炭治郎の思わぬ反撃を食らい、瞬きでは再生できない傷を負った上に朝日という時間切れが来てしまった童磨は逃走した。
「それにしてもあの回想は…」
炭治郎に日の呼吸 拾参ノ型で斬り込まれた時の記憶。耳に花札のような耳飾りをつけた、一見物静かそうな剣士。彼が繰り出す人間離れした精霊のような、怪物のような剣技。その人間離れした剣技により、殺されかけた記憶…。そう、あの方の。
鬼舞辻無惨の回想が乗り移り、炭治郎の決死の斬撃は始まりの剣士・継国縁壱思い起こさせたのだ。
「俺の善行や大義を理解できない、あの耳飾りの子は絶対に『救済』してあげなくちゃ」
童磨は傷を必死に再生させながら、人間には決してわからないであろう正義を妄想するのだった。
童磨はその後、無惨から呼び出されて直ちに彼の今の住まいを訪れたが……
「上弦の弐ともあろう鬼が鬼殺隊員ですらない竈門炭治郎に一撃を食らうとはどういうことだ?」
無惨は紳士服姿で、目の前に座る上弦の弐をこれ以上ないほど冷酷に睨みつけて言った。
しかしそれで物怖じする童磨ではなかった。たとえ無惨が相手でもヘラヘラしながら話す。
「ちょっと遊んでやろうと思ったら朝が来てしましました~。どのようにお詫びしましょうか? 目玉をほじくり出しましょうか? それとも…」
「誰が無駄口を利いていいと言った!」
無惨の冷たい一喝と共に、童磨の胸から鮮血が迸る。
「俺は以前からお前が気に食わなかった。それでも数多くの鬼殺隊を葬る実力があったから目を瞑ってきた。しかし、それができないお前は何だ? 何の存在価値もない。鬼が人間に勝つなんて複雑でもなんでもない筈だ。それなのに貴様は柱どころか鬼狩りですらない小僧すら始末できなかった。なぜできなかった? 上弦の弐も落ちたものだ。童磨、童磨、童磨!」
「……」
流石の童磨もヘラヘラした表情を消し去り、鉄扇を片手に持ちながら俯く。その間に血はボトボトと床に落ちる。
「もういい。貴様に任務をお願いすることは当分ないから下がれ」
童磨は力無く去り、外に出ると……
バーン!
鉄扇を近くの家に思い切り叩きつけると、その家は直ちにミシミシという音と共に崩壊した。
「どうしてあの小僧は俺の大義を理解できないのかな。竈門炭治郎、お前は絶対に『救済』してやる」
倒壊した家からの断末魔の悲鳴などお構いなく、童磨は能面で、呪詛を唱えるように言ったのだった。
「ここは……」
炭治郎がゆっくりと目を開けると、見慣れた場所だった。新しい家族たちに囲まれ、居心地の良い。
「やっと目覚めたのね!」
カナエの声だった。隣にはしのぶとアオイの険しい表情が控えている。
「姉さんを困らせないでってあれほど言ったでしょう! もう!」
「しのぶ様の言う通りですよ! 炭治郎さん、この蝶屋敷のベッドで三日間ずっと起きなかったんですよ。もしこのまま起きなかったらって気が気でなかったんですから!」
アオイは最後、涙声になっていた。
「あらあら。二人ともぷりぷりしないの。炭治郎はこうして目を覚ましてくれたことなんだから、感謝しましょう。炭治郎、鬼殺隊員じゃないのによく、上弦の弐を目の前して生き残ったわね」
カナエはニコニコして炭治郎の頭をなでなでした。その美人な顔には切り傷が残っていた。
「カナエさんは大丈夫なのですか?」
「ええ。身体の所々が氷による火傷を負っていたけど、何とか治ったわ! 炭治郎も氷で体温が下がっていたし、全身大火傷していたけど、しっかり休んで毎日軟膏を塗れば大丈夫そうね」
「ありがとうございます。身体が治ったら早速、鍛錬を再開します!」
「ええ。しかし、鍛錬再開はしのぶが判断するから、それに従うのよ?」
それを受けて、しのぶも口を開く。
「もしベッドを抜け出したらわかってますね?」
しのぶの笑顔ほど恐ろしいものはない。
「はい」
炭治郎は素直に返事した。
「それからヒノカミ神楽を日の呼吸として炭治郎の呼吸法にすることにしたの?」
