東方庇護録(旧作)   作:まほろばのーぶる

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第54話:記憶の齟齬と賢者の思惑~波乱の予感、隠居生活~

Asyl perspective

 

「も、もうっ!!心配して損しました!・・・夫人なんて嫌いですっ!!」

「ま、まぁまぁ、アズールさん落ち着いて下さい。この方も悪気は無かったと思いますし、さっきのはいささか不可抗力だったようにも思えますし、仕方ないですよ。」

「あはははは。お嬢ちゃんの裸体を見て気を失う程に興奮しちゃったレーヴァも十分悪いと思うけどね。」

 

夫人の前で裸の身体を(さら)してしまった事に気付いた私はパニックになって、まるで幼い人間の子供みたいに(わめ)く。

そんな私を微笑ましそうな顔で(なだ)めている射命丸さんと、気を失っている夫人をお姫様抱っこしてあげながら、こっちを見てニヤニヤとしている伊吹さん。

 

(はた)から見ると癇癪(かんしゃく)を起こして喚いている子供をあやしてる2人のお姉さん、という構図だ。

 

・・・うぅ、どうしてこうなった・・・。

 

「う、うぅぅ。た、確かに、タオルが剥がれて裸になってるのに気が付かなかった私も悪いですけど・・・。そ、そもそも興奮して鼻から鼻血をふきだすだなんて・・・そんな漫画やアニメみたいな事になっちゃうなんて分かる訳ないじゃないですか!」

 

夫人が絶対的に悪い訳ではないし、射命丸さんの言っている事ももっともなので、何も言えなくなって、涙目でウーウーと子供じみた声で(うな)る。

 

そんな自分を客観的に見てみると、まるで小さな子供が親に欲しい物を買って貰えなくてわんわんと泣いてるみたいだ。

私には生まれてこの方、親という存在がいた事が無いのでなんとも想像し辛いが・・・

 

それにしても、客観的に見て、涙目でウーウーとじたばたして癇癪を起こした幼い子供の様な自分にちょっと、というか、かなり恥ずかしさを覚える・・・

羞恥(しゅうち)と動揺に大いに(さいな)まれてる今の私はどうやら自分を制御しようにも、思考ばかりが先行して行動を制御できないみたいだ。

 

昔、リヴェリーさんとお酒を飲みながら話していた時に、妖怪という存在は生きた年月に関わらず精神が幼い存在が多いと教わった事がある。

あの時は「長生きすればする程、精神は成熟していくのでは?」と考えていたが、なるほど・・・

確かに生きた年月の割には、今生(こんじょう)の妖怪としての私の精神は成熟してはいないようだ。

 

とはいえ、妖怪としての私の年齢は100歳程度。

妖怪の中では新参者(しんざんもの)であり、まだまだ若造なのである。

なので、妖怪として今の私の反応は理にかなっている・・・と現実逃避しておこう。

 

・・・と、ここまで吸血鬼の超速思考で頭の中を色々な思考が駆け巡っている訳であるが、現実時間で言うとまだ1秒も経っていない。

恐ろしく早い速度でメタ認知からの自己分析からの過去の回想をしてみてからの現実逃避をしている訳であるが、それすなわち結局の所、何の意味もない思考をダラダラとしている訳である。

 

とりあえず、いつもの様に超速思考を自分で制限して人間と同じ程度の思考能力まで落としておく。

・・・こうでもしないと膨大に残った思考時間の間に色々な余計な事を考えてしまうからだ。

もちろん、魔法の研究の時とかは超速思考能力も全開放して、さながら精神と時の部屋にいるかのように、全集中で魔法についての思考に没頭しますけどね。

 

「ふぅ。」

 

ひとまず、癇癪を起こす自分を落ち着かせる為に大きく深呼吸をしてみる。

 

とにかく、今は夫人が持ってきた外套(がいとう)を纏っているので一応は身体を隠せている。

大丈夫・・・さっきみたいな破廉恥(はれんち)な感じにはなっていない・・・はずです・・・

 

それでも、纏った外套は風によってパラパラとはためいて今にも捲り上がりそうなので、早いとこ空間倉庫から予備の着替えを出して着替えたい所です・・・。

でも、先程空間倉庫を使用してしまっているので、再度霊力を魔力に変換する術式を使用したとしても、もう少しだけ時間が掛かってしまう。

もの凄〜く恥ずかしいが、あと30分くらいで準備できますし、それまで我慢しよう・・・。

 

「まんが?あにめ?・・・お嬢ちゃんの言ってる事がよく分かんないけれど、お嬢ちゃんはやっぱり面白いね。一緒に居て退屈しそうにないよ。」

 

