ポンコツ勇者 VS クソガキ魔王 VS ダークライダー 作:やーなん
彼に連れて来られたのは、魔族が住む自治区だった。
女神メアリースは度々移民政策を行っており、別の世界で溢れた人口を更に別の世界に移動させて均等化を図っている。
この地区に住む住人も、人間以外の種族ばかりだ。
そんな異種族で賑わう町の一角にある、魔族の教会にクラリスはやってきた。
「これはこれは、聖上が女性を連れてくるとは」
「ぶち殺されたくなかったら席を外せ」
サキュバス族らしき神官がニヤニヤと二人を見て笑ったが、サイズに睨まれやれやれと立ち去った。
「これは……」
クラリスは聖像を見上げた。
人間が崇める二柱と違う、魔族の神の像だった。
「なぜ人間を魔族は崇めるんだ……」
だが、その聖像が模っているのは、美女の姿だった。
恐らく枕詞に“絶世の”と付くだろうレベルの。
「連中が崇めているのは、月の女神だからだ。
魔族には夜の眷属と称される夜行性の種族も多いからな。
まあ、あんな女の何が良いのか分からんがな」
「そうなんですか……」
まああの二柱を崇めるよりはマシかも、とクラリスは思った。
「それで、何の話だ」
大胆にも彼は聖像に背中を預けてクラリスに尋ねた。
「……実は」
クラリスは話した。
レイジが殺し屋だったこと。
自分の葛藤や迷いを。
「馬鹿馬鹿しい」
それらを、彼は切って捨てた。
「馬鹿馬鹿しいって……」
「お前は根本的に見当違いをしている」
「見当違い……?」
「そもそもの話だが、なんで人殺しが悪いんだ?」
死神は勇者に問うた。
「そんなの、わざわざ言うまでもないでしょ!!」
声を荒げるクラリスに、サイズは笑ってこう言った。
「いつだか、俺の前に破滅思想のカルトどもが来たことが有る。
そいつらは俺の前に首を垂れてこう言った、あなたに殺されれば来世は幸福になれる、と」
「そんな馬鹿な……」
「これがあながち間違いでも無かった。
メアリースの奴は不幸な人間には来世の境遇を考慮してくれる。
──俺に出会って殺されるのは、最高に不幸な出来事らしい」
当人が言っていた、と事も無げに笑うサイズ。
その笑みに、クラリスは背筋がゾッとした。
「あのつまらない魔王の仕事で住人を皆殺しにしても、同じことだ。
失敗作の世界に不幸にも産まれてしまった連中は、それよりマシな来世が約束される。
どうせ死ぬなら、より不幸な目に遭って殺してやる。魔王軍の連中が住人をオモチャにして殺すのはそういう理屈だ。
ついでに、殺しでしか得られない悦楽を求める連中も満足させてやれる」
「狂ってる……」
「だが、それがこの世の仕組みだ。
楽園の創造を目指す、女神の最大公約数ってわけだ」
万人の求める幸福など、この世に存在しない。
人間は社会的な動物であり、共同体を作りそこで生活する以上、誰かが我慢しなければならない。
全員の幸福を最大化する場合、その最大公約数を求める他ないのだ。
「そして、お前もだ」
「……私が、何ですか」
まるで何も分かっていないクラリスに、サイズは鼻で笑った。
「お前の肉体はよく仕上がってる。
その年齢でそこまで鍛えるのには、優れたスポーツ科学に基づいた効率的で合理的な訓練が必要だったはずだ」
「それが、なにか?」
「分からないのか、それは結局、メアリースの奴が人類に与えたモノに過ぎないってことだ。
お前の強さは、そもそも奴の恩恵なんだよ」
「それは、そんなことは!!」
「だいたいな」
呆れたように、サイズは溜息を吐く。
「お前の価値感、倫理や道徳、それら全ては結局のところメアリースの都合で人類に広められているに過ぎない。
お前を構成する全てにおいて、あの女が関わっていないものなど何一つとして無い」
無情な言葉だった。
だが事実を突きつける決定的な言葉だった。
「私の復讐心でさえも、奴のものだっていうのか!!」
「そうだ。仮にお前が魔王を倒してみろ。
──スゴイ、よくやった、お前は最高傑作だ、そう言うに決まっている。
奴はお前たちに何をされても問題のない範囲での、自由しか与えていないんだからな」
それが、この世の現実。
