ブレイク・フリー   作:路傍の砂利

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ホット・リミット その④

 やりづらい。

 西宮は率直にそう思った。彼自身、これまでスタンド使いと何度か戦っては来ているが、それでもそれは片手で数えられるほどしかない。己の自慢のスピードとパワーが通用しない敵を相手取るには経験値があまりにも足りていない。

 かといっても彼にはまだ見せていないとっておきがある。しかし、相手の能力が全く分かっていない現状でそれを使うのはあまりにもリスクが高すぎる。高すぎるのだが……

 

 「どうした?大口を叩いたわりには攻めあぐねているようだが?」

 「……」

 

 西宮という男の最も優れている部分は判断力とその年齢で持ち合わせているのが不思議に思えるほどの覚悟からなる、決断力である。

 が、それは西宮が物事を深く考えることができないという欠点を持つがゆえに、持たざるを得なかった能力とも言える。

 長々と書いたが単に面倒くさがりなのだ。短絡的ともいう。トランプタワーを作っているときに、最後の一枚が上手くいかないからと、すべて崩したこともある。ゲームでレベルを完スト一歩手前まであげても、最後のレベルアップのときにメタルスライムに何度か逃げられただけでデータを削除したりもした。

 つまり何がいいたいのかというと……

 

 西宮にとってリスクが高かろうが低かろうが、そんなことはどうでもいい。

 そして、リスク度外視の悪手は必然的に相手の不意をつくことに成功する。

 

 「ぐはぁ!」

 

 こいつ正気か!?

 男はあまりに予想外の相手の出方に驚愕する。

 それもそうだろう。相手が将棋でいうところの二歩ぐらいのことをやってきたのだから。しかし、殺し合いには将棋のようなルールはない。

 といってもそんなラッキーパンチがそう何度も通じる訳もなく……

 

 「……流石に、そう簡単にはいかないよな」

 「俺には君がバカなのか、それともとてつもなく賢いのか、判断できそうにないな」

 「……間違いなく賢くはないだろうな。他ならぬ、自分でもそう思う」

 

 無意味に終わったかのように見えたこの行為は西宮にとって大きな収穫だった。

 西宮の攻撃は確かに当たった。そう、さきほどは当たらなかったのにだ。

 つまり、男の能力には使用の際にラグ、もしくは予備動作が必要なことが判明したのだ。

 そしてこれは男にとって大きな痛手にほかならない。

 なぜなら、男は尋常じゃないほどに慎重だからだ。男はことスタンド戦において、自分の能力を悟られる前に倒さなければならないと考えているのだ。石橋を叩かなくては気がすまないのである。

 そしてさらに男の不運は続く。

 

 「!」

 

 響きわたるは彼の声。その声に西宮も思わず振り向く。

 

 「一旦退くぞ!」

 「は?」

 

 西宮には理解が追い付かない。同様に男にも意味がわからなかった。

 それは唐突さという意味でも二人を困惑させたに違いない。しかしある程度ことを噛み砕きはじめた二人に最も疑問を抱かせたのは、この状況でどう逃げるのかということだった。

 しかし、その答えはすぐにわかることになる。

 彼はおもむろに地面に手をついた。意図的に両手で地面を押すようにして手をついた。

 

 「なっ!?」

 

 すると、突如として男と彼らの間に壁ができた。比喩でもなんでもなく、文字通り男の目の前に壁がそびえ立ったのだ。

 状況を理解するのは男よりも西宮の方が早かった。

 真っ先に走り出す。少しでも遠くへ。少しでも相手の死角へ。

 

 「っ!?」

 

 遅れて、男もようやく反応する。動いたのは男のスタンド。素早くその手を正面へかざす。

 壁の脆い部分から極小の砂粒その手に吸い寄せられる。しかしそれ以外、特別なことは起こりはしない……そう思った矢先だ。

 

 「っ!?」

 

 鳴り響く凄まじい轟音。舞い散る砂塵。

 砂塵が晴れると、彼らと男とを分断していた壁は跡形もなく消し飛んでいた。

 しかし……

 それと同時に、男は彼らを視認できなかったことに歯噛みした。

 

 

 

 

 「怪我の具合はどうだ?」

 「ぼちぼちってところだな」

 

 ここなら当分の間、見つかることはないだろうというところまできた。

 怪我の具合を尋ねれば、西宮はたいしたことがなさそうにしていたが、そんなはずがないことは俺にも分かった。

 けれど、それでも、なんでもないようにしているこいつに、俺はあわせなければならない気がした。

 

 「それで、一時撤退をえらぶってことはなにか考えがあるのか?」

 

 意外にも、初めに話を切り出したのは西宮だった。

 

 「ああ」

 

 そして、俺はさっきの西宮と男の戦いでわかったこと……いや、まだ予測の範疇ではあるが気づいたことを話す。

 

 「あの男の能力がわかった……かもしれない」

 「……!?」

 

 百パーセント驚愕の表情で西宮は俺をみる。

 

 

 ◆

 

 「俺の仮説が正しければ、俺たちの勝機はこれしかない……と思う」

 

 黙って彼の話を聞いていた西宮はただただ戦慄していた。

 

 お前はスタンドに目覚めたばかりだろう?