そんな私の内心の葛藤(かっとう)を知ってか知らずか、他人事(ひとごと)かのようにカラカラと機嫌良く笑って言う伊吹さん。

 

「そ、そもそも伊吹さんがお風呂上がりの私を誘拐なんかするからですよ!」

 

とりあえず誘拐犯である伊吹さんも悪い・・・というか元凶みたいなものなので文句を言っておく。

文句を言われた伊吹さんはまいったとばかりに両手を挙げて、まるで子供をあやしているかのような優しい微笑みを浮かべる。

 

「あはははは。確かに私達もタイミングが悪かったね。ごめんね、お嬢ちゃん。でも、ずっとお嬢ちゃんの風呂を覗いてて動かなかった天狗も悪いと思うぞ。」

「ちょ、す、萃香様!?変な事言わないで下さい!」

 

そんな伊吹さんの言葉に分かりやすく慌て始めたのは射命丸さん。

そんな射命丸さんをさておいて伊吹さんは話を続ける。

 

「こいつはなぁ、風呂上がりのお嬢ちゃんの事をこっそり覗いてる間に、逃げ遅れてお嬢ちゃんに見つかっちゃってな。仕方なく、その場でお嬢ちゃんを(さら)う事になったんだよ。・・・それにしてもお嬢ちゃんを覗く天狗の顔は(ほう)けてたし、ちょっと危ない奴の顔してたからもしかして天狗には少女趣味があるのかと思ったぞ。」

ち、違っ。わ、私はアズールさんがどんな姿か分からなくて、実際に見ると可愛らしい女の子だったからびっくりして固まっていただけで、べ、別に裸の女の子に興奮するなんてありませんから!!そ、それに私も一応女の子ですし、同性の裸になんか興味無いと言うかなんというか・・・。だからお風呂に入ってる女の子に向けて変な目で見たりしませんし、お風呂上がりで、ちょっと(なま)めかしくて(つや)のある声で身体を拭いていたアズールさんに見とれて興奮したりなんてしてませんでしたから!!それに・・・

 

伊吹さんの言葉に射命丸さんが早口で言い訳を(まく)し立てる。

そんな必死な射命丸さんに伊吹さんは慌てて待ったをかける。

 

「お、おい、天狗!?そんなに必死に言い訳しちゃったら本当にお前が風呂上がりのお嬢ちゃんに興奮してたみたいじゃないか!冗談を言ってみただけだよ。・・・あ、あれ?・・・ほ、本当に冗談だよな?」

「えっ!?あっ、も、もちろんですよ。あはははは。」

 

冷や汗をかきながら目を逸らして苦笑いしている射命丸さん。

・・・意地悪な伊吹さんと違って、射命丸さんは誠実で優しい良い妖怪だと思っていましたが・・・。

ちょっと考えを改める必要がありそうです・・・。

 

そんなこんなで射命丸さんに少女趣味疑惑が出てきた所で話題は伊吹さんの腕の中で気を失っている夫人へと変わる。

 

「ま、まぁ、それはさておき、どうしようかこの子。完全に気を失っちゃってるんだけど・・・」

 

射命丸さんの少女趣味疑惑に若干引いた様子の伊吹さんがお姫様抱っこしている気を失った夫人を見て困った顔になっている。

真っ先に夫人を放り投げないあたり、伊吹さんには夫人を害する気はないようだ。

 

それにしても夫人は一体ここに何をしに来たんだろうか・・・

初めは夫人が誘拐された私を助けに来てくれたのかな、と思っていましたが、何故か私が誘拐される事に肯定的だったり、伊吹さんと面識があったりでよく分からなくなってきた。

 

「その心配は無用だ。」

 

夫人に言われた言葉を思い出して困惑していると、伊吹さんの後方から聞き馴染みのある声が掛かった。

 

「ごきげんよう、異国の妖怪達よ。そして、はじめまして。」

 

振り返った先にいた、その小さな影はバサりと外套を(ひるがえ)して、その背中の大きな翼をはためかせてボウ・アンド・スクレープで優雅に挨拶をする。

そして小さな身体を精一杯張って自己紹介を始めた。

 

「我が名はグニール・スカーレット。吸血鬼達の真祖であり、数多の妖怪達を(たば)ねるものだ。」

 

カリスマっぽい決めポーズで、カリスマっぽい決めセリフを話す、カリスマには見えない可愛らしい決め顔で自己紹介をする男の娘。

 

「・・・あんたがレーヴァの旦那さんかい?・・・グニール・スカーレット。紫から話は聞いた事あるよ。暴れ放題の困った妖怪達の面倒を一手に見ていて、そのくせ色々振り回されてる残念な妖怪でしょ?」

