異世界のウマ娘 ~Ancestral Loyality~【サイレンススズカ】   作:もっそ

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「はあっ、はあっ……!」

 

 負けた。

 最後の100メートル、〝あの景色〟も見えていたのに、最後の最後で、あの不思議な模様――曼陀羅に防がれた。

 新しい走りは完璧だった。ラップタイムの狂いは0.1秒以下のはず。残り600メートルから速度を上げて400からが勝負。これは完全に自分との勝負だった。

 

 サイレンススズカの走りができれば、誰にも負けない――

 

 自惚れではないトレーナーの言葉だ。

 

 それが止められた。物理的にと言っても差し支えない。ウマ娘の〝力〟がスズカの行く手を阻み、ラストスパートの脚を鈍らせたのだ。

 

 頭を上げて、掲示板のタイムを見る。

 

 01:59:61

 

 2000メートルのG1としては平凡なタイムだ。

 スズカの体内時計は1000メートル通過が58.9秒、残り400メートルで1分34秒7。通過する1ハロンは11秒9ちょうどが目標だった。それなのにラストスパートの400メートルを24秒オーバー。脚が止まったとしか思えないタイムだ。

 

「サイレンススズカさん」

 

「マンダー……?」

 

 鳴りやまない歓声の中で、あのトルコ衣装の褐色のウマ娘がスズカの前に立った。そして、深沈とした響きで詫びた。

 

「ごめんなさい。あなたに印をつけました」

 

「……しるし?」

 

「私の一族の目的は、世界中に印を刻み、願いを叶え、救済すること。救済の技法、ウマ娘の願いとはすなわちレース。そして印を刻んだ土地で一族の歴史を新しく紡いでいく」

 

 何を言っているんだろう?

 全力疾走の後で心臓も脳も疲弊している状態で、マンダーの話はほとんどわからなかった。

 

「スズカはニホンに帰り、また走りますね」

 

 こくりとうなずくと、マンダーもうなずき返した。

 

「あなたがニホンに帰り、そこで走る。そこに私の印が刻まれる。いつの日か、ニホンで走る私の一族がその印を受け取りに来る」

 

 そっとマンダーが細くて長い手を合わせて、それから指で印を結んでいく。

 

「私たちはそうして生きてきたのです」

 

「…………」

 

 スズカは言葉が出なかった。

 私たち。一族の目的。救済の技法。そんな大それた理由で走るウマ娘がいたのか――

 

(想いの強さなら、私だって……)

 

 そう心の中でつぶやくが、ウマ娘のレースは結果が全てだ。あらゆる努力や希望が順位という現実を前にして否定されてしまう。

 

 そういえば、最後に本番のレースで負けたのはどれくらい前だっただろう。確か香港だったと思う。

 これまでの時間、風船のように膨らませていたものが弾けて、しかし何も残らない。

 

「スズカ」

 

 寂寥感にうつむきそうになったスズカにマンダーが手を差し出した。

 

「私の役目は終わり、これが最後のレースかもしれませんが、あなたと走れたことは私にとってとても素晴らしいことでした」

 

「……」

 

「あなたがまだ走るのなら、私の想いも忘れないでください」

 

「……ええ。ありがとう、マンダー」

 

 差し出された手を握り返して、サイレンススズカの初めてのアメリカG1レースは終わった。

 

 

__

 

 

 マンハッタン・ハンディキャップ リザルト

 

1 マンダー 

2 サイレンススズカ

3 ボートマン

4 スピンドリフト

5 ヤグリー(DQ)

6 ミドルセクスドライブ

7 オナーグライド

8 ジャストリスン

9 ハイライズ

 

 レースは予想通り、スタートと同時にサイレンススズカとミドルセクスドライブが先頭を争い、ミドルセクスドライブが譲る形でサイレンススズカが先頭に立った。ヤグリーとマンダーが後方に立つ一方で、ハイライズは出遅れから中団まで上がっていった。

 先頭のサイレンススズカはペースを上げて後続を突き放す大逃げではなく、1バ身程度の間隔を保つペースであった。しかし、1000メートル通過時点で58秒7とハイペースではあった。

 ハイライズは出走直後から種子骨骨折を発症しており、第三コーナーの時点で優勝争いに加わることなく、後方に下がっていった。

 最終コーナーからレースは動き、二番手だったミドルセクスドライブに替わってヤグリーがサイレンススズカを追い上げていくが、スパートに入ったサイレンススズカを抜くことができず、後退した。

 ここまでサイレンススズカはスタートの2ハロンを23秒、その後1ハロンごとにすべて11.9秒というハイペースを守り切り、最後にも加速してみせた。

 残り200メートルになっても脚色は衰えず、後方とも2バ身差と勝利を確信した瞬間、最終コーナーまで脚を溜めていたマンダーが末脚を伸ばし、一気に距離を詰めてくる。

 残り100メートルでサイレンススズカが逃げ切れるかマンダーが追い抜くかと思われると、突然サイレンススズカが減速、マンダーが差し切り勝利した。

 3着には重賞初挑戦のボートマンが入り、ヤグリーは5着に入った後、進路妨害があったとしてDQ(降着処分)を受けた。

 

 マンダーはG1を2連勝、さらに日本とアメリカの芝のエースウマ娘2人に勝つという結果となった。

 

 

~~

 

 

「サイレンススズカはマンノウォー・ステークス出走の意向を表明した後、日本に一時帰国した――か」

 

 ロサンゼルス空港で丁寧に折ったニュースペーパーを見つめていた女はわずかに肩を落とした。

 

「やはり事前にコンタクトを取っておくべきだったか。まさか入れ違いになるなんて」

 

 女性としても小柄だが、立ち振る舞いには鋭さがあり、ロールアップしたブラウスと細長いスラックスの足はしなやかな鞭を思わせる。

 なにより通り過ぎる人々が一度は振り返る美貌が彼女にはあった。薄いすみれ色の入った銀髪の下に切れ長の目と透き通るような白い肌、そして小さな鼻と唇を備えながらどこか芯の入った日本人らしさが残っていた。

 

「しかし、せっかくアメリカ滞在を選んだんだ。君を迎えられるよう、研鑽を積むとしよう」

 

 落胆の間も短く、女は新聞をごみ箱に投げ入れる。

 幸い、ここはアメリカだ。

 ウマ娘もレースも星の数ほどある。

 

「僕も君をあきらめた訳じゃないよ。サイレンススズカ」

 

 まずはサンタアニタパークレース場に行こう。知人も多い。

 奈瀬文乃は自信を持って空港を歩き始めた。

 

 

 

   ――つづく

 

 

 

 




__

お読みくださりありがとうございます。
こちらのお話はここでいったん一区切りとさせていただきます。
元々Pixivで書いているキングヘイローのお話の箸休めのつもりだったのです。
そちらのほうでまたやっている間に次回の構成をしていく次第であります。
こちらのほうもよろしければご覧ください。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=14967807

このお話を楽しみにしてくれますか?

  • します
  • とてもします
  • 日本のウマ娘を出してほしい
  • アメリカの名バを知りたい
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