伊之助が糸を操っている鬼の居場所を突き止め、刮目すると……
「ここは俺に任せて先に行け!」
最初に状況を説明してくれた彼が尚も操られた隊士たちと切り結びながら言った。
「小便漏らしが何を言ってるんだ」
伊之助が即座に言うと、彼もすかさず言い返す。
「お前に言ってないわ! このクソ猪が!」
「何だと?」
いきり立つ伊之助を無視して彼は続ける。
「改めて自己紹介するけど俺は村田だ。情けない所も見せたが、水柱の冨岡義勇と同期だ。お前の先輩としてここは何とかする! 糸を斬ればいいというのはわかったし、操られている奴らは動きが単純だ。蜘蛛にも気をつける。鬼の近くにはもっと強力に操られている者がいるはず。二人で行ってくれ!」
「ありがとうございます! 感謝します!」
そう言って炭治郎は、「まずお前を一発殴ってからだ!」といきり立ったままの伊之助を強引に引っ張って奥に進んで行った。
「アイツ、絶対ぶん殴ってやる!」
「そういうこと言うのやめろ!」
「クソ猪とか言われたんだぜ紋治郎?」
「炭治郎だ!」
炭治郎と伊之助が奥に進みながら言い争っていると……
「こっちに来ないで!」
女子の悲鳴が聞こえた。
「階級が上の人を連れてきて! そうしないと私、みんな殺してしまう! お願い、お願い!」
髪の毛を後ろで一つに結っている女性隊士で、泣きながら必死に訴えてくる。複数の糸に、日輪刀を振り回して他の隊士を殺させるよう操られているのがわかった。
「ウフフフ。私に近づくほど糸は太く強くなり、お人形も強くなるのよ」
女性の鬼が敵が近づいてきているのを察知し、岩に座って複数の糸を操りながらどう仕留めるか思案していると……
「母さん」
肩まで伸ばした髪に青白い顔、顔に赤い斑点がいくつかある少年風の鬼が木陰から呼んだ。
「累」
振り向いた『母さん』の表情に動揺の色が走る。
「勝てるよね? ちょっと時間かかりすぎじゃない?」
「……」
「早くしないと父さんに言いつけるから」
「大丈夫よ! 母さんはやれるわ! 貴方を必ず守るから! 父さんはやめて! 父さんは!」
「だったら早くして」
累はピシャリと言うと、フッと消えた。その後を『母』は激しく呼吸し、汗をびっしょりとかきながら震えていた。そして……
「死ね! 死ね! さっさと死ね! でないと私が酷い目に遭う!」
累の母は、『息子』に脅されたのをそのまま自分より弱い人にやり返すかのように、糸を激しく揺さぶった。
「逃げてえええ!」
女性隊士は炭治郎たちを襲い掛かるように激しく動かされ、悲鳴を上げた。炭治郎は女性隊士の刀を避けながら一瞬考えた。まず、この人たちの動きを止めてその間に糸を操っている鬼を退治しなければならないが……
日の呼吸 拾壱ノ型 幻日虹
炭治郎は操られている隊士たちの中に飛び込み、彼ら全員の攻撃を躱しながら手刀で気絶させていき、糸も一気に斬ってしまった。
「何じゃあ! 今のは!」
驚いている伊之助を尻目に、炭治郎は指示する。
「伊之助! 取り敢えずこの隊士たちには悪いけど、手刀で気絶させたから、糸が繋がったら斬り続けてくれ! 俺は操っている鬼を倒しにいくから!」
「おい! お前! 俺に指図すんじゃねえ! 俺は親分でお前は子分だ! おい! おーい!」
しかし炭治郎は行った後で、伊之助は地団駄を踏む。
「何なんだよ、豚太郎は! アイツも後で絶対ぶん殴ってやる!」
そういきり立ちながらも伊之助は、炭治郎に気絶させられた隊士たちに再び繋がる蜘蛛の糸を二本の刀で斬っていくのだった。
炭治郎は奥に進んでいくと、頸のない大型の鬼に遭遇した。急所がわからず一瞬、躊躇うも…
日の呼吸 拾弐ノ型 炎舞
飛びかかるや、日輪による縦の二連撃で袈裟斬りにしてしまった。
鬼はたちまち灰になり、消滅する。
炭治郎は返す刀でその先を駆け抜け、再び飛び上がって身体の天地を入れ替え、岩の上で糸を操っている女性の鬼に刀を振り下ろした。
