Walter perspective
物音1つ立たない静かな脱衣所で、向かい合うのは2人の大妖怪。
片方は炎剣を構えた真祖の吸血鬼。
もう片方は拳を構えた〖鬼〗と呼ばれた妖怪。
膨大な妖力同士がぶつかり、両者の間にある空気は僅かに震え、感じる重力が何十倍にもなり、絶対的強者だけが動く事が許される空間となっている。
しばらくの間、両者は静寂を保って向かい合っていただけだったが、拳を下ろした〖鬼〗の少女の言葉によって静寂が破られる。
「・・・あはは。別にこの分身の身体であんたと1戦交えるつもりは無いよ。だからそのおっかない
そう言う鬼の少女は言葉とは裏腹に残念そうに、名残惜しそうに拳の構えを解き、降参だと言わんばかりに両手を挙げた。
「あらあら。そんなに戦いたそうにしていて大人しくなるなんて、東の島国で最強の妖怪と呼ばれる〖鬼〗らしくないわね。〖鬼〗という妖怪は理不尽の権化で、いつでもどこでも暴れ放題で、どうしようもなくバトルジャンキーだと伺っていたのですけれど。」
「・・・それって紫が言った事だよね?・・・はぁ、虚実織り交ぜて嫌がらせに私らの風評を乱すのはアイツらしいね。今度会ったらぶっ飛ばそう。」
そんな話をしながらスカーレット夫人、奥様は私の身体を伊吹萃香という〖鬼〗の視線から隠しながら、タオル1枚の私の身体に持っていた外套を被せてくれる。
「随分と無理矢理にこの子をいじめてくれたみたいねぇ。ゆかちゃんのお友達だからってお風呂上がりでタオル1枚の可愛らしい女の子をいじめるのは許されない行為よ?」
「いじめるだなんて人聞きが悪いなぁ。・・・ただ、お話していただけだよ。」
「あら、お話するのは良い事だわ。でもね、この子は辛い顔をしていたわ。これ以上この子に辛い顔をさせるなら許さないわよ?」
そう言ってスカーレット夫人は身の丈ほどもある大きな炎の剣の切っ先を鬼の少女に向けた。
対する少女は困った様な顔で炎の剣と私を交互に見てため息を吐いた。
「・・・はぁ。・・・もうちょっとだったんだけどなぁ。・・・まぁ、いーや。」
少女がそう言って指をパチリと鳴らすと、さっきまで感じていた圧が消えてなくなった。
そして先程まで思うように扱えなかった妖力が戻ってきて身体に力が戻ってきた。
やはり、少女の何かしらの魔法で私の力が阻害されていたようだ。
何故解除されたのかは分からないが、これはチャンスだ。
こっちには夫人もいるし、勝率は高い。
攫われたアズール様を連れ戻す為に、妖力を集めてすぐにでも鬼の少女に攻撃が出来るように構える。
「あらあら。ヴァルターちゃん、もう暴れちゃダメよ?」
「っ!っな!」
そうして少女に攻撃を加えようとした所を誰かに取り押さえられた。
見ると夫人に後ろから羽交い締めにされていた。
「お、奥様!?な、何故止めるのですか!?奴はアズール様を・・・」
「大丈夫よヴァルターちゃん。アズちゃんは無事よ。あの鬼の萃香ちゃんも、そんなに悪い妖怪じゃないと思うわ。」
「し、しかし・・・」
「その吸血鬼の言う様にお嬢ちゃんは無事だよ。紫のお気に入りだからね、丁重に扱うさ。私もアイツを本気で怒らせたくはないからね・・・。さっきは色々とごめんね?ちょっと興が乗っちゃってさ。」
そう言う鬼の少女は悪戯がバレた無邪気な子供の様な顔でペロっと舌を出している。
・・・能力で見る限りは少女の言葉に嘘偽りは無い・・・
・・・でも。
・・・今すぐアズール様と会いたい。
・・・隣に居たい。
・・・これ以上、離れ離れにならないようにずっと手を繋いでいたい。
何故だか分からないけれど、さっきまでアズール様と一緒にいたはずなのにとても寂しい気持ちになる。
ギュッ
「っわわ!お、奥様!?」
