ポンコツ勇者 VS クソガキ魔王 VS ダークライダー   作:やーなん

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苦痛と悲嘆

 

 

 

「と、いうわけで、俺たちの次の任務は子供の回収だ」

 

 隊長からの作戦目標に、リーパー隊の面々は困惑した様子を見せた。

 

「隊長、質問です」

「なんだ、言ってみろ」

「どうせ滅ぼすのに、なんで子供だけ助けてやるんですか?」

 

 彼らはここの魔王様が今更になって慈悲を示すのが理解できないようだった。

 勿論、俺もそうだ。

 

「俺が知るわけないだろ。

 俺たちはただ、上に命じられた仕事をこなすだけだ」

 

 隊長は面倒くさそうに軍帽を被り直した。

 

「最寄りの町に向かう。

 この世界の殆どはもう既に魔王様の勢力下だ。

 子供の引き渡しに応じるなら、手荒な真似をする必要も無い」

 

 隊員たちが、隊長の言葉に笑みを浮かべた。

 それは逆に言えば、相手が要求に応じないなら手荒な真似をしても良いと言うことになる。

 

「もう既に魔王様の勢力下なら、すんなり終わると良いですね」

「だと良いがな」

 

 そう言ったリー自身も、すんなり終わってはくれないと内心思っているのだろう。

 俺も内心不安に思いながら、どうかあっさりと終わってくれと願うばかりだった。

 

 

 

 当然、そう簡単にはいかなかった。

 

 リーパー隊に支給された装甲車数台を走らせ、最寄りの町へと辿り着いた。

 この世界の魔王軍とは黒子の軍勢なので、俺たちが出向いた時は一悶着あったがリーさんが仲介してくれて事なきを得た。

 

 そして、町長を呼び出しこちらの要求を突きつけた。

 

「こ、子供をですか!?」

「そうだ。魔王様の慈悲により、この世界の十五歳以下の子供は滅亡から免れる。

 これは決定事項だ。お前たちも子供の命が惜しいなら、魔王様の慈悲に縋れ」

「……やむをえませんな」

 

 町長である百歳近いだろうスーツの老人が、悲壮な表情で頷いた。

 程なくして、町長が町内に放送を行い、子供たちとその親がやってきた。

 彼らは別れを惜しむように子供たちを抱きしめ、或いは疲れたように子供たちの側に佇んでいた。

 

「町長、この町の人口はどれくらいだ」

「約五万人です。該当する子供の人数は約600人ほどです」

「……少なすぎる。連行の為の手段は問われていないことを忘れてはいないだろうな?」

 

 隊長は隠しても為にならないと町長を睨むが。

 

「とんでもございません!! 

 最近は結婚をする若者も少なく、子供を産む女性は更に少なく……」

「なぜだ。なぜ資料でみた出生率以上に深刻な状況なんだ?」

「……我が子が産まれても、どうせ使い潰されるだけでしたから」

 

 必死に弁解した町長は、隊長の問いに悲しそうに肩を落とした。

 

「上の人間は若者の立身出世を許さなかったのです。

 新進気鋭の若者は、利権を守るために権力者たちに潰される」

 

 町長はこの世界基準では老人とは言い難いが、年相応に老いて見えた。

 

「なるほどな」

 

 隊長が納得した、その時である。

 またもや待機していた部隊の後方で金切り声が聞こえたのだ。

 

 すると、狂気のサキュバス・エリザベスがケダモノのように飛び出してきて子供たちの親に飛び掛かろうとした。

 

 危ない、と俺が彼らを庇おうとした瞬間には隊長が腰の拳銃を抜いていた。

 

 号砲が一発。

 狂ったサキュバスは撃ち落とされた。

 

「おい、エリザベス。しっかりしろ」

 

 彼女は致命傷だったが、リーパー隊は死ねないのですぐに元通りになった。

 隊長が撃ち落とされた彼女に近づき、ぺちぺちと顔を叩いた。

 

「……た、隊長」

 

 我に返ったのか、彼女は隊長に縋りついてすすり泣き始めた。

 

「たいちょ~、なんであんな老醜に満ちた連中が生きてるのよぉ!! 

