異世界のウマ娘 ~Ancestral Loyality~【サイレンススズカ】 作:もっそ
ケンタッキー州レキシントン市からやや西にあるのがブルーグラス空港だ。
ここに下りた時、カリフォルニアでは感じられなかった郷愁に似た感情が湧きあがった。
その正体はすぐにわかった。
「空港のすぐそばにレース場があるのね」
ロビーから見下ろす光景は一面の緑――ブルーグラス――と、キーンランドレース場である。
そこから右手側を見れば、国道から接続する環状道路に囲まれた集合体、レキシントン市がある。左手側からヴェルサイユの丘陵を越えて北西に州都フランクフォート、さらに西に行けば人口最多のルイビルがある。
ここまできてお分かりだろうが、ケンタッキー州は発祥からフランスになじみが深く、あちこちに革命以前のフランスの名残がある。
はるか地平線の彼方の北側にオハイオ州シンシナティがあり、三角形の都市圏を形成している。シンシナティからさらに北上すればコロンバスとインディアナポリスにつながる。
正反対の南側のダニエルブーン国有林。ここまで紹介した大地はほとんどが草原であり、牧場が点在している。
「とても日本では考えられない場所ね」
日本では例え山の中に入っても麓を見ればビルが見える。
しかしここでは地平線は本当に地平線である。都市と都市の間には東京都が入りそうな距離がある。日本で同じ景色を見ようと思えば北海道か南九州まで行かなければならないだろう。
北緯三〇から四〇は、日本の東北地方と同じである。しかし西経八〇とアメリカの広大な大地は四季の変化を激しくもたらし、長続きさせない。
今は三月。冬の厳しさはとうに過ぎ去り、新緑の芝目が勢い盛んな時期である。
「スズカ、ドウデスカ? ケンタッキー、とてもファンタスティック!」
隣りにやってきたタイキシャトルがハイテンションに訊ねてきた。
「そうね、とても素敵なところだと思うわ」
「チナミニ……ワタシ、キーンランドフィールドでレースしたことアリマセン!」
「そ、そうなの……?」
「イエス! ワタシはブリザードからダイレクトにオハナサン会いました! まだデビューしてない時デス!」
たしかに、タイキシャトルはスズカがトレセン学園に入学した時からいた。米英からもたらされた西洋式レースが経済成長に伴って世界有数レベルとなり、逆に諸外国からの留学生を招聘するようになった証拠である。
しばらくキーンランドレース場を眺めていた二人に入国手続きをしていたタイキブリザードが声をかけた。
「二人とも、もう出るよ。迎えももう来てる」
そう言って指し示されたターミナルゲートのさらに向こうで手を振っている人影があった。
「オーウ! トレジャー!!」
「シャトルー!」
ターミナルゲートの向こう側にいたのは二人のウマ娘だった。
片方はトレジャーと呼ばれた小柄なカウボーイハットのウマ娘と、その後ろで大きなカートを押す背の高いブルーキャップのウマ娘である。
「トレジャー!」「シャトルー!」
ゲート越しに大騒ぎする二人をゲートのスタッフとブリザードが押さえつける。
首根っこ掴まれたタイキシャトルが「オーノー……」としょげなからゲートを通り、スズカも後に続く。
本当の意味でケンタッキー州に到着した。
その実感はハイテンションでハグしあうタイキシャトルとトレジャーを見てあらためて湧いてきた。
ああ、本当にタイキシャトルの家族だ――
はしゃぎまくる二人に代わってブリザードが紹介してくれた。
「タイキトレジャー。私たちのファミリーで今年〝yearling〟になる」
日本でいえばスカウトレースに出る年齢のタイキトレジャーは、カウボーイハットにレザージャケット、カーキ色のパンツに牛追いムチをぶら下げている。
それを見ておもわず呟いた。
「インディ・ジョーンズ……?」
「そうね。一番のお気に入りよ。典型的な〝EdgyKid〟だから気をつけて」
「ええっと……」
聞いたことのない言葉に首をかしげるスズカ。
「日本語でいうなら、中二病」
「えぇ……」
困惑するスズカの前に、くだんのタイキトレジャーがやってくる。
「オッス! オラトレジャー! おめえがサイレンススズカかぶげぇっ!」
映像化するには危険すぎる挨拶はブリザードの音速の裏拳で中止させられた。
「アニメのマネはやめろって言ってるだろう? 帽子も取りなさい」
「ば、ばい……ずびばぜん……」
強烈に鼻っ柱を叩かれて鼻血と涙を流すトレジャー。帽子を脱ぐと短いパーマの鹿毛と日焼けした小麦色の屈託のない笑顔が現れた。首に下がってるヘアバンドは額部分にイミテーションの宝石がついている。
「タイキトレジャー! 十二歳! 夢はニッポンでオタカラザクザクつかまえること! よろしくな!」
「よろしくね、トレジャー」
ぼたぼた落ちる鼻血がさすがに気になり、ティッシュで拭いてあげる。
トレジャーの後ろでタイキシャトルがニコニコしており、その隣りにはここまで何一つ主張することなく駐立し続けるいま一人のウマ娘がいる。
「あの、こっちの人は……?」
タイキシャトルとブリザードのちょうど中間くらいの背丈のウマ娘は長身以外は見るからに牧童という格好だが、ブリザードにうながされてブルーキャップを脱ぐと、見事な美しい白人であることがわかった。尾花栗毛といわれるタイキシャトルより明るいクレメロゴールドの髪はベリーショートにされている。
「レイチェルです。タイキファームのスタッフをしています」
その声音にサイレンススズカは言葉が出なかった。
世界が沈黙したかのような静寂が永遠のように感じられて、しかし生あるものの鼓動が律義に現実に送り返してくる。間隙を突いて襲い来るのは無限の冷たい風。
その理由はすぐにわかった。それはかつて自分が持っていたものだからだ。
しかし、目の前の彫像のようなウマ娘から感じるそれは、とてつもなく大きなもので、さらにスズカよりもずっと長い間持ち続けていたとわかる。
それは虚無だった。
レイチェルと名乗ったウマ娘はかつてサイレンススズカが抱いていた以上の虚無を背負っている。
すくなくともサイレンススズカはそう感じた。
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日本のウマ娘を出してほしい
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アメリカの名バを知りたい