自室であいもかわらずデータ整理をする……。
昨日のルドルフに向けた言葉が重くのしかかる。
……正直あまり眠れていない。
俺以上に彼女は苦しんでいる、ここで止まるわけにはいかない。
淹れておいたコーヒーを飲み切り、眠ろうとする感覚を追い払う。
「ふぅ……」
すっかりコーヒーは冷え切っていて、長時間作業していることを自覚する。
何もしていないと不安になる……。
足音が聞こえてきた、時計はまだ早い時間をさしている……誰だ?
扉がノックされる……ステラではないな、彼女はノックしてこないし、しても即開く。
ジャージの上からコートを着て顔を隠す。
俺のあの評判を知っている子なら面倒事は避けたい。
「……どうぞ」
「はい!失礼します!」
誰だ……?いや見覚えはあるな、たしか、マチカネフクキタルか……。
なんで招き猫を持ってるんだこの子。
「マチカネフクキタルといいます!」
「あぁうん、で何しにここに?迷子……には見えないけど」
たしか高等部だ、迷子にはならないだろうし、ここは学園内でも端にあたる部分にある。
普通ならくるような場所じゃない。
……いやマジで何考えてるかわからん。
「実は!シラオキ様からのお告げで、ここに来れば新たな出会いがあると!」
は?シラオキ様ってなんだ?いやまぁそこはどうでもいいんだが……。
「ここには俺一人だし、君の得になる新たな出会いなんてないさ」
「で、ですがシラオキ様は「あーはいはい帰った帰った」
冷たい対応だと我ながら思う。
だが俺の評判は今の俺にも届いてくるし、ステラがいない間に蹴られる扉に慣れてきたところだ……エアグルーヴには申し訳ないが。
ここに誰かがいることでよくないことが起きてしまうのは俺だけじゃない、俺だけになにかあるなら別に構わないが、他のウマ娘やステラに被害が行く、それは許されない。
マチカネフクキタルはサイレンスズカと同時期になるだろう、俺の見立てだがサイレンススズカは化ける。
マチカネフクキタルもだ……そんな次代を背負うかもしれないウマ娘達に何かあってはトレーナーとして話にならない。
圧をかけるように部屋から追い出して扉を閉める、しばらくその場にいたようだが……諦めたのか気配はなくなった。
……
しばらくして扉が無造作に開けられる。
「おはよう、トレーナー」
「あぁ、おはよう……来てすぐで悪いが、足を確認させてくれないか」
「ん、わかった」
足が目の前に放り出される……信頼してくれているのはありがたいが、もう少し警戒ぐらいはしてほしいものなんだがなぁ。
彼女達ウマ娘の足はガラスともいわれるほど繊細だ。
それを触る以上なによりも大切に扱わなければならない、ましてや足はウマ娘にとって命も同然なのだ。
……ふむ、これは少し想定外だったかもしれない。
「うーん……思ったより消耗が激しいな」
昨日は少し走らせすぎたかもしれない、俺の監督不足だろう。
「じゃあ今日のトレーニングどうするの?」
「いや、思い切って今日は切り替えの日にしよう」
我ながら妙案だ。
どうにもステラから気を張り詰めたような雰囲気がしている、このままではトレーニングができてもどこかで怪我をする可能性がある。
……それに俺自身も、はっきりいって少し体調を崩しつつある。
それに……せっかく退院したのにずっと学園内にいてはリフレッシュするタイミングもなかったろうし。
「せっかく学園に戻れてたのに、イメトレやデータ整理でほとんど遊ぶ時間もなかったろ?どちらにしろトレーニングはできないしな、すこし出かけてみたらどうだ?」
「出かける……かぁ」
考えるような仕草をしている。
ここだけ見るとやはり彼女達も学生で乙女なのだ。
誰かと遊ぶというのも大切だろう。
「せっかく学園に戻れてたのに、イメトレやデータ整理でほとんど遊ぶ時間もなかったろ?どちらにしろトレーニングはできないしな、すこし出かけてみたらどうだ?」
「わかったー」
何も考えてなさそうな顔をしながら部屋を出て行った。
そういえば彼女って友達いるのか?
ゴルシ、ルドルフ、マルゼンぐらいしか思い浮かばないが……まぁ大丈夫だろう。
ゴルシちゃんからメールが届く……『お前の担当ウマ娘は預かった!』
ふむ、おそらくだがゴルシちゃんが相手するからあとは任せておけという意味だろう。
コーヒーを入れなおそう……。
うん……?インスタントのコーヒーがきれている……。
戸棚に予備は~……ないな!
仕方ない、購買で飲み物を買うか……。
正直俺はあんまり外出したくはない、知らないうちに責任の対象にされて、しかも軽いとはいえ実害が出ているレベル。
そんな状況でウマ娘が多いところに行くなんてしたくはない。
時間はまだ早いな、食堂はやってないだろうし今なら行っても大丈夫か……?