 醜い、醜い、醜くて醜くて殺さなきゃアタシはダメなのよ~!!」

「わかったわかった。

 こいつらはどうせ生きる価値も無いゴミどもだ。

 機会なんて幾らでもある、我慢しろ」

「うう、ううッ、ううう~~」

 

 隊長は苦笑いしながら彼女を慰めていた。

 俺はこの世界の住人たちを見た。

 

 隊長にゴミ扱いされたのに言い返す気力も無い人々を。

 

 

 

 §§§

 

 

「この世界の住人はゴミなんだろ。

 いつもみたいにみんなに殺させたりしないのか」

 

 俺は疑問を隊長にぶつけた。

 輸送車両に揺られながら詰め込まれた子供たちを見張っている俺とリーさんは、不安に揺れていた。

 隊長は幼い子供たちに毛皮をもモフられていた。

 

「魔王様からは、子供たちを護送する以外は好きにしていいと言われた」

「なら、なぜ?」

「好きにしていい、と言われたのは俺であって俺の部下たちではないからだ。

 あの町の住人どもは、俺たちの要請に素直に応じた。

 俺は約束を守る。それが軍規と言うモノだ。戦争はルールがあってこそ、見境なく殺すのならそれはただの暴徒だ」

 

 俺には彼のこだわりがよく分からなかった。

 魔王軍に軍規なんてものは無い。

 ただ上に従う、それだけだ。

 

「そんなルールに、何の価値があるんだ」

「俺が戦争をしたいからだ。

 その為には相手の宣戦布告も待つし、死ぬまで撃つなと言われても従う。それが軍人と言うモノだ」

 

 彼の言っていることは、おそらく正しい。

 ただ、その正しさはある意味異質だった。

 

「だが、もうこの世界は戦う相手なんて居ない。

 あんたの望む戦争は出来ないだろうさ」

 

 もうこの世界には、魔王様と戦う気力なんてないのだから。

 

「さて、それはどうかな……?」

 

 隊長はニヤリと俺に笑って見せた。

 それが現実となるのは、そう遠くない未来だった。

 

 

 俺たちは子供たちの護送を終え、次の町へと向かった。

 そして、俺は隊長の言葉の意味を思い知った。

 

「隊長、町から火の手が上がってます!!」

「やはりな」

 

 リボルバー銃の整備をしていた隊長は唇の端を釣り上げた。

 

「いったい何が起こってるんだ!?」

 

 俺たちが町の外壁に到着すると、町の入り口は破壊されていた。

 この世界にも魔物は居るので、それらから守る為に防壁で守られているのだが、その入り口が何らかの兵器によって爆破されていたのだ。

 

「もうわかってるだろ、新入り」

 

 もう戦いの準備を終えているリザードマンが、俺の肩を叩いた。

 背後には、楽しそうに笑っている隊員たちが並んでいた。

 

「作戦目標を伝える。

 町内の民間人の保護及び脅威の排除だ。

 各自散開して行動しろ、以上だ」

 

 隊長の命令が下った。

 これまで鎖に繋がれていたケダモノたちが、一斉に解き放たれた。

 

「私達も行きましょう!!」

 

 あいつらには任せておけないので、俺もリーさんに頷いた。

 

 

 

 町の中では、黒子の軍勢が暴れていた。

 彼らが魔王の手下としてこの世界の権力者を倒す為に統率されていた時の面影は無かった。

 あちらこちらから悲鳴と怒声が聞こえている。

 

「子供の死体もある……。見境は無いのか!!」

 

 路上に、子供を庇って死んだ大人の死体が転がっていた。

 そのどちらも生きてはいない。

 

 俺たちが先に進むと、更なる悲鳴が聞こえた。

 

「なんだよお前たち、味方じゃなかったのか!?」

 

 黒子達が、エリザベスに遭遇していた。

 

「お前たちもどうせ、私を醜いというんでしょ!? 

