マシュ・キリエライトは転生者である。 作:てあ
黒の大精霊が分裂した七つの欠片の一人であり、今この世界で現界している唯一の原初の悪魔である。
生まれながらにして最強だった彼は、悪魔や妖魔が蔓延る魔界を生き抜き、やがては一角の王にまで昇りつめたことさえある。
そんな彼は、魔界で数百年を過ごすとともに、次第に戦いへの渇きを感じていた。
ああ、もっと血沸き肉躍る死闘をしたい。限界と限界のぶつかり合いの戦いをしたい。
しかし、彼の周りには残念なことに彼と渡り合えるような強者はいなかった。同類である原初の悪魔と対戦しても、どいつもこいつもマイペースで逃げられてしまい、真面目に戦いにくるヤツが来たと思ったら格下の実力しか持たない原初だったり。
素晴らしい対戦相手に恵まれないことが、彼の悩みであった。
そんな
『敵国を滅ぼしてくれ!俺の家族を奪いやがった、あのクソ野郎どもを!』
それは、若い男の声だった。
本来、悪魔という種族は魔界―――――――――つまり精神世界に存在するのだが、現実世界からの願いを聞き入れることによって、対価として報酬を貰い、現実世界に降臨することが可能なのだ。
小さな願い事ならば、そこら辺の下級悪魔でも呼べば大抵は叶う。それでも叶わないのならば、呼ばれる悪魔の階級は上昇していく仕組みになっている。
なのにも関わらず、悪魔という種族で頂点に君臨している
ほんの少し、それこそ穴の中を覗き込む程度の気持ちで、
「―――――――――これで良いのか?」
「ああ!ありがとう、この恩は感謝してもしきれない!」
感涙し、嗚咽交じりに感謝を述べる男。
そんな男を見て、
彼が願った『敵国の人間、百万人を一人残らず殺す』は、それほど感謝に値することだったのだろうか。
あんな、
人間という脆弱な種族について、
まあいいか、そう呟いて首だけの女を後ろに放り捨てた
「それで?俺への
「―――――――――へ?」
涙と鼻水で顔面をぐしゃぐしゃにしていた男は一転、呆けたような顔になった。
「悪魔を呼び出したってことは、その見返りがあるのは知ってるだろ?」
何を言ってるのか分からない、そんな顔をする男に
悪魔の召喚の条件を知らずに俺を召喚するとは、実力だけはあるバカ野郎だな、といったところだろうか。
「まあいい、丁度俺もヒマしてたところだ。この世界の強いヤツでもぶっ倒すか」
「……………あっ、待て!勝手に行こうとするな!」
階段を降りようとしていた
「主の命令は絶対だろうが、お前はこれから俺のためだけに働くんだ―――――――――
ギィィィヤアアアアアアアアアア!!
男の絶叫が城に木霊する。
つい先ほどまで、自分の主だった男の首を踏み潰していた
「人間の叫び声ってのは奇妙なもんだな……『ギィ』、ね。俺の名前に丁度いいかもしれん」
それが、この世で初めての”真なる魔王”の誕生。
今からおよそ数百年前の出来事だった。
そして、時は戻り、現在。
ギィは歓喜していた。
久しく感じる、自分のステージに限り近い存在との闘いに。
この世界での親友である、ヴェルダナーヴァに連れられてこられたのはヴェルダの天空城であった。
そこで待っていたのは桃色の髪と大きな盾を持った少女。
名をマシュ・キリエライトというらしい。
聞いたこのない名前だ。見たところ人間であるようだが、それにしては存在値が異様に高い。
挨拶を挟んだ後、ヴェルダの「仲良くなるには拳から」という提案で何故か殴り合いへと移行した。訳が分からないが、それはいつものことなのでギィは気にしない。……諦めたともいえるが。
「はあっ、ああああ!」
「っと」
大盾の連続突きを華麗な腰使いで躱すギィ。
その顔は強者の存在に笑みを浮かべているが、どこか物足りなさそうだ。
ヴェルダに決して怪我をさせるなと言いつけられているのでこちらは手を出さないが、如何せん、ただただ避け続けるのは飽きるものがあるらしい。
暇ではあるが無駄な時間は過ごしたくないのだ。
ならいっそのことすっぽかしてしまおうかとも考えるが、こんな貴重な機会は今後ないかもしれないと思うと、そう簡単には判断できない。
