「うまい!」
炎柱・煉獄杏寿郎が駅弁に舌鼓を打ち、唸り続けており、炭治郎はどう話し掛ければいいか困惑した。伊之助も流石に困惑しているのか、黙っている。
「うまい!」
「あ、あの……」
炭治郎は何とか声を上げると、煉獄はこちらに顔を向け、
「うまい!」
「あ、あの……、それはわかりましたので……」
炭治郎は困惑しながら言うと、煉獄は改めて炭治郎たちにしっかりと向き合い、
「おお! 溝口少年、だったかな?」
「竈門です!」
炭治郎は直ちに訂正する。
「そして君は猪頭少年、それに……」
「カナヲです。しのぶさんの継子の栗花落カナヲです!」
炭治郎が紹介した。なお、伊之助が勝手に猪頭と綽名をつけられていることについては訂正しなかった。
「おお! 胡蝶のか! そういえば竈門少年も胡蝶の姉の継子だったな、ハハハハ!」
煉獄は快活に笑った。
「うおおおおお! すげえ、はええええ!」
炭治郎が煉獄と話している間、伊之助は通路を挟んだ隣の席に陣取って窓を開け、身を乗り出していた。そこになんと、カナヲが駆け寄ってその身体を掴む。
「ん? なんだてめえ」
「やめて。危ないから」
「そうだ、危険だぞ! いつ鬼が出てくるかわからないんだ!」
煉獄が腕を組みながら同調する。
「そういえばここでたくさんの人間が攫われているってお館様が言ってましたが、煉獄さんはもう鬼と遭遇したんですか?」
「まあな。その鬼は倒してしまったけどな。ハハハハ!」
「流石、煉獄さん!」
炭治郎が感心していると、煉獄は突然立ち上がり……
「待て。鬼が近くに潜んでいる」
そう言って構える。炭治郎も鼻を利かせると、確かにきな臭い。と、そこに車掌が入ってきた。
「ご乗車、ありがとうございます……」
車内改札にやってきた車掌は、下を向いており、どことなく辛気臭い。炭治郎は益々、何らかの危機に近付いている匂いを感じ取った。向かいの席では伊之助とカナヲも構えている。
「み、みんな!」
カナヲが突然、声を上げた。一同は振り向き、カナヲはたちまち声を詰まらせる。
「どうしたんだ、カナヲ?」
炭治郎は優しく問い掛け、カナヲが話しやすいように気を配る。
「この車掌さんの改札を受けては、いけない。この車掌さん、絶対、誰かに操られている。改札を受けたら毒を喰らってしまうとか、そんな感じかも知れない……」
「……」
一同は一瞬、黙った。それを尻目に、車掌は黙ったまま改札用の鋏を取り出し、いよいよ炭治郎たちの改札に乗り出そうとしたが……
「車掌さん、危ないですから一旦、下がっててくれ! 火急の用ゆえ、帯刀のことは不問にして頂きたい!」
煉獄が通路に出て車掌を下がらせた時には、一匹の巨大な鬼が姿を覗かせていた。
「その巨大な身体を隠していたのは血鬼術か。全く気がつかなかった! しかし罪なき人たちに牙を剥こうものなら、この煉獄の赫き炎刃がお前を骨まで焼き尽くす!」
鬼は巨体を生かして煉獄を圧倒しようとしたが……
炎の呼吸 壱ノ型 不知火
煉獄の、炎を発するような勢いの袈裟斬りで、鬼はたちまち灰になってしまった。
「流石、煉獄さん……」
あまりの呆気なさに炭治郎はこれが柱か……、と改めて自分の新たな同僚たちの人間離れぶりを再確認した。
伊之助も喧嘩を挑むどころではなく、口をポカンと開けて唖然としている。
「俺とは格が違うぜ……」
「まだいる……!」
カナヲが突然、声を上げた。今度は逆の方向から再び鬼が現れた。龍のような格好をした鬼で早速、襲い掛かって来るが……
花の呼吸 肆ノ型 紅花衣
煉獄の赫き炎刀が抜かれる前に蟲柱継子・栗花落カナヲの薄桃色の刀が抜かれ、鬼を一薙ぎにした。
「おお、良くやったなカナヲ! 流石、しのぶさんの継子だ!」
鬼が灰になっていくのを尻目に炭治郎が手放しで称賛する。
「うむ! 胡蝶妹に鍛えられてるだけのことはあるな!」
煉獄も太鼓判を押す。
「クソ! 俺だって鬼の一匹や二匹、瞬殺だぜ!」
我に返った伊之助は強がってみせた。その意気込みはいいので、鋭気を養っていて欲しいと炭治郎は思った。
「鬼は倒しましたが、本命の鬼がこの汽車のどこかに潜んでいるのではないですか?」
「恐らくそうだな。これからその鬼を探しに行かないとだな」
煉獄も同意する。
「では手分けして……」
と言った瞬間に炭治郎は思い出す。
「伊之助って鬼の居場所を探れたよね? 探ってくれないか?」
「猪頭少年は鬼の居場所を探れるのか! うむ! 関心関心!」
伊之助は羞恥心を見せながらも……
「わ、わかったよ! この伊之助様にできないことはねえ! 探ればいいんだろ、探れば!」
そして鋸状の刀二本を床に刺して両手を広げ……
獣の呼吸 漆ノ型 空間識覚
伊之助が本命の敵を探っていたその時、
トトトトトト!