日の呼吸 漆ノ型 斜陽転身
まるで太陽が沈むように炭治郎の身体が、日輪と共に女性の鬼目がけて降ってくると同時に、下弦の伍・累の『母さん』の頚が胴から離れ、土に落ちた。
―――今の鬼、むしろ殺されたがっていたような……
今まで恐怖で縛られていたのが、死ぬことで解放されたと安心しているような匂いがした。来世でこそは鬼とならず、立派な人として誰かの恐怖に支配されないことを願わずにはいられない。
「この山には十二鬼月がいるわ。気を付けて……」
彼女は最後、涙を流しながらそう言い残して灰になった。しかし、鬼のおぞましい匂いは消えるどころか益々濃くなり……
「そうよ。十二鬼月がいるわ。お前を嬲り殺すために」
突然、女の声がした。振り返ると、炭治郎の身体は思わずブルブル震えた。
白い髪に真っ赤な容姿の雪女風の鬼で、頭には角を生やしており、片目には『下肆』と刻まれている。
鬼は炭治郎の耳飾りに注目するや、目をすっと細める。
「私、あんたのせいであの方からお叱りを受けたのよ? 大体何なの、その女々しい格好は? 髪飾りなんかつけて。ふざけてるのかしら? そんなつもりで私たちと相手しようだなんて虫酸が走るわ。今すぐその頚を差し出してくれないかしら、この雑魚が」
早速、罵詈雑言を浴びせてきた。炭治郎は日輪を構え直し、改めて対峙した。
「ヤダー! 行きたくない! 真菰ちゃん! ここは引き返そう!」
善逸は炭治郎と伊之助が山に入った後も座り込んで悲鳴を上げていた。
「大丈夫。私がいるから。ほら、私の手に掴まって」
「真菰ちゃ~ん! お前は天使だよ~」
善逸はそう言って泣き崩れる。
「私、知ってるんだ。善逸が優しくて、強いのも」
そして、決め台詞を吐く。
「もし一緒について来てくれたら抱きしめてあげようかな」
この言葉に善逸はピタリと泣き止み……
「行きます、行きます、行きます、行きま~す!」
サッと立ち上がり、山に入っていった。真菰はやれやれと言うように微笑みながらその後に続いた。
しかし何とか山に入ったものの、那田蜘蛛山特有の不気味な雰囲気、あちこちで蠢く蜘蛛、そして刺激臭に善逸は何度も悲鳴を上げ、その度に真菰は善逸の手を握り、優しく声を掛けて宥める、ということを繰り返しながら二人は山の中を進んで行った。
炭治郎たちに合流しようとした二人だったが一向に見つからず……
「いたっ! 刺された!」
善逸は再び悲鳴を上げる。
「蜘蛛に?」
「そうだよ。蜘蛛も一生懸命生きているんだろうけどさ、じっとして欲しいよね。俺は真菰ちゃんを何としても護りたい。護りたいんだけどさ、もう泣きたくてしょうがないよ!」
「大丈夫よ。私はそんなにヤワじゃないわ」
真菰はどこまでもフワフワとしていた。しかしその優しい双眸からは、善逸のことは放っておかず、とことん面倒見る、という決意で溢れていた。
しかし次の瞬間、善逸は恐怖のピークに達する。
「ギャアアアアアア!」
善逸が指差した先に、人間のような形の頭を持つ蜘蛛がいて、こちらを見上げていたのだ。
「こんなことある?」
しかし善逸が悲鳴を上げたその瞬間、真菰はサッと前に出てその『人面蜘蛛』を日輪刀で突いて瞬殺してしまった。
「ありがとう。真菰ちゃん、一生恩に着るよ~」
善逸は再び泣いて真菰を抱こうとするも…
「敵が出てきた」
冷静にそう告げ、日輪刀を構えた。善逸は前方を見ると、空中にあばら家が浮かんていて、そこの戸口から大型の人面蜘蛛が身体を逆さにして姿を現したのだ。刈り上げ姿の頭で、旨そうな獲物が来たとばかりにこちらを見てほくそ笑んでいる。
しかもその傍らには何人かの鬼殺隊士が気絶した状態で糸に吊るされている。
善逸はすかさず腰を抜かし、大型の人面蜘蛛を指差して喚く。そうすることで半端ない恐怖を何とか誤魔そうとばかりに。