「はい。かつてない程の危機を前にして、ヒノカミ神楽を日の呼吸として正式に受け継ぎ、何としても使いこなしていく肚が固まりました!」
「そうなの? 流石、炭治郎! 私の自慢の継子だわ〜!」
「最早炭治郎はすっかり立派な『剣士』ね」
しのぶも今度は、心からの微笑みを浮かべて同調してくれた。
「炭治郎も目覚めてくれたことだし、私、巡回に戻るわね」
そう言って蝶の羽織を翻して扉を開けて部屋を出ようとした矢先、こちらを振り返った。
「あ、そうそう、炭治郎。身体治ったら機能回復訓練、というのをやって貰うから、それをやったら最終戦選別に行くことを許可します」
カナエは出て行った。
「良かったですね、炭治郎」
しのぶが笑顔のまま言った。アオイも表情を緩ませ、穏やかに微笑んでいる。
「さっきはついつい怒鳴ってしまいましたが、姉さんを助けてくれてありがとうございました。しかし炭治郎は私たちの大切な弟。もしものことがあったらと思うといてもたってもいられません。そのことはわかってくださいね?」
「わかりました。看病してくれてありがとうございました」
炭治郎が礼を言うと、しのぶは益々微笑み、アオイは炭治郎の頭を撫でてきた。
「当然のことですよ、炭治郎さん。改めてお帰りなさい」
「あっ、ただいま戻りました」
炭治郎が慌ててそう言うと、
「それを私たちは聞きたかったんですよ~」
としのぶが言った。
その後、アオイからざっと機能回復訓練について説明を受け、炭治郎は引き続き休むこととなった。
五日間、蝶屋敷の女子たちからの手厚い看護ですっかり回復した炭治郎はようやくしのぶから許可を受け、機能回復訓練を行うことになった。
まずきよ、すみ、なほから三人がかりで炭治郎の身体を容赦なく解された。
次にアオイを相手に動体訓練。道場で身体を張っての対決だ。アオイは最初、鬼殺隊を目指して蝶屋敷に修行していたものの、体験入隊で鬼を前にして恐怖のあまりトラウマになってしまい、早々に鬼狩りの道に見切りをつけて裏方に回っていた。
とは言え、鬼殺隊を目指していただけあってそのパワーは伊達でなく、病み上がりの炭治郎は最初、勝てなかった。しかし、何回か対戦しているうちに勝てるようになった。
しかし問題はカナヲとの訓練だ。道場で炭治郎が鬼役で鬼ごっこ、その後は複数の湯吞茶碗から薬油を当ててそれをカナヲに掛ける対決。
炭治郎は鬼ごっこでカナヲをなかなか捕まえられず、いつも薬湯をかけられた。
炭治郎は嗅覚が優れているのに対し、カナヲは視力に優れている。だから、襲われた時も瞬時に相手の動きを追って、避けるなどの対応ができるのが強みだった。しかも師範のしのぶからは速い身の熟し方をみっちり叩き込まれている。それでも…
「焦らないで、炭治郎。これはあくまで休んだ身体を叩き起こすためにやっているから。全集中の呼吸を思い出して使えば勝てるわよ!」
カナエがそう諭してくれ、炭治郎は全集中の呼吸を改めて再び自らの身体に徹底させると、ついにカナヲの袖を掴み、湯呑茶碗対決も制すことができた。
勿論、炭治郎はカナヲ相手に薬湯はぶっかけず、その頭にちょこんと湯呑茶碗を載っけた。
体力が戻り、炭治郎は蝶屋敷最大の瓢箪割りに挑むこととなり、一週間で割ることに成功した。そしてついに…
「行っていいわよ、最終選別に」
正式に最終選別に参加する許可を得た。しのぶもカナヲの最終選別への参加を認め、炭治郎とカナヲは共に最終選別に参加することとなった。
最終選別を前にして炭治郎はカナエにこう言われた。
「やっぱり炭治郎に買ってあげた蝶飾り、お姉さんはつけて欲しいなぁ。女の子向けかもしれないけど、あれは私たち家族の証だし、お守りみたいなものなの。それに炭治郎、髪多いから似合うんじゃない?」
後ろで髪をまとめて留めれば良いか…
「わかりました。つけていきます!」
「ありがとう、いい子ね。それとあなたに羽織を作ったから着てもらえるかしら?」
そう言って、カナエは羽織を持ってきた。青色の蝶羽織だ!
