ポンコツ勇者 VS クソガキ魔王 VS ダークライダー 作:やーなん
クラリスは、目の前の情景を理解できなかった。
自分の想い人が、数名の男女を殺している決定的瞬間を目撃してしまったからだ。
「……レイジ、さん……?」
絞り出すかのように漏らした彼女の声に答えず、部屋の奥に倒れてる少女の前に歩み寄った。
彼は脈拍などを確認した後、虚空に向けて濁った視線を向けていた少女の瞼を手のひらで閉じさせた。
そして、彼は端末を起動させた。
「……こちら01、依頼に有った少女は死亡。
彼女を攫った連中は始末した。後始末を頼む」
『了解。処理班を投入する』
「あと、アクシデントが発生した。
警備会社へ連絡が入ったかもしれん」
『オーケー、お前がミスとは珍しいな』
彼が通信を終えると、すぐに清掃業者の制服を着た作業員が何人も室内に侵入してきた。
作業員たちはテキパキと死体を片付け、室内の血の汚れやクラリスが壊したドアノブなどを修理する。
「彼女は?」
「俺の同僚だ、知ってるだろ」
「分かった、だが目撃されたんだ。始末書は書いておけよ」
「ああ」
掃除を終えた作業員たちが撤収するのと同時に、レイジもクラリスの手を引っ張ってその場から離れた。
「……このことは、ローティは知っているのか?」
自分で口にして、クラリスは思いのほか自分の低い声に内心驚いた。
何とか彼女なりに状況を整理して、彼に問うた。
「逆に聞くが、知らないとでも思うのか?」
「知って、いるんだな」
「俺はまだ仕事が残ってるんだ、詳しいことはハイティにでも聞いてくれ」
「あ……」
バイクに乗った彼に、クラリスは反射的に手を伸ばした。
今ここで彼を引き留めないと、戻ってこないような気がして。
「今日は夕方には戻る。
話はその時にしよう」
そんな彼女の杞憂を振り払い、彼はバイクを発進させた。
「……なぜ、ハイティさんに?」
クラリスはバイクで走り去る彼の後姿を見ながら、そう呟いた。
§§§
「私に話とは、何でしょうか?」
クラリスも一応魔王四天王と言う扱いなので、ハイティへの面会はあっさりと通った。
中央管理事務所の彼女の執務室に、彼女はいつも通り仕事をしていた。
「お仕事の途中ですみません。
でも、どうしても聞いておきたいことがあって」
「同僚の事ですから、お気になさらず」
ハイティはいつもと変りない表情で、クラリスの言葉を待った。
「あの、今日レイジさんにお仕事中に会ったんです。
そしたら、何人も死んでて、後処理の人間も来て……」
「ああ、なるほど、ご存じなかったんですね」
震えて言葉にするクラリスに、ハイティは表情を変えずに言った。
「彼は表向きは運送業者ですが、実は会社ぐるみで裏家業を行っているんです」
「裏家業、ですか?」
「ええ、彼は──復讐代行業の実行役なのです」
クラリスはあまり良くない頭で、その単語を呑み込んだ。
復讐代行業の実行役、つまりは殺し屋だ。
「レイジさんは、殺し屋だったんですか?」
「平たく言えばそうですね」
ハイティはあっさりと、クラリスの言葉を肯定した。
「話はそれだけですか? このくらい、彼から幾らでも聞けたでしょうに」
「……レイジさんは、ハイティさんに聞けと言ってました。
あなたしか知らないこととか、あるんじゃないですか?」
「なるほど、では他に何か聞きたいことはありますか?」
「……じゃあ、このことはローティも承知なんですよね?」
「当然でしょう。
彼を四天王として取り立てたのは私なのですから。
ローティ様へ報告もしています」
ハイティは、当時の事に思いを馳せる。
「ローティ様、先日のテロ被害による補償対象者のリストでございます」
「ふーん、そっちでいつも通り処理しておけば」
いつも通りの、事務的な報告。
ローティは携帯ゲーム機でハイティに視線も向けない。
「……ローティ様にお耳に入れておきたいことが」
「うん? なんなの?」
「補償対象者の一人なのですが、どうやら裏家業の人間のようでして」
ハイティは調査結果を報告した。
復讐は基本的に女神メアリースの統治下で認められない。
社会的秩序に影響が出るからだ。
「必要とあらば、こちらで処理しますが」
「別にどうでもいいじゃん。
復讐も悪逆も、ママの許す権能。そいつがもしかしたら私に挑んでくるかもしれないだろ。
放っておけよ、別にそこまで悪質でも無いんだろ?」
「ええ、まあ」
レイジの所属する会社は、基本的に弱者の味方だった。
依頼者から最低限の報酬しか受け取らず、裏家業と言ってもそれに携わる職員はみなタダ働き同然だった。
「……委細、承知しました」
