異世界のウマ娘 ~Ancestral Loyality~【サイレンススズカ】 作:もっそ
四月八日、土曜日。
早くもアメリカに来て二週間が経ち、サイレンススズカのアメリカデビューの日となった。
もうすっかりランニングコースとなったキーンランドレース場の第6レースで行われるアローワンス・リステッド($70,000)、芝コース1600メートルだ。
アメリカは重賞レースの賞金基準が$75,000からとなる。日本円で一〇〇〇万程度だ。その代わり、重賞競走の数自体が多い。日本の三倍はある。国土、人口も三倍なのだから、当然といえよう。ここに州が施行する独自の地方重賞が加わるととてつもない数だ。レースの興行も多ければ木曜から翌月曜まで行われる。
ちょうど今がその時期だ。
市内は既にダービーウィークに向けたフェスティバルのリハーサル中で、四月中旬までをキーンランドでG1レースを行い、下旬からルイビルのチャーチルダウンズレース場に引き継ぎ、ダービー開催となる。その一ヶ月間に開催されるレースはG1だけで7回となる。これは州ごとに持ち回りとなるブリーダーズ・カップを除けば、ニューヨーク州、カリフォルニア州に次ぐ開催数となる。
タイキブリザードが運転する黄色のオープンカーに乗せられたスズカは、いつものまっさらな国道がたくさんの車や人で渋滞していることに驚いた。
「すごい人……まだ朝五時なのに」
「今年最初のG1だからね。それと、新しいグレードレースを創設するプロジェクトがあるんだ。だから今年はいつもよりエキサイトしてると思う」
薄いシャツにジャンパーを着たブリザードに時々国道の人たちから声がかかる。
「ブリザードも、こっちで走ったことはないんでしょう? タイキもそうだったけど、すごい人気なのね」
「いろいろあったからね。私もシャトルも模擬レースみたいなことをやって、少しは有名だった。だから日本に行くって決まった時はデモのようなことが起きたよ。でも、日本で活躍して帰ってきた時は、温かく迎えてくれた」
車はキーンランドレース場に近づくと、直前で曲がって裏側から進入した。
スタッフが待っており、タイキブリザードであることを認めると、中に招き入れられる。
「あらためて確認しておくけど……」
駐車場で車から降りて、ブリザードが言う。
「スズカの所属及びオーナーはすべてパカパカレーシングクラブになっている。私はその一切を手配するエージェント。でもパドックに出てからは全部自分でやること。地下バ道はないからね」
「ええ、だいじょうぶよ。ありがとう」
微笑してうなずくスズカを見て、ブリザードはどうも信用ならないと眉をひそめた。
「……エアグルーヴが不安になる気持ちがわかるよ」
「そうなの……?」
とはいえ、発走時刻まで八時間近く残っている。アメリカではクラブに所属せずクレーミングで出走するウマ娘は午前中にレース場でトレーニングをするというのが一般的であり、第一レースの開催は正午過ぎになる。それまではこのキーンランドレース場の敷地内で出走を待つ。
ロッカールームには何人かのウマ娘とトレーナーらしい人が集まっている。
ウマ娘が待機する場所はロッカールームと言われる広い空間で、そこにはずらりとロッカーが並び、着かえ用のフィッティングルームも三つ並び、中央にソファがあり、シャワー、ケータリング、仮眠室など、一日を過ごす為の設備が整っている。
さらに右手側のゲートからまっすぐ奥に廊下が伸びており、その左右に個室が並んでいる。それはメインレースを走るウマ娘に与えられる専用のロッカールームだ。
「よかった。日本とあまり変わらないわね」
「こういうスペースはユニヴァーサルデザインだろう。国際レースも想定してるからね」
出走と枠順で決められているロッカーに荷物を下ろすと、さっそく運動服に着かえる。トレセン学園の既製品だが、ふと周りのウマ娘を見てみると、Tシャツにデニムとかチアーズのユニフォームとか〝とりあえず運動しやすい服〟を着ており、スズカの運動服はむしろ浮いている気がする。
その時、隣りのロッカーにウマ娘がやってきた。ちょうどブリザードはロッカールームから出ていって、スズカひとりだった。
