真菰は倒れている善逸を守るべく、下弦の弐・轆轤に立ち向かっていき、水の呼吸定番の攻撃型である打ち潮を放ったが……
血鬼術 空裂
「お前らはチビだなぁ。旨そうだなぁ」
轆轤の声がしたと同時に、真菰の周囲が空間ごと抉れ、近くにあった木ごと吹き飛ばされてしまった。
真菰も吹き飛ばされてしまい、水の呼吸で何とか受け身を取ろうとする。
水の呼吸 弐ノ型 水車
真菰は何とか着地し、急ぎ元の場所に舞い戻る。すると気絶した状態の善逸に、下弦の弐が迫っていたので……
水の呼吸 拾ノ型 生生流転
真菰は刀を回転させながら、龍のように駆けて再び突撃するが……
血鬼術 地裂開
真菰が走っている地面が抉れ、再び吹き飛ばされると思った刹那……
水の呼吸 陸ノ型 ねじれ渦
真菰は攻撃を水のように流し、その勢いを取り込み……
水の呼吸 参ノ型 流流舞い
四方八方に素早く動いて攪乱しながら目にも留まらぬ速さで一閃すると、遭遇して初めて下弦の弐に斬撃を入れられた。
「速さだけはあるんだなぁ。褒めてやる」
轆轤は斬られた大きくて前に突き出た腹の傷を一瞬で治しながら言った。
「どうも」
真菰は小さくそう言った後、再び斬撃を繰り出した。
水の呼吸 拾ノ型 生生流転
血鬼術 土裂
真菰の前に突然、土でできた岩のようなものが出現するが、龍のような舞で岩を斬り伏せ、再び……
水の呼吸 参ノ型 流流舞い
血鬼術 開天僻地
「二度も同じ手を食らうわけねぇな。そろそろお前らには死んで貰わんとなぁ」
空裂とは比較にならないくらいの力で真菰は周囲ごと吹き飛ばされ、頭が下の状態に身体を回転させられ、物凄い勢いで振り落とされた。
何とか受け身を取り、頭からの落下は防いだものの落ちた衝撃で身体中に激痛が走った。
「もう終わりのようだなぁ」
轆轤はそう言って大きな手を向けてきた。真菰は刀を持って技を出そうとするも激痛で身体がどうしても動かない。
「俺はいつも人間を吹き飛ばし、落下させて殺してから喰うんだなぁ。俺の大地を吹き飛ばす力。どんな鬼殺隊も絶対に逆らえない。ヒヒヒ……」
とうとう真菰は下弦の弐の両手に掴まってしまった。そして、口の近くに持っていかれ……
「お前はこれから永遠に俺の腹の中で俺と共に生きるんだなぁ。この世で選ばれし十二鬼月、轆轤様と共に」
真菰は最後の力を振り絞って両手で刀を構え、
水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突き
轆轤の顎を突くが焼け石に水で、真菰は轆轤の両手に益々固く握られた。
その時、真菰は走馬灯を見た。身寄りのない自分を拾ってくれた鱗滝さんと鍛錬した毎日。最終選別で殺され掛けるも助けてくれた竈門炭治郎。そして無理に誘って瀕死状態に追いやってしまった我妻善逸。
何事にも達観した考えを持っていた真菰は鬼殺隊に属した以上、いつかこういう時が来ることは覚悟していた。自分は本来、最終選別で戦死する運命だった所を炭治郎に救われたのであって、こうして生きているだけで奇跡なのだから。
しかし、山の前で善逸が足を竦ませていた時、甘言を弄して連れてきたことだけは後悔の気持ちで一杯だった。自分が死んでても善逸だけは護らねばならない。しかし、それも叶いそうにない。
「ごめん、善逸。無理にこの山まで誘ったりして……」
真菰の小さな顔から一筋の涙がこぼれるのを最後に、その小柄な身体が下弦の弐の口へと消えようとしたその時……
雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃
その声と共に轆轤は真菰を掴んでいた手ごと斬られ、真菰は解放されると同時に宙に投げ出された。
水の呼吸 捌ノ型 滝壷
真菰は即座に水の呼吸を使って正しく着地し、様子を確認すると、轆轤と善逸が折り重なるように倒れていた。
「善逸? 大丈夫なの?」
真菰は駆け寄って確かめる。蜘蛛の毒のためか身体はすっかり縮み、下半身は隊服に埋もれつつあったのを確認した時、再び地面に衝撃が走った。
真菰は辛うじて飛び退き、衝撃を回避して日輪刀を構える。
「この黄色い小僧、死んだと思ったんだけどなぁ。危うく頚を斬られる所だったなぁ。しかしこの小僧、今度こそ死んだぞ? 次こそトドメだな!」
血鬼術 開天僻地
水の呼吸 陸ノ型 ねじれ渦
地面が抉れると同時に真菰は、吹き飛ばされる血鬼術を水のように受け流しつつ、それを反撃への梃子にしようと試みる。水の呼吸は相手の攻撃を受けやすいというメリットがある。とにかく水に徹する。鱗滝さんに教わったことを無駄にはしない!
