鬼滅の刃 蝶と日と   作:毛利カトリーヌ

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鬼舞辻無惨

炭治郎は鬼舞辻無惨について、一通りはカナエから聞かされていた。

鬼の始祖にしてトップであり、千年以上前、平安時代から君臨し続けているという。

過去、無惨を滅ぼし掛けた鬼狩りが一人だけいたが、彼を最後に無惨を追い詰めた人は一人もいない。そもそも無惨は巷からは身を隠して生きており、尻尾を掴むことすら困難だ。

しかし、その無惨の匂いがする!

 

炭治郎の匂いとカナエの気配は見事に一致し、その存在を突き止めた。

 

コイツが、鬼舞辻無惨―――

 

炭治郎もカナエも唖然としていた。

 

紳士的なスーツ姿にシルクハットを被り、穏やかな笑みを湛えながら妻と子どもを連れている。

傍から見れば理想的な家族そのものであり、人間を襲い、喰らう鬼の気配はどこにも感じないだろう。

現に妻は彼を愛する夫として接しているし、子どもも彼に懐いており、人間の天敵な存在だとは思っていない。

 

だから妻と子どもが危ない!しかし…

 

「炭治郎、彼は並の相手ではないわ。様子を見ましょう」

カナエはそう言って炭治郎の手を握る指に力を込める。

 

「いや、このままだと妻と子が危ないです!」

そう言って炭治郎はカナエの手を振り解き、藪から棒に

 

「鬼舞辻無惨はお前か?」

 

シルクハットの彼を見て叫んだ。カナエが尚も引き止めようとするのを押し切って。

改めて相対すると、その赤い目からはどこまでも残酷な匂いを感じる……。下手したらこの後すぐ死すら訪れてしまう、というような。

表面上はどこまでも紳士だが、炭治郎の匂いは決してごまかせない。

 

「ん? 人違いではないですか?」

 

彼はキョトンとして訊ねた。妻や子どもからも怪訝そうに見られる。

 

「人違いなんかではない! お前が俺の両親を殺したんだ!だから…」

 

「すみませんね〜。うちの弟がでしゃばりなもんで〜」

カナエが出てきて、炭治郎は口を塞がれ、強引に連れ出される。

 

「待ってって言ったよね? 師範の言うことはしっかりと守って欲しいわ」

 

そう言われながらも炭治郎は振り返り、

 

「鬼舞辻無惨! 俺はお前を決して許さない! 地獄の果てまで追い掛けてやる!」

 

と叫び続けた。

 

「ちょっと、いい加減にしてくれないかしら?」

 

カナエが珍しく怒り、耳をグリグリと引っ張られ、痛い!と絶叫した時のことだった。

 

無惨が居た方で「キャー!」という叫び声がした。

 

振り返ると、人垣に阻まれながらもある男性の顔色がみるみるうちに変わり、表情、目つきも豹変していくのが視認できた。禰豆子が鬼になった時と同じような状態だ! そして、

 

「ワアアアアア!」

 

男性は暴れだし、隣の妻に飛びかかっていった。炭治郎は思わず駆け出していた。人垣を搔き分けて男性を両手で押さえる。

 

「あなた!」

妻は肩を喰われ、血を流している。カナエがすかさず出てきて、布を取り出す。

 

「大丈夫ですか?」

そう言って、カナエは布を女性の肩に巻き付けて止血する。

 

「堪えてください! 鬼になんかなってはいけません!」

 

炭治郎は必死に押さえる。この人はまだ誰も食べていない! 奥さんも致命傷ではない! カナエさんが女性を診ている間に俺が何とか誰も襲わないように押さえなければ!

 

「麗さん危険だ。向こうへ行こう」

 

無惨の声だ! 少し離れた所に視認できた。しかし、この人を放って追い掛けられない!

炭治郎は思わず絶叫する。

 

「鬼無辻無惨! 俺はお前を逃がさない! どこへ行こうと! 地獄の果てまで追い掛けて必ずお前の頚に刃を振るう! 絶対に許さない!」

 

 

「あなたは心優しい方で決して、誰かを襲ったりするような方ではありません。どうか目を覚まして下さい」

 

そばでカナエの温かい声がした。女性の手当を終え、炭治郎の隣にしゃがんで男性を押さえているところだった。

と、そこに黒い詰襟の服を着た警官がぞろぞろと来る。

 

「貴様ら何をしている。酔っ払いか? 離れろ!」

 

「ほら、下がれ下がれ!」

 

そう言って、数人の警官たちがカナエを引きはがしにかかる。

 

「ごめんなさいね~。この人はあなたたちでは手に負える相手ではないんです。私たちに任せてくれませんか?」

 

カナエは全く動じることなく、いきりたつ警官たちを宥めようとするも……

 

「うるさい! 君たちガキが対処できる相手ではない!」

 

そう言って、引き離す力を込めたので……

 

「カナエさんに触るな!」

 

炭治郎が割って入った。カナエが「炭治郎は引っ込んでなさい!」と言うのもお構いなしだ。

 

「やめてくれ! この人を押さえられるのは俺たちしかいない! この人には誰も殺させたくない! お願いだから邪魔しないでくれ!」

 

ん? 何だ、この匂いは! と炭治郎が思った刹那……

 

惑血 視覚夢幻の香 

 

女性の声と共に周りから警官たちや人混みが消え、代わりに紋様のような景色で埋め尽くされる。

周りが見えない! カナエさんは? 