「うぇ!?ちょ、ちょっと待って!!紫はそんな事言いふらしてるの!?僕がいない所でそんなに僕のカリスマを落とそうとしてるの!?」

「あと名付けが絶望的に下手くそだとも言ってたね。」

「そ、そそそんな事ないよ?ゆ、紫ったら、な、何言ってるんだろ・・・や、やめてよっ!そんな変な人を見る目で僕を見ないでよっ!!」

 

颯爽(さっそう)とカリスマっぽく登場した残念な伯爵が涙目になって、さっそくカリスマブレイクしている。

紫さん?って言う人が伯爵の残念エピソードをあちこちに言いふらしているのが原因のようだ。

まぁ、それ以前にそんな可愛らしい男の娘の姿で得意そうな顔で威厳よく見せても、背伸びしてる可愛らしい子供みたいだからカリスマは集まらないと思いますよ。

 

話に出てきた紫さんって人はこの世界では()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

もしかしたら、前世の〖幻想郷についての記憶〗で知ってるかも・・です・・が・・・っ!?

 

「・・・っ!?」

 

突然の頭痛に視界が回り、(ひたい)を押さえる。

前世の記憶を頼りに〖紫さん〗と呼ばれる人物を思い出そうとすると、何故か急に頭に痛みが走った。

まるで、記憶の想起を拒否するかのような反応に驚いてしばらく固まってしまう。

 

「どうしたんですか?アズールさん。」

 

急な頭痛に苦悶(くもん)の表情を浮かべて額を押さえた私にお姫様抱っこで私を抱いてくれていた射命丸さんが心配そうに声をかけてくれる。

 

「・・・え?・・・あ、あぁ!だ、大丈夫ですよ。伯爵のあまりの残念さに頭痛がしただけです。」

「ひ、ひどいよ、アズール嬢!」

 

とりあえず誤魔化しに都合のいい言い訳として、伯爵のカリスマ度をさらに下げておく事にする。

私の言葉に更に涙目になる伯爵。

ま、まぁ実際にはカリスマの無い伯爵には慣れているし、変に取り(つくろ)ってない見た目相応の伯爵は好感が持てるので気にはしていませんけど・・・。

ちょっと罪悪感が・・・。

 

まぁ、それはさておき・・・

先程の伯爵の話にあった〖紫さん〗という人物。

前世の記憶から、その〖紫さん〗という人物を思い出そうとすると急な頭痛と一緒に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「紫・・・さん?」

「?紫さんがどうかしたんですか?」

 

今度は声に出してみる。

まるで、長年言い慣れているようにスっと言葉が出てきた。

射命丸さんの反応からして、どうやら射命丸さんと紫さんと呼ばれる人物は知り合いのようだ。

 

とにかく、〖紫さん〗の名前を声に出して確信した。

 

何か、失ってはいけない、忘れてはいけない〖記憶〗が紫さんという人物にはあったはずだ・・・

・・・〖紫さん〗についての思考を続ける度に言葉では表現できない、それでも絶対的に大事なはずの何かが頭の中で引っかかる・・・

 

それに、さっきはこの世界で〖紫さん〗という人物には会った事が無いと考えていましたが、私がこの世界に来て間も無い頃に1度会っているような気もしてきた・・・

それでも朧気(おぼろげ)に〖紫さん〗という人物に会った事があるという記憶はあるのに、それを裏付けるはずの〖紫さん〗と、この世界で初めて出会った時のストーリーを何故かどうしても思い出す事ができない。

 

・・・いや・・・違う。

 

この世界で初めて〖紫さん〗と出会う前に、私は〖紫さんを知っていたはず〗だ・・・

でも、〖私は紫さんと呼ばれる妖怪を知っていたはず〗という明らかでは無い抽象的で幻覚のような感覚を持っているだけだ。

それを裏付けるはずの記憶が・・・ない。

 

何か、大切な記憶だったはずなのに・・・

 

吸血鬼の超速思考で、何度も何度も、グルグルグルグルと頭の中で思考を繰り返す。

私の内心には言いようの無い焦りが充満していく。

 

・・・ちょ、ちょっと待って。

今思い返せば色々と自分の今の記憶が()に落ちなくなってきた。

 

・・・他にも何か私から大切な記憶が消えている様な気がしてならない。

 

フル回転の吸血鬼の超速思考は、私が忘れている記憶を探し出す為にこの世界で生きてきた100年近い記憶を(さかのぼ)り違和感の正体を探り始める。

 

 

