異世界のウマ娘 ~Ancestral Loyality~【サイレンススズカ】 作:もっそ
「スズカくん、明日の予定は空いているかい?」
日本との電話が終わると、それまでタイキトレジャーとタブレットをいじっていたタイキシャーロックが訊ねてきた。
「明日は……ブリザードとレーシングクラブっていう場所に行くことになってるけど」
これに反応したのはトレジャーだった。
「スズカ、クラブにサインアップか!?」
「えぇ。アメリカで走るライセンスを取るって」
「ウォー!」トレジャーが両手を上げて叫ぶ。「オレもスズカとレース、ゴー!」
「トレジャー、ストップ」
シャーロックがトレジャーの口を塞いだ。
「それなら後でブリザードに予定を聞こう。ブリザードのほうでも予定に入れていたかもしれないが、ひょっとしたらこちらのほうが優先度が高くなったかもしれない」
「シャーロック、なんの話?」
「うむ、エレメンタリィなことだよ、スズカくん。この記事を書いたところに行く」
「ええっ、そんなことしていいのかしら……」
「アメリカにおいて要求とは最初の段階で明確に行うべきものだ。そうでなければエンターテイメントの名の下にデマゴーグは無制限に拡散していく。それにこのエリアには遅かれ早かれ行くことになるはずだからね」
「エリア?」
「ああ、そうだよ。多民族社会のアメリカの州都市圏には必ずといっていいほどあるものだ」
そんなに怖がるようなものじゃない――と、不安がるスズカに指を振ってみせる。
「日本人街さ。とどのつまり、引っ越しの御挨拶だね」
__
レーシングクラブへの登録は午後の予定だった為、朝早い時間にスズカはシャーロックと一緒にレキシントン市に向かうこととなった。
「うぅ……頭が痛いわ……」
赤いファームトラックの助手席でうなだれるスズカ。運転席のシャーロックはやれやれと肩をすくませていた。
スズカは昨日、二日続けて行われたパーティでバーボン・ウィスキーをジュースと間違えて飲んでしまったのだ。すぐに水を飲んだが、ずぅんと頭が重くなって十分と経たないうちに眠り込んでしまった。
そして目が覚めたら、見事な二日酔いとなっていた。
ウマ娘はアルコール分解能力が高く、普通のヒトと比べればかなりの量が飲めるが、あくまでも成人してからの話で、しかもウィスキーをロックで一気飲みしてしまってはどうしようもない。戦争でも起きているのかと思うぐらい、頭の中が暴れている。
ブラッドストックファームからレキシントン市街まで数十キロ。ウマ娘ならなんてことはない距離だが、体調はかつてないほど最悪なので、帯同者のタイキシャーロックが赤くて丸いボンネットのファームトラックを運転し、助手席に大量の毛布を敷いて、羊のクッションを抱いて寝転がっていた。
「なにか話すといい。酔っぱらうというのはある意味で脳が活性化しているということだ。つまり、新たな情報をどんどん仕入れていけば、自然と追い出される」
「シャーロック……あなた、運転できるのね……」
「うむ。我々ウマ娘に車は不要と思われがちだが、ことアメリカとなれば話は別だ。取得も日本に比べれば容易だ。まあ日本は妙なところで難しいとも言えるのだが」
まあ、ボクも去年取ったばかりなのだがね、と笑う。
「さて、あと二時間ほどで問題の雑誌社の記者に会うことになるのだが、その時までにアルコールは抜けるかな。クレームに来たつもりがべろんべろんに酔っぱらってましたなんて、まさに前時代的な笑い話だと思わないか」
昨日も通っていたと思われるアメリカの農道をシャーロックはのんびり走っていた。途中、ブルーグラス空港と思われる建物が見えたが、それ以外はひたすら何もない空だった。
それからさらに一時間、シャーロックはラジオでニュースを流したり、それにツッコミを入れたりとりとめもない補足をつけたり、音楽を流したりして時間を潰しながら国道をまっすぐ走って、レキシントン市に到着した。