それにまたしても死ぬ所を救われた。今度は絶対に自分が救う。例え相討ちになっても。身体への痛みなどどうでもいい。死ぬ前、人間は爆発的に力を発揮するとされるが、今にまさにその境地なのかもしれない。
水の呼吸 拾ノ型 生生流転
血鬼術を陸ノ型で受けた勢いを持って、真菰は捨て身の突撃を敢行した。刀は再び轆轤の頚に刃を通す。が、轆轤も真菰を掴んで必死に抵抗する。
「お前は身体が小さいから絶対に勝てないなぁ」
次の瞬間、真菰の日輪刀はパキン! という音と共に折れてしまった。
今度こそ真菰は万事休すとなった。轆轤の餌食となり、永遠にこんな鬼の腹の中だ……。
「ごめん、護れなくて……」
善逸は自分を護ったばかりにもしかしたら死んでしまったかも知れない。こればかりは本当に悔やんでも悔やみ切れない。真菰はギュッと目を閉じた。が、甘い香りがして……
再び自分を掴んでいた轆轤の手が斬られ、解放された。目を開けると蝶が飛んでいるのを見かけると同時に、艶やかな蝶羽織を纏った女性の手に優しく掴まれる。
「大丈夫かしら?」
女性は絹のように綺麗で長い黒髪をピンクの蝶飾り二つで留めていて、容姿端麗で大和撫子然とした女性。花柱・胡蝶カナエだ。
カナエは着地すると、真菰を下ろしてピンクの日輪刀を抜いて構える。
「よく耐えたわね。あとは私に任せて」
「ありがとうございます」
真菰はお礼を言うと、その場で気を失ってしまった。
「おお! これはこれは餌食が増えたなぁ!」
轆轤はカナエを見下ろして、恰も食べ物の品定めするかのようにまじまじと見つめる。
「つくづくあなたたちは可哀想ね。人間はお日様が当たる中、様々な仲間、家族、大切な人たちと助け合いながら人生を堂々と楽しめるのに、鬼は暗い夜、恐れ合い、憎しみ合いながらコソコソと生きなければならない。鬼なんかやめて、人間として生きたらどうかしら?」
カナエはニコニコしながら、フワフワとした声で言う。カナエ特有の暖かさが下弦の弐にも伝わったのか、轆轤は一瞬、躊躇うもすぐに反論した。
「いや、鬼は無限の命があるし、強さも無限なんだなぁ!」
血鬼術 開天僻地
花の呼吸 弐ノ型 御影梅
「仲良くするのは無理かぁ」
カナエは轆轤の血鬼術を難なく受け流し、斬り刻みながら間合いに入り……
花の呼吸 肆ノ型 紅花衣
薙ぐような花の鋭い斬撃に、下弦の弐・轆轤の頚はとうとう胴体から離れた。
するとすかさず、猫がやって来て背中にある蓋がひとりでに開き、短刀が顔を覗かせる。
「珠世さんからね。ご苦労様」
カナエは猫を撫でながら短刀を手にして、灰になりゆく下弦の弐の身体に刺した。
採血した短刀を猫の蓋に入れ、去っていくのを確認すると、鎹烏が炭治郎の居場所を知らせてきたので、カナエは真菰と善逸に脈が残っていることを確かめ、応急処置を施すと鎹烏にはそのまま、隠に真菰と善逸を引き取って蝶屋敷に連れて行くことを伝えるようにと言うと、先を急いだ。
炭治郎は蝶屋敷から持ってきた軟膏で応急処置すると、川に出て、その向こうの方を歩いた。ここの山を支配する十二鬼月がいて、その十二鬼月が多くの鬼殺隊を餌食にするよう仕組んだに違いないと考えたからだ。身体は正直、痛むがまだまだ戦える。