私は、この世界に来て直ぐに〖この世界が()()()()()()()()物語の中の世界〗だと知る事ができた。

確か、私は何かの()()のおかげで、この世界が私が知っている〖幻想郷〗が存在する物語の世界と認識できたはずだ。

今は思い出せないでいる私の大切な()()

 

 

では、その記憶は何だったのか。

 

 

初めてスカーレット伯爵の姿と名前を見た時に感じた既視感(きしかん)・・・

 

小悪魔、大妖精、ルーミアちゃんに名付けをした時に感じる事ができた正規の歴史への収束。

 

チルノさん、美鈴さんと出会った時に考える事ができた()()調()()の物語への道程(どうてい)

 

 

・・・。

 

 

・・・・・・。

 

 

 

 

・・・っ!?

 

 

 

「・・・あ。」

 

 

吸血鬼の超速思考で自分の妖怪生を振り返り、私から消えたと思われる記憶を想定できた私は雷に打たれたかのような衝撃とともに思わず声を出して固まった。

言い様の無い喪失感と共に冷や汗が止まらなくなる。

 

私が持っている()()()()()()()()は〖紅霧異変〗から〖春雪異変〗まで、〖本〗に記されていた内容は()()()()()()()()覚えている。

 

覚えていた・・・はずだったのに・・・。

 

「な、なんで!?」

 

だがしかし、その物語に登場していたはずの〖ある記憶〗が綺麗さっぱり消えていた・・・。

 

「ど、どうして!?な、なんで!?」

「ど、どうしたのですか!?アズールさん!」

 

今まで大切にしてきていたはずの記憶が無い事に混乱して、顔色が悪くなり、急に頭を抱えて取り乱し始めた私に射命丸さんが驚く。

 

「な、無い・・・。み、見当たらない・・・。」

 

そんな射命丸さんの心配の声も、どこか遠くからの声のように、今の私には朧気に聞こえる程に精神が錯乱している。

 

 

この世界に来てから紡いできた皆との記憶は鮮明に覚えている。

・・・でも、私がこの世界に来てから最も頼りにしていた私の大切な記憶。

 

 

幻想郷に登場していたはずの〖キャラクター達についての記憶〗が消えていた。

 

 

私に残っている記憶は、〖幻想郷が存在する世界の物語が(つづ)るタイムライン〗とそれに基いて〖この世界が幻想郷が存在する世界の物語であると結論付けた過去の私が居たという記憶〗、それだけだ。

 

確かにこの世界に来てから幻想郷のキャラクター達に出会って、その合致性からこの世界が物語の中の世界だと結論付けていたはずなのに。

その物語の登場人物である、キャラクター達についての記憶が、どうしても思い出せない。

 

「一体いつから!?ど、どうして!?き、記憶が・・・」

「・・・なるほどね。アズール嬢から〖何の記憶〗が奪われていたのかが少しずつ分かってきたよ。」

 

そんな伯爵の言葉に最大級に困惑したまま伯爵の方に視線を向ける。

先程まで涙目で狼狽(うろた)えていたはずの伯爵が、〖紫さん〗の名前1つで取り乱し始めた私を見て、今では真剣な顔でこちらを見ていた。

 

「・・・え?わ、私の、記憶を、奪う・・・?・・・だ、誰が?・・・それってどういう・・・。」

「・・・うーん。・・・まぁ、この事に関してはバラしちゃっても特に問題ないよね。とりあえず、まずはレーヴァを返して貰おうかな。」

 

私の質問にしばらく腕を組んで考え込んでいた伯爵だったが、1つ頷いてスッキリした顔で夫人をお姫様抱っこしていた伊吹さんの方に向いて微笑んだ。

 

「は〜い。返して下さいね〜。」

「っ!?・・・ちぇ。油断しちゃったよ。」

 

伯爵の言葉に、どこからともなく伊吹さんの後方から小悪魔が出てきて目にも止まらぬ早さで伊吹さんから夫人を取り上げた。

 

「は〜い。取り返してきましたよ〜。どうぞ。優しく抱いて上げてくださいね〜。」

「ありがとう小悪魔。・・・で何で僕がレーヴァをお姫様抱っこするの?・・・それでどうしてニヤニヤしてるのさ。」

「だってそっちの方が面白そうじゃないですか〜。たまには夫婦のスキンシップも大切ですよ〜。」

「・・・君って僕の従者って設定をたまに忘れてるよね・・・まぁ良いけどね。」

 

夫人を取り返した小悪魔が伯爵に夫人を渡して、伯爵は恥ずかしそうに夫人をお姫様抱っこで抱える。

 

「あ〜あ。惜しい事しちゃったなぁ。」

 