クラリスが何をしたところで、神々には何の痛手にもならないのだ。
「そんな、馬鹿な……」
「お前を苛んでいた葛藤や矛盾がいかに見当違いで馬鹿馬鹿しいか、これでわかっただろ」
膝を突いて打ちひしがれるクラリスに、サイズは次々と言葉を並べる。
「お前はお前のやりたいことだけをすればいい。
本当の強さが欲しいなら、死者を言い訳にするのはやめろ。
過去に囚われ続ける限り、お前はこれまでと何も変わらない弱さと矛盾を抱えたままだ」
「……過去を、乗り越えないといけないんですね」
「そうだ。別に何も、捨てろと言っているわけじゃない」
自分の心の中で整理を付けようとしているクラリスに、サイズは背を向けた。
「俺も昔はがむしゃらに強さを求めてたこともあった。
だがある時、最強の魔剣を手にするには、ある女に服従する必要が有った。
最初に会った時から気に食わない、女神のような女だった。
俺は最強の魔剣を手にし、心に決めた。この女を必ずぶっ殺してやると」
サイズが聖像を見上げると、ただの石像のはずが口元が吊り上がっていた。
「気に食わないなら気に食わないなりに、利用してやればいい。
そしてどうしても我慢ならんのなら、剣を取ればいいだけのことだ」
「あなたは、自分で正しさを決めているんですね」
「世間一般の正しさとやらも、メアリースの決めたモノだ。
お前が何をしたいかなぞ、自分で決めろ」
クラリスは少し思案した後、一度頭を下げて魔族教会から去った。
「……珍しいものを見たわ。
あなたが誰かに優しいなんて、気味が悪いわね」
すると、聖像がまるで人間のように口を開いた。
「俺が優しい言葉を掛けたように見えたのか?
違うな、あいつはどんな選択を取ろうと、最終的には剣を取る。
それしかやり方を知らないからだ。
その時に俺は、最高のコンディションのあいつと戦えればそれでいい」
ああ楽しみだ、と死神は不吉に笑う。
そんな彼を聖像はうっとりした様子でずっと見ていた。
§§§
「こんなことを頼んでしまって、すみません」
「いえ、このくらい何てことありません」
答えを決めたクラリスは、行動に移した。
その為に頼ったのはハイティだった。
「それに、こんなこと、などと言わないでください」
ハイティは目の前の物体を見下ろし、そう口にした。
それは、お墓だった。
遺灰の代わりにクラリスの故郷の砂が納められた、誰も眠っていない形だけのお墓だ。
「……私、四天王を続けようと思います」
「そうですか、それは良かったです」
「だけどそれはそれとして、ローティと決着を付ける必要が有ると思っています」
「……そうですか」
ハイティは天を仰いだ。
やはりそうなるのか、と。
「あ、今度はそんな悲壮な感じじゃないです。
そう、あれ!! 姉妹喧嘩みたいなものですよ!!
……私もそろそろ、前を見て進まないといけないですから」
「……強いのですね、クラリスさんは」
「とんでもない。弱いから、こんなにも多くの人を頼って、時間も掛りました」
クラリスは妹の名前が刻まれたお墓に手を当てると、罪悪感に満ちた引きつった笑みを浮かべた。
「ごめんねクレア、私は故郷のみんなの期待には応えられなかったよ。
でも私にはそれしかなかったんだ。ずっと重荷だった。
ローティは憎いよ、憎いけど……ただ倒しても何の意味も無い。
だったら私は生きて、意味を見出すよ。それが、生き残った私の義務だから」
言い訳だ、と内心自嘲しながらクラリスは墓石から離れた。
どのように言い繕ったって、物事を自分の都合の良いように言い換えたに過ぎないと、彼女自身が分かっていた。
「なぜ父が、人間を愛したのか少しだけ分かった気がします。
私の母もあなたのように周囲の偏見に負けない強い女性だった」
どこか感傷に浸るハイティに、あえてクラリスは声を掛けなかった。
「クラリスさん」
その声に、クラリスは振り返った。
身の丈以上の木の杖を抱き抱えているレイアが居た。
「ああ、レイアか。
マザー達にもお礼を言わないと。
妹のお墓を置いてもらうんだから」
「きっと、妹さんは安心していると思いますよ!!
