先生Memory! 作:未来景
時系列的にはストーリー一章終了後になります。
誤字脱字矛盾等ありましたら、報告して頂けると幸いです
コツ、コツと、革靴の小気味良い音が、人気のない学校の廊下に踊る。
時刻は凡そ十二時半。食欲が満たされ、欠伸をしてしまうような昼下がりに、それは密かなる要件を達成した所で、ある生徒を探し、歩き回っていた。
軽く跳ねれば、天井にぶつかってしまう程に高い背。しかし相反するような頼りない肉付きの身体に、ぴっちりとスーツを着こなす細身な男は、目がないにも関わらず視界を左右に振るが、発見には至らない。
時折窓から外を確認するも成果はゼロ。彼女が学校にいると分かってはいるものの見つからない状況に、細身な男ははてさてどうしたものか、と悩むように首を傾げる。
対策委員会の教室はもぬけの殻で、一通り見た教室や校庭、要件のあった資材倉庫にもいない。
首を傾げる細身な男は、逡巡の末に手をぽんと叩き、少し来た道を戻って階段を上がり出した。
日の差す暖かな踊り場を曲がり、古びたポスターを尻目に、細身な男は苦もなく一段飛ばしで階段を上がる。目指す先の扉は片側だけ開き、そこから青天井が覗いていた。
やがて昇り終えた細身な男は、両腕が塞がっている故に身体で、もう片方の扉を押す。老朽化した鉄扉は軋み、砂を落としつつもなんとか動き、道を空けた。
「ん〜?」
間伸びした声。一瞬遅れて、スカートにまで伸びる桜色の長髪が、ふわっと跳ねるように浮き上がる。
穏やかな水中を映す、海色の左眼の視線がやられ、続いて太陽にも劣らぬ煌めきを放つ、琥珀の右眼が細身な男を見据える。
素振りも、アホ毛すらも眠た気な、高校三年にしては随分と小柄である少女。小鳥遊ホシノは、目の前の人物を視認した。
「こんにちわ〜、先生。って、どしたの。両脇にマットなんか抱えて」
当然の疑問を投げかけるホシノに、ダウンマットをゆっくりと降ろした細身な男は、ズボンのポケットから携帯をを取り出し、モモトークで意思を伝えた。
「…お昼寝をしに来た?それって、おじさんと?」
驚いた表情で自分を指差すホシノに、細身な男はこくりと頷く。そして、彼女のショットガンが立てかけられている建物の日陰。扉の左に、二つのマットを敷き、仰向けに寝っ転がると、COMMON!そんな擬音を幻視する勢いで、もう一つのマットを叩いた。
「うへぇ~…でも、大丈夫なの、先生。こんな所でお仕事さぼってたら、怒られるんじゃない?」
果たして普段も仕事をしているのか怪しい細身な男は、心配は要らないとばかりにサムズアップをして、モモトークに全部終わらせてきたと乗せる。
決してやましい気持ちで誘っている訳ではないと知るホシノだが、行動の真意が読めず、携帯を片手に困り顔で立ち尽くす。
遥か遠い場所に浮かぶ、白き大舟を流す風がやけに大きく聞こえる沈黙。打破したのは、細身な男だった。
「!」
上半身を起こした細身な男が、画面をタップして文字を連ね、文として送る。
顔色を伺えない為、唐突に起き上がった細身な男に一瞬痙攣したホシノは、彼女を真似るが如く振動した携帯の画面に焦点を合わせる。
届いていたのは、たった一言。他人からすれば、何でもないような問いで…しかし、彼女にとってはある別の意味を持つ、気遣い的な問いだった。
「えへへ…そうだねぇ。ちょっと、眠いかな」
悪さがバレた、無垢な子供。或いは、善行を褒められ慣れない、世を知る大人。どちらとも取れる複雑な色に面を染めたホシノは、誤魔化しの苦笑を浮かべて、答える。
なら、おいで。語りかけるように優しくマットを二度叩いた、細身な男の昼寝の誘いに。今度は直ぐ、ホシノは返事をした。
「…じゃあ、シロコちゃん達が来るまでの間」
細身な男に比べれば、とても小さく、か細い音が、マットに近づく。
「隣にお邪魔するね。先生」
上半身だけでも、自身の首以上はある細身な男の傍にまで来たホシノは、反転し、スカートを左手で抑えながらマットに腰を下ろす。次いで丁寧な所作で靴と靴下を脱ぐと、同じく階段側に足を伸ばして、ゆっくりと背を真っ白な床に着く。彼女を眺めていた細身な男も、満足そうに体を倒した。
「ふわぁ〜」
緩やかな欠伸が、長閑な屋上の空気に混じる。たった一人で、身に余る負担を背負おうとした少女のものとは考えれぬ、呑気な欠伸が。
利益に執着し、義務を忘れたオトナと戦い続けた戦士。彼女が眠りにつこうとする姿は、年相応に可愛らしく、また、いつもよりずっと小さく感じられる。
「…ねぇ、先生」
半ば寝返りを打ち、対面する瞳が閉じかけたホシノに、同様の姿勢になった細身な男は、頭を横に傾ける。
「今ね。私、すごく幸せなんだ」
囁きは、裏表のない言葉だった。
良かった。そう返したいのか、元気にサムズアップをする細身な男に、ホシノはクスリと微笑み、話を続ける。
「この学校がある事。おかえりって言ってくれる、皆がいる事」
今にも眠りに落ちてしまいそうな声は、けれど途切れず、噛み締めるように悠々と紡がれた。