「大丈夫よー。ヴァルターちゃん。アズちゃんが厄介事に巻き込まれるのはいつもの事よ。アズちゃんがいなくて寂しいのならこうやって私がいつでもギュッて抱き締めてあげるわ!」
アズール様の事で思案に耽っていると、奥様にギュッと抱き締められた。
奥様の温もりで全身が包まれる。
「この事はゆかちゃんも知っているから安心して?ヴァルターちゃんはゆかちゃんから色々話を聞いてるみたいだし、それなら安心出来るでしょ?」
「・・・。」
奥様の言葉にしぶしぶと頷く。
奥様はそのまま私の頭を優しく撫でてくれる。
アズール様程では無いが奥様に頭を撫でられても凄く落ち着くし、心地良い。
気持ちよさに目を細める。
「・・・良いなぁ・・・ねぇ、私も・・・」
「ダメよ!ヴァルターちゃんのもふもふをもふれるのはアズちゃんと私だけなんだから!・・・ふふん♪良いでしょー。撫でさせてくれるのは、長年で培ってきた信頼を持つ者だけなのよ?」
指を咥えた鬼の少女が何故か羨ましそうに私を撫でる奥様を見ている。
何か話しているが撫でられる気持ちよさにかまけていて話が聞こえなかった。
「ぐぬぬ、何か悔しい・・・。ま、まぁ私も帰ったら白狼天狗あたりに存分にもふらせてもらおうかな・・・」
「はてさて、その〖
「ぐぬぬ。見てきたみたいに・・・。やっぱり話に聞いていた以上に何でも見通すあんたが私は苦手だよ。」
「あら。私は好きよ。萃香ちゃん可愛らしいし。私好みだわ。」
「・・・自分で言うのもなんだけど、本当に紫の友人にはろくなのがいないなぁ・・・」
さっきまで戦っていた雰囲気なんてどこかに行ってしまったかのように、ほのぼのした会話が続く。
「まぁ、とにかくアズちゃんの秘密が知りたいなら、ちゃんとあの子と仲良くなって自分から聞きなさいな。まぁ、とは言っても50年近く一緒に居る私にさえ自分からは話してくれなかったんだけどね。」
「・・・まぁ、それもそうだよね、そうするよ。・・・さて。そろそろ時間切れだよ。お暇させてもらおうかな。・・・あ、そうだ。紫からこの〖スキマ〗を預かってるんだ。多分あんた宛だから渡しておくよ。」
「あら!ゆかちゃんの〖スキマ〗?私が昔、欲しいって言った時にはくれなかったのに、どんな風の吹き回しかしら・・・でも、これでゆかちゃんにも手紙が送れるのかしら?」
「紫に手紙が届くかは分からないけど、私の本体と一緒に居る天狗が持ってるもう1つの〖スキマ〗には届くと思うから、これを使えばお嬢ちゃんと手紙のやり取りはできると思うよ。」
ここまで奥様の撫で手技を目を細めて堪能していたが、聞き捨てならない話が聞こえてきた。
「なっ!アズール様は今すぐに返してくれないのですか!?」
アズール様が攫われる前提で話が進んでいる事に思わず声を上げる。
「ん?いや、まぁ、多分、紫が進めてる企みだろうから、そっちに従った方が良いと思うよ?そっちの吸血鬼の方は分かってるみたいだけど。」
「あら、名乗るのが遅れましたわ。私の名前はレーヴァ。紅魔館伯爵、スカーレットの妻で真祖の吸血鬼よ。」
「おっと、レーヴァか、覚えておくよ。あんたみたいなやつを娶る旦那も気になるけど、今回はやめとくよ。またいつか、
「あら、そんな事にも気が付くだなんて、貴方もやっぱりゆかちゃんのお友達だけあって、ただ者じゃないわね。でも、まぁ、お友達が1人増えて私は嬉しいわ。よろしくね萃香ちゃん!」
そう言って握手をする2人の少女。
話の内容はまったく分からないけれど。
「って、違います!どうしてアズール様は返せないのですか!?」
アズール様が攫われる事に未だに納得出来ない私は焦って問いかける。
「ヴァルターちゃん落ち着いて。恐らくアズちゃんはしばらく行方を眩ませた方が都合が良いのよ。」
「な、何故ですか?」
アズール様の行方を眩ませた方が良い?
