そんな中、一人の少年が雪深い山中を歩いていた。瀕死状態の少女を背負って。
――禰豆子だけまだ体に温もりがある。医者に診せれば助かるかもしれない……。なんでこんなことになったんだ。熊か? 冬眠できなかった熊が出たのか?
少年――竈門炭治郎は家族に起きた突然の悲劇に混乱していた。炭売りとして暮らし、いつものように炭売りに出て帰ってきたら一家が全員、惨殺されていたのだ。そんな中、妹――禰豆子だけは脈があることがわかり、町の病院に連れて行こうとしていた。
しかし、息が苦しい。凍てついた空気で肺が痛い。前に進め、もっと速く足を動かせ! 極寒の中、炭治郎は己を必死に鼓舞して足を動かす。禰豆子だけは絶対に死なせない。お兄ちゃんが助けてやるからな……
決意を新たにした時だった。
「グオオオオオオ!」
背後で呻き声がしたと同時に炭治郎は衝撃を受け、足を滑らせてしまった。
しまった……
炭治郎は禰豆子と折り重なるように崖から転がり落ちた。幸いなことに積雪がちょうど枕となり、致命傷は負わなかったものの、身体中に衝撃が走る。
しかし炭治郎は己の痛みなど忘れて妹の安否を確かめる。ちょうどその時だった。
「グオオオオオオ!」
なんと、禰豆子は炭治郎に覆い被さり、目を大きく見開いて威嚇するように吠えていたのだ。
鬼だ――。
炭治郎は咄嗟に思い出した。ここまで帰ってくる時、最近、人喰い鬼が現れている、という噂を耳にしたのだ。禰豆子が人喰い鬼? いや、違う。禰豆子は生まれた時から人間だ。だけど匂いがいつもの禰豆子ではなくなっている――。
炭治郎は優れた嗅覚を駆使しながら素早く状況を分析し、熊などの襲撃に備えて携えていた斧を禰豆子の口に押し付けた。
「禰豆子、頑張れ! 堪えろ、頑張ってくれ! 鬼になんかなるな!」
禰豆子は人喰い鬼ではないし、なるような人ではない。炭治郎は確信していた。口の周りに血はついていないし、弟の六太を庇うようにして倒れていた。人喰い鬼にならぬよう、必死に抗っていると信じている。
しかし、斧で押される力はどんどん強くなっていく。凄い力だ。押し返せない。
「禰豆子! 頑張ってくれ!」
炭治郎は必死に訴えた。禰豆子の力は僅かながら弱まり、その大きな目からはボロボロと涙が溢れ出る。炭治郎の確信通り、彼女も葛藤しているのが伝わってきた。
二人が揉み合っている背後で、蝶がひらひらと舞ったかと思うと……
「あらあら、どうしたのかしら?」
ふんわりとした女性の声がした。とても優しい香りがする。禰豆子以外の家族を殺された悲しみさえも軽く癒してくれそうな――
炭治郎は声の主を確かめる前に禰豆子は口に咥えていた斧を捨て、素早く振り返り、警戒するように吠える。
「グオオオオオオ!」
「あらあら」
女性は一切、動じることなく微笑んでいる。二つの蝶飾りで留められた、長くてサラサラとした黒髪に端正な顔立ち。やや下がった眉が優しさを醸し出している。蝶のような模様の羽織を身に纏い、刀を提げている。
刀を目にした炭治郎は妹を殺されるかもしれないと直感し、必死に訴える。
「あの、この子は禰豆子といいまして、俺の妹なんです。絶対に人を殺したりしませんので、殺さないでやってください!」
「あら~。禰豆子ちゃんというのね。私は胡蝶カナエといいます。決して怪しい者ではないわよ~。私、あなたたちを助けに来たの。それともそんなに私、怖いかしら?」
「……」
カナエのフワフワとした声に炭治郎は思わず拍子抜けした。禰豆子の表情もすっかり緩んでいる。このお姉さんの温かな匂いは禰豆子にも伝わったようだ。
「ここだと寒いから、あなたの家に戻りましょう。どこにあるのかしら?」
そう言ってカナエは炭治郎たちを手招きするが、炭治郎は本来の目的を思い出す。