これなら男子が着ても遜色ない。
「ありがとうございます!」
炭治郎は早速着ると…
「あら〜! 凛々しいわ! 炭治郎!」
それからカナエは蝶飾りを髪につけてくれた。しのぶ達も呼んでどうつけるのが似合うか笑いながら話し合い、炭治郎の赤みがかかった髪で遊びながらつけてくれた。
「うん! これで大丈夫!! 似合うわよね~? しのぶ、アオイ、カナヲ?」
「ええ!」
しのぶとアオイが笑顔で頷き、カナヲまでが表情を綻ばせて蝶飾りで結られた炭治郎の髪型を静かに見つめる。
最終選別の前日なのに、賑やかな蝶屋敷なのだった。
翌日、蝶屋敷の女子たち総出で見送られ、最終選別に出発した。
最終選別が行われる藤襲山。
ここに鬼が閉じ込められているので、そこで一週間生き延びたら合格して晴れて鬼殺隊員となる。
炭治郎たちが藤襲山に行くと、既に様々な思いを抱えた鬼殺隊候補が来ていた。
「カナヲさん、協力して絶対に生きて突破しましょう!」
カナヲはこくりと頷いた。
主催者であるおかっぱ頭の女子たち二人の合図で、選考者たちは山に放り込まれた。
体験入隊で鬼と実戦し、上弦の弐とまで戦った炭治郎にとって藤襲山の鬼など敵ではなかった。
ヒノカミ神楽、いや、日の呼吸で遭遇した鬼を難なく倒していく。カナヲも傷一つ負わず、服を塵一つ汚さず花の呼吸で鬼を倒していく。
しかし四日後のことであった。
「鱗滝め、鱗滝め、鱗滝め、鱗滝め……!」
呪詛のように唱えるドスの効いた声。
手をあちこちに生やし、明後日の方向を向いた目をした巨大な鬼と、花柄の着物姿で、狐のお面を横につけた小柄な少女が対峙している。
「なんであなたが鱗滝さんを……」
驚いて訊ねる少女に、鬼は夥しい手をせわしなく動かしながら応える。
「知ってるさァ! 俺を捕まえたのは鱗滝だからなァ。忘れもしない! 四十六年前、アイツがまだ鬼狩りをしていた頃だ。江戸時代……慶応の頃だった」
鬼狩り……江戸時代?
少女は驚いて目を見張る。
「五十人は喰ったなァ。ガキ共を」
鬼は驚いたままの少女を尻目に続ける。
「十一、十二……お前で十三だ」
鬼は少女を指差した。
「な、何の話よ?」
少女は剣を構えて訊ねる。
「俺が喰った鱗滝の弟子の数だよ。アイツの弟子はみんな殺してやるって決めてるんだ」
そう言って、鬼は目を細めてほくそ笑む。
「そうだなぁ。特に印象に残っているのは珍しい毛色のガキだ。一番強かった。宍色の髪をしてた。口に傷がある。目印なんだよ。その狐の面がな。鱗滝が彫った面の木目を俺は覚えてる。アイツがつけてた天狗の面と同じ彫り方」
「……」
「厄除の面とか言ったか? それをつけてるせいでみんな喰われた。みんな俺の腹の中だ。鱗滝が殺したようなもんだ。フフフッ」
鬼は再びほくそ笑んだ。少女は剣をガクガクと震わせ、可愛らしい大きな瞳に涙を浮かべる。
「き、今日で終わりにするわ」
次の瞬間……
「ワーーーー!」
少女は泣き叫びながら突進し、
全集中 水の呼吸 肆ノ型……
技を出そうとした瞬間、彼女は鬼の夥しい手に捕らわれてしまった。
「フッフッフ……!」
――――もう駄目。鱗滝さん、ごめんなさい。私はバラバラにされて……
夥しい手により、まさに手足が捥がれようとしたその時、「ゴォォォォー!」という呼吸音がして……
日の呼吸 拾ノ型 火車
少女の手足を捕えていた夥しい手が一気に斬られ、少女は地面に落ちた。そこにカナヲが駆け寄って黙ったまま彼女を抱えて鬼から遠ざける。
「まだ幼い少女を踏みつけにして、俺はお前を絶対に許さない! 今からお前を斬る!」
青い蝶羽織姿にピンクの髪飾りで赤い髪を後ろで結った竈門炭治郎はヒノカミの舞を舞って突撃していくのだった。
※アオイは原作では最終選別を経て鬼殺隊士になっていますが、そこは設定を微修正しております。