森の中を歩いていると、叫び声がした。
「ギャアアアアアア!」
炭治郎は驚いて声のした方を見ると、何やら女の鬼が顔を埋めている。埋めているてからは夥しい血が零れ落ちている。
「何見てるの? 見せ物じゃないんだけど」
糸の上を歩いていた少年風の鬼だ! 手に糸を綾取りのように絡め、そこからは血が滴っている。
「何してるんだ? 仲間じゃないのか?」
炭治郎は訊く。
「仲間? そんな薄っぺらなものと同じにするな。僕たちは家族。強い絆で結ばれているんだ。それにこれは僕と姉さんの問題」
そして炭治郎に蜘蛛の糸を向け、
「余計な口出しするなら刻むから」
しかし炭治郎は怯まず、言い返す。
「家族も仲間も強い絆で結ばれていればどちらも同じように尊い。血の繋がりが無ければ薄っぺらだなんてそんなことはない! それから、強い絆で結ばれている者は信頼の匂いがする。だけどお前たちからは恐怖と憎しみの匂いしかしない!」
そして炭治郎はこう続ける。
「こんなものを絆とは言わない! 紛い物、偽物だ!」
「……」
少年の鬼に傷つけられた女の鬼が衝撃を受けたような顔をした、その時だった。
背後から隊士が忍びより……
「お、丁度いいくらいの鬼がいるじゃねえか。この鬼を殺したら山をさっさと下りて出世するか。そこのお前、引っ込んでな」
そう言って隊士は刀を鞘から抜き、炭治郎が止めるのも聞かずに後ろから斬りかかるが……
ブツン!
一瞬のうちにサイコロステーキのようにバラバラにされてしまった。
「何て言った? お前!」
後ろを向いたまま難なく隊士を一瞬で斬り刻んでしまった少年の鬼は、蜘蛛の糸を益々手に絡ませて言った。
威圧感が半端でない。空気が重くなってきた。しかしこれで怯む炭治郎ではない。
「何度でも言ってやる! お前の絆は偽物だ!」
「ふーん。なら、お前はうんとズタズタにしてから刻んでやる。それに君は耳飾りをつけている。あの方が言っていた竈門炭治郎か?」
「だったら何だ?」
「あの方がお前を殺そうとしている気持ち、良くわかる。お前ほどイライラさせられた者はいない。うんと苦しめて殺してやる」
そう言って、糸が絡まった両手をかざしてきた。
炭治郎は避け、日輪刀を構えて……
日の呼吸 陸ノ型 日暈の龍・頭舞い
炭治郎は糸を斬りながら突進するが……
「ねえ、これが糸の硬さがこれが限界と思っていたの? 僕は下弦の伍、累だよ?」
血鬼術 刻糸牢
「もういいよ。さよなら」
しかし炭治郎は糸を斬り続けた勢いのまま、刻糸牢の糸をも斬り、ついにその頚にも手を掛ける。
驚いた顔をした下弦の伍、累の頚は胴から離れ、地面に落ちた。
「終わった……」
炭治郎は倒れた。下弦の肆から続く戦闘で、身体が限界に来ていた。視界が狭まり、全身が激痛で、耳鳴りまでする。回復して残っているであろう鬼を退治しなければならないとわかっていても全く身体を動かせない。その時だ!鬼の血の匂いが濃くなり……
「僕に勝てると思ったの? 可哀想に。哀れな妄想をして幸せだった?」
何と累は頚を斬られていなかったのだ!