どちらにしろ、飲み物はないのだ、いくしかないか……。
コートを羽織ってから重い腰を上げる。
……
購買は食堂の隣にあり食堂の料理提供はこの時間はされてない。
朝練に行くウマ娘の為におにぎりがおいてある程度だが……食堂自体が談話スペースに使われるのでいないわけではない。
今も普通に生徒が談話しているし、トレーナーもいる。
……先輩トレーナーとは基本的に付き合いが悪い。
新人が才覚のあるウマ娘をたまたま手に入れて急に出世したようなものだからあまりいい印象は持たれていないだろうし、マスコミにあることないこと吹聴したのはおそらくトレーナーの誰かだ。
疑ってもきりがないから考えるのはやめよう。
購買でインスタントのコーヒー……ステラように紅茶のパックも買っておくか。
あんまり購買を利用することはないが、やはりこういう時は便利である。
買い物を済ませて購買から自室まで戻ろうとすると。
「おい」
後ろから声をかけられる……面倒事が起きることだけはわかった。
「なんでしょうか」
「お前みたいな担当を自分の名誉の為に怪我させた無能がなんでまだここにいるんだ?」
「理事長に問い合わせてください、では」
すみません理事長、こんど菓子折りでも送ります。
さっさと踵を返し、自室に向かおうとする。
「やっぱあいつの担当のやつ、ステラだっけか?まぐれなんだろ、あんなやつの担当が勝てるわけねぇよ」「どうせ賄賂でもやってたんだろ」
俺への誹謗中傷などはどうでもいいが、それは聞き捨てならない。
背を向けたまま低い声でいい返す。
「では先輩殿の担当ウマ娘はさぞご活躍されたのでしょうね」
「あ、当たり前だろ……俺の担当したウマ娘だぞ!レースにだって「G2で二着」は?」
「その前がG3で3着、そのさらに前がG3で入着なし」
「何を言って「何を?あなたの担当のウマ娘の戦績ですよ」
自分の担当をけなされて黙っていられるほど俺は利口ではない、こんなやり方など汚いとはわかっている。
「先輩、あなたが言った通り俺は凡人どころか無能でしょう、俺について何かいうことなど結構ですが……ステラになにかいう気ならせめてG3の一つでも取ってあげてください、ウマ娘が報われませんよ」
「ッ!クソが!」
走り去る足音が聞こえる。
ため息と重くなる足に嫌気がさしてくる。
……無能か、彼女をああしてしまったのは俺の責任だ、神でも迷信でも助けてくれるもんならすがりたいとさえ思うが、あいにくそれらを信じるほどキレイではない。
「おや!?また会いましたね!」
「俺は出来れば会いたくなかったのだがな」
フクキタル……。
さっさとここを離れればよかった。
「ちょうどいいですね!あなたのことを占いましょう!」
「は?なにをいって……おい、押すな!」
なんなんだ!?人の話は聞けと言われてないのかこいつ!?
結局押し切られる形で占いスペースに連れていかれる。
そして占いをされてフクキタルから言われたのは……。
「トレーナーさんはぁ……!担当ウマ娘のことで悩んでいますね!」
……トレーナーは大概そうだろ。
よし!帰ろう!
「あわわわわわ!ちょ、ちょっと待ってくださいよ!もう少しだけ!もう少しだけ占いますからぁ!」
立とうとした椅子にもう一度座りなおす。
「担当ウマ娘の怪我と、それがまた起こらないかという不安……」
……思ったより核心をついてくるな、将来有望というかG1取りそうもしくは取ったウマ娘は大概癖がすごいが……こういう方向に強いのは初めてだな。
「ふむむむむむ!思いのある贈り物をしてみるのはいいかと!!!」
「思いのある贈り物ねぇ……」
贈り物を選ぶのは苦手だ、受け取る側がどう思うかを重視してしまう。
「難しく考えずに近場にあるものでもいいんですよ!例えば~この開運グッズなんてどうでしょう!!!」
「よーし信じた俺がバカだった!」
「わかりました!わかりましたから!真面目に考えますって!」
それだと悩みがあることを占いで当ててきたのにジョークを言ってきたことになるんだが……。
まぁいいか。
「気軽に作れるならミサンガとかどうです?」
「ミサンガ?切れたら願いが叶うとかなんとかってやつか」
「あれなら手軽に作れますし、怪我しないって願いを込めながらほどけにくく結べばきっと怪我しませんよ!私も作るの手伝いますし!」
ちょうど紐もあるので!と言いながら占い用のテーブルの下から紐が出てくる……もとから提案する気だったな。
だが贈り物か、願いを込めるなんて考えたことなかったが、少しぐらい迷信や言い伝えを信じてもバチは当たらんだろう。
「言っておくが俺は作り方なんぞ知らんからな」
……
結局、長時間悪戦苦闘し完成するころにはゴルシちゃんから解散のメールが届いていた。
短文でありがとうとだけ送り、自室に戻る……自室の前にはステラがいた。
「ステラ、楽しんできたか?ゴルシちゃんから連絡が来ててな『あたしが相手するから任せろ』だってよ」
「ゴルシちゃんが……」
俺には場の雰囲気なぞ読み取れない、ささっと渡してしまおう。
「あとこれは俺からのプレゼントだ」
ポケットから取り出してステラの前に出す。
「怪我しませんようにってな」
「ミサンガってちぎれた時に願いが叶うらしいけど、怪我をしないようにってなったらどういうときに切れるんだろ?」
「さぁ?まぁお守りって思って持っててくれ」
ちょっとしたお祈りみたいなもんだし……まぁ気休め程度だしな。
「どうせならトレーナーが付けてよ」
俺の前にステラの右手が出される。
「俺が?つけ方なんてわからんぞ」
「てきとうに、レース中に簡単に解けないようにしてくれればいいよ」
不器用ながらなんとか結ぶ……これで大丈夫だろうか……?
「ありがとう!トレーナー!」
彼女の笑顔はやっぱりむずがゆいというか、見るだけで少し安心する。
「明日こそトレーニング再開だ、気合入れていくぞ」
「おー!」
ウィンタードリームトロフィーの壁は高い……だが必ず超えてみせる。