ナザリック地下大墳墓 第九階層 ロイヤルスイートルーム
ペロロンチーノがナザリックに帰還して半年が過ぎ、今では週の半分をナザリックで過ごすようになっていた。
表向きはペロロンチーノにも人間世界での立場があり半分を帝国で過ごす。
そしてナザリックの窓口という立場でもあるため、モモンガことアインズ・ウール・ゴウンとの各種折衝に加え、婚約を発表しているシャルティアとの逢瀬のために半分をナザリックで過ごすとなっている。
もちろん表には出させないが裏の目的というものもある。それは
誘導といっても悪い意味ではない。
そもそもが、モモンガからの依頼である。モモンガがこちらに転移してから、人間時代の倫理観というものが、感情という心に根ざしたものから知識にまで落ちてしまったというのだ。それが原因で、「ナザリックがモモンガの指示のもと殺戮と圧制の集団」になってしまう可能性に行きついた時、モモンガとペロロンチーノの落ち込みようは酷かった。
「モモンガさん。これヤバくね?」
「ですよね。あんなクソッタレな支配層と同じ姿になるってことでしょ」
「まあ、俺もこっちの世界で戦争やらなんやらでそれなりに血はながしたけど、アレにはならんように気を付けているし。それに・・・・・・」
ペロロンチーノが一瞬口ごもるのを、モモンガは水を向けることで聞き出す。
「それに?」
「ほら。法国からの情報でプレイヤーの存在もあるし、俺みたいな転生の例もあるっしょ?」
100年に1度、プレイヤーがこの世界に流入してくるのだ。それなりに条件はあるのだろうが、それが判明していない以上、ナザリックと同時期に、他のプレイヤーが流入していたという可能性も否定できないのだ。さらにペロロンチーノの転生の可能性まで考慮すれば、警戒してもし足りないことはない。
「無用な敵対は避けたいですね」
「もしギルメンだったら?」
「ああああああああ」
といった具合である。
とはいえ、やるべきことは多い。
すでに帝国、法国、そしてナザリックとの間でエ・ランテルからカッツェ平野一帯をナザリックの独立国家とする方向で基本合意がなされている。
ではどのように実現するか?
もともとナザリックの出現がなければ、数年以内に帝国は王国の三分の一程度を占領する戦略であった。そして十年かけて安定させ、その後さらに三分の一を占領。将来的に王国は都市国家レベルまで落とし、帝国にて人類の生存能力を上げる育成を進める方向としていた。
それを異形種が、中心のナザリックが行えば・・・・・・。
「モモンガさん。エ・ランテルの方はどうですか?」
「順調ですよ。ペロロンさん」
「冒険者いいですよね。最近じゃあ任務としても遠出できないのが残念です」
「ペロロンさんもこっちの姿つくればいいじゃないですか」
「さすがに時間がね」
そう。ペロロンチーノには時間が足りないのだ。
「仕事ですか?」
モモンガが把握するだけでも、ペロロンチーノの仕事は多い。いまでこそもともとの部下に権限移譲したり、シャルティアの部下を各所に配置して代理としたりで回るようになったが、帝国だけではなくナザリックの窓口的な仕事もしているのだ。相当な仕事量だろうと心配さえしている。
「いや、仕事は回すからいいけど、シャルティアや愛人達とのね・・・・」
「あっ」
しかしペロロンチーノから帰ってきたのは、まったくのプライべートな話だった。
「あの頃、四半期ごとに嫁が増えてましたよね。ペロロンさんは」
「さすがに現実なんでそんなに増えませんよ? とはいえ、モモンガさんにもアルベドがいるわけで、その辺の知識は必要か」
ペロロンチーノの言葉にモモンガは反射的にそっぽを向く。まあ、いい歳した男同士の猥談である。モモンガも男としても気恥ずかしい面はあるが全く興味がないわけではない。なにより、言語化されてしまえば自覚してしまうのが知性というもの。
「まあ、デミウルゴスからも言われたけど、彼らもモモンガさんの世継ぎというか子供を期待しているからね」
「アルベド以外は面と向かっていってきませんけどね」
「そりゃー。気を使ってるんでしょ」