 同族たちが当たり前のように持っていた美貌を持たない私を!!」

 

 ヒステリックに叫ぶ彼女は爪を鋭利に伸ばして黒子たちを串刺しにして、生命力を奪いつくしている。

 

「老いさらばえたこの醜い世界ごと、滅んでしまえ!!」

 

 彼女の絶叫が、周囲に響き渡った。

 すると、向こうから黒子の集団が走って来た。

 

「おい、お前たち、助けてくれ!! 

 仲間たちが民間人を襲い出したんだ!! 

 止めようにも、俺たちは見分けがつかなくて」

「わかった、俺たちも手伝おう。

 おいエリザベスッ、こいつらは襲うなよ!!」

 

 どうやらまともなメンツも居るようだった。

 俺たちは彼らと協力して、民間人の救出を行った。

 

 

 

「助けられたのは、これだけか」

 

 隊長は外壁の外に連れ出された子供たちをみやった。

 その数は百人程度しか居ない。

 そのほかの民間人も多くいるが、そもそも彼らは救助対象ではないので子供のみを優先された結果である。

 

「たったこれだけしか生き残ってないのか……」

「この世界の兵器は破壊力はあるからな。

 そんなもんを町中でぶっ放せばこうもなるだろう」

 

 隊長は半壊した町を見てそう言った。

 

「隊長、暴徒は全員皆殺しにしました」

「ご苦労、おいドクター!! 生き残りの容態を見てやれ」

「了解です、隊長」

 

 白衣を纏った山羊の獣人が頭を下げて救出した子供たちの容態を見始めた。

 彼はリーパー隊専属の医師にして、当然ながら殺人鬼だった。

 とは言え隊長の命令に従い、迅速に救護に当たっていた。

 

「隊長、黒子どもを集めてください」

「どうした、ヨコタ」

「私は使い魔を放って、上空から隊員に救援の指示をしていたのですが」

 

 吸血鬼のヨコタは隊長の耳元でこう言った。

 

「住人に暴行を働いた何人か、救助に回った黒子たちにしれっと合流したのを見ました」

「確かか? いや、当然考慮すべき可能性だったな」

「その場で始末すればよかったのですが、何分こちらも忙しかったので」

「いや、構わない。よく伝えてくれた」

 

 隊長の労いに、彼は恭しく一礼した。

 

「彼らの中に、敵が混じっているのか」

 

 さてどう料理しようか、と隊長はにやにや笑い始めたが。

 

「隊長、俺にやらせてくれ」

 

 近くで怪我した住人の応急処置を手伝っていた俺は立ち上がり、隊長に言い募った。

 それを聞くと、彼はうむと頷いた。

 

 

 

「いったい何が始まるんですか? 

 まだまだ処置が必要な怪我人がいるのですが」

「まあ聞いてくれ、この中に住人に暴行をした者がいると俺の部下たちが目撃した」

 

 集められた黒子たちは、それを聞いてざわめいた。

 

「そんな、まさか。でも、私達はもう見分けがつかないから、ありうる話では……」

「連中は保護対象の子供まで殺した。

 彼らはメアリース様の保護の元で教育を受けて、やがて社会の一員となるべく存在だった。

 つまりは、女神様の資産を奪い取った罪人なのだ。

 当然、この場で洗い出して処罰する」

 

 彼らはそれに動揺したようだったが、すぐに重々しく頷いた。

 

「子供はこの世界の数少ない宝だ。

 それを殺す輩に、慈悲など無い。

 しかし、それをどうやって洗い出すんだ?」

「まあ見てろ」

 

 隊長は俺を一瞥した。

 

「この中に、暴徒に親類縁者を殺された者は居るか?」

 

 俺は救助された住人たちに問うた。

 

「俺は目の前で弟を殺された!!」

「私は子供を連れて逃げようとしたら、家の中で家族がみんな死んでいたわ!!」

「パパとママが死んじゃったよぉ!!」

 

 俺の問いに、人々は怒りと憎しみの怨嗟を上げた。

 その声に応じるように、俺の右腕が熱くなっていった。

 

「邪悪と悪逆を司る、大いなる女神リェーサセッタよ!! 