そんな利益度外視の活動をしている彼らの調査結果を頭に思い浮かべ、頭を下げて彼女は退出した。
「……ローティ様は彼との対決をご所望なのでしょうか」
彼がローティに挑むなんてことは無いだろう、そう思っていたローティとの彼との邂逅は、意外にも早く起こった。
「ローティ様、テロリストが転移による密入界を果たしたそうです。
相手はレギュレーション違反の装備を身に着けているらしく、それらに即応できるのはローティ様だけのようでして」
「別にかしこまるなよ、丁度退屈だったんだ。
ほら、探知機を持ってこい」
「御意のままに」
ハイティは報告したローティに頭を下げて、彼女の指示に従った。
が、レギュレーション違反探知機を手に取ったハイティはふと閃いたのだ。
彼女は探知機からレイジの義手と義足の登録を消してから、それをローティに渡した。
彼女の目論見は達成された。
ローティは無事レイジと戦えたことだろう。
ローティの望みは達せられた、それが一次目標。
そして、第二次目標。
その伏線は義体となった彼をフライングカーに乗せた時だった。
「レジーさんは運送業を営んでいるんですね」
「……俺を調べたのか?」
「ええ、あなたの会社の裏の顔も」
共に後部座席に乗るレイジの視線が、鋭く横の女に向けられた。
「株式会社“イーラ”。
表向きはただの運送会社ですが、裏では復讐の代行を引き受けている。
ただの暴行で済ませる程度のこともあれば、社会的抹殺やより直接的な殺人をも代行しているようですね」
「魔王様は俺たちが目障りだと?」
「まさか、魔王様はあなた方など気にも留めておりません」
彼の言葉に、ハイティは冷淡に応じた。
「むしろこれは、取引です。
魔王様の母神は大いなる邪悪の女神、リェーサセッタ様であらせられる。
これまでのあなたの活動は、反社会的な行動に過ぎません。
ですが、魔王様の公認となれば、誰からも咎めることはできなくなる。
なぜなら、あなた達は女神の代行者となるのですから」
「……俺たちは誰かに認められたいから、報復をやってるわけじゃない」
「でも活動しやすくなるでしょう?
それともこれからも続けますか? この私に睨まれたまま」
「……」
「その義体は、先払いの報酬と受け取って貰っても構いません。
この世界にはあなたのような汚れ仕事を引き受けてもらう人間が必要なのです。
その為にこちらの全面的なバックアップも保証しましょう」
「あくまで、この世界の為だと言うんだな?」
「ええ、全ては魔王様の、延いてはかの御方が統べるこの世界の為となりましょう」
わかった、と彼は頷いた。
まさかその結果、魔王の四天王になるとは思っても見なかったようだったが。
「クラリスさん、少しこちらへよろしいですか?」
「え、何ですか?」
疑うことも無く、クラリスはハイティに近寄った。
「ローティ様に洗脳を施されて、もう二か月以上。
これ以上はあなたの人格にも悪影響がでましょう」
ハイティに自覚は無いだろうが、彼女は少し唇が吊り上がっていた。
「あなたに掛かっていた洗脳を解きましょう」
「あ、あ、あああ!!」
彼女がクラリスの額に手を翳すと、解呪の魔力の光が彼女の脳に作用した。
そうして、彼女は全ての記憶を取り戻した。
「きッさま!!」
「ここで争いますか?」
後方に下がり、今にも飛び掛かる隙を伺い始めたクラリスに、ハイティは柔和に微笑んだ。
「よくも、よくもよくもこの私を!!」
「クラリスさん、もう良いではないですか」
「何がだ!!」
いきり立つクラリスに、あくまでハイティは平常通りだった。
「この二か月間、レジーさんとローティ様と暮らしてどうでしたか?」
「ッ!!」
「あなたが復讐に囚われる気持ちは理解できます。
ですが、それは穴埋めできないものなのですか?」
クラリスは、彼女の言葉を聞いてはいけないと分かっていながらも、聞かずにはいられなかった。
「私の母は人間です。
かれこれ私も180歳になるでしょうか。
母との死別は悲しく寂しかった、でも多くの兄弟や姉妹たちが支えてくれました」
「寿命で亡くなったあなたの母親と、魔王に親兄弟を殺された私は違う!!」
「憎しみ、ですか。
そこまで言うなら止めません。
今日はお帰り下さい、そして武器を持ってまたくればいい」
ハイティは退出を促すように、扉に手を向けた。
「ですが、忘れないでください。
魔王様と戦うと言うことは、我ら四天王と戦うことだと」
「……ッ」
「あなたはレジーさんに刃を向けられますか?
彼を斬って修羅になったとしても、あのサイズさんを倒せるのですか?
