鬼滅の刃 蝶と日と   作:毛利カトリーヌ

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珠世

禰豆子を謎の女性の鬼に診療してもらえることになり、炭治郎とカナエはその鬼の後をついていく。

鬼になった男性は着物姿の女性鬼によって眠らされ、炭治郎が両手に抱えて運んでいる。鬼化した男性に襲われた女性は、着物姿の女性鬼に応急処置され、致命傷ではなかったので帰した。

 

鬼の後をついていきながら炭治郎はカナエに注意された。

 

「炭治郎。お願いがあるんだけど、私が下がってって言ったときはちゃんと下がってくれるかしら? 勿論、炭治郎にとって家族の敵だから悔しい気持ちはよく分かる。ただ、考えて欲しいの。鬼舞辻無惨は私たちだけで対処できる相手ではない。もし鬼舞辻が本気を出せば私たちは瞬殺されてたかもしれないのよ。私はともかく、炭治郎が死んだら誰が禰豆子ちゃんを護るの? 誰が禰豆子ちゃんを人間に戻すの?」

 

「……」

 

カナエさんが本気で心配してくれている匂いがする。返す言葉もない。

 

「それだけじゃない。蝶屋敷のしのぶだってカナヲ、アオイ、きよ、すみ、なほだって悲しむわよ?」

 

「それはカナエさんだってそうですよ! 特にしのぶさんにとって、カナエさんは唯一の肉親です。カナエさんこそ死んだら困りますよ!」

 

炭治郎はすかさず返す。

 

「もう、口答えしないの。それに私は柱よ? そう簡単には死なないわ。いい、炭治郎?」

 

そう言ってこう諭す。

 

「鬼殺隊は確かに命懸けの世界。誰もが明日の生命の保証はない。しかし、命には懸け時がある。決してそれを見誤ってはダメ。無惨はそれこそ柱全員で相手しても倒せるかわからないし、無惨配下の十二鬼月という選ばれた十二体の鬼がいるんだけど、その中でも上位六位は特に強く、ここ百年以上、誰も敗れたことがないの」

 

「ひ、百年以上、ですか?」

 

鬼無辻無惨に辿り着くまで、想像を絶する距離があると炭治郎は実感する。

 

「そうよ。上位六人の鬼は上弦というんだけど、最低柱三人は必要かもしれない。上弦の中にも順位があって、壱、弐、参くらいは三人でも足りるかどうか。だから上弦と遭遇した場合は逃げてちょうだい。炭治郎ならいずれ命の懸け時が見つかるはずだから」

 

「……はい。しかし、カナエさんも絶対に死なないで下さい!」

 

「まあ、炭治郎は優しいわね~。そういう所、お姉さん好きよ~」

 

抱えている鬼化した男性の、寝ている顔を見て炭治郎は思う。この先、全ての命を救うことは難しいこともあるかもしれない。しかし、こういうことを積み重ねていくことで少しでも人の幸せを守ろう、鬼に不幸にされる理不尽をなくしていこう、と。

 

「あ、そうそう。私、禰豆子ちゃんを診て貰える者がいるか、お館様と相談したら今、前を歩いている珠世さんという女性の鬼を引き合わせて貰えたの。これで禰豆子ちゃんが眠り続ける理由がわかり、人間に戻す手掛かりがつかめるかもしれないわ!」

 

女性の鬼、珠世というのか……

 

「それで浅草で落ち合っていたんですね! すみません、ここまでして下さってありがとうございます!」

 

「いいのよ。お姉さん、家族のためなら何だってやるもの~!」

 

炭治郎とカナエが後ろで話しているうちに、四人は浅草の喧騒からはすっかり離れ住宅街に来ていた。そして突き当たりに差し掛かると……

 

「今から我々の屋敷に入る。後に続け」

 

珠世の傍らにつき従っている少年姿の鬼が急にこちらを振り向いて言った。

 

「はい。鬼の家ってどんな家なのでしょう~! 楽しみだわ~!」

 

カナエは相変わらずフワフワした声で返すと、少年の吊り上がったような目つきが豹変し、顔をフッと近づけてきた。

 

「いいか? 俺はお前らがどうなったっていいんだ。しかし、珠世様がお前らをどうしてもお連れせよと言うから、仕方なく案内しているんだ! 珠世様に危害を加えればただじゃおかないからな!」

 

「あらあら。私たちがそのような人に見えますか? 悲しいです……。私は人間と鬼が仲良くできることを願っており、炭治郎もそうですよ」

 

「……」

 

少年にもカナエさんの温かさが伝わったか?

