「会った時から真菰ちゃんは優しくて強い音がしたんだ。短い間だったけど俺、真菰ちゃんと居られて幸せだったよ。真菰ちゃんは心臓の音がはっきりと聞こえるから絶対に生き抜いてね。君なら絶対に立派な隊士になれるからさ」
真菰は下弦の弐との戦闘で意識を失った後、善逸が現れてそう言ったのだ。これまでの怖がりで情緒不安定な部分はどこにもなく、はっきりとした言葉だった。
「善逸、無事なの?」
真菰はゆっくりと起き上がって問いかけるが、善逸は笑いかけたかと思うと踵を返して去ってしまった…。
「もしもーし? 大丈夫ですか?」
カナエが下弦の弐を瞬殺して炭治郎の救出に向かって間もなく、入れ替わるように妹の蟲柱・胡蝶しのぶが来て、真菰と善逸に呼び掛ける。傍らには継子である栗落花カナヲと忍のような姿の隊士、「隠」が控えている。隠とは戦場で怪我した鬼殺隊士を、(鬼殺隊にとっての病院でもある)蝶屋敷に運ぶ役割を担っている。
「……」
二人から返事がないので、しのぶは二人の脈を取る。
「この女の子は脈があるようだから蝶屋敷に連れていって看護して下さい」
「はい」
隠は直ちに真菰を抱きかかえる。
「こっちの黄色い隊士は脈がなくなってしまったみたいですね……。蝶屋敷に連れて行ってもしご家族がいらっしゃれば訃報を伝えましょう。残念ですが」
しのぶは顔を顰めて言った。
我妻善逸は蜘蛛鬼の攻撃により身体が縮み、特に下半身はすっかり下着に埋もれてしまっている。
ただでさえ瀕死状態だった中、下弦の弐に踏みつけられた上に決死の攻撃を仕掛けたことで力尽きた。しかし、安らかに眠る善逸の顔は鬼殺隊としての役割をきちんと果たし、微塵も後悔はないといった顔つきだった。
隠たちが善逸の遺体と真菰を連れていった後、しのぶはカナヲと共に山に残る鬼を狩りにいく。
「私が毒でサポートするからカナヲは安心して鬼を狩りなさいね」
「はい」
二人は駆けていくと川に出た。すると、女の鬼を目にし、しのぶは目にも留まらぬ速さで女の鬼の許へ飛んでいき、カナヲも駆け寄って川に入る。が……
「お父さん!」
女の鬼が呼ぶと同時に、
ドン!
長髪で図体の大きい父鬼が二人の前に振ってきた。
鬼は目の周りにも小さな目のようなものがいくつもあり、口元から牙を生やして醜悪そのものの姿だった。
「ウウウウウウウ!」
二人を威嚇するように唸り……
「オレの家族にィ! 近づくナァ!」
「カナヲ」
しのぶが促すとカナヲは日輪刀を抜き、
花の呼吸 伍ノ型 徒の芍薬
最大九連撃できる花の斬撃で、父鬼はバラバラになり、消滅していった。
その間に対岸に逃れる女の鬼こと累の姉鬼に、しのぶはあっさりと追いついて掴む。
「あら? 何で逃げるんですか? 今日は月が綺麗なので一緒に月見でもしましょうよ~」
しのぶの笑顔の呼び掛けに対し、姉鬼は両手からの繭の攻撃で応えた。
繭に絡めとられ、閉じ込められると人間は服ごと溶けて餌食になってしまう。
しかししのぶは蝶が舞うようにひらひらと飛びながら繭の糸に一切触れることなく躱し、姉鬼の胸倉を押さえてしまった。
「私と仲良くする気はないみたいですね」
しのぶは笑顔で言った。側にはカナヲがやって来て日輪刀を構え、いつでもトドメを刺せるようにしている。
一方、しのぶの笑顔に隠れている、累以上の殺気を感じた姉鬼は顔に汗を滲ませ……
「ま、待って!」
驚くしのぶを尻目に訴え続ける。
「私は脅されているの! 従わないとバラバラに刻まれる! さっきも脅されていたんだけど、あなたと似たような髪飾りをつけた男の鬼狩りが来たから、どさくさに紛れて逃げて来たの!」
「髪飾りをつけた男?」
ああ、炭治郎のことね。さっさとこの鬼は始末して助けに行かなくては……
「嘘をつかなくてもいいですよ。私は山に入ってから、何十もの繭を目にしましたよ? 自ら進んでやっていますよね? 私は確かにあなたと仲良くしたいと思っております。しかしそのためにはあなたの目玉をほじくり出し、内臓を斬って引きずり出し、手足を切断してあなたが人を殺した分、拷問した上でなければなりません。まさか多くの人を殺しておいて、何事もなかったように仲良くしたいと思っていたのですか?」
しのぶは益々、冷たい笑みを浮かべる。
「……」
「しかし大丈夫です! お嬢さんは鬼ですし、死んだりしませんし、後遺症は残りません! 辛いでしょうけど一緒に頑張りましょう!」
姉鬼はとうとうしのぶの過酷な条件に耐え兼ね……
「冗談じゃないわよ! 死ね! クソ女!」
再び両手から繭を出すも、しのぶはあっさりと躱し……
「仲良くするのは無理なようですね。残念残念」
蟲の呼吸 蝶ノ舞 戯れ
しのぶは四方八方に飛び、目にも留まらぬ突きの斬撃を複数回、与えた。
「頚が、斬られてない?」
姉鬼は一瞬、何が起きたかわからず戸惑っていたがすぐにほくそ笑んだ。
「あの女、身体が小さいから頚が斬れないんだわ。これなら勝てる」
そう言って手をかざして繭を出そうとしたがその途端……
ドシャッ!
