無限列車が脱線して斃れ、眠らされていた乗客が投げ出されててんやわんやになっている中、
眠らせていた正体である下弦の壱・魘夢も乗客たちと共に投げ出されてひっそりと最期を迎えようとしていた。
「体が崩壊する……。再生できない……」
僅かに残った肉塊に「下壱」の目があり、もはや原型をとどめていない。
「負けたのか? 死ぬのか? 俺は。馬鹿な……、馬鹿な……!」
そして努力出来なかった者に限って言う常套句を口にする。
「俺は全力を出せていない!」
「これだけ手間暇かけて、こんな姿になってまで準備したのに、人間を一人も喰えなかった……。汽車と融合して大量の人間を喰う計画は台無しだ……! そう、アイツがいけないんだ。耳飾りのガキ。アイツとあの猪! アイツらが眠りに落ちず襲ってきてからがケチのつき始まりだ! それに耳飾りのガキは俺の昏倒催眠の囁きを破った。これが柱の力。しかも二人ともすぐ、俺の急所を見破った。それだけじゃない。あの炎の柱。三百人も人質にとっていたようなものなのに、それでも抑えられた……。それとあの小娘! 並外れた視力で、車内改札で切符を切ってもらった時に発動する血鬼術を見破った……」
ぶつぶつ負け惜しみを吐いている間にも魘夢の身体は灰になっていき……
「俺はここで柱二人を殺し、大量に喰らって強くなってあの方に認めてもらい、上弦と入れ替わりの血戦を申し込みたかった……。ああ、やり直したい、やり直したい……。悪夢だ……、悪夢だ……」
下弦の壱・魘夢は誰にも看取られることなく、完全に灰燼に帰した。
日柱・竈門炭治郎の前には新たなる脅威が聳え立っていた。上弦の参。
炭治郎は隊士になる前に上弦の弐と遭遇したことがあるが、この鬼も決して只者ではない、強烈な匂いがする……。
上弦の参は早速、電光石火の如く拳を繰り出してきた。
日の呼吸 壱ノ型 円舞
炭治郎は上下二連撃で襲い来る拳を斬った。
上弦の参は斬られた手から流れ出る血をペロリと舐めている間にすっかり手を再生させてしまった。流石上弦。再生能力も違う……
「良い刀だ……」
上弦の参はなぜか、関心したように言った。
「ん? 耳飾り……。ああ、お前があの方が言ってた耳飾りの少年、竈門炭治郎か!」
「だったら何だ!」
炭治郎は構えながら言った。例え相手が上弦でも柱として、命を投げ出しても戦い抜く覚悟だった。
どうやら自分はすっかり、鬼たちの間で「お尋ね者」になっているらしいが、これぞ強い証。炭治郎は光栄に思った。もっと畏れられる存在になり、鬼無辻無惨に刃を振るうまでだ!
「お前を殺す前に素晴らしい提案をしよう! 炭治郎、お前も鬼にならないか? 何よりお前は上弦の弐と遭遇して生き残った。しかも柱だな? 何より鋭い感覚、練り上げられた技、身体から燃え滾るような闘志! 無惨様が意識されるだけのことはある!」
「は?」
炭治郎は突飛な提案に一瞬、言葉が詰まったが次の瞬間、激しい怒りに襲われる。
「俺が鬼に? ふざけるな! なるわけないだろう! 俺は鬼無辻無惨によって家族を殺され、妹も鬼にされた! その仇を取るために鬼殺隊に入り、必死に鍛錬してこうして柱になれたんだ! だから俺は日柱・竈門炭治郎として相手が上弦であっても容赦なく刃を振るう!」
「俺は猗窩座。なぜお前が至高の領域に踏み入れないか。人間だからだ。老いるからだ。鬼になれば老いることはない。不老不死だ。だから一緒に鬼になって鍛錬し続けよう!」
「俺は人間であることを誇りに思っている。貴様の下らぬ考えを押し付けるな! 俺は決して鬼には絶対にならない!」
炭治郎が眦を決して言った。本当に腸が煮えくり返る。鬼に降参する程度の覚悟で柱になったというのか? 甚だしい侮辱だ!
