悪の組織の雑用係 悪いなクソガキ。忙しくて分からせている暇はねぇ   作:黒月天星

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 ハイスペックの試作品は大抵暴走する。お約束ですね。……どちらの意味でも。


雑用係 人形にまで分からせられそうになる

「あいたたた。早く退けよミツバっ!」

「え~!? もうちょっと……分かりました分かりましたってっ!? 偶然とは言え棚ぼたチャンスだったんですけどねぇ」

 

 額を押さえながらミツバが渋々離れる。まったく。いきなり倒れてきたかと思えば互いの()()激突するとは。一瞬目がチカチカして動けなかった。おっと。こんな場合じゃない。

 

「おいクソガキ。いい加減お前の力は分かったから実験をだな」

 

 俺がそう呼びかけた時、

 

「数値に異常発生っ!? これは……邪因子が異常に活性化していますっ!」

 

 データを見ていた職員の叫びにハッとしてネルを見る。そこには、

 

「……あ……あぁ」

 

 明らかに目の焦点のあっていないネルの身体から放たれる邪因子が、黒い靄状になって人形に流れこんでいた。これはマズいっ!?

 

「実験中止っ! パスを切断して人形を強制停止させろっ!」

 

 俺が咄嗟に叫ぶのと、人形が勢いよく暴れ出したのはほぼ同時だった。

 

 

 

 

「……ギ……ガアアッ!」

 

 ノイズ交じりの雄叫びを上げながら、人形は自分の座っていた椅子を掴み上げ、そのままブンっと放り投げる。椅子は凄まじい勢いで壁にぶつかり、その衝撃で壁に僅かにヒビが入った。オイ嘘だろっ!? 特殊合金製の壁だぞ!?

 

「ネルさん意識レベル急激低下! 邪因子欠乏状態ですっ!」

 

 体調をモニターしていた職員が悲鳴のような声を上げた。

 

 邪因子は基本的に細胞を活性化させる働きがあるが、デメリットとして急激に体内の邪因子が減ると身体に不調をきたす。そして酷い場合は意識を失う。

 

 つまりなんかの弾みでネルはそんな状態になるまで人形に邪因子を流し込んでしまったって訳だ。

 

「主任っ! 早くパスを切れっ!」

『それが、どうやら大量に邪因子を送り込んだのが原因で自立行動機能が誤作動したようだっ!』

 

 チクショウっ! そう言えばコイツ()()人形だった。ある程度のエネルギーがあれば、使い手の命令を勝手に実行する類かっ!?

 

 しかしネルは最後の命令を言う前に気を失った。コイツが最後に受けた命令って?

 

「ギ……ギギィッ!」

 

 考える間もなくそのまま人形は急に走り出す。その先には、

 

「わ、私ですか!? 何でぇっ!?」

 

 何故かミツバ目掛けて猛ダッシュ。慌てるミツバだがそうは問屋が卸さない。

 

「総員っ! 人形を取り押さえろっ!」

 

 誰がそう言ったか分からない。だが職員達はこの異常事態に速やかに鎮圧用電磁ネットランチャーを人形に向けて撃ち放つ。

 

 幾重にも広がった電気を発する網が人形に殺到し……次の瞬間、

 

 ザンッ!

 

 人形の前面に当たる部分だけが、まるで型抜きか何かの様に切り飛ばされた。見ると人形が手刀を構え、その手刀からは先ほどの邪因子のような黒い靄が噴き出している。

 

「げえっ!? 何なんだアレ!?」

『よくぞ聞いてくれた! あれこそは私が組み込んだ邪因子制御装置。その機能の一つだ。邪因子に物理的な破壊力を持たせて小型の重機として使う試みもあったからな。……ここで実験するつもりはなかったが、正常に機能しているようだ』

「言っとる場合かこのマッドサイエンティストっ! 何でも良いから早く止める方法を教えろっ!」

 

 理由は分からないが人形はミツバを狙っていた。何とか取り押さえようとする職員達をなぎ倒しながら、ミツバ目掛けて真っすぐ向かって行く。そして、

 

「ひょえ~っ!? お、お助けぇっ!? ……しかしこれは発想はアリかもしれませんがおっと~っ!? ……まだまだ改善の余地があるのでは? 私だったらもっと薄く手を覆うようにしてロスを避けアウチっ!? 今掠ったっ!? ケンさんヘ~ルプっ!」

 

 流石ミツバというか何と言うか、人形の猛攻を情けなくもギリギリで躱しながら機能を考察しつつ、それでいて俺に助けを求めるという器用な真似をしやがる。

 

 しかしアレを躱せるのはミツバが曲がりなりにも幹部だからこそ。今もネットランチャーでは埒が明かないと、警棒片手に向かって行った職員が人形にぶっ飛ばされた。

 

 幸い身体だけは丈夫なのが邪因子持ちの良い所。常人なら大怪我するレベルの勢いで殴られたが、ちょっと血反吐を吐いているものの命に別状はない。

 

 しかしあの調子で暴れられたらいくら何でもシャレにならん。

 

「もうちょっと粘れミツバっ! ……大丈夫か? しっかりしろ」

「ゲホッ……すみませんケンさん」

 

 幸い人形の狙いはミツバ。時間を稼いでもらうその間に、俺はぶっ飛ばされてまともに動けない奴らを壁際まで引きずっていく。しかしこのままじゃ怪我人が増える一方だ。

 

『よし! 背中の緊急停止ボタンを押すんだ。動力部の稼働そのものを止めるのでそれで止まる』

 

 そこにスピーカーから主任の声が響き渡る。背中っ!? あの暴れまわる奴の背中なんてどうやって……そうだっ! ネルを正気に戻せばっ!

