翌朝。炭治郎は寝ぼけ眼で指定された道場に向かうと……。
「おはよう」
カナエは隊服に蝶羽織を身に纏い、凛々しい姿で迎えた。やはり隊士としての彼女はいつもの姿ではない……。並々ならぬ匂いを早速、炭治郎は感じる。
「おはようございます!」
ちゃんとしてないと怒声が飛んでくると直感し、ハキハキと挨拶した。
「よし、今から私がいいというまで屋敷の周りを走って来なさい」
「はい!」
蝶屋敷の周りは坂が多く、走り切るのにひと苦労だった。何週走ったかわからないくらい走った時、炭治郎は息が切れてしゃがみ込んでしまった。しかしそこにすかさずカナエが仁王立ちになり……。
「立ち止まることは許しません。しっかりしなさい!」
炭治郎は立ち上がろうとするが、身体が言うことをきかない。
「すみません。身体が……!」
「関係ありません。立ちなさい、竈門炭治郎。深呼吸して息を整えてすぐ走りなさい」
カナエの表情は真剣そのものだった。これぞ花柱・胡蝶カナエ!というような。
禰豆子のためだ! ぐあああああ!
炭治郎は渾身の力を振り絞って立ち上がり、今にもふらついて倒れそうになりながら深呼吸する。
「そう。炭治郎ならどんな厚い壁も乗り越えられるわ。頑張って!」
「はい!」
炭治郎は再び走る。そして昨日舞った、ヒノカミ神楽について思い出す。父さんはあれを踊り切るのに楽な呼吸法があると言っていたが、一体どんな方法だ?
長時間走っても息が切れない方法もそこにある気がしたが、とうとう炭治郎は思い出せなかった。
カナエに休憩していいと声を掛けられた時には、既に昼を回っていた。アオイが持ってきたおにぎりを食べ、午後は道場で鍛錬することとなった。
「これから柔軟体操をやります。足を横に開けるかしら?」
完全に水平とまではいかなかったが、何とか開く。
それを確認したカナエは炭治郎の後ろに回り、両方の肩を押さえる。
「よし、では今からぐーっと前に押して行くわよ?」
「はい!」
炭治郎の返事と共に、炭治郎の上半身は床に向かってぐーっと押された。
「いたたたたたたた!」
下半身、とりわけ股間のあたりがもう割れてしまうのではないかと思うほどの痛みが走り、炭治郎は呻く。
「あらあら。これでも手加減してるのよ?」
えっ? これでも?
炭治郎は絶望するも、禰豆子のためだと言い聞かせて雄叫びを上げながら耐えた。
午前中の走りと併せ、下半身が筋肉痛となっていたがその後も修業は続く。
「次は全集中の呼吸をやるわよ」
「全集中の呼吸、ですか?」
「ええ。鬼は人間よりも力が強いし、基本的に日光を浴びない限りは死ぬことはないの。殺すには日輪刀という特殊な刀で首を切らなければ死なない。傷を負わせても、あっという間に回復してしまうわ。そこで、全力で呼吸することによって血を全身に巡らせることで一時的に鬼と同じくらいの力を得られるのよ。これを呼吸法といって鬼殺隊の基本技よ」
「そうなんですね~!」
「この間、五つの流派があって、私は花の呼吸だと言うのは話したことは覚えているかな?」
「覚えています! そしたら俺は花の呼吸を今から学ぶ、ということですか?」
「それなんだけど、私、昨日踊ってくれたヒノカミ神楽。あれを炭治郎の呼吸法にできないかな、と思っているの」
「えっ、ヒノカミ神楽って岩、風とかの五つのうちどこからか派生しているのですか?」
「いや、派生してないわ。でも、ヒノカミ神楽は炭治郎の武器になる! 私もしのぶもそう思ったの! だから炭治郎にはこれから、ヒノカミ神楽の舞を全部完璧に踊れるようになってもらうわ!」
えーっ!