「何なんだよ! お前は! 俺はお前とは話したくないからな? 俺は何としても真菰ちゃんを護ると決めてるの! お前、友達とか恋人とか絶対いないでしょ? ねえ 」
「お前らはすでに負けている」
大型の人面蜘蛛はせせら笑いながら言った。
「手を見てごらん?」
善逸は自らの手を見ると…
「ギャアアア!」
善逸の叫び声が木霊した。その手は紫がかっていたのだ。何かの毒が回ったかのように。
真菰の「落ち着いて」と窘める言葉も全然入って来ない。
「毒だよ。さっき蜘蛛に咬まれたろ? お前も蜘蛛になる毒だ。これで四半刻後には俺の奴隷となり、地を這うのだ……」
そして更に続ける。
「見てみろ。時計だ」
そう言って足先に、壱から拾壱まで記された小さな時計を吊るした。
「針がここに来ると、手足に痺れと痛みが来る」
壱を指して説明し……
「ここに来たら……」
次は参だ。
「めまいと吐き気が加わる」
そして今度は肆を指し……
「ここで激痛が走って身体が縮み出して失神し、目覚めた時には……」
「ギャアアアアアア!」
蜘蛛に変身していくあまりに生々しい説明に、善逸は耐え切れず再び絶叫する。しかも何匹もの人面蜘蛛が善逸と真菰の周りを蠢いている!
真菰は善逸と違って怯えてはいなかった。人面蜘蛛のボスの話を聞きながらも日輪刀を構えたままの状態で決定機を探っていた。
直ちに日輪刀を振るって人面蜘蛛を瞬殺し、あばら家に日輪刀を向け、
水の呼吸 肆ノ型 打ち潮
水の呼吸で飛びかかるが、届くことはなく……
斑毒痰!
紫の液体を吹きかけてきた。これを少しでも浴びると蜘蛛にされてしまう。
真菰は空中で身体を捻って避けたが、善逸は益々耐え切れなくなりとうとう気絶し、倒れていびきをかき始めた。
「善逸! 善逸! 起きてよ!」
真菰はいつものフワフワさをかなぐり捨てて直ちに駆け寄り、必死に呼び掛けるが一切起きない。人面蜘蛛のボスはほくそ笑み、どこからともなく再び夥しい数の人面蜘蛛が真菰に駆け寄り、再び斑毒痰を吹きかけられる。
真菰は持ち前の速さを生かして避け、また人面蜘蛛と班毒痰のダブル攻撃を受け、避ける、を繰り返した。しかし、蜘蛛からの攻撃は避けられても、宙に浮かぶあばら家へのこちらからの攻撃はどうやっても届きそうにない。どう挽回するか悩んでいたその時のことだった。
「シィィィィ~!」
気絶していた筈の善逸が目を瞑ったまま立ち上がり、日輪刀の柄に手を掛けて深呼吸したのだ。そして……
雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃 六連
目にも留まらぬ速さで善逸はあばら家まで飛び上がり、人面蜘蛛のボスの頚を斬ってしまった。これぞ居合の極致であり、速さを武器とする真菰でも抜刀して納刀するまでの動きは追えなかった。
―――善逸は私が思った通り、強いのね。緊張しいなだけで。
一方、蜘蛛鬼は斬られたことにすら気づいていない。
「斬られた? 俺が? アイツに?」
蜘蛛鬼の頚は哀れ、真菰から少し離れた所にゴン! と落ちると同時に灰になってしまった。
善逸はそのままあばら家の上に仰向けで倒れ、目を覚ました。
「善逸~! 大丈夫?」
真菰の呼びかけに、善逸は力なく「大丈夫」と答えた。蜘蛛の毒が回ったせいで、善逸は最早喚いたりする力すらなかった。
―――呼吸で毒の回りを遅らせろ。諦めるな。
善逸は師匠からの「諦めるな」という言葉を胸に、呼吸法で何とか意識を保つ。真菰ちゃんは何としても護らねばならない。しかし、図体が大きい何かが善逸を踏みつけ、真菰の前に降臨した。
「蜘蛛鬼がくたばったことでご馳走が転がり込んで来たぜ」
図体の大きい、土木職人風の鬼。その片目には『下弐』と刻まれていた。
真菰は刀を構え、早速技を出した。
水の呼吸 肆ノ型 打ち潮
那田蜘蛛山の戦いは各地で本格化していく。