寝転がるスズカにも少しずつ建物が見えてきた。
「気分はどうだい? よくなる気はするかい? とにかくカフェに入ろうか」
周囲はすっかり建物と木々の緑に変わっていた。
レキシントン市境界の住宅地で、そこに暮らす人々のざわめきが聞こえてくる。
まだ頭痛がするが、先ほどまでに比べればいくらかマシだった。車を停めたシャーロックが助手席のドアを開けてスズカが下りるのを手伝う。今日のシャーロックは黄褐色の和装に山高帽、そして足袋に下駄まで履いている(これで運転していたのだろうか)
。
スズカは日本で着ていた丈の長いワンピーススカートで、似たような格好の女性も見えるが、やはりどこか違和感があった。
違和感でいえばシャーロックのほうが強いのだが、彼女も周囲の人々もどうやら慣れているらしい。三人ばかり手を振って挨拶していった。
「ここはボクがよく来るカフェだ。ほら、ここのテラスに座っていると道行く人を好きに観察できる」
そう言って往来に面したカフェの、階段で少し上がった場所のテーブルに腰を下ろす。そこで長たらしい呪文のようなメニューを伝えた後、スズカの為にスチームミルクを注文した。
「どうもキミはレイチェルのことが気になっているようだね」
ボーイが去ってからすぐシャーロックが言った。
「そう驚くことでもない。ちょっと観察していればわかることだ。事実として、レイチェルのことが気にならないという者も少ないだろう。実に不思議なウマ娘だ」
「シャーロックは……探偵なの?」
「うむ。職業にしているかと訊かれれば、そうではないと答えるが、今すぐ顧問事務所を開いても問題くらいには精通していると考えてもいいだろう。そして、ボクの関心事の第一といえばもちろん、レイチェルの出生さ」
運ばれてきたカラメルラテを少し揺らす。
「まったく、六年前の自分に言いたいよ。レイチェルにまつわる全ての物を保存しておけと。あの頃のボクは自らの憧れにひとつの実利も伴わせていなかった。そもそもボクは日本で生まれ暮らしていて、アメリカには年に一、二度両親とともに来るだけなんだから、責めようはないが」
ひとしきり過去の自分のうかつさをなじってから、また饒舌に話し続ける。
「ともかくも、トゥインクルシリーズも折り返したところで、レイチェルの出生の謎について遅まきながら探っているという次第さ。例えば、アメリカ、イギリス、あと日本も失踪者が死亡扱いされるまでの期間は届け出がされてから七年ということになる。これを過ぎてさらに三年が経ってしまうと当人が申し出ても法律上の死亡は覆らない。レイチェルはもう六年目だ。届け出がされているかわからないし、もっと以前に届けが出されていたとしたら、さらに時間がない。まあ、レイチェル自身はこうして我々の目の前で生きているし、戸籍も新たに取得できているからいいのだが、どこかで彼女を待っている人がいるとしたら、やはり知らせてあげるべきだろう」
「そうよね……どこかにレイチェルの家族がいるはずよね」
「それなんだがね。ブリザードもファミリーの人たちもそうバカではない。レイチェルの身元照会について政治上打てる手はすべて打っている。しかし結果としてアンノウン。彼女の知り合いと名乗る人物さえいない。これはきっと何かの犯罪に巻き込まれているのかもしれない。しかし排除されるようなことでもない程度の関わりだろう」
そこまで言い切ったところで、シャーロックは懐中時計を取り出した。
「うむ、いい時間だ。酔いは醒めたかい?」
スズカはスチームミルクがぬるくなっているのに気づき、額に手をあててみた。
「平気みたい。ありがとう、シャーロック」
「うむ、ボクも思考を整理することができた。さて、もうひとたび知的格闘に励むとしようか」
まだ半分以上残っているカラメルラテを飲み干して、和装のウマ娘はカフェの階段を降り始めた。スズカもそれに続いて、赤いファームトラックに二人で乗る。