ペロロンチーノはそういって紅茶を飲みながら笑う。
「とはいえ、アンデッドで子孫を残せるのは、せいぜい吸血鬼ぐらい? モモンガさんのオーバーロードという種は産まれるではなく、オーバーロードに成るといったところでしょ」
「ですよね。こんな体で生理現象なんてありませんし」
モモンガはしみじみこたえると、ペロロンチーノとおなじように紅茶のカップを傾ける。つい先日、口唇蟲の改造で、やっと紅茶などなら嗜むことができるようになり、その味もフィードバックできるようになったのだ。
「まあ、モモンガさんが一時的に人間の姿をとれるようになるか、技術開発でモモンガさんのDNA情報をなんとかできるようになるまでは、アルベドを精神面で満足させてあげるようにしないとね」
「さらっと難易度の高いこといってません?」
「いやいや。重要よ? その辺を怠るとナイスボートになってしまうから」
「また古典的な表現を」
ペロロンチーノの古典的な言い回しに、ついていけるモモンガもモモンガである。もっとも、それらの知識の大半はユグドラシル時代にペロロンチーノから貸し出されたゲームなど娯楽作品(エロ含む)に起因していたりする。
「とはいえ、精神的に満足ってどうすればいいんでしょう」
「んー。相手の欲しがる言葉や行動、つまり欲を満たすってのが一般的な回答だけど、そんなことじゃないですよね」
「まあ」
モモンガが年齢=彼女いない歴なのは、ペロロンチーノも知っている話だった。前世という括りではペロロンチーノも同じであったわけだが、今生の場合、いろいろ吹っ切れて愛人がそれなりにいたりする。
とはいえ、この半年でナザリックの危うさとパワーバランスを理解したペロロンチーノは、モモンガにこう提案するのだった。
「じゃあ実例をすこし。最初のデートでだけど……」
***
その日、ペロロンチーノはシャルティアを連れてナザリックの外に連れ出していた。
「シャルティア。普段のドレス姿も美しいけど、素朴な姿も君本来の可憐さが際立ってすてきだよ」
「ありがとうございます。ペロロンチーノ様」
シャルティアは満面の笑みを浮かべる。
普段のドレス姿ではなく、ペロロンチーノが準備した仕立てこそ最高級だが帝都で一般的なデザインの服を着ている。もちろん、着心地や質という面では、普段のドレスのほうが雲泥の差で上等なのだが、ペロロンチーノのプレゼントであり褒められたことが、シャルティアにとっては何事にも代えがたいものであった。
「あのーペロロンチーノ様? 本当にナザリックの外に出てよろしいのでしょうか?」
「ああ、モモンガさんの許可も得ているし、今日はシャルティアの休日でしょ?」
「そうでありんすが……」
シャルティアをはじめとするNPC達は至高の存在に奉仕することこそ存在意義としている。ゆえにアインズの指示で休日を取るように言われても、いまいち納得をすることができないのだ。
「モモンガさんの真意については、ゆっくり考えてね。自分の体や心、部下、まあ上司というとモモンガさんだけになっちゃうけど、その辺も含めて考えて、シャルティアなりの結論に至ることも目的だからね。でも、その休日のおかげで、今日はシャルティアと一日一緒にいれるんだから、モモンガさんに感謝しないとね」
「はいでありんす」
ペロロンチーノは、シャルティアに微笑みかける。
その微笑みを見たシャルティアは、顔が熱くなるのを感じる。その表情を見られるのが何故か恥ずかしくなり、ペロロンチーノから腕を差し出されたシャルティアは、その腕に縋りつくように顔を隠してしまうのだった。
「さて、ついた」
シャルティアが促されるように見たそこは、地方都市の大広場であった。
周りには多くの収穫物や工芸品を売る露店があり、舞台で音楽を奏で歌い踊る。人々の笑い声と、元気に走り回る子供の姿があった。
「ここが今生の故郷の領都ヘッセン。そして今日は収穫祭なんだ」
「ペロロンチーノ様の生まれ故郷」
シャルティアは、今一度周りを見渡す。多くの人間が祭りの雰囲気に酔いしれ盛り上がっている。露店の方も多くの人でがあり活気がある。
「シャルティアとして人間種は下等種かもしれない」
