悪の組織の雑用係 悪いなクソガキ。忙しくて分からせている暇はねぇ   作:黒月天星

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 第三部は五月中に出すと言った。だが閑話が途中ないとは言ってないよなぁっ!

 ゴールデンウィーク初日にこちらをどうぞ!


閑話 ある怪人と男の出会い

 ◇◆◇◆◇◆

 

 そこは荒涼とした岩場だった。

 

 あるのはそこらにゴロゴロと転がる岩石や、何とかこの環境に適応した僅かな植物。

 

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、

 

 

「うらあっ!」

『せいっ!』

 

 

 少し離れた場所で戦う一人の怪人と男の姿があった。

 

 

 

 

 邪因子によって変身する怪人の姿は千差万別。動植物をモチーフとした姿の事もあれば、どこか想像上の生物のような姿。果ては自然そのものや現象をモチーフとした姿の者も存在する。

 

 そして大抵の場合怪人化すると一回り大型化……要するにゴツくなるのだが、その怪人は些かそれとは異なっていた。

 

 白に近い灰色の姿。どこか光沢のあるそれは甲殻というにはどこまでもスリムで、さりとてパワードスーツというにはどこか生物的で憚られる。

 

 顔までつるりとしたフルフェイス状で表情も不明。細身のフォルムからおそらく女性であるとしか姿からは読み取れない。

 

 そんな中、それを明らかに異形と言わしめるものが一つ。背中の肩甲骨辺りから生えて左右に伸びる、()()()()()()()()()()である。

 

 全体的に細身なのにそこだけがゴツい。そんなどこかアンバランスな姿の怪人が対するは、これまた少々奇妙な格好の男。

 

 服装自体はまだ良い。周囲に倒れている兵士達と同じく、特殊部隊のような格好だ。強いてあげるなら、()()()()()()()()が付いたグローブを右手にしているくらい。

 

 しかしその手に他の兵士達のような銃などの近代武器は見当たらず、代わりに持つのは一本の長槍……いや、刃先が無いのでロッドに近い。

 

『……はぁっ!』

 

 怪人は男に鋭い蹴撃を浴びせかける。常人なら受けただけで良くて骨折。場合によってはその部位そのものが千切れ飛ぶ怪人の剛力による一撃。それを、

 

「舐めんなっ!」

 

 男は普通に受けずに持っていたロッドで足の横から一撃。僅かに軌道を逸らしたそれを僅かに身体を傾けて躱し、その勢いのままお返しとばかりに足払いで残った足を刈りにかかる。

 

 いくら怪人の肉体が頑強とは言え、自分の蹴りを躱された上で残る足に攻撃を受けてはバランスも崩れる。ぐらりと傾く怪人の身体に、男は勢いよくロッドを打ち込んだ。

 

『うっ!?』

 

 怪人は無理やり身体を捻って直撃を避けるが、そのロッドが脇腹を掠め僅かに苦悶の声を上げる。

 

 しかしそれも一瞬の事。すぐに牽制をしつつ立ち上がり、仕切り直しとばかりに互いに少し距離を取る。

 

「ふぅ。流石はリーチャーの怪人。簡単に仕留めさせてはくれねぇか。この実力は準幹部級と見たがどうだい?」

 

 呼吸を整えながら男が問いかけるが、怪人は何も答えない。つれないなと男は軽く頭を掻きながらも、その目は相手の一挙手一投足を見逃すまいと怪人を見据えている。

 

 肉体の性能で言えば間違いなく怪人の方が優れている。だが、男の方が動きのキレや技の巧みさで数段上を行っている為、結果的に見れば男の方が優勢だ。だが、

 

「それでだ。一応聞いておくが、()()()()()()()()()()?」

『……っ!?』

 

 男の言葉に、怪人は僅かに動揺を見せる。

 

「おっ! その様子から察するに当たったか! いやな。そっちは強いは強いけど、俺を絶対に仕留めてやるって気概が感じられない。そのくらいは分かるさ。それが……」

 

 そこで男は怪人を……正確に言うとその背中を指差す。

 

「そんなゴツいいかにも何か出しますよって物の充填時間なのか、或いは別の何かの為かは知らないが、そろそろ本気を出すなり逃げるなりしねぇと……このまま倒させてもらうぜ」

