔法で治し、魔力の消耗で憔悴したストレッタがアジトの奥へと向かう。

 

 厳重な扉の認証を潜り抜け、彼女は最奥の部屋をノックした。

 

「お姉様、私です、ストレッタです!!」

 

 防音の施された室内に声が聞こえるはずも無いのに、彼女はドアを叩いた。

 程なくして、ドアのロックが解除された。

 

「リネア、何してたの? 遅い!! 

 お腹空いたからゴハン持ってきてよ!!」

 

 部屋の主は、パソコンから目を離さず怒鳴り声をあげた。

 

「食事ですね、わかりました!!」

 

 ストレッタは急いで食堂に駆けて行った。

 

「はい、お食事です!!」

「食べさせて」

「はい、どうぞ」

「あむあむ」

 

 部屋の主たるメリッサは、睨みつけるような表情でパソコンに向かったままだった。

 そんな彼女に、献身的にストレッタは食事を口元に運ぶ。

 

 食べ物が無くなると、ストレッタはふとパソコンの画面を見た。

 メリッサが無心で作業しているのは、機動兵器の設計だった。

 この時代からすれば、かなり昔のアニメに出てきそうな、ロマンと実用性を考慮したある種芸術的な代物だった。

 

 ストレッタの働いていた工場で作られていたのは、こう言った兵器の部品だった。

 各地で普通の工場に巧妙に偽装され、幾つもの経由をして組み立てられ、過激派の武器として使用されるのである。

 

「お姉様、ここは削減した方がコストを下げられるのでは?」

「バーカ。その機構を削ったら機動性が2パーセント下がるのよ。

 火力や装甲ならまだしも、そこを削るなんてありえない」

 

 工場勤務としてストレッタの意見だったが、メリッサは鼻で笑った。

 そこで初めて、メリッサの視線がストレッタに向けられた。

 

「なんでここに居るんだ、ストレッタ!!」

 

 初めてストレッタを認識したメリッサの反応は劇的、いや檄的だった。

 

「この度、工場勤務からお姉様の側付きを命じられました!!」

「私、そんなこと頼んでない!!」

「でも、お世話は必要でしょう?」

「他の誰だろうと、お前だけはイヤだ!!」

 

 メリッサはテーブルの上の食器を床に払いのけながら叫んだ。

 

「同じ培養ユニットから産まれただけのくせに、私の事を姉呼ばわりするな出来損ない!!」

「お姉様……」

「失せろッ、出ていけ!! 私の視界から消えろ!!」

「お姉様、私は……」

「私の言葉が理解できないのか、役立たず!! 

 ……もういい。おい、出て来い!!」

 

 メリッサは手元の端末を操作した。

 すると、部屋の奥の壁が下がり、そこには人型の警備ロボットがずらりと並んでいた。

 

「侵入者だ、排除しろ」

『不審者のIDチェック、該当無し。

 全警備ユニットに通達、不審者の排除、排除』

 

 無慈悲な少女の宣告に、ストレッタは真っ青になった。

 

「そんな、お姉様、どうして……」

「お前の存在が、どうしようもなく気に食わないんだよ。二度と私の前に現れるな、このグズ!!」

 

 警備ユニットたちに拘束され、メリッサに罵倒されたストレッタは失意のままうな垂れた。

 

「私はただ、お姉様の役に立ちたかっただけなのに……」

「じゃあ死ねよ。一秒でも早く、この世から失せろ。そうして少しでも私の気分を良くしろよ、ゴミカス」

 

 連れて行かれるストレッタを一瞥することも無く、パソコンに向かい合うメリッサ。

 床に落ちた水滴の跡が渇くまでもなく、その痕跡に彼女が気づくことは無かった。

 

 

 

 §§§

 

 

「はい、そうですか。メリッサにも困ったものです。

 警備はあとで私から命じて排除リストから解除しておきます」

 

 過激派アジトの一角、成金趣味の権化とも言うべき内装の部屋で、リネアは連絡を受けていた。

 その内容は、ストレッタが警備から締め出され、アジトから追い出されたと言うことだった。

 彼女は両親の居ないクローン培養された人間だ、つまり存在しない人間だった。

 故に外に追い出されたら野垂れ死にするしかない。

 