 

「とにかく、あの方に危害を加えたら許さないからな!」

 

「はーい。勿論でーす」

 

少年はくるりと前を向くと、行き止まりの壁に消えていった。

 

「こっちだ」

 

少年が壁から顔を出して手招きする。二人は壁に近づき、通ることができた。

 

壁を越えた先は、一軒の屋敷がそびえ立っていた。蝶屋敷のように大きい屋敷ではなく、一軒家程度の大きさだ。

珠世はもう玄関の前に着いており、炭治郎たちを待ってくれていた。

 

「改めて、いらっしゃい」

 

珠世は炭治郎、カナエを中に招き入れた。炭治郎はゆっくりと男性を下ろす。

 

「この方は気の毒ですが、地下牢に拘束しなければなりませんね。愈史郎、この男性を地下室へ」

 

「はい」

 

愈史郎が炭治郎と同様、いとも簡単に男性を抱えると……

 

「名乗っていませんでしたね。改めて珠世といいます。この男性を抱えている子は愈史郎。仲良くしてやってくださいね」

 

その瞬間、愈史郎の鋭い視線を感じた。誰が仲良くするか! というような……

 

「はい。喜んで」

 

愈史郎の鋭い視線などお構いなく、カナエはニコニコと微笑む。

 

「あの珠世さん。先程、女性に手当されておりましたが、人の手当をして辛くないですか?」

 

炭治郎が口を開くと、愈史郎は男性を素早く床に置いて飛びかかってきた。

 

「ごめんなさいね~。愈史郎さん。炭治郎には私から後で言い聞かせますので、勘弁していただけませんか?」

 

気付けば、カナエはニコニコしながら愈史郎の、炭治郎に飛びかかろうとした腕を押さえている。

 

「……」

 

「愈史郎。暴力は許しませんよ。早くその男性を地下牢に連れて行きなさい」

 

珠世も同調したため、愈史郎は精一杯嫌悪感のこもった目で炭治郎たちをひと睨みし、再び男性を抱えて去っていった。

 

「辛くはないですよ」

 

珠世は改めて、炭治郎の質問に答える。

 

「普通の鬼よりかなり楽かと思います。私は、私の身体を随分いじっていますから、鬼無辻の呪いも外しています」

 

「かっ、身体をいじった?」

 

炭治郎は唖然とする。

 

「人を喰らうことなく暮らしていけるようにしました。人の血を少量飲むだけで事足りる」

 

「血を、ですか?」

 

カナエが思わず口を挟む。

 

「不快に思われるかもしれませんが、金銭に余裕のない方から輸血と称して血を買っています。勿論、彼らの身体に支障をきたさない量です」

 

そうか……。この人たちからは鬼特有の異臭がしないのだが、理由はそれなんだ。でも人の血は必要なのか……

 

「愈史郎はもっと少量の血で事足ります。愈史郎は私が鬼にしました」

 

「えっ、珠世さんがですか? でも鬼無辻以外には……」

 

カナエが言いかけたのを、珠世が引き取る。

 

「そうですね。鬼無辻以外には鬼を増やせないとされている。これは概ね正しいです。二百年以上かかって鬼にできたのは愈史郎ただ一人ですから」

 

「二百年以上かかって鬼にできたのは愈史郎ただ一人ですから? 珠世さんは何歳ですか?」

 

「女性に歳を聞くな、無礼者!」

 

いつの間に地下牢に男性を閉じ込めて戻って来た愈史郎が飛びかかってくるのを再びカナエが止める。

 

「あらあら。ごめんなさいね~。炭治郎には後で言い聞かせますから許してもらえませんか?」

 

「……」

 

「愈史郎。次にその子を殴ろうとしたら許しませんよ」

 

珠世も凛とした声で窘める。

 

「はい!」

 

怒った顔も美しい……。愈史郎はそう思いながら姿勢を正した。カナエには色気は感じず、あくまで珠世様一筋なのだ。

 

「一つ…誤解しないで欲しいのですが、私は鬼を増やそうとはしておりません。不治の病や怪我などを負って余命幾許も無い、そんな人にしかその処置はしません。その時は必ず本人に鬼となっても生き永らえたいか訊ねてからします」

 

「珠世さん。ありがとうございます。色々と話してくれて」

 

カナエが頭を下げて礼を述べた。

 

「改めて直接、お会いしてあなたなら信頼できる方だと花柱・胡蝶カナエは確信しました。是非、この炭治郎が背負っている妹の禰豆子ちゃんを診ていただけないでしょうか?」

 

「わかりました」

 