 

「おいっ! しっかりしろクソガキっ!」

「ケンさんっ!? そっち行きましたっ!」

 

 俺がネルを叩き起こそうと駆け寄った時、ミツバの珍しく焦った声が聞こえて咄嗟に座っているネルを抱き抱えるよう横っ飛びする。

 

 その一瞬後、ネルの座っていた椅子が襲い掛かってきた人形に両断された。

 

「てめえっ! あと少し遅かったらコイツが真っ二つになる所だぞ。てめえのボスじゃねえのかよ?」

 

 返事が戻ってくるとは思えないが、俺は腹立たしくそうぶちまける。すると、

 

『……ギ……ワカラ……セル……オジサン』

 

 ……はい? なんか今とんでもない言葉が聞こえたんだが。

 

『ギギ……オジサン……アタシノ……トラ……ナイデ』

 

 所々ノイズ交じりでそんな事を宣うこの人形。……いやホントなんで!? いや待て、これがもしやネルの()()か? 直接言ってはいないがそんな事を思っていて、それがさっきのドサクサで邪因子ごと取り込まれたとかじゃないだろうな!?

 

『アタシノ……ダカラ……ギギ……ジャマモノ……ケス』

「うおっ!?」

 

 人形は矛先をミツバから完全にネルに変え、その手刀を振り下ろした。()()()()()()()アタシ(自分)だからネルも邪魔者扱いかよっ!?

 

 俺は咄嗟にネルを後ろに降ろし、そのまま床に転がしていたモップを拾って迎え撃つ。

 

 柄で受け流すように手刀を逸らし、モップを顔面に叩き込むがあまり効いているように見えない。どんだけ頑丈に造ったんだコイツはっ!?

 

「おいっ! 起きろっ! 起きろってこのクソガキっ!」

 

 執拗にネルだけを狙い続ける人形に対し、後方に呼び掛けながらどうにか間に入って凌ぐこと数合。

 

 他の職員達のネットランチャーによる牽制や、人形の一撃一撃は重いものの狙いの分かりやすさで何とかなっていた。しかし、

 

 ピシっ! バキッ!

 

 元々モップは戦いの為の道具じゃない。なのに酷使をすればこうなるのは自明の理で、

 

 

「ぐうぅっ!?」

「……オジ……サン!?」

 

 

 人形の手刀に耐えかねたモップが両断され、そのまま肩を切り裂かれる。……ちっ。起き抜けのガキにみっともねえ所を見せちまった。

 

 

 

 

「オジサンっ!? なん……で……あたしを庇って」

「ケンさんっ!?」

 

 ネルや他の職員達が慌てて駆け寄ろうとするが今はそれどころじゃない。

 

「話は後だクソガキっ! 奴を止めろっ!」

「う、うんっ! そこの人形っ! 止ま……うわあっ!?」

 

 止めようと一歩前に出たネルだが、

 

『ギガァ……オジ……サン……ナンデ…………アタシノ……ナノニ…………アタシガ……キズツケテ……アタシガ……アタシガガガ』

 

 人形がさっきから滅多矢鱈に暴れまわって近づけない。アイツ思考回路に異常をきたしたのか見境が無くなってやがる。これじゃあもう、

 

 

「……()()()()()()()()()()

 

 

 ゾクッ!? とんでもない寒気が背筋を這った。他の職員達もそれを感じ取ったのか、全員でその声を発したネルの方を見ると……()()()()()

 

 怒りで真っ赤になりながら、歯を食いしばって涙を流していた。

 

 

「言う事も聞かずに散々暴れて、オジサンをこんな目に遭わせて……オジサンはあたしが分からせるんだっ! だから……()()()って言ってんでしょおぉっ!」

 

 

 本当に時が止まったように感じられた。ネルの涙ながらの叫びと共に、身体から放たれる邪因子交じりのプレッシャーが部屋中に拡がる。さっきまで欠乏状態だったのに一体どこからこんな邪因子がっ!?

 

 職員達は皆動けなかった。人形ですらも僅かに動きを止めた。そんな中、

 

「今だっ! ()()()っ!」

「分かってますよっと!」

 

 注意が逸れ、今の今までずっと機を窺っていたミツバがドンっと強く床を踏み込んで駆ける。その邪因子漲る手足は人の物ではなく、ミツバの怪人態たる獣の物。

 

 四足歩行で床を、壁を、天井を駆け、ミツバは動きを止めた人形の背に回り込み、

 

「せ~の……お休みなさ~いっ!」

 

 その背の緊急停止ボタンに神速の猫パンチを叩き込んだ。

 




 いつの世も泣く子には勝てないというのもお約束でした。

 ちなみに邪因子適性が低いオジサンが人形と普通に渡り合えたのは、人形があくまでネルだけを狙って攻撃していた為それを邪魔するだけで良かったからです。それにまあ……鍛えてますから。




 次回。(この章の)最終回です。

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