「いや、待て。そのままにしろ」

「え?」

 

 リネアは振り向く。

 そこには、全裸の男がワインを嗜んでいた。

 

「そのまま追い出しておけ。

 いいじゃねぇか、メリッサが要らないって言うんだから、野垂れ死にさせれば」

「いやしかし、彼女が居ないと工場の生産効率が……」

「捨て置け、と俺様は言ったぞ」

 

 男の言葉に、リネアは溜息を吐いた。

 

「捨て置きなさい。……いえ、彼女の頭には機密が沢山あります。

 適当に人員を派遣して処分しなさい」

『……わかりました』

 

 通信相手の教団員が、渋々と了承したようだった。

 

「いやぁ、楽しみだな。

 あのストレッタが、本当に処分できるかどうか、見モノじゃないか」

 

 捨て置け、と命じさせた当人は、リネアの独断を咎めなかった。

 むしろ、それを楽しみにしているかのように笑っていた。

 

「彼女には戦闘能力を組み込んでいません。

 転移魔法にも限界がある。すぐに処分できますよ」

「かもな。だが、魂に刻まれた宿命はそう簡単に逃れられんよ。

 良かったなリネア。これでようやく、メリッサが完成する」

 

 むしろ遅かったぐらいだ、と事も無げに彼は笑った。

 

「…………」

「不満か、リネア」

「いえ、あなた様の為さりたいようにすればいい」

 

 男は、裸体を晒すリネアを抱き寄せた。

 

「申し訳ございません、ファイ様。

 今日もあなたを満足させることが出来ませんでした」

「気にするな。俺様は不能なんだ、そうデザインされている」

 

 リネアは男の無聊を慰めるように、そのたくましい胸元に縋りつく。

 

「だがもしかしたら、万が一にでも、造物主の思惑を超えられるかもしれない。

 その為にはお前が必要だ、リネア」

「身に余る栄誉です、ファイ様」

 

 リネアは目を閉じ、男の腕に身を委ねる。

 そして彼女は、彼と出会った時のことを思い返した。

 

 

 

 ……

 …………

 …………

 

 

 八年前。宇宙船スターゲイザー号。

 

 全長二キロ以上、最大乗員数五万人。

 約100年前、人類の英知と希望を結集させ、この超巨大宇宙船は建造された。

 

 当時から、地球は深刻な資源不足に陥っていた。

 化石燃料、ガス、食料、水、何もかもが足りなかった。

 総人口は最盛期の5分の1にまで落ち込み、動植物は次々と絶滅していく。

 地球が死の星へと変貌するのも、そう時間は掛からないだろうと目された。

 

 そこで注目されたのが、世界の7つの碑文の内容だった。

 そこに記されていたのは、造物主からの人類への課題だった。

 

 万能の超物質・通称“賢者の石”の鋳造、人口の95%の不老不死の実現、文化的な発展をし続ける恒久的な統一国家の樹立、等々。

 口にするのも躊躇われるような戯言が要約すると全部で七条。

 

 その解釈は様々だったが、現行人類の技術で唯一可能と思われる事柄が一つあった。

 

 曰く、ある座標への到達。

 それは、地球から約百億光年先の地点だった。

 

 太陽系の外、そこに来てみろ。神からの挑戦状だった。

 そんな荒唐無稽な神話に、縋らなければならないのが当時の世界状況だった。

 

 そこに何が有るのか、当時の人間たちは碑文を遺した先史文明や超文明の人々がそこに住んでいるのではないか、と解釈した。

 未だ破壊不可能な碑文を作り上げた存在ならば、地球を救ってくれるのではないか? 

 藁にもすがる様な、そんな淡い希望を持ってスターゲイザー号は地球を発った。

 

 百億光年の道程は、苦難と試練に満ちていた。

 水が不足し、病が蔓延し、僅かな食料を分け合い、希望への強行軍は続いて行った。

 

 当初、地球から出立した頃には二万人居た乗員も、世代交代を繰り返しながら最終的に五千人まで数を減らした。

 歴代の船長たちは、偉大であった。

 時には病の蔓延を防ぐために百人以上を殺し、資源の確保の為に航路の変更を決断し、時には失敗もしながら五千人も生き長らえさせた。

 シミュレーションではこの時点で千人を下回っていた可能性も多大にあった。

 

 だが、本当の絶望は最後に待ち構えていた。

 

「せ、船長、あ、あれは、あれは壁です!! 