 

 だというのにこれは一体どういうことだ?

 スタンド能力に目覚めたばかりの人間が、ほんの少し俺たちの戦いをみただけで、あろうことかその能力を見破っちまったってのか。

 なにより、西宮が思うに最も恐ろしいのは、その冷静さと発想力。その冷静さはまるで何度も戦いに身を投じてきたかのような、その発想力はまるで赤壁で曹操の大軍を知略のみでうち破った諸葛孔明のごとく。

 まさに天性の才能であった。そう言う他に今起きてるこの現状……彼の能力の高さを説明することはできなかった。

 

 「お前はそうすれば勝てると……そう思っているんだな?」

 「あ、ああ」

 

 自信なさげに答える彼に西宮はふっと笑みをこぼした。

 

 「なら信じる。それに……」

 

 「俺はお前をずっとすごいやつだと思っていたんだ。信じるにはそれだけで十分だ」

 

 ◆

 

 男はただの一歩もその体を動かすことなく、そこに佇んでいた。きっと俺たちが逃げたあとずっと。俺たちを探すよりも待ち構えるほうがよいと考えたんだろう。

 まぁ、かといって周囲への警戒を怠るはずもなく、男の極限まで広げた射程範囲に入ればその時、俺たちの命は簡単に刈り取られるだろうと錯覚させられた。

 それほどまでの注意・警戒。

 だというのに当の俺たちは何事もなかったかのように、極めて自然に男の目の前に躍り出た。

 男は拍子抜けを覚えたような顔で言った。

 

 「作戦会議は終わったようだが……どうやら警戒していたのも杞憂におわりそうだ」

 「ほぉ、意外に間抜けなんだな。俺たちが無策にも正面から現れるとでも思ったのか?」

 

 そういってスタンドを顕現させる西宮。対する男もそれに反応してスタンドを現す。

 拍子抜けした……といっても男が警戒を解くことはなかった。すぐさま臨戦体制に移った。

 

 「事実、無計画であると思うがね……状況は先と何も変わらない。むしろ悪化しているまでもある」

 「己の間違いを自覚できないのは愚かなことだって、偉い人が言ってたぜ」

 

 そう自信満々にいってみせる西宮。

 しかし、確かに男の言うとおり状況は依然、俺たちが不利なままだ。

 西宮の攻撃はあたらない。それに俺たちに必要なのは隙だ。だというのに男は用心深く、隙を見せる気配を微塵も感じさせない。

 互いに威嚇し合う。先に手を出した方が負けると、直感で理解しているからだ。

 膠着状態は続いた。とても長い間。

 しかし、先に耐えきれなくなったのは西宮のほうだった。

 

 「しゃらくせえ!」

 

 そう言って男に向かって右ストレートを放つ。しかし、男は自らの期待通りにことが運んでいることに口角をあげた。

 警戒状態の男はどの方向から攻撃が来ても対応できる体勢だったのだろう。西宮のスタンドの拳を危なげなくいなしてみせた。

 

 「そうだ、はじめからわかっていたじゃあないか。この俺が作戦通りなんて利口なことができないことはよぉ!」

 

 しかし、攻撃をいなされ窮地に立たされたというのに、不思議なことに西宮に焦りはなかった。

 作戦を無視されたことにいい思いはしない、むしろ少し苛立ったが、これも不思議なことに俺がそれ以上に怒ることはなかった。

 それはきっとそこにあったのが信頼であったからだろう。だからこそ、俺は西宮を信じるし、彼の信頼に応えたいと素直に思えた。

 

 「何を企もうと無意味だ。もうチェックメイトだからな」

 

 その時、男のスタンドが、がら空きになった西宮の体に手をかざした。

 やはりさっきの攻撃は悪手だったのだ。

 さっきの爆発から十分なインターバルがあった。そして西宮に大きな隙もできた。

 ならばこの男は容赦しない。そこにはアニメのようなご都合主義など存在せず、自らの全力をもってして俺たちを屠らんとする絶対的な意思だけがあった。

 

 「ホットリミットォ!」

 

 男のスタンド能力が発動した。その手のひらの周囲の空間が歪み始める。今度こそこの爆発を受ければ西宮は立ち上がれないだろう。

 

 俺は驚かない。

 男が容赦のないこと、そして紛れもなく強者であることを知っていたから。

 俺は焦らない。

 男なら一度信じたものを疑うのはナンセンスだからだ。

 西宮は必ず俺の信頼に応える。俺は確信している。

 だから俺は自分のやるべきことをやるだけだ。

 そして爆発音がなる瞬間……

 

 西宮は凄まじい勢いで後方に飛んだ。まるで何かに引っ張れるかのように。

 

