荷降ろしを手伝う為、依頼人のンフィーレア少年は漆黒の剣のペテル、ルクルット、ダインを連れて店へ行き、ソロ冒険者のモモンと漆黒の剣のうち最も非力なニニャは冒険者組合へ報告へ向かった。
報告が終わり、リアジー・バレアレと偶々出会ったモモン達は、バレアレ家のポーション工房にて無惨な死を遂げた仲間達とンフィーレア少年の亡骸を発見することとなる。
それは余りにも一瞬だった。孫の生死を確かめようと、転がるように駆寄ったリイジー・バレアレ氏は次の瞬間、ドアの隙間から飛び出たスティレットによって眉間を貫かれ、孫と同じ場所へ旅立ってしまう。自分がああならなくて良かった。などという醜い感情を思ってしまう自分が嫌になるが、死にたく無いと思うのは人間の性というものだろう。
「モモンさん、逃げましょう!私ではあの早さにはとてもじゃ無いですが対応できません!」
薄暗い室内ではどこに罠があるかも、敵の仲間が潜んでいるかもわからない。仲間の死体を放置するのは忍びないが、今生きている私の命には変えられないだろう。不意に死んで光を失った目をしたルクルットと目が合った気がしたが、許して欲しいとしか言えない。
「大丈夫ですとも。私がやりましょう」
そう言うモモンさんの声はこれまでの旅で聞いたどれよりも低く冷たかった。腰に下げたショートソードを手にズイズイと室内を進んでいく。室内で振り回すには背中のバスターソードは余りにも大きすぎたのだ。
「全身鎧ならやられないと思ったぁ〜?残ねぇ〜ん!」
急に扉が開いたかと思うと、瞬間扉から飛び出た金髪の女が、今度はモモンさんに飛びかからんとしていた。しかしモモンさんは少し身体を傾けるだけで攻撃を躱し、そのまま裏拳で女の腹をぶっ叩く。
「いったいなー女の子のお腹殴るなんてサイッテーだよー?」
籠手の裏拳を食いながらも軽口が叩けるあたり、武技の不落要塞辺りを使っているのだろう。そこからは剣士同士の戦いだった。突き、蹴り、金的に肘打ち膝蹴り何でもありの乱戦、度々モモンさんの装甲の隙間にスティレットが刺さっているように見えたが、それはおそらく私の目の錯覚だろう。早すぎる肉弾戦に目が追いついていないのだ。
「ちょっと!なんで関節にスティレット叩き込んでんのに動いてんだよテメェ!」
「お嬢さんの針治療で元気になっているだけですとも」
そう言うとモモンさんは先程より遥かに早い速度でショートソードを振る。女の方は必死にスティレットで止めようとするが、所詮は刺突武器、その細い刀身が仇となり切断することに成功する。
「こいつ…!武技も使わないで…!ふざけんなよ…!」
モモンさんの手脚を交えた猛攻に素手の女は2本目のスティレットを抜く余裕など無く、あっという間に壁際に追い込んでいた。
「クソがァ!」
完全に壁に背を預ける寸前、壁に向かって跳び、そのまま壁を蹴る事で加速力を得た女は猛攻を掻い潜りどうにかスティレットを手にすることに成功すると、モモンさんのフルフェイスの兜に突き刺した…様に見えた。
「まだまだこれで終わりじゃぁ無いんだよぉ!!」
女が叫ぶとスティレットが雷を纏う。スティレットはマジックアイテムだったようだが、モモンさんは気にする様子もなく女の顔を両手で掴むと、そのまま女の顔を下に、自身の膝を上に、つまりは顔面への膝蹴りというカウンターを放ち、女は停止した。膝のアーマーとモモンさんの肉体から放たれる顔面への膝蹴りは顔面の骨など簡単に砕いてしまうのだろう、悪人とは言え同じ女性としては同情したくなるほど無惨な顔になっていた。
「モモンさん、ありがとうございました。ボク1人ではどうにもできなかったと思います…」
「いえいえ、ニニャさんもそのうちこれくらいできるようになりますとも。」
モモンさんの顔にはやはりスティレットなど刺さっておらず、モモンさんの余裕ある言動に思わず苦笑いをしてしまうのだった。
ペテル達を埋葬し終え、女の死体を兵士に預ける。姉を探しだす目的を果たすため、漆黒の剣として冒険者家業を続けていたが、それも今日で終わりだ。ダメ元でモモンさんにパーティを組まないか提案してみると、即答で了承される。
「いいですとも。魔法詠唱者と戦士、良いコンビになると思いますよ。」
爽やかでどこか落ち着きのある笑い声で笑ってくれるのだった。
「あの、良かったらなんですけど、王都に行ってみませんか?モモンさんほどの実力があれば王都の方が、良い仕事が見つかると思うんです。」
「なるほど、わかりました。いいですとも、行きましょう。」