夫人を取り上げられた伊吹さんは残念そうに肩を(すく)めている。

 

「君、レーヴァを返す代わりに僕に変な条件を飲ませようとしてたでしょ?さしずめ鬼の戦闘欲を満たす為に僕と戦ってみようとしてたってとこかな。」

「あはははは・・・バレちゃってたか。あんたら夫婦は2人して厄介な目を持ってるみたいだね。」

「まぁ、能力以前に紫にはろくな友人がいないからね。紫の友人だと聞いたらなおさら嫌でも警戒しちゃうさ。」

「あはははは。違いないね。あんたとは気が合いそうだ。」

 

いたずらがバレた、いたずらっ子のように舌をペロッと出して笑う伊吹さん。

そんな伊吹さんに、まるで『変な奴に目を付けられたな』と言わんばかりに苦い顔をしていた伯爵が改まって真剣な顔で私の方を向く。

 

「・・・さて、アズール嬢。突然だが、君は僕達に隠してる秘密がまだまだたくさんあるよね?」

「・・・っうぇ!?・・・い、いや、そ、その・・・。」

「・・・前から思ってたけどアズール嬢って嘘が苦手だよね。」

 

伯爵の言葉に苦い顔になる顔を左手で覆って隠すも、伯爵にはどうやらバレバレらしい・・・。

 

・・・私が伯爵を含め今世で出会ってきた人達に隠している事はたくさんある。

前世の事もそうだし、私の持つ能力の事も、()()()()()()()()()()()も全てを隠している。

 

・・・理由はひとえに怖いから。

もう既に今更ではあるかもしれないが、私が介入する事で予定調和の〖物語〗へと続くタイムラインを改変したくはない。

前世で(ぞく)に言われていた〖タイムパラドックス〗で私が好きだった〖物語〗を失いたくはないのである。

 

 

・・・それに、私は・・・

 

 

・・・。

 

 

浮かんできた暗い思考によって私の顔にどんな表情が浮かんでいたのか分からないが、そんな私の様子を見て伯爵は優しく微笑んで言葉を続ける。

 

「大丈夫だよ、アズール嬢。僕は無理に君の秘密に触れるつもりはないよ。今までも、そしてこれからも、ね。」

 

・・・私は案外、自分で思っている程、嘘は得意ではなかったらしい。

伯爵には今までの私の嘘なんてお見通しだったみたいだ。

 

それでも、その〖嘘〗の内容を聞こうとしてこない優しい伯爵に今まで通り、これからも甘える事にしよう・・・

 

「でも、今、君が感じている〖奪われた記憶〗に関する齟齬(そご)は恐らくその秘密に所以(ゆえん)がある事だよね?」

「・・・そうであったとしても、何故、伯爵は私の記憶が奪われていると確信できるのですか?」

「・・・それは、君の記憶を奪った犯人を知っているからだよ。」

「え!?」

 

伯爵の予想だにしない返答に驚く。

伯爵が、私の記憶を奪った犯人を知っている?

・・・一体、どうして・・・

 

「アズール嬢。君は今、君が今まで隠してきた秘密事に関する記憶と、〖八雲紫〗という妖怪に関する記憶が消えている。・・・違うかい?」

「・・・は、はい。確かに、伯爵の言うように私の記憶からそれらの記憶が消えていると思われます。・・・もしかして、私の記憶を奪った犯人って・・・」

「アズール嬢の考えている通り、君の記憶を奪った妖怪は、妖怪の賢者と呼ばれている〖八雲紫〗。太古から世界のバランスを管理している〖調停者〗である僕とレーヴァの旧友で永い時を生きている大妖怪だよ。」

 

・・・八雲紫。

確かにこの名前を聞くと何かが頭の中で引っかかるし、間違いなく私はこの妖怪の事を知っていたはずだ。

 

「そして、アズール嬢。恐らく君は他にも記憶を失っている。・・・これは僕の想像でしかないけれど、君は君自身が〖死神に追われている理由〗とともに死神に襲われていた記憶も無くしているはずだ。」

「わ、私が死神に襲われていた?し、死神に追われている?な、なんで?」

「・・・やっぱりね。・・・30年の眠りから目覚めてからも、君が死神の襲撃に気付かないどころかその対処に(おもむ)かない事におかしいとは思っていたんだ。」

 

まるで、30年前までは私が襲撃してくる死神?を対処していたかのような伯爵の言葉に困惑する。

死神なんて存在は夢幻館のエリーさん以外、実際に見た事ないはずですし、それらの対処をしていたなんて記憶は当然無い。

そんな私の困惑を他所(よそ)に伯爵は言葉を続ける。

 

