「あ、あれ、どうしたのですか?」
炭治郎はしどろもどろになって聞くも、紫の瞳の彼女はなおもニコニコしながら黙っている。
炭治郎はどう話し掛けようか考えていると、カナエとの会話を思い出した。しのぶさんの弟子で、自分の思いを伝えるのが苦手な人がいる、と。
「もしかしてあなた、カナヲさんではないですか? カナエさんがしのぶさんに継子の女の子がいるって……」
「……」
彼女は黙ったまま、銅のコインを出した。そして、宙に投げたのだ。
「何、してるの?」
炭治郎が問いかけるのも構わず、彼女は宙から落ちてきた銅貨をキャッチした。それを確かめた彼女はようやく口を開いた。
「そう。栗落花カナヲ。炭治郎に夕飯の準備を手伝わせるよう、指示があった。」
そう言って、彼女は踵を返してしまった。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
炭治郎は慌てて追い掛ける。しかし、彼女は応えることなく廊下を進んで行く。
「ねえ、さっきの銅貨は何だったの? カナヲさんはしのぶさんの弟子なんですよね?」
炭治郎がなおもめげずに話し掛けると、別の女性の声がした。
「あらあら炭治郎。カナヲと早速、仲良くなっているのかしら?」
カナエさんだ! 振り返るといつの間にか炭治郎たちについて来ていたのだ。
「いや、初めて話したばかりでお互いの自己紹介をしていただけです! カナヲさん、これから夕食を作るからって呼んできてくれたんですよ~!」
炭治郎は笑顔で答える。会話が殆ど嚙み合わなかったことはおくびにも出さなかった。
「そうなのね~! カナヲ~、炭治郎はとてもいい子で歳も同じくらいだから、心を開いて話してみるといいわよ~!」
快活に言うカナエに、廊下をずんずんと進んでいるカナヲは一瞬、振り返って炭治郎を見た。ニコニコと笑顔を浮かべて。
「カナヲさん、俺のことを歓迎してくれる、と顔に書いてありましたよ! ありがとうございます! これからお互い、胡蝶家の同僚として仲良くしましょう!」
「……」
カナヲは尚も振り向かなかったが、表情を若干、綻ばせたのだった。
「ああ、そうそう。禰豆子ちゃんは寝てしまったみたいだから、部屋のベッドに寝かせてきたから」
「わかりました。ありがとうございます。」
禰豆子……。俺がずっと走ってて籠で揺られていたもんな……。そりゃ疲れるよな。
炭治郎がそう思っている間に、三人は胡蝶家の厨房に着いた。
厨房に着くと、三人の幼い少女たちが切り盛りしていて、彼女たちは三人に気付くと直ちに駆け寄ってきた。
「きよです。」
「すみです。」
「なほです。」
三人が自己紹介した。三人とも、めいめいが蝶の髪飾りで髪を留めている。
「はじめまして、竈門炭治郎です。家族を殺されたところ、カナエさんに拾ってもらったんです! 宜しくお願いします!」
三人ともまだ背が低いので、炭治郎は彼女たちの目線に合わせるようにしゃがんで挨拶した。
「宜しくお願いします!」
三人とも笑顔で言ってくれた。カナエにしのぶ、カナヲにこの三人が蝶屋敷の「家族」だ。そこに炭治郎たちが加わる形だ。アオイがそうだったように、この三人も鬼によって家族を奪われた所を拾ってもらった、とのことだった。
それから炭治郎は三人に案内されながら夕飯作りを手伝いはじめ、そこにアオイやしのぶも合流した。
「炭治郎ってご飯も作れるのね~!」
カナエは鍋をかき回しながら言った。
「はい! うちは家族が多くて毎日火を焚いてご飯作ってましたから!」
炭治郎は得意げに言った。絶妙な火加減でご飯を炊き、食材も手際よく切って料理していく姿にカナエだけでなく蝶屋敷家族一同が驚いていた。