 先行させていたドローンの観測結果は、あの先は何もない、と!!」

「そんな馬鹿な!!」

 

 ブリッジの船員たちは、にわかには信じられなかった。

 この世界の果ては、巨大な壁があるだけだった。そこに今まで星だと思っていた照明がくっついているだけの、安っぽい虚無の断崖。

 

 この世界は、地球を中心としたプラネタリウムに過ぎなかったのだ。

 

 無限に広がり続けていると信じられていた宇宙は、ちっぽけな箱庭だったのだ。

 彼らは決断を迫られた。

 

 今更引き返すなんて選択は不可能。

 生きて壁に突撃するか、座して死を待つか。

 

 彼らは悩み、苦しむことになる。

 当然、このことは最高機密に指定されたのだが。

 

「親父たちは、隠している!! 

 この先には何もないことをッ!!」

 

 当時、四代目の船長の息子が、全船員にそれを公開し、反乱を起こしたのである。

 彼らは愚かだったが、責めることも難しいだろう。少なくとも、邪悪を司る女神リェーサセッタは理解を示した。

 

 反乱を起こした彼らの主張は、ごく単純で刹那的だった。

 どうせ死ぬのなら、好き勝手して人間らしく最期を迎えたい。そんな自分勝手な理由だった。

 

 彼らは備蓄された食料を貪り、僅かな酒を奪い、気に入らない人間を殺し、女子供に乱暴狼藉を行った。

 

 当時、二十歳のリネアはシノノメと言うワープ技師一族の一般技師に過ぎなかった。

 真面目だけの取り柄の、当人曰くつまらない人間だった。

 

 彼女は反乱を起こした連中の暴虐の怯えながら、自室で震えて過ごしていた。

 

「だれか、助けて……」

 

 そんな彼女に、ささやく声があった。

 

『なぜ、そんなに怯えるのだ。

 お前にはこの窮地を脱する力が有るだろう?』

「止めて!!」

 

 無機質な床から黒い靄が人型を模り、女の耳元で悪を促す。

 

「あいつらを排除したところで、何の意味も無い。

 私達がここで死ぬのに変わりない!!」

『だから、こうしてここで震えて待つだけ、だと。

 お前の死に様は、連中の暴虐に晒され、苦痛と絶望の中で終わることなのか』

 

 奈落のような瞳が、女を見下ろす。

 

『なるほど、それは素晴らしい。

 ならば精々お前の身体で、死を恐れる彼らの無聊を慰めてやることだ』

 

 その直後だった。

 

「ほ、本当に私たちは助けて下さるんですね!!」

「お、お願いです、娘は差し出しますから……」

「わかってる、ジジイとババアには用は無いからな!!」

 

 ドアが開き、そこには見知らぬ男と彼女の両親の姿が。

 

「お父さん、お母さん、どうして……」

 

 聡い彼女は察した。

 自分は実の両親に売られたのだと。

 

「許してくれ、許してくれ、リネア……」

「彼らに従えば、命だけは助かるから……」

 

 父も母も、怯えながら彼女に懇願する。

 

「違うでしょ、どうせ私たちは全員死ぬしかないんだから!! 

 自分たちが痛い目に遭いたくないから、私を売ったんでしょ!!」

 

 悲鳴のようなリネアの糾弾に、両親は目を逸らした。

 

「ごちゃごちゃうるせぇんだよ、お前は黙って股を開きゃいいんだよ!!」

 

 リネアは見知らぬ男に殴られ、部屋の端まで殴り飛ばされた。

 

「いや、止めて、助けて!!」

『生きる意志の無いお前に、なぜ尊厳が有ると思う。

 両親にさえ見捨てられたお前に、なぜ助けが来ると思う?』

 

 服に手を掛けられ、無理やりはがされそうになっているリネアの耳元に、闇が囁く。

 

「……お願いします、助けて」

『ならば、悪を成せ。誰かを殺してでも、生きたいと願え』

 

 リネアは、闇に頷いた。

 

『良いだろう、やはり私達(・・)に必要なのは、自らを導いてくれる存在なのだな』

 

