異世界のウマ娘 ~Ancestral Loyality~【サイレンススズカ】   作:もっそ

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 サイレンススズカとタイキシャトルはケンタッキー州の農道を走り続けていた。

 初めて走るアメリカの景色であったが、スズカの意識はまったく別のことに集中していた。

 レイチェルという不可思議なウマ娘の話がずっと頭に残っていたのだ。

 もしも先導するタイキシャトルが「スト~~~ップ!」と立ち止まらなければ、今日一日どこまでもまっすぐに走り続けていたかもしれない。

 

「タイキ……ここって……」

 

 数十キロのランニングもウマ娘にとってはほんのりと頬を上気させるだけだ。いま目が覚めたという面持ちで目の前にそびえたつ建物を見上げていた。

 

「イエース! キーンランドフィールドデース!」

 

 国道まで続いていた農地はすっかり見えなくなり、周囲は木々に包まれていた。

 替わって目の前にある建物は生垣と石造りの立派な意匠の建物。

 しかし、消えることのない芝と土の匂いが確かにスズカを昂揚させる。

 レキシントン郊外、キーンランドレース場。ケンタッキー州でチャーチルダウンズレース場に次ぐレース場だった。

 

 スズカはぼうっと看板から屋根までを見ているだけだった。

 空港からも見えた大きなレース場でタイキシャトルがここに連れてきたかったのもわかるが、なぜこんな早朝に?

 

「スズカ、コッチコッチカモーン」

 

「え……? タイキ、中に入っていいの?」

 

 スズカを呼ぶタイキシャトルは鉄柵だけの入場口の向こう側にいる。

 

「ノープロブレム! 今日はワタシ、オトクイサマデス」

 

 言葉のチョイスがおかしいが、たぶん入ってもいいのだろう。スタッフと思わしき人もタイキシャトルを見て朗らかにあいさつを返す。

 

 入場フロアから観戦用のアリーナまではすぐだった。

 先ほどまで沈思していたスズカだったが、久しぶりにレースコースを間近で見れば心が浮足立ってくる。膝から下がうずうずとしてくるのだ。

 日本と大きく違う点として、外側にダートコースがあり、芝コースは内側にある。これは単純なアメリカ合衆国の気質と文化であり、広い荒野を走るパワーとスタミナがアメリカのウマ娘に求められたステータスなのである。

 もう一点、アメリカでは全てのレースが左回りに統一されている。これはスズカの遠征先をアメリカにした理由でもある。

 

 アリーナからコースまで直接下りると、場外の道路とそう変わらない土質のダートを横切って芝コースに入った。

 アメリカの芝、西洋芝、ケンタッキー・ブルーグラスである。暖かい季節を迎えて今まさに新緑の芽吹きを発している。

 距離も日本に比べると小さい。外のダートコースが1600+αであるから、ひとまわり小さくなって1400ほどだろう。

 

 今後走るかもしれないターフの感触を確かめるように踏み歩いていると、

 

「ス~ズ~カ~!」

 

「……タイキ?」

 

 楽しげに間延びする声に振り返ると、ダートとの境い目になる外ラチでタイキシャトルが持ってきたバッグをガサゴソ漁り、何かを取りだした。

 

「勝負シマショー!」

 

「……ウソでしょ」

 

 唖然とするスズカの前に差し出されたのは自分の勝負服であった。

 〝あの日〟以来、着ることなく――さらに言えば新調してある――それでもちゃんと持ってきた緑と白の勝負服。それを持ってタイキシャトルはにじり寄ってくる。

 

「サァ、スズカ! サァサァサァ!」

 

「ちょっと、ちょっと待ってタイキ……!」

 

 早朝、周囲に誰もいないとはいえ、こんな場所で着替えなどできない。

 

「オゥ、ソーリー! スズカはハズカシヤガッテデシタ!」

 

「そういう問題じゃないのよ……」

 

「デ~ス~ガ~、ノープロブレム! ちゃーんとロッカールーム持ってキマシター!」

 

「ウソでしょ……」

 

 ロッカールームと言いながら出てきたのは野外で着替える為の簡易更衣室だった。しかしそのデザインは円柱型でシマ模様のカーテンがかかったもので、スズカが記憶している限り、バラエティ番組でしか見たことがない。

 

「ま、待ってタイキ……私、レースするなんて言ってない!」

 

「ノー! ディスイズラストチャンス! アイムゴージャパン!」

 

「うう……わかったから……」

 

 パワフルなタイキシャトルの強情にスズカも折れざるを得なかった。

「イエース!」というサムズアップに見送られて床屋のグルグルみたいな簡易更衣室に入る。

 真上を見ればディープブルーの空がある状況に戸惑いながらもスズカは勝負服に着替えた。

 その途中、ふとタイキシャトルのことを思い出した。

 