それに、約束破って帰ったらあとでヴェルダに何て言われるか分かったもんじゃない。
っと。
マシュが盾を構えるモーションを取ったので、ギィは思考を戦闘に戻す。
「これならッ!」
「む、」
惜しいな。実に惜しい。
空中バク転で横薙ぎを躱したギィは、顎に手を当てて思考する。
パワーも、スピードも申し分ない。だが、盾という武器ゆえか攻めへの決定的な一撃が足りない。
ギィは互角の戦いといえど、お互いを殴り合うような死闘がしたいのだ。
ヴェルダもいいが、アレはもう戦闘と呼べるようなものではない。ヤツと俺には差がありすぎて、そもそも殴り合いすら成り立たないのだから。
しかし、せっかく現れた強者の芽をつぶすようなことはしたくない。むしろ育ててみたいさえある。
なので、
「……大盾を使わず、素手で殴るんですか?」
「お前はまず戦闘の基礎がなってないからな。攻めにも転用したいんだったら格闘術は学んどいて損はないだろ」
「なるほど」
適当にマシュを納得させて強制的に殴り合いへと移行することにした。ヴェルダからの脅迫ともいえる言いつけは空の彼方に消え去っている。
「ほれ、俺の顔面でも殴ってみろ。ここだぞ、ここ。俺の右頬を狙うんだ」
ギィは自信の右頬を指さし、殴ってみろとマシュに告げる。
急に自分を殴れと言ってきたギィにマシュは少し困惑したようだが、すぐに押忍!と声を上げて右の拳を握りしめる。
「安心しろ。俺はヴェルダの本気をちょっと引き出せるくらいには強いからな」
「そ、そうなんですか!?」
「まあな。こう見えて俺は唯一の魔王だし」
「そうなんですね……だったら、手加減はナシで行きます!」
「おう、ドンとこぐあああああああああああ!?」
刺さるマシュの拳。
それはギィが指定した右頬ではなく、左頬で。
まったくの予想外からの攻撃に、ドヤ顔で自慢していたギィの顔面は不細工に歪んだ。*1
「す、すみません!ちょっと強すぎたですかね……?」
「い、いや。気合いがあっていいじゃねぇか。嫌いじゃないぜ、そういうの」
申し訳なさそうに頭を下げるマシュに、ギィは壊れかけのプライドを顔に貼り付ける。心の中では爆焦りしていることは決して悟らせることはなかった。伊達に魔王としてよろしくやっていないわけじゃないのだ。
「そ、そんじゃあ休憩を挟んだらもう一戦やるか」
「はい!よろしくお願いします!」
……世界の最強の一角たるギィが避けられなかった要因は三つ。
それはマシュの身体能力……戦闘センスを舐めていたこと。まさかの右頬ではなく左頬を狙われたこと。
なにより、彼女が持つユニークスキルの恐ろしさを知らなかったこと。
そう……『
ルシアにぶん殴られたヴェルダが、傷を治すために使用した魔力がちょっとマシュに流れ込んできちゃったなんて予測できるわけがなく。
一旦休憩を挟んだ後、始まった模擬格闘訓練。
高速の殴り合いの中で(ギィはヴェルダの言いつけを完璧に忘れた)、基本的にギィに圧倒されている*2マシュから、度々繰り出される驚異的に強力な一撃。
股を刈り上げるような蹴り技だったり、視界外からの横殴りであったり、もう色々凄かった。
それらは全てギィには掠りもしなかったが、ギィの冷や汗は止まらない。
(こんなヤバい奴、一体どこに隠れていやがったんだッッッ!)
まさか、貴方の親友が趣味で創ったものです、なんてお告げが下ることもなく。
「はああああ!」
「うおおおおお!?」
突如として盾を召喚*3し、おもいっきり投げてきた*4マシュの攻撃をギィは動揺しながらもいなす。
「な、なあもう終わりにしないか?お前の力量はよーくわかったからさ」
「いいえッ!まだ終わってませんよ!マスターから与えられたこの肉体はこんなもんじゃないんです!あと一週間ぐらいお願いしてもいいですか?」
「もうやだおうちかえる」
生後数週間の赤ん坊マシュに畏怖を抱くギィであったとさ。
めだたしめでたし。
「ギィ?私とのお茶会をすっぽかして一体どこで油を売っていたのかしら……?」
「ヒエッ」
ギィ・クリムゾン
ホモ疑惑のある最古の魔王の一人。原作では最強格として幅を利かしているが、果たしてこの世界線ではギャグ担当から抜け出せるのだろうか。