 そうして、闇の化身は机の上に放置されていたリネアの端末にこう言った。

 

「召喚プログラム起動」

 

 それは、ありえない出来事だった。

 リネアの認証が無ければ動かないはずの端末のプログラムが、急に作動し始めたのだ。

 

 召喚術の魔法陣が、虚空に浮かび上がる。

 

「は? なにしやがったてめ──」

 

 リネアに覆いかぶさっていた男は、次の瞬間には絶命していた。

 なぜなら、上半身が綺麗サッパリ消し飛んでいたからだ。

 

「ひ、ひぃ」

 

 血を浴び、リネアは怯える他なかった。

 

「よっと」

 

 そうして、リネアは彼と出会った。

 召喚術の魔法陣から、段差を降りるかのように軽く、床に立った。

 

 その男は、馬鹿みたいな派手なスーツを身に纏っていた。

 両耳や五指には大粒の宝石があしらわれた指輪やピアスを付けている、見るからに悪趣味な成金チャラ男だった。

 

「あ、あなたは?」

「俺様か? 俺様は人呼んで邪りゅ──おっと、今日はプライベートだった」

 

 成金男は、顎に手を当てて少し思案し。

 

「お前は“依頼(ドラ〇エ)”と“物語(F×2)”、どちらが好きだ?」

「は、はい?」

「古典の話だよ。俺様はどちらかというと“物語”の方が好きだ。

 幼馴染か、途中で出会う清楚なお嬢さんか、どちら派だって長年争われてきたが、俺はこう思う。なぜどちらも自分の物にしないのかって。

 ああ、幼馴染とお嬢さんが出てくるのは“依頼”の方もか」

 

 リネアはこんな状況で笑っている彼が何を言っているのか理解できなかった。

 

「で、どちらが好きだ?」

「じゃ、じゃあ、“物語”の方で」

「それじゃあ、零式で良いか。そう名乗ろう。

 我は竜王、零式。シリーズ定番の最強の召喚獣だ」

 

 お前もそう呼べ、と零式と名乗った男はリネアにそう言った。

 

「……召喚獣、あなたが?」

「そうだ。ふーん、なるほど、その魂は……面白い!! 

 気まぐれで応じた召喚だが、これも定められた宿命か」

 

 そこで、彼は振り返って呆然としているリネアの両親を見た。

 

「ところで、これ、お前の両親か?」

「え、あ、はい」

「我が母は、我が父を召喚した際、両親の骸を触媒にしたそうだ。

 こう見えて形式には拘る主義でな」

 

 あ、という前に惨劇は起こっていた。

 リネアの両親は、八つ裂きになっていた。

 

「これが俺様を呼んだお前の代償だ。文句あるか?」

 

 呆然としていたリネアだったが、その口元は弧を描いていた。

 

「いえ、全然」

 

 

 

 

 リネアの召喚獣・零式は圧倒的な暴力で、艦内をたった一人で制圧した。

 

 ブリッジの船長席という玉座に、彼は程なく君臨した。

 

「で、生き残った操船員はこれだけか」

 

 彼の目の前に並ばされたブリッジの職員は、半分以下になっていた。

 これではとても、船を動かすことはできない。

 

「人員どころか、好き勝手した馬鹿どもが機材の多くを破壊しやがった。

 酸素供給機も三割ダウンしてる、船内全域を賄うのは不可能だ。

 航行自体は、AIで補えばなんとか……」

 

 保身の限りを尽くして、何とか生き残っていた副船長がそう口にした。

 彼は真っ先に零式に服従した一人だった。

 

「副船長!! 私はこんな化け物に船を任せるのは反対です!!」

「おい、馬鹿止めろ!!」

「いいじゃねぇか、言わせてやれよ」

 

 いきり立つ若い職員を副船長が諫めるが、くちゅくちゅと口の中で何かを噛みながら話す零式。

 その態度に、並ばされた職員たちも顔を顰めたが。

 

「ぺっ」

 

 零式が吐き飛ばした唾が、今意見した職員の顔に当たった。

 ジュッと彼の顔は溶けてなくなった。

 

「それが、最期の言葉なんだからな」

「「……」」

 

