「コイツは…」
ロン・ベルクは目の前の光景をただ眺めていた。
凄まじい雷光が奔り、バランの肉体を包み込んでいく。
そして竜の牙を握りしめた拳の隙間から血が滴る。
ヒトの赤い血はやがて魔族の青い血へと変わっていく。
「グゥゥ…、オオオオオオオッ!!!!」
バランは天に向かって吠える。
筋肉は更に膨れ上がりバランの鎧を、衣服を裂く。
その身体はヒトのモノではなく異形、竜に酷似したモノ。
ヒトの素肌は鱗に覆われていく。
髪の毛は逆立ち額の紋章は更に輝きを増し肥大化する。
背中から竜の翼が生える。
そして-
「こうなった以上、もう後には引けん…理性が無くなる前に聞いておこう……魔族の剣士よ、貴様の名を」
変身を完了したバランが雷を背に悠然と立っていた。
怒りの形相でロン・ベルクを睨めつける。
「オレはロン・ベルク…最強の剣士を志す無頼者だ」
「そうか、この姿は竜の騎士のマックスバトルフォーム…っ!……竜魔人と呼ばれる姿だ…この姿になった以上、目の前の敵を殲滅するまでは元には戻れん」
「竜の騎士の本気か…もとより覚悟の上だっ!」
ロン・ベルクは双剣を交差させて身体をバランに対して半身にした。
防禦重視の構えだ。
「そうか…では死ね!」
バランは最後に残っていた一片の理性を手放した。
「ウオオオオオッ!!!」
猛然とした勢いでバランはロン・ベルクに迫る。
竜の如き双牙を生やした拳をロンの身体に叩きこむ。
その勢いは剣ごと破壊しそうな勢いである。
バランの拳はロンの肩の横の空間を裂く。
咄嗟にロンが受け流したのだ。
しかし-
「…チッ!」
ロンの肩が裂けて青い血が流れる。
バランの拳圧によって裂かれたのだ。
バランは息を巻きながら手を休めずに猛追していく。
ロンは顔を顰めながら防戦一方になる。
突き出された拳を紙一重で避け頬が裂ける。
蹴りをどうにか双剣で受け止め腕が軋む。
どうにか攻撃を躱し続けるが、少しずつダメージを蓄積させていく。
「流石に竜の騎士だ…唯、一魔族に過ぎんオレには荷が重すぎたか…っ」
ロンには足を、腕を止めることは許されなかった。
少しでも動きを止めれば、あっという間に押し切られてしまう。
先程の心地良い緊張感とはまるで違う。
背筋から既に汗は流れない。
それどころか氷のように冷たい感覚が全身を巡る。
だが、此処で諦めるくらいなら初めから挑んでなどいない。
これ以上に理不尽な力にオレは心当たりがある。
思い起こされるのは嘗て見を寄せていた男。
魔界の神バーン。
それに比べれば、いかに強大な敵とはいえ理性のない獣など!
「ぬぅんっ!」
「がっ!?」
ロンは咄嗟に剣を手放す。
そして突き出された拳を避けると同時に腕を取り極めながら逆方向に投げる。
防戦に徹してきたお陰か徐々に慣れてきたのだ。
ロンは終始相手の動きを読むために防戦に徹し様子見をしていたのだ。
バランは自身の力も利用され盛大に吹き飛ぶ。
吹き飛ばされたバランは硬くゴツゴツした大岩に叩きつけられた。
ガラガラと岩が崩れバランの身体を隠す。
ロンは直ぐに剣を拾い上げると油断なく岩と埃に隠れたバランを見つめる。
勝負はここからなのだ。
「くそったれ…本当に洒落にならんな」
ロン・ベルクは未だ震える腕を忌々しそうに睨みつける。
しかし弱音を吐いてはいられない。
ロンは呼吸を整えて静かに闘気を練り始める。
バランがダウンしている今がチャンスなのだ。
ロンは闘気を練りながら竜魔人の能力を考察する。
攻撃力、防御力、速さ。
どれを取っても先程までとは比べ物にならない。
恐らく魔法力も強化されているだろ。
そして間違いなく先程の戦いで見せた魔法剣などの技能も健在な筈。
だがバランの理性が無い事が幸いした。
初めの攻撃もそうだが直ぐ目の前にある真魔剛竜剣を無視して素手で向かってきた。
魔法も紋章閃も使わずに通常攻撃のみで向かってきた。
そんな所を見ると、バランはかなり頭に来ているらしい。
しかしソレも何時まで続くか。
相手は生粋の戦神の末裔なのだ。
いくら理性を失おうと戦士の本質が勝利のための行動を起す事だろう。
今の内になんとか大きなダメージを与える必要がある。
(…準備が整うまで間に合うか)
ロンは額に汗しながら闘気を高め続ける。
カラ…。
バランを埋め尽くしていた岩が僅かに動く。
投げ飛ばされてから凡そ十数秒。
バランが動き出す。
それでもロンは動かない。
ただじっと静かにバランの様子を伺っている。
(使えるのか?今のオレに…星皇十字剣を編み出しならがも思い描いていた技…しかし十字剣さえ満足に放てない為、理論の余地を出なかったが…)
しかしやるしか無いのだ。
恐らく星皇十字剣でも奴にダメージは与えられるはずだ。
いくら竜魔人といえど直撃さえすれば致命傷も夢ではない。
幸い相手は無手なのだ。
だが一度見せた技だ。
対応されない保証はどこにもない。
星皇十字剣は奴のギガブレイク同様、自身の最強の奥義だ。
だがソレを、最強を超える究極の剣技ならばどうだろうか?
思い描くだけで完成など不可能だと一度は考えだした自分自身に一笑した。
しかし-
「賭けるしかないっ!」
ドゴンッ!!
同時にバランが岩の中から飛び出した。
そして空かさず急降下。
「来いっ!竜の騎士っ!!」
ロンは双剣の柄を合わせる。
柄同士が重なり一つとなる。
ロンは船のオールの様に軽く左右に振るうと剣を天に掲げる。
瞬間、剣から伸びた光の柱が雷雲を貫いた。
「ガアアアアアアアアッ!!!」
「アルテマ、ソーーードォッ!!!」
ロンは光の柱、いや巨大な光の利剣をバランに向かって振り下ろした。
続く