血を吐いたのを皮切りに、姉鬼はもがき苦しみながら倒れた。
「頚を斬られてないからって安心してはいけませんよ。私、蟲柱・胡蝶しのぶは鬼を殺せる毒を作り、使えるちょっと凄い人なんですから」
「……」
しかし姉鬼は既に事切れており……
「あら失礼しました。死んでるからもう聞こえませんね、うっかりです!」
しのぶはテヘっと笑った。直後、鎹烏がやって来てカナエが累を撃破して炭治郎を救出したことを報告し……
「姉さんに先を越されてしまいましたか……」
そう独り言を呟くと、再び別の鎹烏がやって来た。
「嘴平伊之助! 嘴平伊之助! 下弦ノ陸ト戦闘中! 至急、救出ニ向カウベシ!」
「カナヲ、行きますよ」
「はい」
しのぶとカナヲの師弟は眦を決して再び戦場へと向かうのだった。
嘴平伊之助は下弦の陸・釜鵺と遭遇し、勝てば柱になれると歓喜の声を上げると……
「お前、頭大丈夫か? 俺、十二鬼月だよ? 何かお前、猪の格好してるけど、そんなことして強がったって無駄だよ? 今からお前を狩り、それからこの周辺で気を失っている奴らも纏めて喰らってやるから」
「は?」
伊之助は一瞬、固まったが次の瞬間、大激怒する。
「十二鬼月だからなんだってんだ! 俺は嘴平伊之助だ! 猪突猛進、猪突猛進!」
獣の呼吸 弐ノ牙 切り裂き
伊之助は両手に鋸状の日輪刀二本掲げて飛びかかり、釜鵺も血鬼術で返す。
血鬼術 獅子虎爪
両者の技が激突した。釜鵺は虎のような格好に変貌し、鋭い爪で伊之助を負傷させようとしたが、鋭い皮膚感覚を持つ伊之助は殆ど躱した。釜鵺も釜鵺で伊之助の斬撃は血鬼術で相殺してしまった。
「ふーん。なかなかやるじゃねえか。でもな」
血鬼術 猿鳴・衝脚
釜鵺が今度は猿の格好となったと思った瞬間、衝撃波が放たれ、伊之助は吹き飛ばされてしまった。
「何なんだ、これは」
伊之助は辛うじて受け身を取って着地し、二つの刀を構え、追撃してくる釜鵺に飛びかかり……
獣の呼吸 参ノ牙 喰い裂き
懐に飛び込んで二刀流の斬撃を食らわせることに成功し、釜鵺は胸から夥しい血が流れ出るが、瞬く間に回復し……
血鬼術 獅子虎爪
再び虎の姿になって伊之助に襲い掛かる。
獣の呼吸 肆ノ牙 切細裂き
伊之助は二刀流の絶え間ない連撃で迎え撃ち、虎の爪を捌いていく。
「俺はこれまで森の中で生きてきたからな! 動物からの攻撃には慣れているんだよ!」
獣の呼吸 弐ノ牙 切り裂き
「往生しやがれ! この獣もどきが!」
伊之助がトドメを刺したと思った刹那、釜鵺は姿を消し……
「お前こそが往生しろ!」
血鬼術 怪狸妖炎
釜鵺は狸に姿を変えて、炎を纏いながら背後に回り、伊之助に飛びかかってきたが、伊之助は背後から殺意を感じ、辛うじて飛び退いた。
「俺は自然の中で生きてきたからな! 不意打ちなんて通じないんだよ!」
しかし、釜鵺は姿を消して再び炎を纏って襲ってきて、伊之助は再び避けて……というのを繰り返し、流石の伊之助も息が上がってきた。裸姿で鍛えられた上半身に少なからずの傷ができている。
「お前、なかなかしぶといな。どうだ。お前も鬼にならないか? お前となら一緒に切磋琢磨しながら最強の鬼を目指せる気がしてな。鬼になれ、伊之助」
釜鵺は一旦、炎を消して純粋な狸の姿となって勧誘してきた。
「は?」
伊之助は一瞬、二本の刀を上げて拍子抜けするも、すぐに言い返す。
「何でそうなるんだよ! いいか? 俺は鬼殺隊、嘴平伊之助だ! お前は絶対に倒して柱になる!」