月光館に居るのは危険なのだろうか・・・
「アズちゃんがこの間死神に襲われたのは知ってるわよね?」
「・・・はい。アズール様が夢幻世界から出た所をかなり上位の死神と地獄のヤマザナドゥに襲われたと聞きました。」
「そう。理由はよく分かっていないけれど、アズちゃんは地獄の連中に狙われているの。」
「し、しかし、その時のヤマザナドゥから手を引くと言われたのでは?」
「この間の襲撃の時にいた地獄のヤマザナドゥの1人、映姫ちゃんは手を引くとは言ったわ。・・・でもね、そもそも地獄は一枚岩じゃないのよ。ヤマザナドゥも映姫ちゃん1人だけじゃないし、映姫ちゃん以外のヤマザナドゥ達が何をしてくるか分からないわ。実際あの後も何度か別の強い力を持った死神が派遣されてきているわ。今のところ私が全て追い返してるんだけれどね。それこそ今は地獄の人手が足りてないから派遣されてないだけで〖鬼神長〗レベルがこっちに派遣されてきたらアズちゃんを護りながら追い返すのは大変だわ。今はゆかちゃんも手が離せないみたいだし。」
あの後も死神の襲撃があった事は初耳だ。
それに、〖鬼神長〗。
以前奥様が言っていた注意するべき地獄からの遣い。
今は確か、〖不当に寿命を延ばしている人間、仙人〗を地獄へと連れ戻す為に躍起になって動いているから大丈夫だとは言っていたけれど、いつここに〖鬼神長〗レベルの存在が送られてくるか分からない。
「で、アズちゃんね、今は無理しちゃった代償で力が封じられてるでしょ?だから死神や鬼神達から身を守る自衛手段が無いのよね。それに最近は吸血鬼ハンターの襲撃もひっきりなしにあるし・・・それだったら1度誰も知らない地にアズちゃんの力が戻るまで匿ってもらおうって話ね。」
・・・なるほど。
確かにアズール様の事を思うならそれが最善なのだろう。
・・・。
「・・・まぁこれも全部ゆかちゃんの手のひらの上って訳ね。ゆかちゃんは心配性だし、〖死神の襲撃があった日〗から、いずれ手を打って来るのは分かっていたわ。」
「・・・天狗を監視役に送ったのも、私がそれに黙って着いていく事を黙認した事も、私があのお嬢ちゃんを攫うことも、全部あいつの思うつぼだったって訳だよね・・・。アイツの手のひらの上でおどらされたのは釈然としないけど、仕方がないからちゃんと協力するよ。」
鬼の少女、伊吹萃香が悔しそうな顔で手に持った瓢箪に入った酒を1口ごくり飲む。
「まぁ、とにかくアズちゃんの事はこっちの皆には私から説明しておくわ。」
「頼んだよ、レーヴァ。また今度は一緒に酒でも飲もう!」
「良いわね!今度は私の夫が作ったすっごいおいしい果実酒をご馳走するわ。」
「おぉ!かじつしゅ!お酒!?それは美味しそうだねぇ。」
最後に伊吹萃香はそう言葉を残して、霧のように、まるで最初からそこに居なかったかのように消えていった。
「・・・奥様、アズール様は本当に大丈夫なのでしょうか・・・」
伊吹萃香が居なくなったのを確認して夫人に話しかける。
これがアズール様を大切に思っている、あの隙間妖怪の手の平の上での出来事だと聞いて少し安心はしたが、心配な事は心配だ。
「・・・確かに妖力と魔力を封じられてる今のアズちゃんは人間の様に脆い状態だわ。でも、ゆかちゃんが色々と手を打ってるだろうし・・・それに、アズちゃん自身も強い子だから大丈夫よ。」
「そうだと良いのですが・・・」
奥様の言葉を聞いて少し安心するが、完全には安心できない。
「・・・やはり、私もアズール様の傍に・・・んひゃあ!?…///」
「だーめ♥」
私を羽交い締めにしている奥様の手が私のしっぽから耳までをつつつっと這っていく。
「ヴァルターちゃんは少しアズちゃんに依存しすぎよ?〖子の親離れ〗は大事なの。それに、アズちゃんもヴァルターちゃんに依存してる気がするわ。〖親の子離れ〗も大事って事よ。分かるかしら?」
「そ、そうかもしれませんがぁ・・・。あ、あの、お、奥様?・・・一体いつまで私を羽交い締めにしているのですか?」
そう言えば伊吹萃香が居なくなってからも、何故か私を羽交い締めし続けていた奥様に、今更ながら悪い予感を感じながら問いかける。