 「ブレイク・フリー!」

 

 男は慎重すぎるあまりに西宮のスタンドの速さと強さだけを警戒しすぎていた。

 ゆえに男は見落としていたのだ。彼のスタンドの本来の能力を。

 

 「っ!?」

 

 爆発は不発になった。紛れもなく西宮の実力によって。そして好機は訪れた。

 

 「堺!」

 「あとは任せろ!」

 

 俺はすかさず男に向かって泥を投げつけた。なんの変哲もない砂に水分を含ませただけの泥だ。

 そしてそれは攻撃が不発に終わった男のスタンドの手のひらにわずかに吸い寄せられた。

 これで準備は終わった。必要なのは炭素と水、たったそれだけだ。

 

 「カーペンターズ!」

 

 俺は自分の能力を詳しく知らない。詳しく知らないからこそ、少しでも成功するようにと水と土()を投げた。念には念を重ねて能力を発動したのだ。

 その物質は炭素と水素のみで構成されている。

 故にただの泥であったそれは一瞬で気体へと状態変化し、吸い寄せられたというにも関わらず、男のスタンド手のひらにはなにも残らなかった。

 いや、正確にはそこにある。しかしその物質は男自身の能力……手のひらに吸い寄せた空気を圧縮する力によって、男を蝕む劇薬へと変貌した。

 

 「っ!?」

 

 男の断末魔はけして声にならなかった。かき消されたのだ。まぎれもなく、男自身の能力のはずである爆発によって。

 

 生成された物質の名はアセチレン。空気よりも軽いその物質はバーナーなどによく用いられる。そして酸素よりもはるかに低圧で保管されるそれは、高圧下で分解爆発を起こすことで知られている。

 

 「あんたは強かったよ……ただの外道じゃないあんたは……本当に……」

 

 爆炎が寒空の冷風にふっと消えた。

 

 

 

 「無事で何よりだぜ……」

 

 俺よりはるかに無事じゃない姿をしているそいつは、そんなことをぬかしてきた。

 本当にお前なにものなんだよ……タフすぎて言葉がでねえよ。ターミネーターなの?アイルビーバックするの?

 

 「明らかに無事じゃないお前にそんなことを言われた、ほぼ無傷の俺はなんてこたえりゃあいいんだ? ……いや、こんなことになったのは全部俺のせいだよな。本当にすまなかった……」

 

 頭を下げて謝罪する俺に対して、西宮は後ろ髪をかきながらなんでもない風に言った。

 

 「なんのことだか、さっぱり分かんないな」

 

 格好つけんじゃねえよ。ホントになんかカッコいいから、無性に腹立つんだよ。

 ……まぁ、今回のことは貸しにしといてもらおう。

 

 「俺は……まだ負けられ……ない……! 負けるわけにはいかないんだ……!」

 

 その時、後方で何かが立ち上がった。

 俺たちはすぐに後ろを振り返り、それの姿を確認した。

 体のあちこちが焼け焦げて、片腕のないその男は文字通りぼろぼろの足で体を引きずりながら俺たちへ近づいてきている。

 

 「妹は……妹は俺でなきゃ救えないんだ……!」

 

 それを聞いた俺と西宮が言葉を発することはなかった。

 ただ、俺たちはそれを、その姿をじっと見つめた。目をそらさず、焼き付けるように。

 

 「負けられないんだっ!」

 

 男のスタンドが発現した。それと同時に爆発が起ころうとする。

 

 「ブレイク・フリー!」

 「カーペンターズ!」

 

 俺たちは自身のスタンドを発現させた。

 

 「Salvation to 救われぬものにせめてもの救いを。背負うものよ……これは貴様の覚悟に対する敬意だ」

 

 しかし、俺たちが動き出すよりもはるかに早く、爆発は止まった。

 そして今度こそ男が立ち上がることはもう二度となかった。




スタンド名:カーペンターズ

【破壊力 - なし / スピード - なし / 持続力 - A / 射程 - E / 精密動作性 - A / 成長性 - A】

能力:触れた物体を他の物体に置き換えることができる。
ここで触れた物体をA、置き換える物体をBとする。
AとBの特性や物性などが近いほど100%近く変換できるが、それらが遠いとほとんど変換できない。

漫画『鋼の錬金術師』の錬金術に近いです。

スタンド名:ホットリミット

【破壊力 - B / スピード - B / 持続力 - C / 射程 - D / 精密動作性 - B / 成長性 - B】

能力:空気を手の平に吸い寄せて、吸い寄せた空気を圧縮できる。圧縮した空気を解放させて擬似的な爆発を起こしたり、圧縮したことで密度が高くなった空気を防御に利用したりなどできる。
しかし、手の平に空気をためるまでのインターバルが存在しており、近距離パワー型にしてはパラメーターが低いことから、その瞬間は無防備といってもいい。
また前述の爆発は反動が大きく、本体にもダメージがあるため、破壊力は凄まじいが何度も打つことができない諸刃の剣である。
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