 

 男はそう言って構えながらニヤリと笑う。その言葉に偽りはなく、このままの状況が続けばいずれ男の方が勝利するだろう。だが、

 

 

『じゃあ、そろそろ溜まったし、こちらも本気で行くとするかね』

 

 

 その言葉と共に、怪人の背中から大量の白煙が噴き出した。煙は瞬く間に周囲に拡がり、怪人はその白に近い灰色の体表も相まってすぐ煙に紛れてしまう。

 

 一瞬毒ガスかと咄嗟に口を押さえる男だったが、辺りで倒れ伏している兵士達がまだ無事な事からどうもそんな様子はない。

 

「煙幕か? ……いや、コイツはっ!?」

『遅い』

 

 突如目の前から迫る拳を男が躱せたのはほとんど偶然だった。慌てて転がるように躱したのは良いものの、次々と襲い来る連撃に男は防戦一方となる。

 

 煙で視界は最悪。それに紛れるような攻撃を直感と反射だけでギリギリ捌いている男も相当だったが、直前まで攻撃を悟らせない怪人に男は内心舌打ちする。

 

 ならさっきのようにカウンターを決めて煙から引きずり出すべく、男は拳をギリギリで躱しつつその方向へロッドを突き出す。

 

 ズンっ!

 

『っ~!?』

「手応えあったぁっ!」

 

 ロッドは今度はしっかりと怪人の腹部を捉え、たまらず怪人の動きが止まる。だが、

 

「んなろっ……なぬっ!?」

『残念。外れだね』

 

 追撃しようとした()()()()()()()()()

 

 男は困惑する。このタイミングなら確実に当たる筈の一打だ。なのにそこには何もない。姿すら完全に消えている。

 

 煙で幻覚を見せられているにしては今の圧は本物だった。間違いなく相手はここに居て、なのに一瞬で消えたのだ。

 

「何が……がはっ!?」

 

 じっくり考え事をする暇もない。今度は男の()()から蹴りが襲う。

 

 何とかロッドでガードしたものの、その威力を完全に抑えきる事は出来ず男はその勢いで吹き飛ばされ、煙の外の岩に背中から叩きつけられた。

 

 痛みに一瞬意識が飛びかけるが、それを気合だけで即座に引き戻して男は今の状況を推察する。

 

(瞬間移動の類? いや、それだけにしてはなんか妙だ。確かにそこに居る筈なのに居ない。かと思えば全然別の方向から攻撃が飛んでくる。……まさかっ!?)

 

 男は一瞬閃いた考えに当たりを付け、ロッドを握る手に力を込める。

 

『……どうした? 降参かい?』

「な~に。ちょっと考え事をしていただけだ」

 

 漂う煙の中から響くどこか実体のない声に、男はまるで気にしてないとばかりに軽い調子で返しながら立ち上がる。その目に諦めなどというものは微塵もない。

 

「覚悟しな。今度はこっちが一撃決めてやるよ!」

『だがその前に、アンタは煙の海に沈むのさ』

 

 男は一度大きくロッドを振るって持ち直すと、覚悟を決めて煙の中に突入した。

 

 

 

 

 二十分後。

 

「……はぁ……はぁ」

『…………ふぅ』

 

 男と怪人は、互いにボロボロになりながらもまだ向かい合っていた。

 

「……まさかとは思ったが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()とは恐れ入った。どこでも自在に移動できるし、攻撃する瞬間以外煙そのもので実体がないからカウンター以外通用しない。準幹部どころか幹部級だったか」

『だからと言って、ロッドを回転させて無理やり煙を霧散させるなんてやり方で破られるとは思ってもなかったねぇ。……次は効かないけど』

「それはこっちのセリフだ。種が割れたからにはやりようはあるってな」

 

 互いに肉体は傷ついても、その闘志は寧ろ燃え盛っている。さて続きを始めようかというその時、

 

 

 ピピピっ! ピピピっ!