「僕は自分の糸で頚を切ったんだよ。お前に頚を斬られるより先に」
そして累は頚を胴の上につけ、
「もういい。お前は殺してやる。こんなに腹が立ったのは久しぶりだよ。前にも腹が立ったことがあったけど、いつのことか思い出せないくらい久しぶりだよ。不快だ。本当に不快だ。苛々させてくれてありがとう」
血鬼術 殺目籠
炭治郎は回復しろ、回復しろ、と言い聞かせるが身体はどうしても動かず、累に刻まれるかに思われた刹那、蝶が舞い……
ピンクの日輪刀の一閃で、炭治郎を刻もうとしていた糸はたちまち斬られた。
蝶羽織に二つの髪飾りで留められた綺麗な黒髪。
「ごめんね。遅くなって」
聞き慣れたフワフワした声に、炭治郎は安心感を覚えた。カナエさんだ。
「次から次に邪魔するクズどもめ!」
そう言って累は両手に渾身の糸を絡め、
血鬼術 刻糸輪転
花の呼吸 弐ノ型 御影梅
カナエは一瞬で人間をバラバラにする、下弦の伍最強の糸をいとも簡単に斬り刻むと、累の頚をあっさりと斬ってしまった。
累は自分の最硬度の糸を斬られて信じられない、といった表情をしたまま今度こそ頚が胴から離れた。曲がりなりにも十二鬼月である累でも自分に何が起きたか理解できないほどの一瞬の花の斬撃だった。
「炭治郎、大丈夫かしら?」
「だ、大丈夫、です」
炭治郎は何とか言葉を絞り出した。
例によって再び珠世からの猫が出てきたので、カナエは短刀で灰になりゆく累から採血して猫に渡した。
それからカナエは炭治郎の身体全体を触っていき、怪我の状況を確認する。
カナエの手は温かく、炭治郎はこれだけても治療されてるような、温もりを感じた。
「炭治郎、あなた相当無理したのね。ごめんなさいね、無理させてしまって。しかし私がいないにも関わらず下弦の肆を一人で撃破して本当に凄いわ! 流石私の弟子♪」
カナエは炭治郎の身体に軟膏を塗っていきながら言った。
鎹烏から炭治郎が下弦の肆を単独撃破したという報告を受けていた。
「い、いえ、俺はカナエさんの足下にも及びません」
「ふふっ。炭治郎は謙虚ね。でも炭治郎は隊士になる前から上限の弐と遭遇して生き残り、下弦の肆を一人で討ち取った。文句無しにあなたは柱になれるわよ!」
「俺が、柱に?」
「ええ。誰にも文句言わせないわ。柱になったら先輩として色々教えてあげるね♪」
応急措置を終えたカナエは炭治郎を背負い…
「身体中を骨折しているようだから、私が背負っていくわね?」
「ありがとうございます」
炭治郎を背負うカナエに、僅かではあるが陽光が差した。
時を巻き戻す。
嘴平伊之助は炭治郎に置いていかれながらも、炭治郎に眠らされた隊士にくっつこうとし続ける蜘蛛の糸を斬り続けたが、やがて糸は出てこなくなった。
「健太郎の奴、倒したのか? アイツが? クソー! アイツにできることは俺にもできるぜ!」
そう言って駆け出そうとした伊之助の背後を何者かに体当たりされそうになるが…
「誰だ? お前は?」
伊之助は素早く反応して自らを襲った存在を確かめる。
獣のような鬣に、額から鼻にかけて「エ」の字のような線が入っているのが特徴的な鬼。
そして片目に刻まれている「下陸」。
「ハハハー! 俺は知ってるぞ? お前が十二鬼月ということをな! 俺がお前を倒したら俺は猪柱か? 獣柱か?
どっちが良いと思う? えっ?」
あたかも鬼の首を取ってしまったかのように歓喜する、伊之助の声が那田蜘蛛山に木霊したのだった。