「・・・だって、そんなタオル1枚の格好で、私の前に出てくるだなんて、ねぇ♥」
・・・そんな奥様の言葉に人狼の危機察知センサーが頭の中で最大限にアラートを鳴り響かせている。
「・・・お、奥様!・・・あ、あの!離して頂けると、助かりま、ひゃあぁぁん…///!?」
奥様の細い指が私の身体の敏感な所を這っていく。
時には優しく、時には激しく、敏感な所を指で刺激される。
「ヴァルターちゃん。アズちゃんが居なくなって寂しいと思うけど、少しアズちゃんから離れて、自分のやりたい事をしてみたらどうかしら?いつもアズちゃんにばかり自分の行動を決めてもらってちゃダメよ?」
奥様が私の身体をまさぐりながら話しかけてくる。
「ん、ひぁ…///おくさま、やめ、そんなにはげしくしゃわらないでぇ…///」
「お返事は〜?♥」
「んひゃあ!!?・・・ひゃい!ひゃい!!わかりまひたぁ!!」
「ふふん♪よろしい♪」
奥様が敏感な耳としっぽを絶妙な手技で撫でまわしてくる気持ち良さでどうにかなってしまいそうな頭の中で奥様が言いたい事をなんとか理解する。
〖アズール様に頼らずに自分の意思でやりたい事をする〗
確かに30年前にアズール様が封印されてから今まで、アズール様が居なくなった私は自分から行動する事が出来なかった。
その事からも私はアズール様に依存していたのだと思う。
これからは、アズール様が居なくても自分で行動できるように・・・
私がやりたい事を・・・
「おくひゃま…///はぁ、はぁ、おねがいが、あります。」
「ん〜?なぁに?」
耳としっぽをまさぐっていた奥様の手が止まる。
羽交い締めを解いて正面から私と向かい合ってくれる。
「奥様、私をアズール様を護れるくらい強くしてください!」
やりたい事。
あまり、すぐには思いつかなかったけれど、1つだけやりたい事を思いついた。
〖アズール様を護れるように、もっと強くなりたい〗
伊吹萃香との戦いで嫌と言うほど理解した自分の無力さ。
アズール様を守れなかった悔しさ。
『あんたは今のままで良いの?』
・・・もうあんなの体験したくない!
『あのお嬢ちゃんにはあんたと同じように、ひょっとしたらあんたよりも大きな心の傷がある。・・・なんとなく分かるのさ。あんたには分からないの?』
伊吹萃香から言われた言葉が頭の中で何度も再生される。
『本当に〖家族〗だったら、秘密が何であれ、あのお嬢ちゃんを助ける為に動くべきじゃないのかい?』
震えてくる身体に力を込めて、握り拳を握りながら勇気を振り絞って言葉を発する。
「もうアズール様に護られるだけの私じゃ嫌なんです。アズール様を護れる私になりたいです!」
アズール様には、何か底知れない秘密がある。
・・・そんな事は、30年前から知っていた事だ。
今まではただ逃げてばかりで、アズール様に甘えてばかりだったけれど、これからは・・・
何があっても、どんな時でも・・・
アズール様の身体も、心も護れるようになりたい!
「ふふふ。・・・良いわよ!弟子入りを認めてあげるわ!美鈴ちゃんに続いて2人目の弟子だわ!よろしくね!」
奥様は決意を秘めた私の瞳をじっと見つめて、嬉しそうに私をギュッと抱き締めてくれた。
【後書き】
どうも【東方ダンマクカグラ】のサービス終了間近のライブで〖東方ダンマクカグラ:ファンタジアロスト〗の開発告知が来て嬉しくてガチ泣きしたまほろばです(т-т)
クラウドファンディングの結果次第ではSwitch版も開発されるようです!
私もアプリ版ダンカグでお世話になったので1万とか5万とか精一杯支援したいのですが貯金もピンチなので6600円のゲーム本体が付属する支援をさせていただきたいと思います。
https://camp-fire.jp/projects/623672/preview?token=1lrvoehb
それはそうと、52話です!
今話では50話からの一連の流れが紫さんの手の平の上での出来事だったと答え合わせされるお話でした。
さて、といった所で今回は早いですがおしまいです!
次回も遅れずに投稿できると思いますので乞うご期待です!