本当は、あのままあの街にいればペテル達を思い出してしまうからなのだが、それをわかって気遣ってくれたのか、それとも単に本当に行ってみたかっただけなのか、その真意は分からなかったが、大人の包容力とでも言うのか、モモンさんは些細なものから難しい頼みまでどれもこれもいいですともと快諾してくれる。王都への道中は徒歩ではそれなりに時間が掛かるので、休憩や野宿を挟みながら進んでいく。悪いとは思いながらも、ペテル達の遺品は全て私が貰い受けていた。勿論、生き残った者に死んだ者の全てを託すと言う漆黒の剣の約束だったので、遠慮はしない。ポーションに保存食、マジックアイテムにお金などを貰い受けたので、今はそれなりに余裕があるのだ。
「モモンさん、いつもすみません、モモンさんは剣士なのに魔法の修行を手伝ってもらっちゃって」
「いえいえ、勿論気にしませんとも。私も昔は魔法詠唱者の修行を積んだものですから。」
意外な事実を知った。しかし、今剣士をやっていると言うことはそちらの才には恵まれなかったのだろう、ただ、下手に才があって魔法詠唱者として修行を続けていたらこんな立派な剣士にはなっていないと考えれば、無くて良かったとも言えるのかもしれない。そんなモモンさんの過去を聞いたからだろうか、自分も自分の旅の目的を言わなければならないと思ったのは。
「…と言うわけでして、ボクは連れ去られた姉を探しだすために冒険者になったんです。」
「そうでしたか、いいですとも。私もニニャさんのお姉さんを助けるのに協力しましょう。」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
なんと心強い言葉だろう。優しく強いモモンさんが協力してくれると言ってくれたのだ。これできっとお姉ちゃんを助け出せる、私はそう確信したのだった。
修行をしながら王都へ向かうある日、現れたゴブリンの群れを討伐するために…殆どはモモンさんがバスターソードで屠っていくのだが…"魔法の矢"を使用すると、今まで二本だったはずの矢が三本に増えている事に気がつく。この歳で第三位階の魔法が使える様になってるとは驚きだが、モモンさんのおかげであっさりと終わった戦闘の後、モモンさんに魔法の矢が三本に増えたことを伝える。
「見て下さいモモンさん!"魔法の矢"が三本に増えたんです!」
きっとこれはモモンさんとの修行のおかげだ。モモンさんは全く魔法の才に恵まれなかったと言うのに…いや、寧ろ才がなかったからこそ努力をしたのかもしれないが、下手な魔法詠唱者よりも魔法の使い方の発想が上手かったのだ。低い位階の魔法も使い方によってはオーガ2匹を相手に完封出来ると言われ、指示通りに実践してそれが達成できた時は、喜びのあまりモモンさんに抱きついてしまった。モモンさんにそのことを謝ると笑いながらいいですともと許してくれて、籠手越しでもわかる優しい手で頭を撫でてくれるのだった。
王都に着いた日、余りの人混みに少し気圧されてしまう。それだけ活気のある街ということになるのだが、このままでははぐれかねない。自分が男の格好をしていることも忘れ、モモンさんにはぐれない様に手を繋いでもいいですか?と訊いてしまった。
「勿論いいですとも。私達は初めての王都です。集合場所も有りませんからはぐれては大変ですからね。」
そのまま宿屋を探し、冒険者組合を探し、街の中を歩いていく。モモンさんが私の小さい歩幅に合わせ歩いてくれるため、そういう疲れはないのだが、いかんせん人混みのせいで精神的に疲れてしまう。知らない街の裏路地を歩くのは本来危険なのだが、モモンさんがいるなら大丈夫だろうという安直な考えを巡らし、モモンさんに提案してみる事にしたのだ。
「モモンさん、少し人混みの少ない道を歩いてみませんか?」
「ええ、勿論いいですとも。私も少し人混みに酔っていたところですからね。」
ハハハと豪快に笑うモモンさんはいつも優しく了承してくれる。しかし、ふと扉の一つが開き、麻袋がどさりと捨てられると、扉は閉まってしまう。
「…?あれはなんでしょうね…?中身を見てみましょうか。」
「いいですとも。何か危険なものかもしれませんから、私が先に見てみますね。」
こんな時でも危険を考え、更には危険を進んで引き受ける。モモンさんの器の大きさは凄いなぁと思いながら見ていると、モモンさんが驚いた様な様子で後ずさる。とりあえず危険はなさそうなので中を見てみる事にした。モモンさんでも驚くことなんてあるんだなと思いながら中を覗くと…
見るも無惨な女性が入っていた。
「!も、モモンさん…これって…」
