先生Memory! 作:未来景
前後編なので投稿です
『久しぶりだね』
通知を切っていた筈のモモトークから、一件のメッセージが表示される。
黒の衣服を白のタートルネックの上から羽織る、堅物を具現化したような少女は文面を一瞥し、口を開いた。
「何故私がここにいると?」
『とある天才病弱美少女ハッカーの協力を受けてね』
「…そう」
会長の権限があって初めて、存在を知れる場所。ミレニアムの中でも、群を抜いて厳密なセキュリティ下にある秘密の部屋も、全知はお見通しらしい。
正面に聳えるビジネススーツ姿の細身な男の答えに、納得半分、呆れ半分といった少女は、処理を終えたデスク上の書類を紙束に重ねる。
『それは?』
「引き継ぎに必要な手続きに関する書類よ。電子媒体のみでは、安全性に欠けるから』
機械染みた動作で書類を片付けていく少女は、やがて為すべき事を終えると万年筆をそっと置き、席を立つ。
「用件は、先日の続きかしら」
『うん。今からでも大丈夫?』
「問題ないわ」
『ありがとう。なら、少し場所を変えようか。窓もない部屋にずっといるのは、健康にも良くないだろうから』
一面乳白色の壁には、暖かな陽光の降り注ぐ窓はない。不可欠な物以外を全て省いた殺風景な部屋は、一歩違えれば牢屋とも取れ、とてもではないが長期間居たいと思える様相はしていなかった。
少女は特に異論を出さず、承諾する。
『行こうか、リオ』
「ええ。先生」
革靴の軽い音が並び、室内を反響するそれは次第に収まる。
照明の落ちた暗がりには、誰もいなくなった。
枯枝に似てヒョロリとした腕が、リオへと伸びる。
『はい、どうぞ』
「ありがとう」
缶入りのコーヒーを受け取ったリオは、器用に片手で開け喉を潤し、落下防止用の鉄柵の上に乗せた。
「「「───」」」
二人が見下ろす先には、ありふれた日常を過ごす生徒達がいる。
お喋りをしたり、スイーツを食べたり、機械をいじったり、追いかけっこをしたり。
世界が滅びかけていたなんて露ほども知らない生徒達は、色彩豊かな花を咲かせ、なんて事のない今を楽しんでいる。
彼女等を纏める存在のリオは、そんな様子にふと硬い表情を微かに綻ばせ、数秒も経たぬ内に元に戻した。
「…合理的な選択の先に、正解がある。そう信じて、私は行動したわ」
ミレニアムの屋上に、リオの声が響く。
「職権の濫用も、マイノリティの排斥も辞さず」
待ち受ける未来を覚悟した上で、実行に移した。その為か、澱みなく悪事を述べていった彼女の声は超然としていて、年齢にそぐわない芯の強さを伺わせる一方。
「ただ与えられた問いを、合理的に解こうとした」
蒼穹に一人浮かぶ姿は酷くちっぽけで、取り巻く孤独に今にも押しつぶされそうな儚さもあった。
「でも、全て間違っていたのね」
リオの顔に、影が落ちる。
「終末への備えである筈の城塞都市は、終末に利用されかけ、守るべき者の為に製造した機械兵は、守るべき対象へ銃を向ける始末」
悪意は一切なく、ただ純粋なる使命の下に決行した独りぼっちの作戦は、全て裏目に出て終わった。
被る気でいた汚名は道化の皮で、皆を庇護せんと汚した手は赤黒い。
計り知れない罪悪感を抱えるリオは、しかし病的なレベルの客観的視点を以て分析し、結論を述べる。
今の自分は、他者からすれば何者かを。
「この物語の
例えそれが。
「私こそが、
どれだけ残酷で、皮肉な真実だとしても。
「…他人に正しさを押し付ける、我儘な子供に過ぎなかった」
様々な思いを一纏めにし、眉尻を下げるリオ。ふと、彼女の長い黒髪が揺れた直後、強い風が正面から吹きつけ、缶が鉄柵から振り落とされる。
行先を髪から変更し、落ちゆく缶へと急ぐ色白の右手は、丸みを帯びた触手に越された。
『ごめんね。配慮が足りてなかった』
スーツの背面から生える触手で、缶を掬い上げた細身な男はそう詫びると、リオを囲うが如く触手を伸長させ、彼女の空いた右手の側に留まらせる。
『あの時の、話の続きをしようか』
諦観の意が読み取れる少女の隣で、細身な男は、己が使命の遂行を開始した。