炭治郎は心の中で思わず叫んだ。疲れていない時でもあれを一回、踊り切るだけでもひと苦労だった。父さんは楽々と何万回も踊っていたが、どうすればあんなに楽に踊れるのか全く見当がつかなかった。
「カナエさん、聞いてもいいですか?」
「ん? 何かしら?」
「ヒノカミ神楽、父さんは正しい呼吸法がわかれば簡単に踊れるようになると言っておりました。俺は全くその方法がわからないんですが、どうすればいいかわかりますか?」
「うん。それが全集中の呼吸だから今からやっていきましょう。それとヒノカミ神楽の練習の時はアオイに拍子をとってもらうようにするから、それで踊ってみてくれるかしら?」
「わかりました!」
「ヒノカミ神楽より前に全集中の呼吸よ、呼吸。この瓢箪を破ってちょうだい。深く呼吸して指先まで息を巡らせるイメージで」
そう言って小さな瓢箪を出した。炭治郎は早速、口をつけてできる限り息を深く吸って吹きかけたが、瓢箪はびくともしなかった。しかも深く呼吸したことで耳鳴りがし、肺も痛くなった。
「ほら、起きなさい、炭治郎。鬼と戦ってやられた時、そうやって蹲っているつもり?」
カナエは、思わず蹲ってしまった炭治郎を掴んで強引に起こす。
「す、すみません、もう一度やります」
「とにかく息を整えなさい」
炭治郎は息を整えてもう一度、瓢箪を吹く。そして痛みに悶える……。
この時は瓢箪をびくともさせられなかった。
それから炭治郎は、アオイが拍子木で拍子を取りながらヒノカミ神楽を踊った。今度は十二の型まで踊り切る。こちらは拍子を取ってくれていることで昨日よりは楽に踊れたが、四回目を踊った後は流石に限界が来た。全身に痛みが走る。
「よし、少し休憩してさっきの瓢箪を吹いてみましょう」
「はい!」
そういえば舞っている最中にいつの間にか、深く呼吸が出来ていた気がする。
五分後、舞った時の感覚を思い出しながら吹いたら瓢箪はパン!と割れた。
「よし! やったね、炭治郎!」
カナエは満面の笑みを浮かべて抱きしめる。
「炭治郎さん、稽古一日目でできるなんて凄いです!」
アオイも手放しで褒めてくれる。
「いえ、これに満足することなく、引き続き鍛錬していきます!」
「うん。その意気よ! 全集中の呼吸は寝ている時も含めて四六時中、やってちょうだいね。寝ている時は炭治郎がきちんと全集中の呼吸をやっているか、すみ、なほ、きよにチェックしてもらうことにするわ。私も全集中の呼吸は今でも四六時中、やっているからね。今日はこれで終わりにするから、ゆっくり休んでちょうだい」
カナエは厳しい宿題を課しながらも、炭治郎を心から労るように言った。とても温かい……。尤もカナエからはこの時だけでなく、修行中、叱られた時もいつもと同じよう温かい匂いをしっかりと感じていた。
いつ如何なる時もカナエは愛情を持って俺に向かって来てくれている。俺はしっかりと応え、石に齧りついてでもついていかねばならない。炭治郎は改めてそう感じるのだった。
尤もその夜、睡眠中に炭治郎は全集中の呼吸を徹底させられず、何度も三人に叩き起こされて翌朝は寝不足の状態となってしまったのだった。
翌日も朝早くから走り、その後は剣の練習があり、何千回と素振りさせられた。その上で今度はより大きな瓢箪割りに挑戦させられることとなり、ヒノカミ神楽の十二の舞も延々と踊らされた。
カナエから度々怒号を浴びたり、改善点を指摘されたりしながら。
そして全集中、常中の技を炭治郎は一週間でマスターすることができるようになった。今ではある程度の大きさの瓢箪であれば割れるようにはなった。深く息を吸って吐いても身体が苦しくなることはなくなった。
ヒノカミ神楽も大分楽に踊れるようになっている!
それから炭治郎はいよいよ、剣技の本格的な実戦稽古を挑むこととなり、
道場で木刀を構えてカナエと向かい合った。
~大正コソコソ噂話~
禰豆子は初日にカナエの部屋で寝て以来、目覚めなくなりました。炭治郎たちは一瞬、死んだのかと驚きましたが、脈はしっかりとあったのでしばらくこのまま様子を見よう、ということになりました。