だって、だって、ずっとあなたを心配していると思いますので!!」
なぜだか、その言葉でクラリスの奥底から無性に涙が溢れて来た。
「ありがとうレイア。
なぜだろうな、キミにそう言われると、どうしようもなく胸が切ないんだ」
容姿は似ていないのに、どうしてかクラリスはレイアと実妹を重ねてしまった。
それは同じ魂を持つ者ゆえか、それとも別の何かか。
「クラリスさん、姉さんも会いたがってますよ。
偶には一緒に遊びに行きましょう。
それで、それで、いっぱい楽しいことをしましょうね」
「ああ……それは素敵だね」
それはきっと素晴らしい未来だろう。
だけど、それを得るにはまだクラリスにはやるべきことが有る。
「だけど、もうちょっと待っててくれ。
私はあの人のところに行かなきゃならないんだ」
「……分かりました。待ってます」
自分の姉と同じ魂を持つクラリスに、レイアがどうしようもないほど既視感や親近感を感じてしまうのは同じだった。
だから、彼女もクラリスを信じて待つことしたのだ。
§§§
魔王の四天王には、数多くの特権が存在する。
女神の代行者たる魔王の側近なのだから、業務を円滑に行う為の権限でもあった。
「思いのほか早い再会だったな」
その一つに、女神への謁見の権利も存在した。
「リェーサセッタ様、あのッ」
「まあそう逸るな。このままでは話しづらかろう」
女神の化身と対面したクラリスだったが、それを彼女は制した。
そして、自らが纏う靄を拭うように手を払った。
クラリスはギョッとした。
闇を纏う女神の、真の姿を見てしまったからだ。
そう、邪悪を司る女神の姿は、あまりにも────普通だった。
クラリスはもっと、悪そうな微笑みが似合いそうな美しい悪女を想像していた。
だが、姿を現した彼女は愛嬌のある顔立ちなだけで、絶世の美女とは程遠かった。
「くく、女神ならさぞ美人だろうと、よく驚かれる」
「いえ、そんな」
そんな不敬なことを言える輩は、恐らく存在しないだろうとクラリスは思った。
地球なら西洋人としてなら普遍的な容姿の女神だったが、その奈落のような紅い双眸だけは健在だった。
「用件は、理解している。
私はあらゆる人間の悪の心の中にいる。
お前もまた、人間である限り悪からは逃れられないのだから」
クラリスは無言で女神に頷いた。
「ローティと戦うそうだな」
「申し訳ありません」
「なぜ謝る。私はお前の行いの全てを肯定しよう。
だが先立って、我が盟友に代わってお前の妹に対する仕打ちを詫びよう」
クラリスにとって、女神リェーサセッタはとてもとても偉いという認識だった。
だから、そんな彼女が軽くとは言え頭を下げて謝罪の言葉を述べたのは意外だった。
「……なぜ、今更そんなことを?
それに私の住んでいた世界全てを壊したことじゃなく、クレアに対してだけ……」
「お前の故郷を滅ぼしたのは、ただの業務の一環に過ぎないからだ。私の仕事の結果を正しく行っただけの事、それそのものには謝るつもりは無かった。
だが、我らの方針でお前の妹は転生することもなく消滅した。
この方針は間違いだったとして、お前の知るようにスラムの人間の命はリコールされた。
お前に対する謝罪も、それと同じことだ」
クラリスは大きく息を吸って、吐いた。
彼女は努めて冷静でいようとした。
「あなたに謝ってもらったところで、クレアは帰ってこない」
「そうだな。だから可能な限りの誠意を見せよう」
人間という生き物は、神様をやたらと善悪やら秩序やら混沌やらでカテゴリ分けするのが大好きだとクラリスは知っている。
その点において、この邪悪の女神は間違いなく秩序の側の存在だと彼女は理解した。
そして、女神は両手を広げて、こう言った。
「クラリスよ、我が娘とならないか?」
「え?」
クラリスは、一瞬何を言われたのか理解できなかった。
「娘、ってことは……」
「そうだ、これはお前を見込んでのことだ。我が盟友も賛成してくれている。
お前を、永劫の家族にしてやろう」
「バカにするのもいい加減にしろ!!」
ついに、クラリスも耐えられなくなった。
「家族と言うのはッ、亡くなったら足せばいいとでも思っているのか!!
