俺が出したトレーニングをステラは弱音一つ吐かずにこなしていく。
怪我はさせない、出したトレーニングはギリギリを見て作られた完璧といえるようなトレーニングだ。
だが疲労は溜まっていく……それを何とかするのが俺の仕事だ。
ステラの足をマッサージしていく、彼女達の足はガラスと揶揄されるように繊細で……壊れやすい。
する側も知識と技術がなければ許されないだろう。
「あぁぁぁぁぁぁ」
おっさんみたいな声出すなぁ……。
顔はとけるようにだらしなくなっている。
「……あまり情けない声出すな、乙女がしていい顔じゃないぞ」
「いいのいいの……どうせトレーナーしかいないし」
こうして疲労をためないようにしてやらないと、彼女たちの足はいつどうなるかわからない……怪我の可能性は極力ゼロであるべきだ。
「いくら俺とステラしかいないからってあんまりはしたない声は出すもんじゃないぞ、急に誰か来たらどうするんだ」
「ここに人が来ること自体が稀だから大丈夫だよ~……んっ」
ステラの口から色っぽい声が漏れる……いや気のせいだろう、そんなことはない。
邪念を振り払いながら少し焦ってマッサージを終わらせる。
「よし!今日はこれで終わり!さっさとシャワー浴びて休め」
「ん~」
今日は少しだけ終わるのが早めだ、ゆっくり休めばなんとかなるレベルではあるがステラの足の消耗が想定より多い。
だが急激に変化しているのも事実だ、併走などで確かめれればいいんだが……。
「併走してくれそうな相手は無し……か」
うーむ……俺の評価もそうだが怪我直後とはいえG1をとり今からドリームトロフィーってレベルのウマ娘の相手をしてくれなさそうだ……。
いやまてよ……一人だけ協力してくれそうなのがいたな。
自室から出ていく……ついたのは占いをしてくれそうな場所だ。
「マチカネフクキタル、いるか?」
「あれ?ステラさんのトレーナーさんですよね?どうかしました?」
「頼みがあってな……明日、ステラと併走をしてやってくれないか」
「併走……ですか?」
身勝手な頼みだが、マルゼンやルドルフには頼みにくい、協力してくれるだろうが、手加減をされすぎればこちらの経験として活かせない。
フクキタルに頼るしかないのだ。
深く頭を下げる。
「明日は空いてはいますが……って頭をあげてください!!!」
「俺の人徳のなさが原因だが、フクキタルが適任だと思ったんだ……頼む」
「わかりました!わかりましたから!と、とりあえずトレーナーさんに連絡とって確認してみます」
フクキタルはウマホを取り出して電話を使う……。
しばらくしてからウマホを外すと、ニコリと笑った。
「おっけーでました!明日は併走に協力しますね!」
「本当か……!ありがとう……!」
胸をなでおろす。
フクキタルに集まる時間を伝えて部屋に戻る。
……予想でしかないが、おそらくこれでステラが何かつかめるかもしれない。
ただトレーニングをこなすのではなく、誰かと競うというのは気づけることも多い。
明日の準備だけはしておかないとな。
……
扉がノックされる……フクキタルだな、伝えた時間よりもかなり早いが。
「ずいぶんと早いな、どうかしたか?」
「……聞いておこうと思いまして」
聞いておきたいこと……なんだ?正直予想がつかない。
「トレーナーさんは、ステラさんを……どうしたいんですか」
ステラを?