隣りだから、きっと同じレースに出るのだろうと思ったら、彼女はちらちらとこちらを見てから、口を開いた。
「エト……ボーナ、スズーカ?」
「えっ? ……はい?」
名前を呼ばれてうなずくと、鹿毛のウマ娘はすぐにニカッと笑った。
「オー、センキュー、アイム、ミラ。ミラ・ドレミラノ。トゥギャザー、レース、マッチ。サム、クラブ、ミートゥー、パカパカ」
スズカに合わせているのか、もしくは自分も英語に慣れていないのか、ミラと名乗ったウマ娘はゆっくりと話しかけてくる。
「パカパカ……一緒のクラブなの?」
「イエス!」
ミラはスマホを見せた。そこにはやはりタイキシャトルとのマッチレースが映っている。
「ユアレースムービー、ソー、エキサイティング!」
「セ、センキュー……」
少なくともクラブ内でスズカはもう有名人だった。空港に下りた時はこの国に知っている人はいないと思ったのだが、人のうわさはあっという間だ。
「バット、アイウィルウィン!」
最後は力強い宣言をして、ショートパンツを履いたミラはロッカールームから出ていった。
入れ替わるようにタイキブリザードが戻ってくる。
「ミラとなにか話したのかい?」
「ええ、絶対に勝つって」
「やる気があるのはいいことだね」
着かえが終わるとコースに出て、レースが始まるまで二時間ほど、ウオーミングアップをする。
芝コースはダートコースの内側にあり、通り抜ける為には先に走っているウマ娘が止まるのを待たなければならない。
今もダートコースでウマ娘が走っていたが、スズカは首を傾げた。
「併走追い切りしてるのかしら……」
確かにそれは併走であった。それも地響きが聞こえるほどの全力疾走だ。レース当日にこんな強めのトレーニングをして大丈夫なのかと心配していると、タイキブリザードが言った。
「あの子はアッシュランドステークスに出る子だね。だが、あれは……」
ブリザードの視線は併走相手のほうに向いていた。
さらに転じて時計を持っているウマ娘も目を細めて観察する。併走している子も合わせて三人とも赤地に金のラインのトレーニングウェアを着ているので、同じレーシングクラブと予想できる。ちなみにパカパカレーシングクラブのトレーニングウェアは緑地に星柄である。
「スズカ、あの二人の顔をよく覚えておきな」
「えっ」
ダートコースを横切る最中にそう言われると、時計を持った赤鹿毛のウマ娘と目が合った。
「……チッ」
赤鹿毛のウマ娘はすぐにスズカであることに気づいたようで、わざとらしい舌打ちをして、そっぽを向いた。
もちろん、いい気はしないが、長いレース生活の多くにはこういうやっかみが含まれるものなので、自然に受け流す。
「ひょっとして、なにか言い返したほうがよかったかしら……」
先日新聞社に抗議をしに行った時のシャーロックの言葉を思い出したが、ブリザードは笑って否定した。
「主張は大事だが、ウマ娘同士で相手を黙らせるのは、もっと効果的な方法があるだろう」
言われずとも答えはわかった。レースで勝てばいい。それはつまり、今日のレースだ。
「ヤグリー・ヤールとミドルセクスドライブ。あの二人はマンハッタンステークスに出てくる予定だからね」
名前を呼ばれたのが向こうの耳にも入ったらしい、赤鹿毛のほうがまた睨んできたが、併走相手をしていた黒鹿毛のウマ娘は歯を見せて笑いかけてきた。
「ヤグリーは去年の優勝者だ。さらにG1を三連勝、今は調子を落としているけど、夏場に強いのかもしれないね。ミドルセクスドライブはG1の勝利はないけど、去年のマンハッタンステークスで三着になっている。あと、スズカと同じ逃げ切りのタイプだ」
芝コースの内側に入って準備をしている間も向こうの二人はこちらを見て何かしゃべっていた。やがてヤグリーのほうが怒った様子だったのをミドルセクスドライブがなだめて、併走していたウマ娘と一緒にコースから出ていった。
「それじゃあ、ウオーミングアップをしていこうか」
「……はい」
うなずくスズカ。
そうしておよそ八時間の後、サイレンススズカはアメリカでの初めてのレースを迎えた。
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