 船員たちは、恐怖で震えあがった。

 見た目は人間そっくりなのに、その本質は、怪物。

 言葉が通じるだけで、意思疎通が可能なわけでは無かった。

 

「これから俺様の言う通りにすれば、お前たちを助けてやる」

 

 船長席の横に立たされていたリネアの腰を抱き、先ほど強烈な酸を吐いた口でリネアの唇を奪った。

 彼女はと言うと、トロンとした表情で、目はハートだった。

 彼女の男の趣味は最悪だった……。

 

「お言葉ですが、艦内は整備もままならず。

 技術職員たちは多くの欠員が生じ──」

「俺の言い方が悪かったみたいだな。

 ──―黙って俺様の言う通りにしろ、生きて祖先の故郷に帰りたいだろう?」

 

 

 零式が整備を命じたのは、生物培養区画だった。

 ここでは、植物や動物をクローニングし、食料とする場所だった。

 

「今からこれと同じDNAを培養しろ、ありったけの数をな」

 

 そして彼が提供したのは、人間のDNAサンプルだった。

 

「人間のクローンを作れと言うのですか!?」

「そうだ、早くしろ。それとも別の人間にやらせるか?」

 

 物理的に首を挿げ替える、そう言われて区画の職員たちは涙目になりながらその指令を実行した。

 

「ダメだ、廃棄しろ」

 

 最初に培養した胎児は、即座に零式が失敗作と断じた。

 

「こ、殺すのですか、この男の子を!?」

「そうだ。男は全部廃棄しろ。てか、性別ぐらい設定できるだろ、お前ら。

 次からは全員、女で作れ」

 

 この倫理を無視した行いに、震えながら職員たちは従うほかなかった。

 

「これは、何をしているのですか?」

「お前たちに、天国の秘密を教えてやろうとしてるんだよ。

 はっはっは、だったら俺様はエイワスって名乗った方が良かったか?」

「ある種の、蟲毒の呪術でしょうか」

「ある意味ではその通りだな」

 

 リネアはただ彼の側で、実験の成果を見守っていた。

 

 やがて、三十にも及ぶクローンを廃棄した頃。

 

「おい、そいつだ」

「これも廃棄でしょうか?」

「いいや、当たりを引いた。思ったより早かったな。

 そのガキを育てろ、そして技術者として教育しろ。

 そいつは間違いなく、お前たちを救うだろうさ」

 

 リネアは、職員たちは、たった今培養されたクローンの赤ん坊を見上げた。

 

「この子が、ですか」

「ああ、神の現身だよ」

 

 零式は、意味深に笑っていた。

 そこで彼は、ああ、と思い出したかのようにこう言った。

 

「ついでに、この子に妹を作れ。

 ただし、別の適当なDNAを使え。こいつと同じ遺伝子で作るな。わかったな?」

「は、はい。でも、どうして?」

「俺様は形式に拘る性質なんだよ」

 

 

 

「彼女の名前は、どうしましょうか」

 

 普通の胎児ならば母親が出産するくらいには大きさで安定した赤ん坊を抱きながら、リネアはぼやいた。

 

「好きに決めろ。名前なんてどうでもいい。

 重要なのは、その器の魂だけだ」

「そうでしょうか」

 

 自分たちの都合で産み出されたこの幼子を、リネアは無下に扱うことはできなかった。

 そこで彼女はふと、植物が培養されているプラントが目に入った。

 

 そこにある植物の名は、レモンバーム。

 

「……メリッサ、なんてどうでしょう。

 花言葉は、思いやり、同情、共感。他人の気持ちを分かってあげられる、優しい子になってほしいです」

「はッ」

 

 それを聞いた瞬間だった。

 零式は心底可笑しそうに大笑いした。

 

「ははははははは!! 笑い殺す気か!! リネアは!! 