「それは……」
ペロロンチーノの言葉を否定できなかった。異形種で強者であるシャルティアの目線から見れば、力無き存在が、ひと時の平和に酔いしれているように見えてしまっているのだ。
「実際この世界で生きて人間がどれだけ脆弱か身に染みてるから、真祖のシャルティアがそう見るのは理解できるよ。でも彼らは、私の一族の民であり、ナザリックと同盟を結ぶバハルス帝国の民でもあるんだ。いわばモモンガさんや君の庇護下となる民だ」
「そう……でありんすね」
ペロロンチーノは、シャルティアの手を引きカフェの一角のちょうど空いた席に案内する。
「どうぞお姫様」
ペロロンチーノは椅子を引き、シャルティアは優雅に席につく。そしてなれたようにペロロンチーノはウェイターに2・3注文をして席につく。
すぐにワインと、チーズが数切れ、そして鹿の燻製肉のスライスが机の上に並べられる。
ペロロンチーノはグラスを取る。シャルティアもあわせグラスが静かな音をたてる。
「じゃ、乾杯」
「乾杯」
シャルティアはペロロンチーノに促されるようにワインを口元に近づける。そこにはシンプルでブドウ本来の香りが鼻腔をくすぐる。そして一口ふくめばフルーティーな味わいが舌の上に広がる。
「ずいぶん若い味でありんすね。でもフルーティーで飲みやすい」
「うん。よくわかったね。この領で作ったヌーボーだから」
ペロロンチーノがまるでクイズに正解したように喜び、その顔をみてシャルティアも自然と笑みが浮かぶ。
「今日はシャルティアのことをもっと知りたいというのもあるけど、私の事を知ってもらいたいとおもってね」
「ペロロンチーノ様のことを?」
シャルティアは、なぜ今頃?というような不思議な表情を浮かべる。
「シャルティアも含めてNPCのみんなは、いままで言葉を発さずに静かに私たちに付き従ってくれていた。そしてシャルティアたちの性格は、それぞれの創造主がかくあるべしと書いた記述に準拠している。あの記述はシャルティアたちの生い立ちであり、性格の根幹となっている」
「はいでありんす」
ペロロンチーノの言葉にシャルティアは頷く。その言葉通りNPC作成時のフレーバーテキストの内容が、それぞれの根幹となっているのだ。
「あくまであれは根幹であり、いわば始まりの感情だと私は思っている。だから今のシャルティアの育まれた思いを教えてくれないか? そして同じぐらい今の私を知ってほしいんだ」
ペロロンチーノはグラスを置き、シャルティアの手を優しく包んでいる。それに気が付いたシャルティアは振りほどくことなどできず、なされるがままに俯いてしまうのだった。
「わ……わらわも」
「うん」
ペロロンチーノは、シャルティアの反応一つ一つを愛おしく思いながら、言葉の続きを待つ。
「わらわもペロロンチーノ様のことをもっと知りたいです」
***
「って感じで、まずは何が好きか、どんなことをしてほしいか。どんなことがうれしいか。そんな話をしたんだ。ちなみに収穫祭だったから、シャルティアには文化体験っていってぶどう踏みに参加してもらって、来年できたワインを一緒に飲もうと‥‥…」
ペロロンチーノの話がおわること、モモンガはなぜか突っ伏して今にも死にそうになっているのだった。
「紅茶ってこんなに甘かったんですね」
「そう? これ渋みがいい感じだけど」
砂糖を吐きそうになっているモモンガの断末魔に、ペロロンチーノはさらりと返してしまう。
まあ、何が言いたいかわかるし逆の立場なら同じリアクションをしただろう。
「まあ、とりあえず。アルベドと話すことから始めましょう。あと、できれば外がいいかな」
「そうですね。ってなんで外?」
「たとえばここ、でアルベドと話したらそのままお持ち帰り……いやそのまま押し倒される流れにならない?」
「あー」
モモンガはペロロンチーノの仮説に、否定するどころかそのまま押し倒される姿が脳裏に浮かぶのだった。
「とりあえず、ゆっくり言葉を重ねてお互いを知りましょう。それが一番です。時間はいっぱいあるんですから」
「そうですね」
そういって二人は紅茶に再度手を伸ばすのだった