「そうか」
猗窩座はアーモンド形の釣り目を細めてそう言った後、両足を開き、片手を出した。
術式展開 破壊殺・羅針
すると、雪印のような羅針盤が現れ……
「鬼にならないなら殺す!」
と言っている間に、猗窩座の拳が炭治郎の胸を襲う。
日の呼吸 拾壱ノ型 幻日虹
炭治郎は回避を図るも、速すぎて回避しきれないと思った時……!
炎の呼吸 壱ノ型 不知火
炎柱・煉獄杏寿郎が助けに入ってくれた。
「よもやよもや。竈門少年が新たなる敵と遭遇していようとは!」
「煉獄さん、伊之助は? カナヲは? 乗客は無事ですか?」
「ああ。みんな無事だ。乗客もみんな無事で、猪頭少年と胡蝶妹の継子が手当てして回っている」
「よかった……」
取り敢えず伊之助とカナヲが無事で良かったと炭治郎は思った。
「お前、煉獄と言うのか? お前も柱か! 見ればわかるぞ!」
煉獄の助太刀に対し一旦後退した猗窩座は、ボクシングの如くいつでも殴れる構えを崩さぬまま、口を挟んできた。
「炭治郎をも凌ぐほどの燃え滾るような闘志、練り上げられた剣技! お前も炭治郎と一緒に鬼になれ。ここで命を無駄にすることはない。共に鬼になって切磋琢磨し続けよう!」
「俺は炎柱・煉獄杏寿郎。俺もどんなことがあっても決して鬼にはならない! 今、ここでこの煉獄の赫き炎刃がお前を骨まで焼き尽くす!」
「そうか。なら二人纏めて殺す!」
破壊殺・空式
猗窩座は間合いを詰めぬまま拳撃を乱打してきた。柱でなければこの拳の打撃は見切れず、即死だっただろう。
炎の呼吸 肆ノ型 盛炎のうねり
日の呼吸 肆ノ型 灼骨炎陽
煉獄の迎撃に呼応して、炭治郎も、太陽を描くようにして刀を振るって迎撃技を繰り出す。
「素晴らしき才能を持つ者たちが醜く衰えていく。俺は辛い。お前らの素晴らしい剣技も失われていくのだ杏寿郎、炭治郎! 悲しくないのか!」
「悲しくない! 人間であるなら誰でもそうだ!」
煉獄が迎撃しながら毅然と言い、
「煉獄さんの言う通りだ! お前の下らぬ考えを押し付けるな! 猗窩座、今からお前の頚を斬る!」
炭治郎はすっと近づくと、煉獄も猗窩座の間合いに入った。猗窩座が虚空を拳で打つと打撃が当たってしまい、頚は狙えない。であれば近づいた方が危険に見えても勝ちを狙える……!
炭治郎と煉獄の見立ては一瞬で一致した。
煉獄杏寿郎・竈門炭治郎の二人の柱が上弦の参の懐に飛び込み、激しく打ち合った。
しかし相手は上弦の参。一筋縄ではいかず、柱二人の猛攻に対しても拳で悉く捌かれた。柱二人の方もまだ傷は負ってないが、人間である以上、息が切れるのは時間の問題だ。現に炭治郎は息が上がり始めている。
炎の呼吸 伍ノ型
煉獄が仕掛ける
破壊殺 乱式
猗窩座もすかさず全力の近距離戦を仕掛け、
炎虎!