 

「炭治郎、鬼かもしれないから構えて」

 

よかった。そばにいた。

 

「はい」

 

炭治郎も構えると……

 

「あなたたちは」

 

知らない女性の声がした。

 

「鬼となった者にも『人』という言葉を使ってくださるのですね。そして助けようとしている」

 

着物姿の、カナエと勝るとも劣らぬ美女と隣に白い服を着たおかっぱ姿の少年。二人、いや二匹とも鬼の匂いがする!

 

着物姿の女性はカナエを見て言う。

 

「あなたが胡蝶カナエさんですね?」

 

「ええ。花柱・胡蝶カナエです。お会いできるのを楽しみにしておりました! この人は私の継子である竈門炭治郎です。」

 

カナエは立ち上がり笑顔で挨拶し、炭治郎も続く。

 

「改めて、竈門炭治郎です。カナエさんの下で鬼狩りになるために修行しております。しかしなぜですか、あなたの匂いは……」

 

鬼なのではないかと言うべきか躊躇っていた所を着物姿の彼女が引き取る。

 

「そう。私は鬼ですが医者でもあり――あの男、鬼無辻を抹殺したいと思っている。それに私はあなたたちが鬼になってしまった者を必死で助けようとしているのをしかと確かめました。だから今度は私があなたたちを手助けします」

 

「いえいえ、当然のことをしたまでですよ~。今日はこの炭治郎が箱で背負っている、妹さんをちょっと診て頂きたいなと思いまして……」

 

「お安い御用です。では私たちについて来て下さい」

 

こうして、眠り続ける禰豆子は診てもらえることになった。

 

 

 

一方、炭治郎に地獄の果てまで追い掛けると言われた鬼無辻無惨は、家族を連れて人混みから離れながら考え事をしていた。

 

あの少年、俺を唯一追い詰めたあの始まりの剣士を思い起こさせる……

 

両耳に花札のような耳飾り、まだ少年だがとんでもない鬼狩りの素質を感じさせる佇まい、そして人間の命を粗末にすることを誰よりも許さないといったうざったい正義感。

 

無惨は家族に、商談にいかねばならないと言い、別れて、一人路地に入っていった。

すると酔っ払いに絡まれる。

 

「痛っ! 何だてめえ」

 

「……すみません」

 

能面で言う無惨に対して更に絡む。

 

「おい! 待てよ!」

 

そう言って、酔っ払いは無惨の肩を掴む。

 

「すみません、急いでおりますので」

 

「おいおい随分いい服を着てやがるなあ、お前。気に入らねえぜ。青白い顔をしやがってよ! 今にも死にそうだぜ!」

 

この酔っ払いの言葉には無惨が反応し、その赤い目で睨み、手を上げた刹那……

 

ドシャッ!

 

酔っ払いは壁にぶつけて血を流し、事切れていた。

 

「おい! 弟に何しやがる!」

 

今度は禿げ頭で、やはりガラの悪そうな男性が突進してきたが、これも無惨が手を上げると同時に男性は宙に高く舞い、落ちると同時に事切れる。

 

その間、女性が現れて最初に絡んで来た男性の看護をしようとしていたが、今度は無惨がその女性に絡む。

 

「私の顔色は悪く見えるか。私の顔は青白いか、病弱に見えるか? 長く生きられないように見えるか? 死にそうに見えるか?」

 

「……」

 

顔中に冷や汗を浮かべる女性を尻目に無惨は続ける。

 

「違う違う。私は限りなく完璧に近い生物だ」

 

そう言って無惨は人差し指を女性の額を指し、突っ込む。驚きで目を見開く女性の額にはたちまちひびができる。

 

「私の血を大量に与え続けるとどうなると思う?」

 

無惨の指からはとめどなく血が流れている。

 

「人間の身体は変貌の速度に耐えきれず、細胞が壊れる」

 

「ギャアアア!」

 

女性の断末魔の叫びなどものともせずに、無惨は指をパチン!と鳴らした。

 

すると、男と女一人ずつの鬼が現れ、平伏した。男の方は数珠を首に巻きつけている。

 

「何なりとお申し付けを」

 

女の鬼が平伏したまま口を開く。

 

「耳に花札のような飾りをつけた少年の頚を持って来い。いいな」

 

鬼無辻無惨は冷酷な目つきで命じたのだった。

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