二日酔いが薄れると今度は脚まわりが気になりだした。昨日のタイキシャトルとのマッチレースの影響だ。腿がパンパンに腫れる一方で膝から下は痩せている。この疲労感もいくらか懐かしいものだ。
「ここからウマテレの事務所までは数分だ。実は過去にも行ったことがあるし、おそらく知り合いだ」
そう言ってトラックを走らせる。目の前のビルが並ぶ都市に入っていくつかの交差点を越えたり曲がったりするうちに、突然日本語の標識が増えた。
「もう日本人街さ。ほら、あそこだよ」
車を駐車したシャーロックが指さしたビルの看板にはBNWがモデルのポスターイラストが貼られていた。あれがウマテレTVの事務所だ。
一階はバイク用品と思しきショップで、隣りの鉄の階段を上がり、ノックもなくシャーロックは入った。
「藤井くんはいるかい」
入り口から中はパーテーションで区切られている。その向こう側へよく通る声で訊ねると「んが」とか「んぐ」とかいう声の後にドタドタとこちらへ走ってくる人物があった。
「やっぱり! シャーロックさんやないか! はははっ、ひさしぶりやのぅ、相変わらずの金田一スタイルや……って、うぬおぉう!?」
藤井泉助の名札をつけた三十前後の男は和装のタイキシャーロックを見て楽しそうに手を叩いたかと思うと、隣りのサイレンススズカに気づき、パーテーションに隠れるように後ずさった。
「シャ、シャーロックさん……その方、ひょっとして……」
「ああ、そうだよ。キミにインサイトな記事を書かれて困ったことになったサイレンススズカくんだ」
「そいつぁ、えろうすんません! どうか許してつかあさい!」
「……だそうだが、どうするね、スズカくん」
「えっと、私は……その……」
「このとおりだよ、藤井くん。スズカくんが寛大なことに感謝するんだね。彼女がその気になればこのビルなどそう、あっという間だよ」
「えぇ……」
「そりゃもうまったくそのとおり! どうか堪忍、堪忍や」
こんな場面は以前にもあったことなのだろうか。藤井という男は最初から平謝りだ。
「しかし、ウチらのことも考えてや。久しぶりに来たビッグニュースやで。これ取り上げなかったらウチらがつるし上げられてしまいますわ」
「逆に考えれば、これからはキミたちが独占できるということだろう。まあ、くどくど話すこともない。節度を守りたまえよ」
「ははーっ」
大仰に土下座する藤井を見て、シャーロックは踵を返した。スズカも後に続いて事務所から出ていく。それだけであった。
「いいの……? あんな風で」
「あれぐらいがいいのさ」
それからスズカはシャーロックに連れられて日本人街をファームトラックで走りまわった。
ビルは日本企業のものだし、日本のコンビニやレストランや本屋なんかもある。しかしどこにも必ず英語の表記がついており、やはりここは日本ではないどこかであるという違和感がある。
「あまりここに居続けるのも良くない。ホームシックを拗らせる可能性がある」
ひととおり見てまわった後、シャーロックが警句めいたことをスズカに聞かせた。
「日本が恋しくなったなら、素直に帰ればいいのだが、ここに来ると日本もアメリカもある。そうしてから日本に帰ると、日本が悪く見えるようになるんだ」
「ひょっとして、シャーロックのこと?」
「兄さんだよ。十歳くらい離れてる。今もここに暮らしていて、あまり会いたいとは思わない」
「そう……」
スズカには兄弟姉妹がいないので、シャーロックが見せた憂いの正体がはっきりとはわからなかった。
赤いファームトラックは日本人街を出て、同じ道を通ってタイキファームへ帰っていった。
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日本のウマ娘を出してほしい
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アメリカの名バを知りたい