それが、母たる神の言うことなのか!!」
怒鳴り散らしたクラリスを、女神は黙って見ていた。
「失言を許せ、お前を試したのだ」
「はあ、はあ、はあ……」
「だがまあ、本気ではあったがな」
彼女は肺の空気を全て吐き出したクラリスを見て、愉快そうに唇を釣り上げていた。
「なにが、おかしい」
「この世に邪悪が有るのならば、それの対になる正義があるとは思わないか?
だが、“正義”とは我が盟友の齎す文化に過ぎない。
結局のところ、正義とは生きやすくするための方便なのだ」
「そんなの、身も蓋も無い……」
「だからこそ、揺るぎない信念に裏打ちされた本物の正義を私は求めずにはいられないのだ」
絶対の正義など、この世に存在しない。
だが、それを求めるのは邪悪の女神とはなんたる皮肉か。
「お前は本当に、私を愉しませてくれる」
「私は、あんた達のオモチャじゃない」
「気分を害したのなら悪かった、これはどうしようもない私と言う存在の性質なのだ」
悪気が無いことだけは理解したので、クラリスは一応矛を収めた。
なにより、これからお願いごとをする立場なのだ。
「雑談はこれまでにしてください」
「その前に、お前に渡すモノがある」
女神は虚空から引っ張るように、それを取り出した。
それを見た瞬間、クラリスは強烈な既視感に襲われた。
“それ”は、一振りの剣だった。
「伝言もある。自分にはもう必要無い、そうだ」
反射的に、クラリスはその剣を受け取った。
その剣を手にした瞬間、彼女の脳には存在しない記憶が溢れた。
運命の選択をしたクラリスは、クラリッサの死を己の視界で目の当たりにした。
そうして、現れたのがこの“魔剣”だった。その記憶が、その魔剣からクラリスに逆流していた。
「我らの存在は、難儀なものでな。
時間の概念や因果律、並行世界を超越して偏在しているのだ」
彼女の言う女神は、人間出身だ。
だが、神になった時点で過去・現在・未来、あらゆる因果関係から切り離される。
だから神になったのではなく、彼女は初めから神であったことに気づいたのだ。
それは彼女が人間として産まれるより以前より、悪という概念があったのと同じように。
「選択というのは、言うなれば分かれ道。
右もあれば左もある。お前がこちらに居るならば、あちら側をも存在しなければならない」
クラリスは、幻視した。
女神の提案を受け入れた自分が、彼女を見下ろしているのを。
「他ならぬ自分自身からの贈り物だ。素直に受け取れ。
それさえあれば、あの死神とも渡り合えるだろう」
邪悪の女神が、愉快そうに笑っている。
光り輝く英雄譚を待ち望む子供のように、絶対の正義の存在を証明したがっている。
「うう、ううぅぅ……」
クラリスは全てを知った。
己の愚かさや、その結果を。
そして、その過程で最愛の人をその手で殺めた事実を。
「ありがとう、私はもう間違えないよ」
彼女は自分の半身を抱きしめた。
涙を流しながら、別の選択をした自分の後悔を受け止めた。
「……お願いです、リェーサセッタ様。
私を、レイジさんの元に行かせてください」
「良いだろう。お前もまた、我が娘の四天王なのだ。
もう一つの仕事を体験するのもよかろう」
クラリスの意識が、落ちていく。
だが、それでも彼女は寂しくなかった。
もう一つの自分が、その手に在るのだから。
次回はいよいよ主人公視点に戻ります。
なるべく早く書き上げますね!!
それではまた、次回!!