「月光館に住み始めてから30年前まで、君は年に1、2回程度生じていた君への死神の襲撃を誰にも気付かれないように隠密に対処していた。初めの頃は、あの厄介な鬼神長ですら君は誰にも気付かれないように地獄へと丁寧に送還していたんだよ?・・・この事を知っているのは君をずっと監視していた〖八雲紫〗と、その紫から話を聞いた僕だけだよ。」

 

伯爵の話している内容が全く理解できないし、全く覚えていない。

それでも、やっぱり〖紫さん〗の時と同じ様に〖死神〗、〖鬼神長〗という言葉にも同様に頭に引っかかる何らかの記憶がある。

・・・それなのに、どうしても思い出す事ができない。

 

「・・・そして、今の状況は恐らく、何らかの事情で君の記憶を奪った紫から君への罪滅ぼしであり、救済措置。定期的に生じる死神達の襲撃から君や、館の皆を護る為に、伊吹さんに君を誰も知らない遠くへ誘拐させて死神達から君を隠そうとしているんだと思うよ。」

 

ここまで伯爵の話を聞いて、伯爵の話が真実なのであれば、〖紫さん〗という妖怪は何故か私や私に関係する人達を陰ながら護ってくれている良い妖怪であると理解する事ができた。

 

・・・でも、どうして私の記憶を奪ったのか。

何故、私の前世の記憶を理解して〖幻想郷についての記憶〗に限定して記憶を奪ったのか。

どうして私を助けてくれるのか。

その理由がどうしても分からない。

 

「・・・()せない、といった様子だね。アズール嬢。」

「・・・はい。正直、分からない事だらけで混乱してます。死神の事もそうですが、何故、紫さんは誰にも言っていない私の秘密を知っていたのか・・・。どうして紫さんはそんなにも私を気にかけてくれているのか・・・。私の記憶を奪った、という事は、私の記憶の中に何か紫さんにとっての不都合があったという事。それなのに、私や館の皆を危険に巻き込まないように介入してくれていて・・・」

「そうだね。僕にも紫の考えてる事全部は到底理解できないよ。」

 

そう言った伯爵は、でも、と言葉を続ける。

 

「紫が君を大切にしている気持ちは良く分かったよ。自分の箱庭の事以外、全然興味を持たず衆目に晒される事を嫌っていた紫が君の事となるとすぐさま駆けつけたからね。」

「?駆けつけてくれた?・・・もしかしてヴァルターが言っていた30年前、私を助けてくれた妖怪って。」

「そうだね。30年前、〖夢現の揺籃〗を作って、君を能力の暴走による悪影響から救ったのは、その八雲紫だよ。」

「そ、そうだったんですね。」

 

30年前の私の能力が暴走した事件の事はヴァルターから全て聞いている。

ヴァルターが言うには〖胡散臭い妖怪〗が中心となって、能力の暴走から私を助けてくれた、と聞いていたが、その〖胡散臭い妖怪〗が八雲紫さんの事なのだろう。

・・・それに、今思えば能力が暴走した時の記憶が無いのも紫さんによるものだと考えられる。

 

「・・・まぁ、とにかくアズール嬢はこのまましばらく・・・そうだね、妖力や魔力が戻って傷が癒えるまでは伊吹さん達と一緒に居るようにすると良いよ。」

「私達も了解してるから大丈夫だよ。お嬢ちゃん。」

「私達におまかせを!」

 

伯爵の言葉に続いて伊吹さんと射命丸さんが微笑みながらそう言って頭を優しく撫でてくれる。

なんだか子供扱いされてる様でむず(がゆ)いが、話を聞く感じだと、凄くありがたい。

 

「あ、ありがとうございます、伊吹さん、射命丸さん。伯爵もありがとうございます。初めは誘拐されて混乱していましたが、話を聞くところによると、私が館に戻れば皆にも危険が及びそうですからね。このまま私は伊吹さん達に厄介になる事にします。」

 

そんな私の言葉に安心したような笑みで伯爵は息を吐く。

まだ他にも伯爵には色々聞きたい事があったが、館を監視している死神達の監視から今の現在地を(あざむ)くのには限界が近いらしく、伯爵達はそそくさと帰る準備を始めた。

 

「・・・それじゃあ、死神達に気付かれたら大変だし、僕達はそろそろ館に戻るよ。・・・あ、あと昔に紫からもらったスキマを君に渡しておくよ。それは紫からもらった君達と手紙のやり取りができる手段。レーヴァと射命丸さんが1つずつ持ってるから、それを使って、たまに手紙をくれたりしたら嬉しいかな。」