先程の車掌が能面のまま、包丁を前に突き付けて突進してきた。
ドン!
伊之助に当たるか、という所を煉獄が手刀で気絶させてしまった。
「気の毒だが、一旦はこうするしかないな」
「見つけたぞ!」
伊之助は刮目し、
「あっちだ!」
伊之助はドアまで駆け出した。
「俺は伊之助についていきますので、煉獄さんとカナヲは乗客を護ってくれますか?」
「うむ! 勿論だ! 気を付けるんだな、竈門少年!」
炭治郎は駆け出し、伊之助を必死に追った。
乗客たちは皆、眠りこけており、誰もが幸せそうな表情を浮かべている。恐らく誰も、この汽車に鬼がいることに気付いていない。
「伊之助! 鬼はどこだ~?」
「列車の上だ!」
伊之助は窓から身体を出し、列車の上によじ登った。炭治郎もそれに続く。鬼の匂いは益々濃くなってきた!
「伊之助! 列車の先頭だ!」
「先に気付いてたね!」
そしてその姿は見えた。燕尾服の鬼の後ろ姿が見えた。
「よし! ぶった斬ってやる! ぶった斬ってやる!」
鬼は振り向き、
「あれ? おはよう」
どこか甘ったるいような声。そして片目には「下壱」と刻まれている。
「みんな眠らせたのになぜ、君たちは眠らないのかな? せっかくいい夢を見させてやろうと思ったのに」
下弦の壱・魘夢は餌となる人間をまず眠らせ、最初にいい夢を見せる。そして悪夢を見せる。これで大抵の人間は不幸に打ちひしがれる。この時の人間の反応が堪らなかった。
寝かせる方法だって用意周到だ。例えば今回は、車掌が改札する切符に俺の血痕をつけた。切符を鋏で切ると血鬼術が発動し、乗客は夢の中に落ちる。
寝てしまえばもうこちらのもの。の筈だったのに。
しかしあれぇ。猪の後ろにいる少年、耳に飾りをつけてる。早速来た! まさに夢心地だ!
魘夢が心の中でほくそ笑むのを尻目に伊之助は二本の刀を掲げて突進した。
「お前の術なんか、この伊之助様には通用しねえんだよ!」
魘夢は獲物が網に掛かったとばかりに笑みを浮かべ、手の甲をかざし、
血鬼術 強制昏倒催眠の囁き
手の甲には口があり、その口から血鬼術が発せられた。
「お眠リィ~!」
「伊之助!」
炭治郎は素早く動き、
日の呼吸 参ノ型 烈日紅鏡
日の呼吸の受け技でたちまち魘夢の血鬼術を無効化してその頚に刃を掛け、斬った。
音による血鬼術のため、普通は受け切れないのだが、魘夢に驚かせる暇さえ与えなかった。
しかし、手応えを全く感じない。下弦の肆を倒したときのような。
この鬼は下弦の肆や伍より弱いのか?
「あの方が柱に加えて耳飾りの君を殺せと言った気持ち、凄くわかったよ」
背後で声がして振り返ると、魘夢の頭が列車と、肉塊でできた管のようなもので繋がって斜めに浮かんでいる。
「何かこう、存在自体が癪に障る感じ」
「……」
死なない?