 かの者の代行者として、我はその権能を執行する!!」

 

 俺は改造された右腕の義手のスリットを開く。

 そこから、黒塗りの刃が飛び出した。

 

「これは女神様に与えられた代行者としての神器。

 一度この刃が怨念で満たされれば、必殺の刃として機能する。

 だが──」

 

 俺は、助けを求められ今まで一緒に作業していた黒子の彼に刃を突き付けた。

 

「な、なにをッ」

 

 彼は驚いてのけぞったが、俺はそのまま刃で彼を突いた。

 

「え、あれ?」

 

 彼は確かに勢いよく刃で突かれたのに、痛みも何も無いので困惑していた。

 

「見ての通り、これは決して報復の対象以外を傷つけることは無い。

 順番に並べ、一人ずつあらゆる罪科を見通す女神の刃で調べてやる」

 

 俺がそう言うと、彼らは素直に従った。

 或いは、ただの脅しと取られたのかもしれない。

 

 だが、それは希望的観測だ。

 

「あがッ」

 

 一人目から数人で、さっそく刃が突き刺さった。

 

「な、なんで、俺はなにも」

「言ったはずだ。必殺の刃だと。

 軽く傷を付けられただけでも、致死に至る」

 

 尤も、俺は軽く突いた覚えは無いが。

 

「どうしてだよ、好きにしていいって、言われたのに……。

 バレない、はずじゃ」

「それ以上その口を開くな、ゴミクズ野郎」

 

 俺は彼の顔面を掴んで、その口を封じた。

 

「この刃の冷たさをじっくりと味わって、リェーサセッタ様に己の罪科を問え」

 

 俺はゆっくりと、彼の胸に神器を突きたてた。

 彼は口から血を吐きながら、息絶えた。

 

「さて、あと何人居るかな」

 

 俺はまだ証明の終わっていない面々に向けてそう言った。

 その瞬間、悲鳴を上げて数名の黒子が逃げ出した。

 

 隊長は、命じるまでも無く指を鳴らした。

 瞬時に退屈そうにしていたエルフ達が弓を手にして、逃亡者たちの背中に矢の雨を降らせた。

 

 俺はそいつらに目もくれず、残りの黒子たちに順番に刃を突き付けて行った。

 

「念のために、私も確かめてください」

 

 そう言ったリーさんは、そこか寂しげだった。

 

 

 

 §§§

 

 

 子供たちの護送と、黒子たちのコミュニティに被害者を送り届け終えると、この日の任務は終わった。

 

 野営の準備を終えると、隊員たちは基本フリーだ。

 思い思いの暇潰しをしながら過ごしている。

 

 ただ、隊長だけは次の目標地点やそこまでのルートを地図で調査しているようだった。

 伝令のリーさんと他の黒子たちとの連携を取ろうとしているようだ。

 

 それらが一通り終わるのを見計らって、俺は隊長に話しかけた。

 

「なあ隊長」

「なんだ、何か用か?」

 

 手際よく仕事を終わらせた隊長は、銃の手入れを始めた。

 

「あんたは戦争を望んでいるんだよな、それはなぜなんだ?」

「なんでそんなことを聞く?」

「それが分からないから聞いているんだ」

 

 俺は隊長が分からなかった。

 好き勝手にしていいのなら、今日見た黒子どもみたいに好きに略奪や破壊を愉しむはずだ。

 それもまた、戦争の一風景のはずだろう。

 

「……私も知りたいです。

 魔王軍は軍隊としての体を成さない。

 それなのになぜ、あなたは軍人としての己にこだわっているのですか?」

 

 他の連中と連絡を終えたのか、リーさんも戻って来た。

 彼女の言う通り、軍隊として魔王軍は失格だ。

 そして隊長は恐らく、軍人としての自分に誇りなど持っては居ない。

 彼が真の軍人なら、民間人への被害に憤るはずだ。

 

「大したことじゃない。

 今となっては、くだらない自己満足だ」

 

 がちゃり、とリボルバー銃の弾倉を戻して、隊長は言った。

 

「俺の部下たちを見て、どう思った?」

「どう、と言われましても」

「憐れな連中だろう? 

