異世界のウマ娘 ~Ancestral Loyality~【サイレンススズカ】 作:もっそ
『第三コーナーに入ります、サイレンススズカ。1000メートル通過タイムは58秒7! 依然としてハイペースですが、これがサイレンススズカにとっては普通です!』
『ここから突き放しにかかるのがスズカです。今日はどうでしょう。ペースは上げないでしょうか』
『第三コーナーを曲がって、ミドルセクスドライブが差を詰めてきます! リードは半バ身! サイレンススズカどうだ!? 後続も徐々に上がってきているようです!』
差を詰めても全く動かないサイレンススズカを見て、ミドルセクスドライブは薄く笑った。
「作戦成功だよ、ヤール」
すぐ後ろに迫ってきている黒い探鉱帽には聞こえないようにつぶやく。
やはり、自分ではついていくのがやっとだった。こんなハイペースでは最後の脚は残らない。
しかし、それは相手も同じだ。日本でやってたのと同じペースでもずっと後ろに張り付かれたら精神的な疲労は多いはずだ。ここまでずっと付かず離れずで揺さぶり続けたツケは最後にやってくる。
「でも、アタシたちはチームだよ」
『さぁ、第四コーナーも回って直線に入る! ベルモントパークの直線は300メートルだ!』
――Fackin shit.
ミドルセクスドライブを追い抜いて、ヤグリー・ヤールは言わずにはいられなかった。
彼女は何も言わなかったが、その表情からは痛いほど伝わっていた。もう何年も寝食を共にした同期のウマ娘。広い荒野ではなく、狭くとも鮮やかな草原を選んだ。その表情が言っている。
我らが鉱脈に最後の灯を――
ミスタープロスペクターに捧げよう。
「オラァァッ!!」
『ヤグリー上がってきた! ミドルセクスドライブ沈んで、ヤグリーがサイレンススズカに喰らいつく! 昨年の覇者が異次元の逃亡者を差すのか!? コーナー終わって1バ身以内! 最後の直線にはサイレンススズカが先頭だ!』
「Hurry Away! Fackin BumpsJap!」
前を走る緑と白と栗毛のウマ娘に吼える。
そこにいていいのはお前じゃない。お前がいる場所はどこにもない。そこは女神が見渡す場所だ。
そして女神とはアメリカの偉大なウマ娘(グランド・マザー)、ミスタープロスペクター(黄金を探す者)のことだ。
アメリカのターフはヨーロッパの墓場じゃない。まして日本人など呼んだ覚えもない。
ここにいていいのは、墓荒らしではなく、黄金を掘る者だ。
We don't have invitational Grave digger.We are Gold digger.
しかし――
「――ふッ!」
「!?」
もう目とハナの先だった栗毛の尾がさらに一段、沈んだ。
目を瞠る一瞬の間にサイレンススズカがまた加速したのだ。
『サイレンススズカ! サイレンススズカが伸びる! ヤグリーの差し足が及ばない! 距離が詰まった後続のまま、サイレンススズカがずっと先頭! いや少しずつ差が開く!』
まるで滑るように先を行く緑と白と栗毛のウマ娘との距離が縮まらない。
ヤグリーは自分の激しい呼吸音だけが鼓膜を叩いているのに気づいた。
もう、脚音が聞こえない。
「ふざっ……! ふざ、けんなよ……っ!」
あと少しの場所でサイレンススズカに追いつけず、呼吸も途絶えてきたヤグリーの前で、それは始まった。
「……女神?」
そんなことが起こるはずがないと思いながら、ヤグリーは確かにそれを見ていた。
先頭に立つサイレンススズカの頭上が光に満ちていく。それは球体か円盤か、定かではないが丸く見えた。
それは、あたかも女神がそこに降りてくるという太古の予言めいた光景だった。
――静寂の鐘は栄光の為に――
For Glory is The Bell of Silence.
そして、それはヤグリーが見ていた女神とは違う姿をしていた。
「…………クソッ」
ヤグリーの意識は急速に遠くなっていった。
『ヤグリー下がったか!? サイレンススズカはまだ伸びる! 残り200メートル! これはサイレンススズカか!? サイレンススズカの脚色は衰えない!』
ようやく静かになった――サイレンススズカはそう思った。
全ての景色が真っ白になっていく。しかし、走り続ける先に見える場所は青と白と緑のまま。
(ひさしぶり。いいえ、お帰りかしら)
苦笑めいた笑みが浮かぶ。この光景は前にも見た。
金鯱賞。宝塚記念。毎日王冠。
本当は天皇賞の時も見ていた。あの時のスズカはスタートからずっとこの景色を見ていた。ちょうど自分ひとりが走る幅しかない芝と、内側の柵と、最後のゴール。あの時だけはゴールにたどり着けなかったが、ゴールを駆け抜けた後、真っ白な景色がカーテンが取られたように消え去り、真の青と白と緑の、先頭だけの景色に入れ替わるあの感覚だけはいつまでも残っている。立ち止まり、それをじっと眺めている間は自分の呼吸の音だけしか聞こえていないが、少しずつ、歓声が届いてきて、やがて、結果だけが残った世界に戻ってくる。
また、あの景色の元へ行ける。気持ちいい風と暖かい光の待つ場所――
「…………えっ?」
残り数秒しかない大切な時間を目に焼き付けようとした時、それは突然、文字通り、サイレンススズカの前を塞いだ。
赤とオレンジの奇妙な模様の丸い円の壁。
「うそでしょ……」
――10^64掛24掛000――不可思ノ曼陀羅――
呪文のような言葉の後、スズカの景色は現実のコースに引き戻されていた。
『Manndar!!』
現実で耳に飛び込んできたのは実況と歓声と凄まじい脚音だった。
『マンダーです!! 残り100! マンダーが猛烈な末脚で襲いかかる! 先頭のスズカに追いつこうとしている! スズカ逃げ切れるか!? スズカ逃げ切れるか!?』
『スズカ!』
『残り僅か! スズカか! マンダーか! しかしマンダーのほうが速い! スズカ逃げ切ってほしい! スズカか! マンダー! マンダー! 差した! マンダー! マンダー! ゴールイン!』
日本の実況は明日世界が滅ぶとしても、これほど悲痛な叫びにはならなかっただろう。
『マンダーが抜いてしまった!! スズカを抜いて、ミンティカ・マンダーがマンハッタン・ステークスを制しました! サイレンススズカは2着!』
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アメリカの名バを知りたい