 これは傑作だ、こんな笑える名前は他に無いぞ、ははは!!」

「何が可笑しいんですか?」

「はははッ、いやいや、悪い悪い。

 良いんじゃないか、メリッサで。良い名前だと思うぞ、俺様は」

 

 目元の涙を拭い、だが零式は皮肉気にこう言った。

 

「レモンバームの学名であるメリッサは、蜂蜜を意味する。

 知っているか、蜜蜂の女王は産まれではなくたまたまその席に座った者がなるんだ。この意味が分かるか?」

「いえ、零式様の言うことは時々婉曲的過ぎます」

「俺様の事は二人の時はファイと呼べ」

 

 零式は目を細めて、リネアを見やる。

 

「俺様がお前たちを助けてやる対価は、お前だ。

 俺様はお前だけが欲しい。お前が俺様に全てを捧げている限り、俺様はお前たちの願いを叶え続けてやろう」

 

 お前は生贄だ、とリネアは言われたと言うのに、メロメロになって頷いた。

 真面目な学生が悪い男に食い物にされてしまっているような光景に、周囲は脳を破壊されるような気分になるのだった。

 

 

 零式の予言通り、メリッサは神懸かり的な才覚を発揮した。

 産まれて四歳になる頃には、船内の殆どの改修作業を指示し、スターゲイザー号を神の示した座標へと導いた。

 

 そこで女神メアリースと接触した船員たちは、地球に送り届けられた。

 ゼロ・シキの名前で活動してるのは老齢な副船長で、彼はメリッサの指示で動いているに過ぎない。

 実質的に教団を立て直したのは、メリッサだった。

 

「認めない、私は認めない」

 

 かたかたかた、と少女は一心不乱にパソコンに向かっている。

 

「あんなのが、私だなんて、絶対に認めないッ!!」

 

『我が化身を、そんな急場しのぎの完成度で、よくあの窮地を乗り切ったわね。

 ファイニール、あなたの入れ知恵とは言え、これは合格と言っても良いでしょう』

 

『これからは私の分体が代わってあなた達に我が恩寵を与えましょう。

 ……ええ、お前が反発するのは分かってる。私に遭遇した我が同位体は96%の確率で“気に食わない”って感情を抱くもの。

 我ながら、難儀な性格だと思わない?』

 

『お前が自分の存在理由を求めるなら、いつか我が元に来なさい。

 あなたがあなたの才能を窮め、我が無限の一つとなる時を楽しみにしているわ』

 

「あんな奴が支配する世界なんて、認めてやるものかッ!!」

 

 全てを理解したように微笑んできた女神の姿に、幼い少女は憎悪を燃やす。

 あんな奴の代用品として急場しのぎに産み出されたなんて屈辱、彼女の自尊心には耐えられない。

 彼女は自分がそう言う風に設計されているとも知らずに、ただ只管に魂に刻まれた才覚の設計図をなぞる。

 

 そんな憐れな存在を、魔女っ娘みたいな装いの少女が誰にも気取られずに溜息を吐きながら見ていた。

 

 

 §§§

 

 

 

「これから、どうしよう」

 

 アジトから締め出されたストレッタは、とぼとぼと町中を歩いていた。

 非正規の人間である彼女は、当然IDも無ければ親戚も居ない。

 警備システムは教団の関連施設すべてを一括しており、元居た工場にも戻れない。

 

 彼女はこのまま、野垂れ死にするしかなかった。

 だが、運命はそれすら許さなかった。

 

「居たぞ、あのガキだ」

「まったく、探させやがって」

「え?」

 

 ストレッタは、急に左右から腕を掴まれて、路地裏に引っ張りこまれた。

 

「い、痛いです、何するんですか!!」

「大司祭様の命令だ。お前はもう用済みだとよ」

 

 汚い路地裏に連れ込まれ、教団員の男たちは冷酷に告げた。

 

「そ、そんな、リネア様がそう言ったんですか!? 

 私はまだ、お役に立てるはずです!!」

「知るか。メリッサ様の怒りに触れたお前が悪い」

「お前の所為で、俺たちがあの方を世話するんだぞ!! 