 あいつらは産まれながらの異常者というだけで、社会から爪弾きにされた者達だ」

 

 それは、素直に頷けない言葉だった。

 

「それは、あいつらが社会に害を成さねばそうはならなかったはずだ」

「ッくく、それをお前が言うのか、運び屋」

 

 俺は今度こそ言葉に詰まった。

 あいつらと同じように、俺はどうしようもなく人殺しだった。

 

「あいつらは産まれながらの異常者で、人殺しを何とも思わないモンスターだ。

 だが、そこらのモンスターを捕まえて、こいつは人を殺したから罰せねばならないなんて声高に主張するのか? 

 馬鹿馬鹿しい!! 人間はそこまで暇じゃねえよな。

 害獣は無言で駆除する。敵は殺す。それが人間だ」

 

 くつくつ、と隊長は笑う。

 

「お前は、この世界を見てどう思った?」

「……同じだと、思った。

 もし、メアリース様の恩寵が無ければ、俺の故郷も同じように魔王様がやってきて滅ぼされていただろうな」

 

 俺の故郷も、どうしようもなく荒廃していた。

 一部の権力者だけが満足な生活を教授し、それ以外の人間を蔑ろにしていた。

 ここの連中は全てを諦めていたが、俺たちもそうだった。

 

「そうだな。そして俺の前世もそうだった」

 

 隊長は世間話をするように自然とそう言った。

 

「ここの連中と違うのは、最期の一人まで戦ったってことだ。

 俺も部隊を率いて戦ったよ。華のある若者たちでな、勇者だとはやし立てられたりもした。

 だが、結局は使い捨ての生贄に過ぎなかった。

 そのうち、全ての国が滅び、町が滅び、村が滅んだ。

 魔王の軍勢は無尽蔵で、無制限だった。初めから勝てる戦争じゃなかった」

 

 俺は隊長の話を黙って聞いていた。リーさんもだった。

 辛い話のはずなのに、なぜか隊長は笑っていた。

 

「死んでいったあいつらは、俺に後を託していった。

 だから俺は死ねなかったんだ。この世界を守って、皆を助けて、あなただけでも生きて、そう言って事切れて行ったあいつらの最期の言葉だけが、俺を生かした。

 国が無くなっても、支援が無くなっても、守る者さえなくなっても、俺は戦い続けた。

 そして気づいたら、俺は独りになっていた。世界でたった独り、最期の一人になっていた」

 

 その言葉に、俺は言葉を失った。

 単なる孤独という意味での一人ではなく、本当の意味で世界で最後の独り。

 そこまでできるのか、そこまでして戦えるのか。

 

「寂しくはなかった。敵は腐るほどいたしな。

 それに毎夜毎夜、死んでいった奴らが夢に出てくる。

 俺は手あたり次第魔王軍を殺しまくった。ゲリラに徹して、千日手に持ち込んだのさ。

 それが一か月ほど続いたある日、魔王様はしびれを切らして俺の前世の故郷を滅ぼした」

「事実上の、引き分け……」

 

 リーさんが息を呑んだ気がした。

 この男も、かつては英雄と呼ぶべき存在だったのかもしれない。

 

「そして、リェーサセッタ様に会った。

 俺の勇猛さを労い、労わって下さった。

 その上で、こう言ってきた。お前を苦しめる記憶を全て癒してやろう、と」

 

 だん、と隊長は靴底を鳴らして立ち上がった。

 

「クソ食らえ、と俺は怒鳴り返したさ!! 

