異世界のウマ娘 ~Ancestral Loyality~【サイレンススズカ】 作:もっそ
シャーロックと日本人街を走り回った帰り道、国道でタイキブリザードと合流した。
ブリザードは小さな黄色のオープンカーに乗っていた。その後ろに赤いファームトラックがピッタリくっついて数十分、二階建ての学校に似た建物と開放的な二つのトラックが付いたレーシングクラブに到着する。
パカパカレーシングクラブ。それがスズカの所属するクラブだ。
「パカパカ……」
「一度聞いたら忘れないだろう?」
「そうね、素敵な名前だわ」
このクラブはタイキファームが主導して経営しており、シャトルもブリザードも初めはここに所属した。現在はタイキトレジャーなどおよそ八十名が所属している。
クラブ代表のハリー氏は日本の中央トレーナーのライセンスを持つ初老のアイルランド紳士であった。
「ワンダフル。ミラクル・スズカを迎えることができて私は光栄だよ」
「あの……ミラクルはやめていただけると……」
困り顔で伝えるが、すでにスズカの名前はミラクルをセットにしてアメリカ全土に伝わっていた。
タイキシャトルのマッチレースが記事になってから一日、サイレンススズカを取り上げるアメリカのメディアはケンタッキー州だけでも五指に余る。
過去のレースといくつかの苦悩、それらを乗り越えた復活劇はまさに奇跡のストーリーとしてムーブメントを起こしている最中だ。
「あとはアメリカで結果を出すだけだ。注目されるのが苦手なのはわかる。私たちもレースに集中できるようフォローはするよ」
「はい。ありがとうございます」
固く握った手は分厚く力強い。郷紳めいた見た目だが、長い間野良仕事に携わってきた人物の手だ。ハリー氏なくしてタイキファームの隆盛はなかっただろうと言われている。
挨拶を済ませると、そのままブリザードと一緒にパカパカレーシングクラブを見て回った。
まだ十二時を過ぎたばかりで、クラブ内には何人かのスタッフしかいない。
スクールが終わるとレキシントン市から八十名ものウマ娘が走ってやってくる。それはちょっとした日常の景観となっている。
クラブの設備は目を瞠るものがあった。コーストラックは1400メートルと800メートルの二種類あり、両方ともダートだが、1400の内側に芝コースがある。遠くの敷地の端に見えるのは坂路ではないか。ウェイトトレーニングのルームもトレセン学園に劣らないほど充実していた。食堂もあり、シャワー、プールスパ、サウナとウマ娘がトレーニングする為の設備がすべて揃えてあった。
「気に入ってくれた?」
「はい。まるで小さなトレセン学園みたい」
「まあ、モデルにしているとは思うね。実際、これだけ施設を整えてるのはアメリカでも珍しいよ」
もともとアメリカのウマ娘レースは日本のトウィンクルシリーズを中心としたものとはまるで異なる。
アメリカではトレセン学園といった学業と並行した教育機関はなく、レーシングクラブを利用した推薦人制度によって成り立っている。
ひらたく言えば、レースごとにスカウトを受ける。
これはアメリカのウマ娘が自由自主自立の下に生活していることを証明する伝統的手法〝Claiming〟(主張・申請・請求)によって成り立っている。
クレーミングはレース前に推薦人(出資者)へアピールすることによって、契約が交わされる。
この契約に関わる価格はひと月あたり5000ドルから始まり、その為の共同出資プランもある。このことから、ウマ娘をスカウトすることは日本とは意味がまるで異なり、アメリカ市民にとって非常に敷居が低いことがわかる。
ウマ娘は契約の価格をそのまま受け取り、契約通りにレースに出走する。そして賞金を受け取ると推薦人との間で折半して直接収入になる。
ここで得られる金額は最低でも1000ドル単位だが、ウマ娘自身は契約金と含めてこれらの金で生活を賄う必要がある。
契約はレースに出走することで終了し、定められた休養期間を経て再びクレーミングを行う。
成功した者となれば一走10万ドル、出資者が100人を超すこともあるのだ。
アメリカウマ娘レースの50%以上がこの方式で運営されている一方で、日本と同じ――というより国際ルールに則った形のグレードレースも行われている。
クレーミングレースは各州、各地のウマ娘組織によって管轄されて賞金額も決められているが、グレードレースとその出走資格を得る為のリステッドレースは全米ウマ娘協会と訳されるアメリカDTA(ダービー&トレーナーズアソシエーション)によって組織、運営されている。
スズカが出走するのは当然、アメリカDTAが主催するグレードレースだ。
その目標とするレースを決める為に食堂のテーブルにスズカとブリザードが座る。
「予定通り、マンハッタンステークスと、マンノウォーステークスが目標だね」
ブリザードの提案にスズカがうなずく。このあたりは渡米前からずっと打ち合わせしている。
ふたつともニューヨークのベルモントパークレース場で行われるG1レースで、芝レースは格落ちすると言われるアメリカでも大きな盛り上がりを見せるレースだ。
マンハッタンステークスは、6月の開催で芝2000メートル。同日に三冠レースの最終となるベルモントステークスが開催される為、大きな注目を求めて芝レースのベテランが集まる。
マンノウォーステークスは、9月の開催で芝2200メートル。こちらはブリーダーズカップに並ぶ本格的な国際招待レースで、ヨーロッパからの出走も多い。
「ただ、マンハッタンステークスに出るなら、その前に一走、もしかすると二走、三走が求められるかもしれないよ」
「えっ……そ、そんなに? どうして……」
今回は6月2週の開催となる為、あと二ヶ月ほどしかない。
戸惑うスズカの問いに答えたのは、皮肉っぽい笑みを含んだ声だった。
「それは、ハンディキャップレースだからさ」
「シャーロック……」
クラブに着くやいつの間にか姿を消していて、今またどこからともなく現れた和装のウマ娘――タイキシャーロックはココアの香り漂うマグカップを手にスズカの隣りに座った。
「どこに行っていた、シャーロック」
「ライブラリだよ。ファーターにはちゃんと挨拶したよ」
ブリザードの厳しい視線を飄々と受け流して、シャーロックは山高帽をはずしてスズカに会話の続きをする。
「マンハッタンステークスはハンディキャップレースだ。日本だとG1じゃもうないんじゃないか。ともかく、アメリカでの実績がないスズカくんにどのくらいハンデを背負わせたらいいかわからないということだ」
「スズカくんの体調もあるが、よくて二回だろう。場合によってはマンハッタンステークスはあきらめざるを得ない」
「そうなのね……」
黙ってうなずくしかない。走れればなんでもいいとは言うが、やはりレースとなれば話はちがう。今も昨日のタイキシャトルとのマッチレースの影響が残っている。
「ところで、ここまで話しておいてブリーダーズカップには出ないのかい」
「十月には日本に戻ろうと思うから」
「ああ、なるほど」
納得したとシャーロックはニヤリと笑った。
スズカはもうシニア三期――実年齢では高校三年生になる。
中央で走るほとんどのウマ娘が引退する年齢である。それは本格化や才能開花の時期には関係が無い。いつ衰えが始まるかはわからない。
たとえ来年もパフォーマンスを維持できたとしても、周りがわからない。
日本の秋。天皇賞、ジャパンカップ、有馬記念をスズカが望む形で走れるのは今年が最後なのかもしれない。
そう思うと、日本に帰るというのはもはや決定事項である。
「その為にまずは、アメリカのレースを堪能しなくちゃねえ」
「ええ、そうね」
皮肉っぽい笑みに変わったシャーロックへの返事は気負いなく出来たと思う。
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