その帰りに上弦の弐と出くわし……
「おや? こんな夜中に逢い引きかな?」
久しぶりに親しい友人にでも会ったかのような馴れ馴れしさ。
「初めまして。俺は童磨」
閻魔のような衣装を身にまとった、全身が血塗られたかのような美男子風の鬼が、カナエと炭治郎に声を投げかけた。両手には金色の扇子がある。
十二鬼月の、上弦の弐。
上弦の鬼は鬼殺隊が百余年あまりの間、その一角すら欠けさせることの出来なかった最強の悪鬼達。その上から弐番目の埒外の化物が、今目の前に立っている。死が、目の前に笑顔を携えながら佇んでいる。
炭治郎は一瞬で直感した。
カナエも『柱』として数多の死線を潜り抜けてきた経験と直感が予知にも似た確信をしたのか、
「炭治郎、今すぐ逃げなさい」
と厳かな声で告げる。
炭治郎は一瞬でカナエさんはここで死ぬつもりだ、と直感する。絶対にカナエさんを一人にはしない。鬼殺隊ではないとはいえ、あれだけヒノカミを踊ってきたのだ。それに、ヒノカミ神楽の剣技はかつて、鬼無辻を追い詰め、かつ元祖・呼吸法だったのだ。
縁壱様の呼吸法で誇り高く戦い、絶対にカナエさんを死なせない!
炭治郎は呼吸を整え、口を開く。
「いえ、今回はカナエさんが何を言おうとも逃げません。今までの訓練してきたヒノカミ神楽で精一杯、戦います! 絶対にカナエさんの足手まといにはなりません!」
「あれ? 俺、会話から取り残されちゃった気がするのだけど……。君たちのやり取り、愛の力という奴かな? しかし安心して。俺が君たちを救済してあげるから」
「……救済?」
カナエが聞き返す。
「そう。救済さ」
そう言うや、童磨は芝居がかった大袈裟な手振りを加えて言葉を紡ぐ。
「俺は万世極楽教の教祖でね。俺が君たちを喰べる事で、君たちは仲良く俺の中で永遠に生き続け、高みへと昇り続けるんだ」
「………は?」
「これまで俺が救済してきた人間は沢山居るんだよ。俺に喰べられた人たちはもう何も苦しくないし、辛くもない。俺の中で永遠に生き続けることができて幸せだろうね」
話について行けないカナエと炭治郎を他所に、童磨は尚も続ける。
「君たちは信者ではないけど、俺がしっかり救済してあげるからね」
「お前の言う救済はただの殺戮だ! 上弦の弐、童磨! お前は今からでも直ちに地獄に行かねばならない糞野郎だ!」
炭治郎は上弦を相手にしても一切、怯むことなく吠える。
人を喰い物にし、それを救済と謳っているだけ。
何の罪も無い人達の命を平気で奪い、犠牲を積み重ね、それを過ちとすら認識出来ない。それを正しい行いだと本気で思っている。崇高な行為であると、信じて疑わない。
屑だ! 正真正銘の屑。悪鬼。
「つれないなあ。初対面なのに随分、とげとげしいなあ。それにあれえ?」
そう言って童磨は炭治郎の耳に注目する。
「花札のような耳飾りをつけた少年って君のことかな? あの方からその少年を見つけたら殺すよう命じられているんだけど、これは夢のようだ! そしてそこの君も美人だし俺の中で永遠に生きるに値する女の子だ! うん、仲良く救済してあげるよ! ところで君の名前は何と言うのかな?」
閉じた金色の鉄扇を口元に当て、せせら笑いながら言う童磨に対してカナエは言葉を発した。
「……哀れで可哀想で、愚かなのはあなたでしょう?」
童磨の質問に答えず、軽蔑したように言う。
「え?何?」
意味が分からず首を傾げる童磨。
