「はぁ……はぁ……」
切り替えに使った翌日からトレーニングはスタートしたが、やっぱりきつい。
昔からそうだが、トレーナーは本当にギリギリのラインをつくようなトレーニング量を出してくる。
足は悲鳴を上げる、腕は肩より上がらなくなる、呼吸を整えるのでさえ一苦労だ。
毎日それをやり続けてるから体を壊しかねない……と思われるがそこはトレーナーにアフターケアをしてもらっているので一切問題ない。
「あぁぁぁぁぁぁ」
「……あまり情けない声出すな、乙女がしていい顔じゃないぞ」
「いいのいいの……どうせトレーナーしかいないし」
あぁ……本当にすっきりする。
疲労回復には間違いなく役にたっている、むしろこれが無いと私はダメかもしれない。
「いくら俺とステラしかいないからってあんまりはしたない声は出すもんじゃないぞ、急に誰か来たらどうするんだ」
「ここに人が来ること自体が稀だから大丈夫だよ~……んっ」
まずい変な声が出た、聞かれてないよな?
……沈黙が流れる。
「よし!今日はこれで終わり!さっさとシャワー浴びて休め」
「ん~」
名残惜しいとも思うが……まぁ帰って休もう……。
……
シャワーを済ませて自分の部屋に戻る途中に声をかけられた。
誰だ?
「あんたのトレーナーが俺のトレーナーを……」
ほんとに知らないな……見たことないし……中等部か?
「あんなのはトレーニングなんて言わない、あんたは盲目なのか?あんなやつについていくなんて」
無視だ無視、ここで反応したらめんどうになるだけだ。
苛立ちをごまかして歩みを進める。
意識しないように右の手首を握る。
「俺はあんたの実力は知ってるしそこは尊敬してる、だけどあれ以上あんたを食いつぶすようなやつと一緒にいたr「黙れ」
黙れ……頼むから黙ってくれ。
「お前に何がわかるんだ?お前が私のトレーナーの何を見てるんだ?」
止まらなくちゃ、止まらなきゃいけない。
そう考えても歩みは止まらず、言葉も止まらない。
「私はお前を知ってる。私のトレーナーも」
「は?何を言ってるんだ?」
「トレーナーは自分のことを凡人だといって、寝る間も惜しんでレースの情報を整理してる、私のだけじゃなく、G1級からデビューしたばかりまで」
トレーナーが必死に集めたいろんな走りの中に間違いなくこいつもいた。
……私は強いやつと面白そうなやつは覚えられる。
「お前が私のトレーナーをバカにするっていうなら結果を出してからにしろ」
相手の顔は苛立ちを隠せていないようで真っ赤になっている。
踵を返して走り去っていった。
……こんなことをするつもりはなかったのにな。
……
自室に帰ってベッドに座る。
間違いなく私はメンタル面が削れている。
かなり不安定で今の私はトレーナーが支えだ。
トレーナーとはお互いに傷がついた部分を支えているような状態だ。
結果を出してからにしろ……自分が言ってしまった一言を頭の中で繰り返す。
その通りだ、今のトレーナーに対するバッシングも、私が結果を出せば消えるはずだ。
足は順調に筋力が付いてきている。
「私は勝つ、勝って全員黙らせる」
じゃなきゃトレーナーは……。
……
少々目覚めが悪いが、トレーニングは影響ないだろう。
ジャージに着替えてトレーナーの部屋に向かう。
?……なんだか部屋が騒がしい?
「来たかステラ、柔軟をしてからコースに来てくれ、今日は併走だ」
「ステラさん!よろしくおねがいします!!!」
あぁマチカネフクキタルさんか……いやなんでトレーナーが知ってるんだ?
彼女はたしかトゥインクルシリーズですでに活躍しているウマ娘だが……。
「トレーナーはどこでフクキタルさんと知り合ったの?」
「どこでというか、ミサンガのアドバイスをくれたのはフクキタルだよ」
へぇ、なるほどね?