獣の呼吸 伍ノ牙 狂い裂き
伊之助は再び釜鵺に飛びかかり、二刀流の斬撃をかました。
血鬼術 獅子虎爪
釜鵺も虎の姿に変貌して反撃してきた。虎の爪を捌きながら頚を狙うも、虎の爪による斬撃が速くかつ鋭くてなかなか頚に斬り込めない。
血鬼術 猿鳴・衝脚
獣の呼吸 伍ノ牙 狂い裂き
再び猿姿での衝撃波に対し、伊之助は二刀流の連撃で何とか血鬼術の相殺を図って衝撃を緩和させながら、後方に飛び退いた。
「鬼になる気がないなら殺すまでだ」
血鬼術 八岐大蛇
今度は数匹の黒い蛇がくっついた状態で襲ってきた。黒い蛇たちの口が開き、伊之助に嚙みつこうとした刹那……
獣の呼吸 伍ノ牙 狂い裂き
伊之助は再び、二刀流の斬撃で迎え撃って蛇たちの頭や身体を斬ってしまった。
しかし釜鵺は直ちに飛び退いて何事もなかったように最初の姿に戻り……
「ここまで手こずらせたのは何年ぶりだろう。やっぱり伊之助、鬼にならないか? 一緒に強くなろう!」
「だからならねえっつってんだろ! しつこいんだよ、お前は! 俺はお前を殺して必ず柱になるんだよ! とっとと往生しやがれ、獣もどきが!」
「そうか。じゃあ仕方ねえな」
血鬼術 雷獣高翔
今度は顔は猿、胴体は狸、そして虎のような鋭い爪を持った手足、そして蛇のような尻尾を持つ姿となった。まさに鵺となった釜鵺は高く飛び、雷を伊之助目掛けて落とした。
鋭い皮膚感覚のお陰で即死は免れたが、完全には避け切れず、伊之助の身体からは夥しい血が流れ出る。
しかも追い打ちをかけるように鵺の姿で炎を纏い、虎の鋭い爪で襲ってきて……
獣の呼吸 伍ノ牙 狂い裂き
伊之助は迎撃を図るも、出血によりふらつき始め、技は思うようには出せない。
「どうした? もう終わりか? 鬼になれば怪我などすぐに回復できる。だから鬼になれって言ってんだよ!」
そして、纏っていた炎で一気に焼き殺そうと図るが、伊之助は辛うじて避けた。
しかし、伊之助も限界を遥かに超えて戦っており、次に攻撃が来たらもしかしたら死ぬかもしれない、と思った。
畳み掛けるように釜鵺は虎の爪で襲ってきて……
獣の呼吸 壱ノ牙 穿ち抜き
伊之助は辛うじて釜鵺の頚に突きを入れるも、身体を爪で掴まれてしまった。
今度こそ下弦の陸の餌食になる刹那、伊之助は走馬灯を見た。まだ赤ん坊の時に母から川に投げ捨てられて以来、自然の中、一人で生きてきた人生。鬼殺隊でも自分一人で鍛錬し、獣の呼吸まで生み出した。
竈門炭治郎だけにはホワホワさせられる。もう一度会って殴ってやらないと気が済まないが、それも叶いそうにない……
しかしその時、蝶が舞うと同時に釜鵺の腕がピンクの日輪刀で斬られ、伊之助は解放された。
「だ、誰だ?」
伊之助は地面に倒れながら確かめると、蝶飾りをつけた女性隊士が二人。一人はピンクの髪飾りで左に一つに髪を結んでいて面長なのが特徴で、もう一人は髪は短めで、後ろに紫の蝶飾りをつけている。
栗落花カナヲと胡蝶しのぶだ。
伊之助を救い出したカナヲは彼を問答無用で引っ張り、下弦の陸から引き剝がす。
「何するんだよ! 放せよ! 俺はまだ戦える!」
伊之助は振り解こうとするが、カナヲの掴む手はとても強く、到底振り解けなかった。
「カナヲ、その子を頼みます」
「俺は伊之助と共に強くなろうよ、と話してたんだけど? 邪魔しないでくれるかな? それとも俺に喰われたい?」
早速の下弦の陸からの威嚇に、しのぶは笑みを浮かべる。