尤も、彼はあなたとの果し合いを望んでいる節もありますが」
「くぅ……」
俯き、拳を握るクラリスに、ハイティは事務机の前から立ち上がり、彼女の肩に手を置いた。
そして、囁くように彼女の耳元で言った。
「これまで通りで、良いじゃないですか。
あなたは洗脳されたふりを続ければ、何もこれまでと変わらない。
レジーさんはあなたがアプローチを続ければそのうちあなたの想いに答えてくれるでしょうし。
ローティ様も、あなたを愛してくれる」
「く、くそッ、くそッ!!」
「思い出の中の家族は、あなたを愛してはくれないのですから」
ぼたぼた、と涙で床を濡らすクラリスに、ハイティはこれでも彼女なりに彼女を慰めていた。
「勇敢に戦って死ぬことを、メアリース様は美徳としています。
ですが、私はあなたの妹さんがあなたの勇敢な死を望んでいるとは思えないのですよ」
眼鏡の縁を抑え、彼女は執務机の前に戻った。
「好きなだけ悩み、好きなだけ苦しみなさい。
そして何かを割り切りながら生きるのが、人生と言うモノです」
ハイティはクラリスが泣き止むまで、追い出したりせず黙って仕事を再開した。
§§§
「…………」
クラリスはボーっとしながら、中央管理事務所から自宅へ帰宅した。
すっかり慣れてしまった、我が家に。
来るべきではなかったのに、彼女は来てしまった。
「……ただいま」
「おかえりー」
玄関からリビングに入ると、携帯ゲームをしているローティがだらしなく床に寝転がっていた。
テレビは見てもいないのにつけっぱなしで、お菓子の袋が散乱している。
「あー、もう、またこんなに散らかして」
それを見たクラリスは反射的にゴミを片付け始めた。
「ローティ、昨日と同じ服のままじゃないか。
ちゃんと昨日はお風呂に入ったの?」
「私、汗かかないから服も汚れないし汗臭くならないもん」
「汗は搔かなくても服は汚れるんだ!!
ほら、お風呂に入るぞ!!」
クラリスはローティを抱えて風呂場に引っ張りこんだ。
「ほら、服を脱ぎなさい!!」
「むー」
彼女は手際よくローティの服を脱がすと、風呂場に放り込んだ。
クラリスが給湯器のスイッチを押すと、すぐにお風呂にお湯が満たされた。
「ほら、お風呂に入る前には体を洗って!!」
「だから私は人間みたいに皮脂が出たりしないんだって!!」
「いいからほら、シャンプーするからね」
クラリスはローティを洗面台の前に座らせて、彼女の髪の毛を洗い始めた。
「気持ちいいかい? レイジさんにも好評なんだぞ」
「あっそ」
風呂場を使うのは、基本的にクラリスたちだけだった。
レイジは義体なので頭を洗うくらいしか風呂場は使わない。
「ふぅ、気持ちいいな」
「お風呂ってめんどくさい、魔法で汚れを除去すればいいじゃん」
そんな風情の無いことを言うローティを風呂に入れると、その対面にクラリスも入った。
「ちゃんと百まで数えるんだぞ」
「……いーち、にー、さーん」
ローティが数を数える声が、風呂場に響き始めた。
「あ……」
ようやくひと段落して、クラリスはハッとなった。
「なに泣いてるの、お前」
「違う、違うんだ……昔もこうして一緒にお風呂に入ったなって、思い出して」
「ふーん、まあそんなこともあったかもね」
洗脳されている間も、クラリスはクラリスのままだった。
まるで脳がバグったかのようだった。
クラリスはローティに対して情が湧いていたのだ。
憎っくき宿敵のはずなのに、こうして肌と肌が触れ合っている。
今にでもこの首を絞めてやりたいのに、その選択肢を取れない。
「……ローティは、知ってたんだよね。
レイジさんが、殺し屋だったってこと」
「それがどうしたの?
あいつはママの代わりをしてるだけじゃん。
私の部下なんだから、当たり前でしょ」
ローティはにやりと笑って、クラリスの頬に触れた。
「この世界の統治任務が終わって、次の仕事先が何になるかは知らないけど。
その時は私の為に、──いっぱいデク人形どもを殺してね♪」
その時、クラリスは表情に出なかったのは奇跡だっただろう。
「……ああ、任せろローティ」
彼女はぎこちなく笑って見せた。
「楽しみにしてるよ、お姉ちゃん♪」
ローティはクラリスの手を取ると、その手を己の首元に添えて無邪気に笑った。
主人公の属性は、中立:善です。
善人が悪いことをすることもあるように、悪人が善いことをすることもある。
良いヒトが悪人であることが矛盾しないように。
万人を救うヒーローがいるように、影から悪人を裁くダークヒーローもいる。
主人公もまた、数多くいるその一人なのです。
では、また次回。
次は彼の過去へと迫ります。