炭治郎は驚きで目を見開く。
「素敵だね。そういう顔を見たかったんだよ。うふふふ。どうして頚を斬ったのに死なないか教えて欲しいよね」
魘夢は炭治郎たちが衝撃を受けるのを心から楽しんでいる。
「いいよ。俺今、凄く気分がいいから。うふふふ。赤ん坊でもわかることさ。それは本体ではなくなっていたからだよ。今喋っているこれもそう。頭の形をしているだけで頭じゃない。俺は既に、この汽車と融合した! つまりこの汽車全てが俺の血であり肉であり骨となった。わかるかな? 汽車に乗っている乗客はみんな俺の人質であり餌。君たちは200人以上いる乗客を守り切れるかな? 俺にお預けさせられるかな? ふふふふいいね、その顔。せいぜい頑張りたまえ~!」
魘夢の頭は笑いながら肉塊の管ごと列車の中に沈んでいった。
「ふふふふ」
「どうした? 伊之助?」
「この伊之助様の目はごまかせねえ! こっちだ!」
「どこが急所かわかるのか?」
「ああ! 俺の全力の空間識覚でお見通しだ! 伊之助様のお通りじゃあ!」
伊之助は二本の刀を掲げながら列車の上を前に向かって全力で駆け、炭治郎もそれに続いた。炭治郎も伊之助の勘に従うのが正しいと直感していた。
一方、列車の各車内では天井から肉塊が眠りこけている乗客たちに伸びてきて、絡めとって餌にしようとしていた。
煉獄はカナヲに素早く指示を出す。
「この汽車は8両編成だ。俺は前の4両を守るから君は後ろの4両を守ってくれ! 鬼の本体は竈門少年たちを信じよう! 今はとにかく乗客を守ることだ!」
「はい」
カナヲの返事を聞く前に煉獄はフッと姿を消していた。カナヲは急いで後ろの車両に全力で駆け、
花の呼吸 伍ノ型 徒の芍薬
既に車両中を覆っている肉塊を縦横無尽に斬って回った。
そして前4両でも炎柱・煉獄杏寿郎の赫き炎刃が魘夢の肉塊を焼き尽くしていた。
伊之助が全速力で向かったのは一番前の運転室だった。
「何だお前は 夢の邪魔をするな!」
運転士が突然、炭治郎に飛びかかってきた。炭治郎は手刀で失神させ、側に座らせた。
「うわっ、きもッ!」
伊之助が肉塊による攻撃に苦戦していたので、
日の呼吸 壱ノ型 円舞
二連撃で伊之助に纏わりつく肉塊を斬った。
「伊之助! この下だな!」
「ああ!」
獣の呼吸 弐ノ牙 切り裂き
伊之助が運転席の床目掛けて斬り込むと、骨が姿を現した。
「骨だ! よし!」
日の呼吸 弐ノ型 碧羅の天
炭治郎は両手で刀を握り、床に飛び降りながら空中で円を描くようにして魘夢の骨目掛けて刀を振るった。
次の瞬間、列車に激しい衝撃が走ってたちまち脱線してしまった。
「凄まじい揺れと、鬼の断末魔が!」
炭治郎が必死に身を庇いながら言うと、伊之助も応える。
「頚を斬られてのたうち回ってやがるぜ!」
列車は炭治郎たちが乗っている運転席も含めて横転したが、夥しくへばり付いている柔らかい肉塊がクッションのような形になり、怪我はなかった。
運転士は頭から血を流したまま地面に投げ出され、気絶している。
「大丈夫ですか!」
炭治郎は駆け寄り、布を出して運転士の出血を抑える。
「コイツ死んでいいと思う! だってお前を殺そうとしたんだぜ!」
伊之助は炭治郎の人の好さに心底、不思議がっている様子だ。
「いや、この運転士さんも鬼に操られた純粋な犠牲者だ! それよりも伊之助! 他の乗客も無事か、見てきてくれ!」
「わかったよ! 俺は親分だからな!」
伊之助は曲がりなりにも柱に対して憎まれ口を叩きながらも地面に投げ出された乗客のもとへ向かった。
その時だ。
バン!
爆発音のようなものがしたかと思いきや、目の前に細身ながら筋肉質な姿がしゃがんでいる。
紅梅色のクシャクシャな髪型。アーモンドのような形をした釣り目。そして何より特徴的なのが顔を含めた全身に藍色の線状の紋様が入っている。
極めつけはアーモンド形の両目に「上弦」「参」と刻まれていた。
~大正コソコソ噂話~
カナヲも炭治郎と過ごすことで、自分の意思で行動することが少しずつできるようになってきました。
それが伊之助の猪突猛進的な振る舞いを諫めたり、といった行動に繋がっております。
それにしても今回は大活躍でした。カナヲの優れた視力で、切符に魘夢の血が混じっていることを看破してしまいました。それを聞いた炭治郎、伊之助、煉獄も並外れた感覚の持ち主なので、即座に車掌から改札を受けたらまずいことを直感し、夢に落ちずに済んだのでした。