「随分、派手にやってくれたみたいですね。その落とし前はつけてもらいますよ? たっぷりと」
これにはカナヲは勿論、伊之助すらも絶句した。
「この女、つええのか?」
「柱よ」
カナヲは伊之助を手当しながら短く答えた。
「重傷だからこれ以上、動かないで」
その時、しのぶは技を繰り出した。
蟲の呼吸 蜻蛉ノ舞 複眼六角
血鬼術 雷獣……
しのぶは目にも留まらぬ速さで釜鵺に飛びかかり、血鬼術を放たれる前に、六方向から一気に大量の毒を叩き込んだ。
「クソ女(あま)ー! 何しやがった……」
これには釜鵺も顔色を変え、血鬼術を放つどころではなくなる。伊之助はこれには啞然とさせられた。
―――すげぇ。毒を使ってこの伊之助様が苦戦した十二鬼月を倒してしまった。しかも速さが段違いだ……
「誰がクソ女ですか? いいからさっさとくたばって貰えますか? 気色悪いので」
しのぶは凍りつくような笑みを浮かべて釜鵺がもがき苦しむのを眺める。
間もなく、下弦の陸・釜鵺は大量の血を吐いて倒れ、事切れた。
その時、伊之助の叫び声が木霊した。
「おい! そこの蝶羽織の毒使い! お前はあの十二鬼月に勝った! 今度は俺と勝負しろ! そして俺はお前に勝つ! そうすれば一番強いのは俺、という寸法だ! ウハハハハハ!」
いきなり挑戦を受けたしのぶは笑顔で返す。
「まず君は最低限、人に対する礼儀というものを覚えましょうね。それに重傷だから、怪我を治しましょうね。その後に修行し直してください。あなたが柱に勝とうなんて百年早いですよ~」
「なにぃ~!」
その後も怒る伊之助をしのぶは笑顔でいなし続けて隠に引き渡し、しのぶとカナヲはその後も山での怪我人の回収を隠に指示したりしていった。
カナエが任務先から那田蜘蛛山に直行し、しのぶもカナヲを連れて山に向かった後、一人の荒々しい格好をした剣士が蝶屋敷の前に立った。
留守居をしていた神崎アオイが応対に出ると、たちまち緊張が走る。
「これは、風柱様……」
傷だらけの強面で、白髪をツンツンと立てた剣士。彼こそが泣く子も黙る風柱・不死川実弥だ。
その荒々しさは隊士たちから畏怖の対象となっている。
「ここに鬼がいるだろォ! 今すぐ差し出せェ!」
実弥は並々ならぬ殺気を放っている。彼の隊服の後ろに大きく記されている「殺」という文字。そこには、鬼は誰であれ絶対に受け入れない、目にしたら必ず殺してやるという鉄の意思が込められていた。
「まだしのぶ様とカナエ様が帰られておりませんので、また出直して貰えますか?」
アオイは緊張を隠してそう言うも、実弥は「うるせェ! 入るぞォ!」と言ってずかずかと屋敷に入って行った。
「ちょっと風柱様! やめて下さい!」
アオイが必死に止めても取りつく島もなく、きよ、すみ、なほ達が出てきて止めても同じだった。
実弥はアオイ達を振り切り続けて部屋を探して回り、
「ここかァ!」
ついにカナエの部屋に入り、ベッドで寝ている禰豆子を抱き抱えようとするが、アオイ達が立ちはだかる。
「禰豆子さんを連れていくなら私を殺してからにして下さい!」
アオイは毅然と言った。元々自分は鬼殺隊にはなれなくて、カナヲのように役に立てていない。だからせめてここでは役に立たなければ!
きよ達三人もアオイの側で同調してみせる。
「そうかィ。だったらしょうがねえなァ! お望み通り、ぶち殺してやらァ! 鬼殺隊で鬼を庇うなんざ隊律違反だァ! 風柱として許さねェ!」
実弥は益々、恐ろしい表情となった。