「ねえ、タイキ」

 

「ハイ。ドウシマシタ? パンツないですか?」

 

「そうじゃなくてね。ねえ、タイキ。あなたもレースに出ていなかったのよね」

 

 カーテンを隔てても伝わっていた陽気が瞬時に失われたのがわかった。

 

「たぶん、最後は……おととしのマイルチャンピオンシップ……阪神カップかしら」

 

「ソウデス。デモ、ハンシンカップはダメダメデシタ」

 

 その前のマイルチャンピオンシップは5バ身差をつけて圧勝した。

 しかしその後のG2阪神カップでは1.1倍の人気ながら3着と敗退する。

 その二つをスズカは身動きの出来ないベッドの上で見ていた。

 

「レースの時のメラメラがバーニングしなかったのデス。バーンアウト。オハナサンに言われマシタ」

 

 それは日本語で燃え尽き症候群と言われるものである。

 マイルチャンピオンシップを全力で駆け抜けた結果、心身ともに無気力状態となり、レースに力が入らなくなったのだ。

 レースに出れば快復するかもしれないと考えて阪神カップに出走したが効果はなく、トレーナーの東条ハナはタイキシャトルにリフレッシュ期間を与えてケンタッキー州に里帰りするよう勧めたのである。

 

「デモ、イマはトゥーマッチ! メラメラシテマス!」

 

 カーテンに影となって映るタイキシャトルがガッツポーズした。

 

「ワタシがロンリーになったのはスズカのせい、バット、ワタシがハートメラメラになったのもスズカのせいデス!」

 

 その言葉を聞いてようやくスズカはタイキシャトルの意図がわかった。

 彼女もまた、自分との勝負を楽しみにしていたのだ。その可能性があるのはマイルチャンピオンシップか毎日王冠だった。

 毎日王冠はタイキシャトルがフランス遠征のスケジュールとチームの後輩二人の為に出走を見送った。

 マイルチャンピオンシップはサイレンスズカがジャパンカップの距離に不安があった場合の第二プランとして考えられていた。

 結局はどちらも叶わなかった。

 

 そして、タイキシャトルはマイルチャンピオンシップを走り抜け、スズカとは異なる理由で走れなくなった。

 

 勝負服を着終えたスズカがカーテンを開けると、熱を持ち始めた朝日の前でタイキシャトルが大きく手を振っていた。

 

「スズカのリターンレース、ワタシもチャントウォッチシマシタ! トゥーエキサイティング! トゥーワンダフル! ファームのミンナもアンビリーバボー!!」

 

 一言ごとに大きくリアクションするタイキシャトルは着替えたスズカを見て、ガッツポーズ。

 

「ソシテ、ワタシのハートはメラメラ! バーニングしたのデス!」

 

 リアクションはまさにその場面を再現しているかのように詳細かつオーバーになった。

 

「ワタシはオハナサンにテレフォン! イマスグスズカとレースしたい! セイシュントキヲヤトスゴス! イデモダテモモウイラナイ! ソーオネガイシマシタ!」

 

 おそらく光陰矢の如しとか居ても立っても居られないなどと言いたかったのだろう。

 タイキシャトルのテンションはあきらかにおかしくなっているが、その言葉にウソは全く見当たらない。

 

「オハナサン、トッテモ喜んでマシタ! スグにニッポン行けるヨーニしてくれマシタ! バーーーット!!」

 

 雷に打たれたようにオーマイガーのポーズをとるタイキシャトル。

 

「スズカがアメリカに来てシマッタのデス!!」

 

「……ごめんね」

 

「アヤマッテスムナラレースはイリマセーン! ソー、スズカはレースシナケレバナラナイのデス! センセンフコクデスナノデス!」

 

「わかったわ、タイキ」

 

 ハラキリジョートー! と叫んでいたタイキシャトルがスズカの返事を聞いて目をぱちくりさせる。

 

「ホワッツ? イアリィ、スズカ!?」

 

「えぇ」と、うなずくスズカ。そうでなければ勝負服も着ていない。

 

「ス~ズカ~!! アイラービュー!!」

 

 感動してタックルしてくるタイキシャトルをスズカはひょいっと避けた。これは予想できたパターンだった。

 しかしその時、ふと気づいた。

 

「ねえ、タイキ。あなたいつの間に着替えたの……?」

 

 スズカが着替え始めるまで、確かにタイキシャトルはジャージを着ていた。

 それが今は緑色のガンマンスタイルの勝負服になっている。

 つまりタイキシャトルは……

 

「ウソでしょ……」

 

 スズカの呟きは開放的なアメリカの朝に吸い込まれて消えた。

 

このお話を楽しみにしてくれますか?

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  • 日本のウマ娘を出してほしい
  • アメリカの名バを知りたい
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