「家事ができる人手が増えたのは純粋に助かるわ!」
しのぶもこの時は本当に笑みを浮かべて言った。カナヲはどうしているかと見てみると、微かに笑顔を浮かべながら食材を切っているところだった。
和やかな雰囲気のまま夕飯はでき、居間に運んだ。そして炭治郎も含めた七人は食卓を囲む。
「今日もみんな、ありがとね。いただきます!」
カナエが言うと、一同が手を合わせて「いただきます!」と言った。
炭治郎は一口を口にした。旨い……。そして思わず目に涙が溢れる。
「あれ、どうしたのかしら?」
カナエがすかさず、炭治郎の顔を覗き込む。
「すみません。俺もついこの間までは家族でこうして団欒していたな、と思い出しまして……。」
そう言っている間にとうとう溢れてしまう。
「炭治郎の悲しみはわかるわ。炭治郎にとって、すぐに私たちが今までの御家族の代わりになる、とは言えないかもしれない。しかし私たちは皆、家族を失ったもの同士が集まって家族になっているの。血は繋がっていなくても皆、家族同士。炭治郎の悲しみも辛さも私たちは分かち合うわよ~」
そう言ってカナエは温かな笑みを投げかけた。しのぶもアオイも当然だとばかりに炭治郎に頷いてみせ、すみ、なほ、きよの三人も眩しいばかりの温かい笑みを浮かべている。カナヲは表情を変えることなくひとり黙々と食べている。彼女も自分を新たな家族だと黙許してくれているような匂いだった。
「ありがとうございます! 本当に助かります!」
そう言って炭治郎は涙を拭い、ガツガツとご飯を掻き込んだ。その様子にカナエは「フフフッ」と笑ってみせた。
「炭治郎君は本当に甘えん坊ね。昔の私を見ているようだわ~!」
しのぶも笑いながら言う。
甘えん坊? そう言われ、炭治郎は心外だった。
「すみません! 見苦しい姿を見せてしまって。俺は家族を失った悲しみ、悔しさをバネにして鍛錬し、鬼殺隊に入り、俺のような悲劇を少しでも減らします!」
「あらあら。素晴らしい意気込みね! でも私にとって炭治郎は可愛い弟。辛いことがあったら何でも頼るのよ~?」
「そうですよ、炭治郎さん! 炭治郎さん一人で勝手に抱え込んだらカナエ様は悲しみますからね!」
「無茶して姉さんを悲しませたら姉さんが許しても私が許しませんよ~! 辛い時はここにいる誰かに必ず頼ってください!」
「ほらしのぶとアオイ、プリプリしてはダメよ? 姉さん、あなたたちの笑った顔が好きだな~!」
アオイとしのぶがいきり立って言う姿にカナエは笑顔で窘める。
「別に怒ってないわ!」
「そうです! 怒ってません!」
何気ない胡蝶家の談笑に、炭治郎の心も和らぐ。
やがて食べ終わり、皆で食膳を片付けた後、カナエは炭治郎にこう話した。
「炭治郎、御家族で伝わる舞がある、と言っていたよね? 確か、ヒノカミ神楽だっけ? ちょっと中庭の方で踊ってみてくれるかしら?」
「わかりました! ヒノカミ神楽は踊るのに下準備が要るのですが、準備しても大丈夫ですか?」
「ええ。構わないわよ~! どんな踊りか姉さん、楽しみだわ~!」
カナエは満面の笑みを浮かべて言い、中庭まで案内してくれた。他の家族たちもついて来て、誰もがワクワクしている匂いだ。
正直、今日は走り通してきたばかりで身体中クタクタだが、もうひと踏ん張りせねばと炭治郎は身体に鞭打つ。
そして、アオイに聞いて薪を中庭まで運んできてそれを高く積み上げる。
「炭治郎、準備はどうかしら?」
「あっカナエさん。これで火を起こせば始められます!」
「よし、では火をつけようか、アオイ、つけてくれる?」