「しかし、禰豆子を病院に連れて行かなければ…!」
「それは大丈夫よ。」
カナエはそう言ったが、慎重に言葉を選ぶように続ける。
「今から伝えること、正直あなたにとって辛いかもしれない。受け入れられるかしら?」
「はい、勿論です!」
炭治郎は覚悟していた。禰豆子の状況がどんなに辛いものであっても受け入れ、命を助けられるよう、全力を尽くす。
「あなたの御家族は鬼に襲われてしまったの。ただ、禰豆子さんだけは命は助かったけど、傷口に鬼の血を浴びて鬼になってしまったの。鬼になった場合、人間と違って身体の再生能力は高いから、禰豆子さんの傷ももう少しすれば治るけど……。」
そう言った後、カナエは謝る。
「間に合わなくて本当にごめんなさい。あと少し、早ければ家族を救えたかもしれないのに」
「いや。こっちこそ禰豆子を鎮めてくれてありがとうございます!」
「突然のことで整理がつかないかもしれないけど、御家族の遺体を埋めた後、私の家に来ない?禰豆子さんと一緒に。」
「いえいえ、そこまでしてもらって悪いですよ!」
「もう、遠慮しないの。これくらいさせてちょうだい。部屋は余っているし、禰豆子さんを人間に戻せる方法を探っていきたいわ」
「本当ですか? 禰豆子を人間に戻せるのですか?」
禰豆子を人間に戻せる方法と聞いて、炭治郎の目に輝きが戻った。
「可能性はあるわ。私、鬼と仲良くするのが夢で、これまでたくさんの鬼に話しかけてきたけど、初めて応じてくれそうなのですもの~。」
そういえば禰豆子はというと、鎮まった後は何と眠りについている。
「鬼と仲良くですか?」
炭治郎は驚いて聞き返す。
「ええ。私は鬼殺隊といって、鬼を殺す仕事をしているから、本当はそんなこと思ってはいけないのだろうけどね。」
「いえ、そんなことないですよ!」
炭治郎はカナエの気持ちに共感できる気がした。多くの鬼はきっと禰豆子と同じく、好き好んで鬼になったわけではないのだから。
「話を戻すけど、禰豆子ちゃんを元に戻すためだと思って、私についてきてちょうだい?」
「はい!」
禰豆子の鬼化を治せる希望があるなら、と炭治郎はカナエの提案に乗ることにした。
「よしじゃあ、決まりね!ところであなたの名前は何というのかしら?」
「竈門炭治郎です!」
「炭治郎君ね!それにしても、辛かったでしょう。私も両親を鬼に殺されたからわかるわ。だから思いっきり泣いていいわよ」
温かい笑みを浮かべて言うカナエに、炭治郎の緊張の糸は完全に切れた。大粒の涙がボロボロと零れ落ち、降り積もる雪の中に吸い込まれていく。
炭治郎は思いっきり、嗚咽を上げた。家族たち一人ひとりの笑顔が走馬灯のように蘇り、いなくなってしまったという現実を改めて突き付けられる。
「うんうん。辛かったわね~。でもこれからは私があなたたちを守る。」
カナエはそう言ってそばで寝ている禰豆子共々二人を抱き寄せてくれた。彼女の温かい手、匂いに炭治郎は心から安心して思い切り泣き、カナエは優しくその背中をさすり、慰めるのだった。
炭治郎はようやく泣き止み、ある決意をした。
「鬼殺隊って誰でもなれるのですか?」
「どうしたの?突然」
「俺、鬼殺隊に入って俺たちのように鬼に家族の幸せを奪われるような悲しみを減らしたいんです!そして、俺の家族を奪った鬼に刃を振るい、必ず敵を取ります!」
※ということで二次創作ですので、もし万が一、著作権などの面で差し支えることがあれば感想欄などにご連絡いただけますと幸いです。直ちに対応させていただきます。
ただ自分は一鬼滅ファンとして同作品の益々の人気を願っており、だからこそ「IF物」を書かせて頂いているのであって、他意はございません。