「うぅ〜。アズール様が居なくて寂しいですが私もお手紙書きますので、どうかお元気で〜。」

 

なんと文通の手段まで用意されているとは、紫さんの優しい配慮を感じる。

渡された〖スキマ〗と呼ばれる、袋内の空間に亀裂が入ったへんてこな袋のようなものを受け取る。

 

「私も寂しいです。お手紙は必ず書きますので、皆にもよろしく伝えといて下さい。」

 

そんな会話を最後に伯爵達は小悪魔の魔法で紅魔館へと帰っていった。

 

 


Syameimaru Aya perspective

 

「と、いう訳で、伊吹さん、射命丸さん。改めましてよろしくお願い致します。」

 

そう言って頭を下げるのは綺麗で美しい銀髪を持ったお人形のように可愛らしい女の子。

萃香様が気まぐれで誘拐した・・・と思いきや、またもや紫さんの手のひらの上で踊らされたあげく、死神達という厄介な勢力から護る事になった重要人物、吸血鬼アズールさん。

 

今は諸事情によって妖力と魔力を封じられているらしく、感じる気配は人間の少女そのものでしかないのですが、一応の種族は吸血鬼らしい。

 

先程、保護者の吸血鬼夫婦と別れて近場の陸地に降りて休憩する事になった訳であるが、陸地に降りて、早々に私達に丁寧に頭を下げてきた次第である。

 

「あやややや。そんなかしこまらなくても大丈夫ですよ!アズールさんは紫さんの友人。私も紫さんとは長年の付き合いですし、友人の友人もまた友人。なので私とアズールさんも友人です!」

「あはははは。お嬢ちゃんからしたら私らは誘拐犯から保護者に変わった訳だから、どう接したら良いか分からなくなって困ってるのだろうけど、紫に関係なく私はお嬢ちゃんを気に入ったのさ。客として私らの住処(すみか)ではちゃんとおもてなしするさ。」

「お、〖おもてなし〗ですか・・・。うぅ・・・お、お手柔らかによろしくお願い致します。」

 

何故か萃香様の〖おもてなし〗という言葉に顔を真っ赤に染めて、もじもじとし始めたアズールさん。

おもてなしなんて言われて恥ずかしくなっちゃったのかな?

そんな様子が初々しくて、なんというか、とても可愛らしい。

 

何故かアズールさんを見ていると、なんというか守ってあげたくなる。

アズールさんにはそんな魅惑の力があるらしく、私は既に彼女の事を友人だと思う程に(とりこ)になっている様である。

 

「そんな訳で、私達でお嬢ちゃんを私達の住処までちゃんと護りながら連れていく・・・と言いたいところだけど、私はちょっと野暮用が出来ちゃったからここからは天狗1人で護衛してもらうよ。」

「え!?」

 

いきなり何言ってんですか、このパワハラ鬼上司!?

 

「す、萃香様?責任持って萃香様も一緒に付いてきて下さいよ。私達の住処がある島国ならまだしも、今、私達がいるこの大陸には厄介な仙人達や妖怪がうようよいるんですから。」

「グダグダうるさいぞ、天狗。ちゃんとお嬢ちゃんを護ってやってね。じゃ、私は行ってくるから。」

 

そう言うが否や、ドロンと消えて居なくなる困った鬼上司。

あの鬼上司、本当に全部私に投げて消えやがりました!!

 

「しゃ、射命丸さん?」

 

アズールさんが困った顔でもじもじとしながら私の裾を引っ張ってくる。

 

「あ、あぁ。あ、あはははは。だ、大丈夫ですよアズールさん。萃香様はあぁ見えてお忙しい方なので、ここからは私が責任持って貴方をお守りしますから。」

 

何が忙しいですか!

いつも暇を持て余してる癖に大事な時に居なくなって・・・本当にあの鬼上司は!

 

「ち、違っ。・・・あ、あの。ちょ、ちょっとそっちの木陰で着替えてきても良いですか?そ、その、やっぱり全裸で外套を被るだけだと落ち着きませんので。」

 

そう言って不安そうに私の顔を覗き見るアズールさん。

・・・さっき萃香様が私の事を少女趣味だなんだと言われてから、アズールさんの私を見る目に怯えが見え始めた。

 

うぅ。

あの鬼上司め。

変な誤解されちゃってるじゃないですかぁ。

 

「あ、ああ!!そ、そうですよね!すみません、気付かなくて。良いですよ。一応この辺りには危険な妖怪は出ないとは思いますが気を付けて下さいね。」

「ありがとうございます!」

 

ぱぁ、と満面の笑みを浮かべてとてとてと木陰の方まで小走りで向かったアズールさん。

なんだか小動物みたいで可愛い。

 