煉獄の、猛虎を生み出すような激しい炎刀と猗窩座が真っ向からぶつかった。
日の呼吸 漆ノ型 斜陽転身
炭治郎は高く飛び上がり、落ちる圧力を梃子にして猗窩座の頚を狙おうとするが、拳に阻まれた。
炭治郎の頭の片隅にはあの取って置きの技が浮かぶが、あの技を一度使うと少なくともしばらくは戦えなくなる。正に諸刃の剣のようだった。
炭治郎はそれからも立て続けに日の呼吸で横から猗窩座の頚を狙い続けたが……
日の呼吸 陸ノ型 日暈の龍・頭舞い
捌ノ型 飛輪陽炎
玖ノ型 輝輝恩光
拾ノ型 火車
……
決定打がなかった。
あまりの激戦に砂埃が舞い、一瞬の間ができる。
煉獄もすっかり息が上がっている。炭治郎も同様で、何とか呼吸を整えようとする。どうすればこの頚を斬れる。引き続き死角を探している間に、元々あった額の痣が濃くなった。
「死ぬな。杏寿郎、炭治郎。一緒に鬼になろう!」
「猗窩座! お前も人間だったんじゃないのか!」
「何? 何だと?」
炭治郎の指摘に、これまで戦いながら軽いノリで鬼の世界に勧誘し続ける余裕を見せていた猗窩座がはじめて動揺を見せた。
「お前も人間で何か満たされないことがあったから鬼になった。違うか? それにお前は人間の時、恋人がいた! こんなことして恋人に申し訳ないとは思わないのか!」
炭治郎は匂いで何となく感じ取った猗窩座の背景を話してみせた。
「炭治郎」
猗窩座は釣り目をギュッと上げた。
「無惨様が仰っていた通りだ。お前はやはり不快極まりない。一刻も早く消えて欲しいような……そんな感じがする。もういい、お前ら揃って消えろ」
そして再び拳を構え……
術式展開 終式 青銀乱残光
全方位への絶え間ない乱れ撃ち。速さも精度もこれまでの比ではない。炭治郎はあれを使う時が来たと確信する。
炎の呼吸 奥義 玖ノ型・煉獄
日の呼吸 拾参ノ型 円環
煉獄が最終奥義で立ち向かうと共に、炭治郎も日の呼吸壱から拾弐ノ型を一気に素早く放ち、拳の乱れ撃ちを躱し、叩き斬り、猗窩座の死角に入る。
煉獄は拳の乱れ撃ちなどお構いなしに猗窩座の身体を大きく抉り、炭治郎は死角から猗窩座の頚を狙った時、何か一瞬、知覚したような気がした。透けて見えるような。何と、上弦の参の体内が透けて見える!
それに周囲もこれまでとは遅く流れているような気がした。よし! これならいける!
炭治郎は猗窩座の頚をとうとう刎ねた。猗窩座の術式展開による敵の探知能力をもかい潜って。
呆然とした表情をした猗窩座の頚は床にボトンと転がり落ちた。頚から下は煉獄によって深く抉られていた。
続けて炭治郎は残りの身体を斬り刻んで止めを刺した。
そして灰になり消えゆく頚。
「炭治郎。お前の技は見事だった……」
猗窩座からは感謝の匂いがした。死により、「上弦の参」という立場から解放してくれたことに対する。
「成仏してください」
炭治郎はそう願わずにはいられなかった。もしかしたら猗窩座が人間であれば分かり合えたかも知れないと思う。
炭治郎は煉獄を見ると、変わり果てた姿で、しかも腹が貫通しているのが見えた。
煉獄が最終奥義で、取って置きの攻撃で殺しにくる猗窩座を特攻している間に日柱・竈門炭治郎が上弦の参を撃破したのだった。
「上弦の…参に、勝った……。煉獄さんを犠牲にして……」
その声と共に炭治郎は倒れた。
ベン!
無限城では、琵琶の音と共にスラリとして目鼻立ちの整った美女が現れた。目には「上弦」「陸」と刻まれている。
「ここに呼ばれたということは、上弦が鬼狩りにやられた?」