炭治郎は眠っている禰豆子を箱から出し、珠世に案内されたベッドに寝かせた。

竹の口枷を嵌めた禰豆子は、どこまでも安らかに眠っている。

 

「人は誰も襲っていないということですよね?」

 

珠世は禰豆子の脈を取りながら確認する。

 

「はい」

 

「寝ている以外は脈もあるし、何ら異常がない状態ですね。鬼の場合、普通は人を喰らうことで力を得るのですが、禰豆子ちゃんの場合、眠ることで体力を得ているのかもしれません。普通の鬼とは違ってますね」

 

「では、このまま様子を見るしかない、ということですか?」

 

カナエの問いに、珠世が答える。

 

「そうですね。下手したら一年、二年とかかかる可能性もありますが、この子がいつか、目を覚ますことを願って様子を見るしかないですね。でも身体に全く異常はないので、いつか必ず目を覚ますことでしょう」

 

この方でも禰豆子の目を覚まさせられなかったか……。

 

「珠世さん、鬼になってしまった者を人に戻す方法はありますか?」

 

炭治郎は何とか希望を見出すべく質問する。

 

「あります」

 

「教えてくだ……」

 

炭治郎が思わず身を乗り出そうとした刹那、愈史郎が……

 

「寄ろうとするな! 珠世様に!」

 

炭治郎が投げられようとするのをカナエが押さえる。

 

「すみませんね~、何度も。炭治郎には言い聞かせますので、許してもらえないかしら?」

 

「……」

 

「愈史郎」

 

今度こそ珠世の怒りの匂いがした。

 

「殴ろうとしてません! 投げようとしただけです!」

 

「どちらも駄目です」

 

ピシャリと言った後、珠世は続ける。

 

「どんな傷にも病にも必ず薬や治療法があるのです。ただ、今の時点では鬼を人に戻すことはできない。ですが私たちは必ず、その治療法を確立させたいと思っています」

 

「それですが、私は柱ながら鬼殺隊の治療などを担当しているので、薬について少し精通しておりますし、私の妹が今、鬼を殺す毒の開発をやっております」

 

「鬼を殺す毒、ですか?」

 

珠世が聞き返す。

 

「ええ。妹は背が小さく、鬼の頚を斬れないため、毒で鬼を殺そうとしているのです。今度ぜひ、私の妹と会っていただきたいなと思っております。それで妹も一緒に開発させてもらえば必ず、鬼を人間に戻す薬を開発できるはずです!」

 

カナエの必死の訴えに、珠世は笑顔で応える。

 

「わかりました。今度ぜひ、妹さんをお引き合わせ下さい。ただ、治療薬を作るにはたくさんの鬼の血を調べる必要があります。あなたたちにお願いしたいことは二つ」

 

珠世はそう言って、今度は炭治郎を見る。

 

「一つ。今、眠っていらっしゃる炭治郎さんの妹さんの血を調べさせて欲しい。二つ。できる限り鬼無辻の血が濃い鬼からも血液を採取してきて欲しい。禰豆子さんは今、極めて稀で特殊な状態です。ずっと眠り続けている、とのお話でしたが恐らく身体は変化している。通常ずっと長い間人の血肉や獣の肉を口にできなければまず間違いなく狂暴化します。しかし驚くべきことに、禰豆子さんにはその症状がない。この奇跡は今後の鍵となるでしょう」

 

禰豆子……。今すぐ目は覚まさないかもしれないが、それでも炭治郎の下に僅かながら光が差した気がした。

 

「もう一つの鬼無辻に近い鬼の血の採取。これは非常に過酷なものとなるでしょう。鬼無辻の血が濃い鬼とは即ち、彼に近い強さを持つ鬼、ということです。そのような鬼から血を採るのは容易なことではありません。それでもあなたたちは願いを聞いてくださいますか?」

 

「それ以外に道がないなら俺がやります」

 

炭治郎は即答し、カナエも続く。

 

「私と炭治郎ならどんなに強い鬼でもきっと倒してみせますし、たくさんの鬼の血を調べて私たちで薬を作れるなら禰豆子ちゃんだけでなくもっとたくさんの人が助かりますよね?」

 

「そうね」

 

珠世は微笑んでそう言った途端、屋敷の中に突然、毬のような爆弾みたいなものが大量に飛んできた。

 

「珠世さん、愈史郎さん、伏せてください!」

 

カナエは毬を避けながらピンク色の「悪鬼滅殺」と記された日輪刀を抜いて臨戦態勢に入った。炭治郎も刀に手を掛けて、臨戦態勢に入った。

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