 俺を苦しみ、俺の悲しみは全て、俺のものだ!! 

 断じて神などにくれてやるつもりなどなかった、ましてや俺の故郷を滅ぼした者を差し向けた神などにはな!!」

 

 俺はただただ、隊長に圧倒されていた。

 器が違う。将器、或いは英雄の覇気と言うモノが彼には有った。

 

「その代わりに、女神は俺に決して忘れることのない恩寵(のろい)を下さった。

 今でも目を閉じれば思い出せる。かつて死んでいった戦友たちの顔を……」

 

 眼を閉じて、隊長は涙する。

 毛皮が涙に濡れていく。

 

「今生では、人間ではなく今の俺に相応しい犬畜生だった。

 俺は俺で居る為に、もっともっと苦痛と悲しみを欲した。

 そうすれば、死んでいった者達がより近くで感じられたからだ」

 

 彼はどうしようもなく正気で、正気ゆえに狂っていた。

 

「俺は今生でも戦場で殺して殺して殺しまくった。

 そして気づけば、ここへ配属されていた」

「それが、あなたが戦争を求める理由なんですね……」

「そうだ。俺が忘れたら、あいつらが居たって誰が証明できる?」

 

 ローティは言った。人間は忘れなければ本当の意味で死なないと言う、憐れな生き物であると。

 リーさんも、彼の言葉に感じ入るものが有ったようだ。

 

「バカげてるだろ。

 あいつらはもう、とっくの昔に転生しているはずだ。

 俺はもう、どこにも無いものに対して執着しているんだ」

「そんなことはありません!!」

「まあ結果的に、女神は俺に不滅の戦友たちを与えてくれた。

 あいつらでも、共に戦えば情も沸く。

 俺は誰にも必要とされなかったあいつらに、居場所をくれてやれたのだ」

 

 結局のところ、隊長にとっては苦痛と悲嘆こそが失った物への哀悼なのだろう。

 なにより彼がイカレてるのは、それが他の隊員のように欲求などではなく、ある種の惰性であることだった。

 他にすることが無いから、そうしている。

 憐れで、どうしようもなく狂ってる。

 

「あなたなら、もっと有意義なことに自分の能力を扱えたのではないのですか? 

 もっと、もっと、弱い人たちに寄り添えたはずじゃ……」

 

 リーさんが悲痛な声で彼に訴えた。

 

「誰もがあんたのように強いわけじゃないのさ。

 覚えておきな、お嬢さん。戦うと言うことは、失うと言うことだ。

 何かを得ることは、弱みを抱えるのと同じこと。

 得れば得るだけ、失うのが怖くなる。

 例え永遠の命を得たところで、次に来るのはそれを失うことに対する恐怖と猜疑心だけだ」

 

 そして彼は手に入れた。

 決して失うことのない仲間であるのと同時に、仮に失ってもまったく心が痛まない戦友を。

 

「それに、あいつらは俺を必要としている。

 かわいいものじゃないか。俺は必要とされる限り、それに応えるだけだ。今生では傭兵だったものでな」

「あんたは、イカレてるよ」

 

 そうして今は、メアリース様に雇われている。

 自分の故郷を滅ぼした神々の手先になっている。

 まともな神経で出来ることじゃない。

 

「さて、今度はあんたについて教えてくれよ。なあ、運び屋」

 

 酒でも飲むか、と隊長は酒瓶を片手に俺に笑いかけて来た。

 俺はその笑みに、サイズさんにも感じていたある種のカリスマを抱かずにはいられなかった。

 

「……あれはもう、十年は昔か」

 

 俺はずっと、胸の内に抱え込んでいたモノを吐き出す気分にさせられてしまったのだ。

 

 

 

 





いよいよ、次回に主人公の過去が明かされます。
こうご期待!!

ちなみに、大局に影響しないのでこの章の結末をアンケートします。
ぜひお気軽に答えて下さいね!!

世界オールドハイルの行く末は?

  • 存続する
  • 滅亡する
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