私にプレゼントしたのが他の女からの意見ね……。
「な、なんかステラさんの雰囲気が怖くなってきたんですけど!」
「おー気合入ってんなぁ、ステラは調整として、フクキタルはドリームクラスの相手……まぁ本調子じゃないが、経験としてお互いしっかり取り組んで欲しい」
「私のことはフクキタルでいいですよ!」
……なかなか距離が近いな。
まぁ気にせず柔軟をしていく。
足や手の感覚を確かめながらゆっくりと動かしていく。
急にフクキタルが声をかけてきた。
「ステラさんは愛されてますねぇ」
「急ね、まぁトレーナーからは大切に思われてると思ってるけど」
「昨日の夕方に連絡が来て併走相手をしてくれないかって、頭まで下げられちゃって……ちょうど私のトレーナーさんもチームのメンバーのために遠征でいないので、許可だけもらって走りに来たんです!」
柔軟を終わらせてコースに向かう、トレーナーがここまでしてくれたんだ、しっかりと取り組んで得られるものは得よう。
おそらく今の私とフクキタルはそうかわらない、もっとレースの感を取り戻さなくては。
ターフの上に並び、併走を開始する。
やはり差ができない……スピードを上げてみる。
差はかわらない、いや、少しずつ開いている……私が置いて行かれている。
速いわけじゃない、私のスピードが落ちて行ってるわけでもない。
……結局なんどやっても差は埋まらず勝てなかった。
私自身が思っていたよりも衰えはすさまじいことだけはわかる。
タオルで汗をぬぐい、水を飲む。
次が最後の併走だ。
「ステラ」
「?どうしたのトレーナー」
「右手、出してくれるか?」
?いったいなんだろう?
ミサンガがほどかれて、もう一度、固く結ばれる。
「かなりきつく結んだ、これなら絶対ほどけない……だから安心して走れ!」
「……わかった」
気が引き締まる、気合が入った。
体が火をともしたように熱く感じる。
「お待たせ……フクキタル、最後の併走よろしくね?」
「ッ……お願い!します!」
もう一度横に並んで走る。
なんでトレーナーがああしたのかは私にはわからないけど……なんだが足が軽い。
フクキタルがスピードを上げるのに合わせてスピードを上げていく……。
私は無意識にセーブをしていたのかもしれない。
足に力を込めて地面を踏みしめる……入れた力の分だけ加速したようにスピードが上がる。
完全にフクキタルを抜き去ってゴールに設定した場所を走り抜けた。
「ありがとうフクキタル、何かつかめた気がする」
「なら……よかったです、私も見えた気がします!」
しばらく、座り込んだままで動けなかった。
トレーナーが走ってくる。
「大丈夫か?二人とも、最後の併走だけ全体通してラップタイムがかなり速くなっていたぞ」
「プレッシャーが怖くて……」
「プレッシャー?私そんなに威圧してた?」
自覚がないが、今まで私が先に仕掛けていたのに今回はフクキタルが最初に動いたのが物語っている。
「まぁとにかくお疲れ様、フクキタルもありがとうな」
……
しばらく会話をした後にフクキタルと解散して、トレーナーと二人だけになる。
録画してた映像を見るとコーナーでスピードが落ちている。
「ただ走るのとは違う、誰かと駆け引きをするってなるとスピードが落ちるようでな……やっぱり、どこかで怖いんだと思う」
「……大丈夫か?」
「ううん……今は大丈夫、トレーナーがミサンガが付けなおしてくれたから」
固く、固く結ばれたミサンガはなぜかあったかく感じて……少し気分が軽くなる。
「まだウィンタードリームトロフィーまでは時間があるから……今のままじゃ、終われない」
「あぁ、わかってる」
自分の現状を確認して、目をそらしたくなるが、そらさない。
打ち勝たなければ進めない。
まだ気が付いただけなんだ。