「はい!」
そう言ってアオイはマッチを手にスタスタと庭まで出てくる。他の家族たちは床に座った。
「カナヲ」
炭治郎は突然、声を掛ける。
「これから俺が神楽を舞うからよければ見てくれ。うちのヒノカミ神楽には無病息災の祈りが込められているんだ。だからこれからは、健康で健やかにカナヲが自分の心に素直になっていけるようにきっとなる。だから見てくれ!」
「……」コクン
「ふふふっ。やはり炭治郎は天然のたらしよね…」
カナエが笑い、しのぶも口を開く。
「あなたはこれから姉さんの見習いとして鍛錬するのだから、女性を口説くのはほどほどにしなきゃダメでしょ!」
「す、すみません……」
しのぶさん、やはりきつい……。
そのやり取りの間にも、アオイによって薪に火がつけられた。
いつもは暗く、月明かりと星に照らされる中庭は、煌々と燃え上がる炎により明るく照らされている。
その傍らで、 『ドン! シャン!! ドドン!!! ドン!!!』 と拍子を刻みながら一人の少年が舞う。
炭治郎は父に習ったことを思い出しながら必死に舞う。「ヒノカミ神楽と耳飾りだけは必ず継承していかなければならない」という父の言葉が木霊する。
一方、見ている側は誰もが息を呑んでいた。
「炭治郎が繰り出す一つ一つの舞は何処か、鬼殺隊それぞれが使用する呼吸と型の名残のようなものを感じさせない?」
しのぶが口を開く。
「そうね! ただ、今まで見てきたどの呼吸とも違うわ。実際に日輪刀で振れば威力も高そうね」
とカナエが答える。岩でも炎でも水でも雷でも風でもないし、一体どの呼吸と結びつくのでしょう……。
ここで異変が起きる。炭治郎が十個目の型を披露したところで動きが止まったのである。
「はぁはぁはぁ…」
炭治郎の身体に限界が来て、とうとう倒れ込んでしまったのだ。
「炭治郎!どうしたの!!」
直ちに駆け寄るカナエ。しのぶたちも心配そうに注目している。
「すみません、カナエさん……。父曰く呼吸を意識して正しい呼吸で踊れば雪が降る中でも休まず踊ることができるそうなのですが……。」
やっぱり全集中の呼吸なのね……。
カナエは確信を強める。
「すごいわ~!炭治郎、今の舞とても凄かったわ。ねっ、みんな?」
「ええ! いい舞だったわ!」
しのぶが言うと、アオイとカナヲが揃って頷き、すみたち三人も満面の笑みで拍手する。
「今日は朝からよく頑張ったわね~! 今日はこれで終わりにするから、ゆっくりと休みなさい」
「はい! ありがとうございます」
炭治郎は何とか立ち上がって言うと、カナエは笑顔で抱きしめてきた。
「うん。頑張った、頑張った」
カナエは抱きしめていた身体を放し、急に真面目な顔になった。
「決めたわ!姉さん。竈門炭治郎、あなたを立派な鬼殺隊にする道がこれで見えました。よって、あなたを正式に私の継子とします。明日から容赦なくビシビシ鍛えますので、覚悟するように」
いつになく厳かなカナエの言葉に炭治郎は「はい!」と力強く返事した。ヒノカミ神楽と鬼殺隊が何かリンクしているとは俄かには信じがたかったが……。
「異論はないわね?しのぶ」
「ええ。私も炭治郎君からは鬼殺隊としての無限の可能性を感じました。なので異論はありません!」
しのぶも力強く答えた。彼女が賛同した以上、カナヲやアオイ、あとの三人にも当然、異論はなかった。
「ありがとうございます! 俺、これから精一杯、頑張りますので、ご指導お願いします!」
「はい。期待しているわよ~」
炭治郎の改めての弟子入りの挨拶に、カナエは笑顔で答えたのだった。
竈門炭治郎、いよいよ鬼殺隊に向けての修羅の道が始まる。