苦楽を共にする四人。彼女達を慈しむような瞳をして、ホシノは数秒閉口する。俯く彼女が遠くに定めた視線は、柔らかで、どこか儚い。
「…幸せすぎるから、夢を見てるんじゃないかって。そう思うんだ」
夢とは、いずれ覚める空想であり、平和とは、争いが起こる前段階に過ぎない。
法外な利子は、魔法のように消えて無くなった。これにより、借金返済の光明は一筋ではあるが垣間見えて、親しい友人達と過ごす、当たり前の日常は存続している。
自らを犠牲にしてでも、守ろうとしたもの。その中に自分がいられる
幸せな白昼夢を破壊する、不可視の怪物に怯えるように。
「…おかしいよね」
畢竟、ホシノは慣れてしまったのだ。普通が異常へ、異常が普通へと置き換わった生活に。成人ですら、押し潰されかねない重圧に。だからこそ、実在しない分かっていながらも、影も形もない敵の存在を心のどこかで否定しきれず、幸福を享受する当然の権利の行使に、中途半端に歯止めをかけている。
自嘲する彼女を、一体誰が笑えようか?卑怯なオトナが振るう姑息な力。その被害者である、彼女を。
少なくとも、細身な男は笑わなかった。彼女を憐れむ事も、また、考えすぎと楽観視する事もしなかった。
ただ彼女が欲する、オトナが与えるべきものを与えた。
「!」
細身な男の真っ白な右手が、ホシノの胸の前に置く右手に、そっと添えられる。
視線を上げたホシノが、僅かに見開く。細身な男は首肯し、大丈夫、夢じゃない。と片手で器用にモモトークを打ち、彼女の幸せを保証した。
「…うへへ」
目を細め、ホシノは照れくさそうに口元を緩ませる。
散弾銃を伴侶に、前線に身を躍らせているとは想像もつかない華奢な手が、細身な男の手を握る。優しく、けれど紐解けぬように固く。
うっかり潰してしまいそうなそれを、細身な男も彼女に伝わるぐらいの力で握り返すと、何故か携帯を置き、空いた左手でズボンのポケットを探り始めた。
「ん?どうかしたの、先生」
マットと自分で挟んでいるからか、苦戦しているらしい細身な男が、時間をかけてようやく何かを取り出す。
緩慢な動作で、軽く訝しむホシノの前に取り出した物。折りたたまれた五枚の紙を置くと、手元に残した一枚を仕舞い、再び携帯を持った。
「…これって」
ホシノが呟く。記憶に新しい、水色の紙を注視して。
取って良い?声に出さずとも、纏う雰囲気が尋ねている彼女に細身な男は頷くと、彼女が紙を開く瞬間に、モモトークを打った。
「…あ」
アクアリウム入場券。そう綴られた紙は、かつて細身な男がオトナのカードの力で入手し、二人で赴いた施設のチケットだった。
皆で行ける分のチケットに開眼したホシノは、ほぼ見たと同刻に送られたメッセージに気づく。
様々な種類の魚が泳いでいる、海の一部分を切り取った写真を背景画としたモモトーク。その一番下にある、細身な男らしい短文を読んだホシノの瞳から、一粒の涙が零れた。
「…うん」
これも、夢じゃないよ。
身も心も包み込むような、仄かな温もりを感じる一言は、憑き物が取れた様子のホシノの顔に、花を咲かせた。
「ありがとう、先生」
グラジオスに似る、燦燦とした満面の笑み。
先生と呼ばれる者として、何より大切で貴きそれに。細身な男はやはり、サムズアップをした。
「いた、ホシノ先輩。と…先生?」
校舎の中から現れた、透き通る空を宿す双眸が、二人の姿を捉える。
灰色のミディアムヘアーから、ひょこひょこと主張している犬耳が愛くるしい、アドビス対策委員会の一員。砂狼シロコに、ホシノと手を繋ぎつつ体勢を変え、膝枕をしている状態の細身な男は、本来口があるであろう部分に、人差し指を当てる。
「ん、分かった」
一見寡黙そうな印象を受けるが、その実とても仲間思いであるシロコは俊敏に察し、声量を落とすと並行して二人に近づく。
すやすやと寝息を立て、無防備に眠るホシノに彼女の瞳がいく。表情の変化が薄く、感情が分かりにくい彼女だが、口角がほんのちょっぴり上がっていた。
少しの間、ホシノを眺めていたシロコの携帯が鳴る。通知の音のようで、胸ポケットから取り出し、彼女は手慣れた操作で受信したメッセージを読んだ。
「…アヤネ達が、資材倉庫の床の下から、金庫を見つけたみたい」
興味深そうにする細身な男に、シロコは内容をかみ砕いて答える。興奮を隠さない、浮ついた音色で。
起きたら一緒に行くから、いいよ。細身な男の魅力的な提案に、彼女は数舜思考し、乗った。
「ん、お願い」
好奇心だけでなく、起こしたら悪いだろうというホシノへの労わりも含めて頼んだシロコに、細身な男は点頭する。
承認を確認し、踵を返して戻っていくシロコが、徐々に歩幅を狭め、鉄扉の前で立ち止まった。どうかしたの?首を傾げ、言外にそう語る細身な男に、頬を赤らめた彼女は、恥ずかしそうに口を開く。
「…膝枕。私も、して欲しい」
左右に体を振るシロコに、断る理由もない細身な男は、OK!と静かにサムズアップする。
また少し、表情を綻ばせた彼女は、目尻を下げた、柔和な視線で敬愛する先輩を一瞥する。そして細身な男へと向き直り、発した。
「…ありがとう、先生」
サンタホシノ先輩待ってます