同じ女性としてどうしても色々と想像してしまう。想像すると気分が悪くなってくる。フラつく私をモモンさんは優しく受け止めると
「こんな非道、私には許せませんとも」
冷たい声色はンフィーレア氏の家でのことを思い出す。きっとモモンさんは人にこ非道をなす者達を成敗せんと怒に身を震わせているのだ。
「モモンさん、一人で大丈夫ですか?相手は何人かもわかりませんし…」
言っても無駄だとは思うし、何人いても無駄だとも思う。しかし、仲間として心配しない方が無理な話なのだ。
「大丈夫ですとも。私の代わりにその女性へこのポーションを掛けてあげてください。きっと良くなります。」
そう言って渡されるのは見たこともない赤いポーションだった。いつのまにか扉をブチ破ったモモンさんが入っていった建物から聞こえて来る沢山の阿鼻叫喚はきっとモモンさんの仕業だろうけれど、悪い人を成敗しているだけなのだから気にする必要はないだろう。赤いポーションは印象として怪しい液体では無いと言えば嘘になるが、モモンさんの渡した物が毒な訳はない。優しく振りかけてあげる事にした。
「…ツアーレお姉ちゃん!?」
驚いた事に、ポーションを振り掛けるとみるも無惨だった身体がみるみるうちに治っていく、そしてその金色の髪と、私にどこか似た顔付きは間違いなく姉のものであった。姉は驚いた様に瞬きをし、自身の身体を触り確認していく。
「…もしかして言葉が分からなくなっちゃうくらい辛い思いをしたの…?」
「…やぁ、ニニャ。久しぶりに妹に会ったものだから感動してしまってね。」
そう言って頭を撫でてくる手つきは思い出の中の姉そのものだ。
「ツアーレお姉ちゃん…!」
ずっと会いたかった姉にようやく会えてその身体に抱き着く。
「済まないニニャ、情けない所を見せてしまったね。なにせこの身体では力も弱く魔法も使えない。おまけに人間社会に疎いときた。あれよあれよと騙されてあんな様になってしまったんだ。」
姉は昔から自分の本体はアーグランド評議国の永久評議員という妄想で私を笑わそうとしてくれる、今もきっとそうなのだ。
「いやしかし、人間の繁殖行為というのは中々暴力的で実に野蛮だね、どうにも不要な殴打が多過ぎる気がするのだが」
モモンさんのポーションのおかげか、姉はすっかりと元の調子を取り戻し、軽口も叩ける様だ。心の傷もない様だし、安心してしまう。目の前の姉も私もすっかりと見た目は大きくなってしまったけれど、中身は同じなんだなと思うと涙が込み上げて視界が歪む。
しばらくきてようやく心が落ち着いた頃、モモンさんが屋敷から出て来る。思えば阿鼻叫喚はいつの間にか絶えていた。
「無事で何よりです、モモンさん!」
「この通り無事ですとも。そちらのお嬢さんも無事な様で安心しました。」
「あぁ、君のくれたポーションのお陰でこの通りだ。感謝するよ。」
旅の目的である姉との再会を果たすことができたので、今度は姉と再会したらやりたいことをやろうと思ったのだ。
「ねぇツアーレお姉ちゃん、ボク、アーグランド評議国に行ってみたいな」
冒険者になり、姉を探す旅をしてきた。その中でできたペテル、ルクルット、ダインの漆黒の剣の面々やモモンさんといった温かい人たちとの旅は実に心が癒えたものだ。姉にも同じように楽しい旅をしてもらいたい。とは言え自分にはもう新たにどこかへ行きたいと言う思いが生まれることはなく、姉の妄想に出てくるアーグランド評議国という隣国に行ってみたいと思うようになるのは当然のことだといえる。姉がわざわざ妄想の中で取り上げるほどの国だ、きっと行ってみたかったに違いない。
「分かったよニニャ。君には見せたい物があるからね、アーグランド評議国を案内しよう。」
どうやら相当行きたかったらしい。文献か何かで調べて案内したいおすすめの場所があるに違いない。これは今から楽しみになってきた。
「あ、そうだ。モモンさん。よろしければモモンさんも一緒に来ませんか?アーグランド評議国。」
「そうだね、私も君の話が聞きたいと思っていた所だ。一緒に来てくれると嬉しいんだがね。」
「勿論、一緒に行きますとも。外国旅行、良い響きじゃないですか、憧れます。」
正直、モモンさんのが着いてきてくれるのはとてもありがたい。安全が保障されたも同然だからだ。
こうして、私と、ツアーレお姉ちゃんと、モモンさんの3人は仲良く旅をした。失った何かを取り戻すための悲しい旅は終わりだ。これからはもっと楽しい旅をしよう。きっと…
-私の姉はツアーレニーニャ 完-
勿論続きません。