カナエの双眸から放たれる視線は冷たく、まるで氷刃のようだ。
「あなたは先程から救済、救済と言っていますが、残念なことに私には微塵も響きません」
「えー、それは君が不感症なだけなんじゃない?」
「あなたの言葉には重みが無い。感情が乗っていない。……思うに、あなたは知らないのでしょう?誰もが当たり前のように感じる喜びや悲しみを」
「…………」
童磨は笑みを浮かべたまま無言。
対してカナエはその艶やかな唇を三日月のように釣り上げ、ありったけの侮蔑を込めて嘲笑する。
「哀れですよね。陽の光の美しさを忘れ、暗闇の中をひそひそと回虫のように這いずり回るしかできないなんて。おまけに感情が欠落してると来ましたか。加えて善悪の判断もできない愚鈍な頭……。教祖たるあなたがこのザマでは信者の方たちが救われませんね。最も救済が必要なのはあなたではないのですか? そんな奴に炭治郎は絶対に殺させません」
「そうでしょう?上弦の弐・童磨」
カナエの憐憫を含んだ声音が、閑散とした通りに響き渡る。
腰に差したピンクの日輪刀を引き抜き正眼に構え、その切っ先を敵意と共に童磨へと向ける。
炭治郎も日輪刀を抜いて激しい敵意と共に切っ先を童磨に向ける。
やはり事もなさげに薄ら笑いを浮かべた童磨はやれやれと嘆息し、カナエと炭治郎を交互に見る。
「えー、もしかして俺と戦う気?えー………」
鉄扇を口元に当てながら、童磨は再びカナエを一瞥する。
女性にしてはそこそこ背がある。見る者を魅了する美貌を持ち、確固たる強い信念を宿した大きな双眸。うん、まさに喰べるに相応しい上質なご馳走だ。
しかし、何よりも目に留まったのは、ピンク色の日輪刀の根元に刻まれた『悪鬼滅殺』の文字。
「えぇー!君、そんなに可愛いのに柱なんだぁ!」
小馬鹿にするようにカナエを指さし仰々しく驚いてみせる童磨。もう、これが素なのだろう。いちいち癪に障る。
「ええ。今から私、花柱・胡蝶カナエがあなたを救済して差し上げます」
「うん。君には無理さ」
と言った刹那、童磨は消え…
たと思いきやカナエの目の前に飛んできて金の鉄扇を一閃した。
「カナエさん!」
炭治郎は驚いて叫んだが、カナエは避けていて…
花の呼吸 陸ノ型 渦桃
避けた身体をバネにピンクの日輪刀を一閃させる。
炭治郎も深呼吸し、
日の呼吸 肆ノ型 灼骨炎陽
刀を両腕で握り、太陽を描くような太刀筋で童磨に斬りかかった。
「いや。危ない危ない」
童磨は慌てて後退する。頚を二人の刀がかすったようで、鮮血が出るも、傷はすぐに塞がった。
「じゃあ俺もいくよ~」
血鬼術 蓮葉氷
鉄扇を軽く振るうと、蓮の花の形をした氷が出てきて二人に襲い掛かる。
炭治郎はこの氷に触れるとまずいと直感する。
「カナエさん! 氷に触れないよう気を付けてください!」
カナエにしっかりと伝わったようで、
花の呼吸 弐ノ型 御影梅
周囲に花の斬撃を繰り出して、氷の斬撃を綺麗さっぱりと相殺した。
「お~! 君、かわいいのに強いんだね~! 俺も本気出さなくちゃ!」
童磨のヘラヘラした様には本当、イラつく! カナエも炭治郎も同じようにそう思った。
血鬼術 寒烈の白姫
鉄扇から二体の氷姿の女性の上体が出現し、それらの口からフーっと吹雪が吹かれた。
炭治郎たちはたちまち極寒と氷刃と吹雪に襲われた。
「カナエさん! 氷の前で息したらまずいです!」
炭治郎は匂いで即座に血鬼術の本質を見抜き、
「ええ!」