 いったいどうしろってんだ、あのクソガキ……」

 

 教団員たちも割と切実に嫌そうだった。

 

「お前が締め出されたせいで、情報漏洩の危険性からアジトも変えないといけないし、これから大変なんだぞ!!」

「そうだそうだ、前週アジト変えたばかりだってのに!!」

「それは、ごめんなさい……」

 

 ストレッタは真面目なので、居た堪れなくなって謝った。

 

「とにかく、死ねや!!」

「ひぃ!! 助けて、お姉様!?」

 

 銃を突き付けられ、恐怖に竦み上がった少女が声を挙げた。

 その時であった。

 

「あ、いたいた!!」

 

 路地裏と言う場所に、場違いな明るい声が聞こえた。

 

「やーっと見つけた。

 ねえねえ、キミキミ、探したんだよ」

 

 教団員たちをするりと抜けて、誰もが見知らぬ少女がストレッタの手を取った。

 

「ねえ、助かりたい?」

「え?」

「助けてあげても良いけど、必ず後悔するよ。

 今死んで楽になった方が、絶対に良いと思うけど、まだ生きたい?」

 

 少女の眼に、不思議と嘘は無いとストレッタは思ってしまった。

 

「誰だ、このガキ?」

「しらん。とにかく、この場を見られた以上始末しないといかんだろ」

「くそッ、ID持ちの処理は面倒なのに」

 

 後ろで話している教団員たちの声が、遠くにストレッタは思えた。

 

「で、どうするの? 

 短い人生で満足する? それとも後悔しながら生きて苦しみ喘ぐ? 

 もう時間は無いよ。ほら、5,4,3」

 

 教団員たちの銃口が、彼女たちに向けられる。

 その引き金に、指が掛かっていた。あと2秒で選択権は無くなる。

 

「ま、まだ、死にたくないです!!」

 

 ストレッタは叫んだ。

 少女は本当に憐れなモノを見る目で彼女を見降ろしていた。

 

「わかりました。

 そう言うことになりましたんで、あとはよろしく。──カノンちゃん」

 

 ストレッタは全く知らない名前なのに、それがなぜか自分の事だと顔を上げた。

 

 

「はあ、なるほど、まるで私の為にしつらえたかのような身体だ」

 

 ストレッタの意に反して、体が、口が動いた。

 

「まったく、二代目の気まぐれは参ってしまう」

 

 彼女は、たまたま持っていたバイオリンの弓を、ゆっくりと引いた。

 

「何やってんだこいつ」

「さあ?」

 

 それは、彼らには反抗にすら見えなかった。

 武器として適さない弓を引いて、それをこちらに向けている。

 子供のごっこ遊びすぎないその行動に、彼らは困惑していた。さっさと引き金を引けばよかったのに。

 

 トン。

 

 弓の弦が鳴った。

 その瞬間、教団員たちは射抜かれた(・・・・・)

 

 そう錯覚してしまうほどの、絶技だった。

 魔法や超能力ですらない、単純な技量。

 

 物理的にも魔法的にも何も起こっていないのに、教団員たちは射られて倒れ伏した。

 身体が射殺されたと思い込んで、勝手に気絶してしまったのだ。

 

「え? 私今、なにをしたの?」

 

 いや、違う。

 

「私の中に、いったい何が居るの!?」

 

 ストレッタは恐怖と混乱で叫び声を上げたのだった。

 

 

 

 

 

「はい、取り逃がした。そうですか。わかりました。

 すぐにこの場を引き払ってください。私達も後から向かいます」

 

 リネアは端末の通信を切った。

 

「彼らを使うのも、そろそろ潮時かもしれませんね」

 

 元々あまり期待していませんでしたし、と彼女はぼやく。

 

「取り逃がしたか、そうかそうか。

 メリッサも順調に仕上がっているみたいだな。嬉しいだろ、リネア」

「嬉しいモノですか。私は彼女が好きに生きていればそれでいいのに」

 

 リネアは聖典に並べられている女神メアリースの自伝を手に取った。

 その最期のページを開く。

 

「才能からは、魂の呪縛からは誰も逃れられない。

 俺たちも、神々でさえも」

 

 彼の声を聴きながら、リネアは最後のページの文字をなぞる。

 彼女はその結末を認めるわけにはいかなかった。

 

 女神メアリースの生前の最期は、義姉妹の契りを交わした義妹に弓で射殺される。そんな終わりなのだから。

 

 

 

 

 

 

 




新キャラのストレッタちゃん、今作のテーマが姉妹愛なのでどうやって出すか考えていたのですが、丁度いいので隠しキャラの依り代になってもらいました。
それが無ければ、適当なところで主人公に保護される感じでした。
でも、そうはならなかった。彼女の苦難は始まったばかり。

一万文字を超えてしまったので、切りの良いところで今回は終わり。
次回は後編です。

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