「・・・はて?アズールさんは着替えを持っていたのですかね?う〜ん。まぁ、彼女は一応西洋最強妖怪の吸血鬼ですし、何らかの手段があるのでしょう。・・・ん?」

 

着替えについて疑問に思っていると、手元に紫さんのスキマが現れて1枚の手紙が落ちてきた。

 

「あやや?文通をするとは言っていましたが、お早い事ですね。・・・ん?宛先は・・・〖私と萃香様〗?」

 

送り主は先程の吸血鬼の伯爵である様子でしたが、宛先はどうやら今のアズールさんの保護者である私達宛のようです。

 

「まぁ、私達宛なら早速読んでみましょうか。どれどれ・・・」

 

拝啓 射命丸様、伊吹様へ

 

この度はアズール嬢の為に御協力頂き感謝します。

先程、お伝え忘れていた大切な事を伝える為に至急筆を取らせて頂きました。

アズール嬢の事なのですが、彼女は類稀(たぐいまれ)なる巻き込まれ体質であり、目を離すとすぐに厄介事に巻き込まれてしまう特性があります。

どうか、目を離さぬようによろしくお願い致します。

アズール嬢と射命丸様、伊吹様の無事を祈ります。

────グニール・スカーレット

 

「・・・。」

 

その手紙を最後まで読んだ私は着替えの為に木陰に向かったアズールさんが中々戻って来ない事に嫌な予感を覚える。

もう時間はかなり経っているはずなのに・・・

 

「・・・アズールさん?」

 

アズールさんが向かった木陰に向かい声をかけてみるも、返事が無い。

 

「・・・。」

 

心配になってアズールさんが着替えの為に向かった木陰を覗き見る。

 

そこにはアズールさんの姿は見えず、代わりにレーヴァさんから渡された外套が綺麗に畳まれて置かれており、その上に1つのメモが置かれていた。

 

そのメモを拾って書かれている文字を見て血の気が一気に引いた。

 

このかわい子ちゃんは勝手ながら私の弟子にする事にしました。

探さないで下さい。

────通りすがりの全然怪しくない仙人より




【後書き】
最近オーバーウォッチにハマってしまい自由時間のほとんどをOW2に捧げる事によって、2週間に1回投稿を守れなかった愚かな執筆者こと、まほろばです( ̄▽ ̄;)
・・・(^ཫ^)

それはそうと、54話です!

今話ではアズールの誘拐が隠居旅行に変化したお話となっております(?)
文字数が余裕で1万文字を超えてしまった難産のお話でした( ॑ཫ ॑ )
実を言うと基本1話5000文字を目安に執筆しているので、今話には大体2話分の内容がぎゅうぎゅうに無理やり押し込まれている、といった具合です。

というのもアズールの視点で物語を執筆する際、アズール曰く〖吸血鬼の超速思考〗によってアズールの思考が長々と続いてしまうので、基本アズールの視点のお話は目安の5000文字を余裕で超えちゃうのです( ¯꒳¯ )
あと、作中で〖〗で囲っている単語は今後の物語に関わるちょっとした伏線になり得るもの、だったりします(" ॑꒳ ॑" )

それはさておき、今話で判明したアズールの記憶の齟齬。
大体第4章からじわじわとゆっくり記憶が消えてしまったようで、今回の〖紫さん〗という言葉の想起によって、記憶の齟齬を自覚できた、という流れになっております。
アズールがこの世界に来てから約50年もの間の描写は、作中ではバッサリカットしているので明らかではありませんが、その間に物語の1つの謎の根幹があったりするので、今後、過去話を書いてみるのもありかもですね(´>ω<`)
今話ではアズールと死神達との奇妙な関係性が伯爵から暴露されましたが、それらの記憶を失っているアズールにはちんぷんかんぷんの様子です( ߹꒳߹ )

さて次話では今話最後にメモを残した謎の仙人(原作キャラ)の弟子に(無理やり)なったアズールがわちゃわちゃするお話です。
大体、日本と呼ばれる事になる島国の近くの大陸(中国大陸)に居た仙人なので予想がつくかもしれませんが、原作『東方神霊廟』でキョンシーを連れてヤンチャしていた邪仙さんです。
原作『東方茨華仙』では水鬼鬼神長と呼ばれる鬼神長から命を狙われていましたが、逃げる事ができている強キャラです。
アズールの今いるタイムラインでは、まだ原作キャラのキョンシーは連れていません。

といった所で次回も少し遅れた投稿になってしまうと思いますが楽しみに待っていただけると幸いですm(__)m
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