カナエも阿吽の呼吸で技を出す。
花の呼吸 弐ノ型 御影梅
日の呼吸 参ノ型 烈日紅鏡
炭治郎も技を繰り出して寒烈の白姫を壊しにかかるも……
血鬼術 冬ざれ氷柱
炭治郎とカナエの頭上から無数の氷刃が落ちてきた。
カナエと炭治郎は辛うじて後ろに飛び退く。
「どんどんいくからね~!」
血鬼術 寒烈の白姫
「炭治郎、私が氷を破壊するからついて来て!」
「はい!」
花の呼吸 参ノ型 桜花爛漫
カナエはピンクの斬撃を広範囲に放ち、氷を消し去りながら童磨に突進していった。炭治郎も残った氷を斬りながらついていく。
花の呼吸 伍ノ型 徒の芍薬
日の呼吸 肆ノ型 灼骨炎陽
カナエが最大九連撃できる花の斬撃を童磨に放つと共に、炭治郎も童磨に斬りかかり、太陽を描くようにぐるりと刀を振るう。
しかし、童磨は左の扇でカナエの斬撃を、右の扇で炭治郎の斬撃を受け止め、悉く捌いてしまう。
こいつ、血鬼術も凄いけど、反射神経も半端ない。これぞ『上弦の弐』。
「二人ともいい連携だけど、俺の頚は斬れそうにないな~!」
血鬼術 凍て曇
粉のような氷でカナエさんも含む周囲が見えなくなったと思いきや……
血鬼術 散り蓮華
細かいガラスのような花弁の氷刃が襲う。
炭治郎は氷を吸わないよう気をつけながら……
日の呼吸 参ノ型 烈日紅鏡
を連発し、少しでも視界を開こうとする。
花ノ呼吸 弐ノ型 御影梅
と共にカナエも現れる。
「炭治郎、無事だったのね!」
「カナエさんも大丈夫ですか?」
「ええ! とにかくこの氷の攻撃を凌ぎましょう!」
「はい!」
「ん? また俺、会話から外されたかな? つれないなあ。俺に勝てないからと朝日が昇るまで時間稼ぎしようって? そうはいかないよ? だって二人とも絶対に俺が救済するんだから」
血鬼術 霧氷・睡蓮菩薩
その声と共に、氷で造られた大仏のような菩薩が現れる。その肩に童磨はヘラヘラしながら座っている。
菩薩が息を吹きかけると、先ほどの寒烈の白姫と比較にならない程の吹雪が二人を襲う。
こ、これは……
カナエも炭治郎も驚きながらも
花の呼吸 参ノ型 桜花爛漫
日の呼吸 参ノ型 烈日紅鏡
菩薩を破壊しようとするも破壊しきれず……
血鬼術 冬ざれ氷柱
空から無数の氷刃が降って来て、二人は慌てて後退するも、全ての氷刃は躱しきれなかった。
氷刃が当たった部分はたちまち凍る。
それに二人は呼吸技をたくさん連発しており、炭治郎は勿論、カナエも息が上がり始めていた。
「よし! 止めを刺そう! これで君たちは仲良く救済だ!」
次の血鬼術は炭治郎とカナエを完全に絶望させるのに充分すぎる程の血鬼術だった。
血鬼術 結晶ノ御子
童磨の形をした小さな氷人形が鉄扇から出てきて、大きくなると……
血鬼術 蓮葉氷
本体ではなく、その氷人形が術を出したのだ!
「これはね、俺の分身さ。是非、可愛がってやっておくれよ~!」
血鬼術 結晶ノ御子
と五回繰り返され、次々と童磨の氷人形が出て来る。
「本体と同じくらいの強さを持つ分身が出て来るとかありかよ!」
炭治郎は思わずそう叫んでいた。
花の呼吸 参ノ型 桜花爛漫
カナエは早くも花の斬撃を繰り出して何とか炭治郎も含めて防御しようとしたが、
六体の氷人形からは次々と血鬼術が放たれる。
血鬼術 寒烈の白姫
血鬼術 蔓蓮華
血鬼術 散り蓮華
血鬼術 凍て曇
血鬼術 冬ざれ氷柱
竈門炭治郎と胡蝶カナエに最大のピンチが訪れていた。