 

 

 その場にはあまり似つかわしくない、軽快なアラームの音が響き渡る。発信源は男のグローブにあしらわれた赤い砂時計。

 

 それと同時に怪人の方も、どこからか通信機のようなものを取り出して耳に当てる。

 

『……撤収命令? ……はい……はい』

「その様子だと、そっちも戻れって命令が来たか?」

 

 通信が終わった怪人に、男の方も困ったように肩を竦めながら話しかける。

 

「さしずめ本隊同士のドンパチに片が付いたって所か。勝ったにしても負けたにしても、その事後処理が大変なのはお互い様ってな。あ~やだやだ。もっと気楽に代表同士の殴り合いとかで解決出来ないもんかね」

『フフッ。それをやったら負けるから、この国はアンタ達みたいな奴らを雇ったんだろうさ』

「ハッハッハ。違いないな」

 

 ついさっきまで戦っていたとは思えない程朗らかに笑いあう二人。それはある意味実力を認め合った相手だからこそだろうか。

 

 そうして軽く談笑した後、さてとと言って男は周りに倒れたままの兵士達に目を向ける。

 

「こっちの仕事はこいつらの救助。まあ個人的には、手柄欲しさに命令無視して勝手に全滅しかけた奴らはもうしばらくこのままの方が良い薬になると思うが、これも仕事の内なんでね。邪魔するかい?」

『いいや。こっちは元々陽動部隊。こいつらみたいなアホウ共を死なない程度にボロボロにして、アンタみたいな厄介な奴を助けに引き付けられただけで成果は充分ってとこだねぇ。だからどうぞ。こいつら連れて帰んなよ』

「道理で幹部級が相手で誰も死んでねぇと思った。……あっ! そうだ」

 

 男はそこで怪人に向けて一つ気になった事があって尋ねる。

 

「お前さん名前は? 別に本名じゃなくて通り名でも良いんだ。俺が戦った奴がどんな奴くらいかは知っておきたくてさ」

 

 怪人はそこで僅かに逡巡し、

 

 

『……“()()”。そんな風に呼ばれてる』

 

 

 そうぽつりと返した。これまでこうした戦場で自分から名乗った事はなかったのだが、その時はふと名乗っても良いかという気分になったのだ。

 

「煙華……煙の華か。こりゃあなんとも風流な名前だ」

『じゃあ今度はそっちも名乗りな。こっちも次会ったらその首貰う相手の名前くらい知っておきたいからね』

「いや物騒っ!? せめてフルボッコにして引っ掴まえるくらいに留めてくれよっ!? ……まあ良いか。その方が悪の組織らしいしな」

 

 男は苦笑いしながら名乗りを挙げる。

 

 

 

 

「ケン。ケン・()()()だ。……またな煙華。次会ったら決着を着けてやっからな」

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「とまあこれがマーサとの出会いだったな。それからも仕事の関係で度々出くわしてよくやり合ったもんだ。なんだかんだ商売敵なのに気があってな。俺が色々あってリーチャーに入ってからも、こうして腐れ縁が続いてるって訳だ。あの頃はずっと煙華とだけ名乗ってたから、マーサって名前を知ったのは組織に入ってからだったけどな……っておいっ!?」

「……すぅ……すぅ」

 

 眠れないから何かオジサンの話をしてというこのクソガキに、ホットミルクを肴に仕方なく昔話を語って聞かせればこの始末。俺の話そんなつまんなかったかな? まあ眠れたならそれに越したことは無いんだが。

 

「ったく。こんな所で寝たら明日に響くぞ」

 

 俺は静かにネルを抱えると、寝室のベッドまで運んで布団をかける。

 

「ゆっくり眠れよクソガキ。準備くらいはしといてやるから」

 

 起こさないように部屋を出ると、俺は明日の朝食の仕込みをするべくキッチンへと歩きだす。

 

 

 

 

 いよいよ。幹部昇進試験が始まる。

 




 という訳で昔のケンとマーサの出会いでした。人に歴史ありですね。

 今と色々違う所があるかと思いますが、何故変わっていったのかは追々明らかになるかも……ならないかも。

 第三部はもうしばらく先になりますので、こちらを読みながらお待ちいただければ幸いです。




 この話までで面白いとか良かったとか思ってくれる読者様。完結していないからと評価を保留されている読者様。

 お気に入り、評価、感想は作家のエネルギー源です。ここぞとばかりに投入していただけるともうやる気がモリモリ湧いてきますので何卒、何卒よろしく!

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