言いたいことがよくわからない、質問の意図はなんなんだ。
「私はステラさんのレースが好きです、かっこよくて……希望をもらったこともあります、ですがあのトレーニングを見たり、ウィンタードリームトロフィーを目標にするなんて聞いて、私は……はっきり言って信用してません」
「……なるほどな」
「ミサンガの時の話でトレーナーさんがステラさんのことを考えてくれているのはわかりました、ですがとてもレースに勝たせるための日程とは思えなかったんです、なにもウィンタードリームトロフィーじゃなくてもいいじゃないかと」
「……‥あまり広めてくれるなよ」
逃げ場がない、正直むやみやたらに話したくないというのが本音だが、言わなければ信用もされないだろう。
「ステラはおそらくこれ以上の成長が見込めない、そして足はいつ壊れるかわからない」
「な、なんですかそれ!なんの冗談……冗談じゃないんですね」
「ウィンタードリームトロフィー以降を走ったとしても周りとの差は開いていくだろうな、ステラもそのことを理解しているようでな……ウィンタードリームトロフィーを目標にした」
苦虫を嚙み潰したような気分だ。
最悪な気分が体を蝕み、言葉を出すのに一苦労する。
「ウィンタードリームトロフィーを勝たせてくれ、そう願われた以上は……全力で支え、助け、共に歩むのがトレーナーの役目だ」
「……わかりました、ありがとうございます」
「そろそろステラが来ることだろう、暗い話はやめにしようか」
そういったタイミングで扉が開かれる。
「来たかステラ、柔軟をしてからコースに来てくれ、今日は併走だ」
「ステラさん!よろしくおねがいします!!!」
フクキタルをみてステラが驚いた表情をしている。
「トレーナーはどこでフクキタルさんと知り合ったの?」
「どこでというか、ミサンガのアドバイスをくれたのはフクキタルだよ」
わぁ、急にオーラというか風格が出てきた、どうしたんだろうか。
まぁやる気になってくれることはいいことだ、頑張れフクキタル!
「な、なんかステラさんの雰囲気が怖くなってきたんですけど!」
「おー気合入ってんなぁ、ステラは調整として、フクキタルはドリームクラスの相手……まぁ本調子じゃないが、経験としてお互いしっかり取り組んで欲しい」
そういってすぐにフクキタルがステラに距離を詰めに行く。
うーん、なんというか全体的に距離が近い、でもステラはぐいぐい来られるのは別に嫌いではないのかまんざらでもなさそうだ。
「私のことはフクキタルでいいですよ!」
二人が柔軟をし始めたので先にコースまで行く。
併走用のコースでそこまで距離はないが、走らせてみるならうってつけだ。
コーナーが目に入る……一番の問題点だ。
ここを超えなければウィンタードリームトロフィーを勝つなど夢のまた夢になってしまう。
……
二人がコースにやってくる、心なしか距離が縮んだか?
なんにせよここで勝負どころの感を取り戻してもらわないといけない。
……計測を始めてすぐに違和感に気が付く、ステラの走りにスピードが乗っていない、体がこわばっているように見える。
スピードが落ちた、落ちたのは……コーナーか。
予想通りだが打開策はない、どこかでステラ自身が踏ん切りをつけなければ解決にはつながらないだろう。
なんどかやったところでステラが水を飲むためにこっちに戻ってくる。
「ステラ」
「?どうしたのトレーナー」
「右手、出してくれるか?」
もし彼女が走ることでもう一度怪我をすることを不安がっているなら、そうすべきだと思った。
ミサンガを外して、もう一度付けなおす。
怪我をしないように、絶対にほどけてしまわないように、固く結ぶ。
「かなりきつく結んだ、これなら絶対ほどけない……だから安心して走れ!」
少し驚いた顔をしていたがすぐに目が競技者の目になる。
「……わかった」
雰囲気が、かわった。
ビリビリとプレッシャーを肌に感じる。
再び二人が並んで……走り出した。
ペースが早い、だが全く差はできない、ステラのスピードが上がっている。
フクキタルが先に仕掛けるがステラは食らいつくどころかさらにスピードがを上げていく、コーナーでスピードが落ちるどころかどんどん加速していく。
フクキタルを抜き去り、ステラは先にゴールに入った。
吹っ切れてくれたのだろうか。
二人のところまで近づき声をかける。
座り込んだままで、相当疲れているようだった。
「大丈夫か?二人とも、最後の併走だけ全体通してラップタイムがかなり速くなっていたぞ」
「プレッシャーが怖くて……」
「プレッシャー?私そんなに威圧してた?」
自覚がないのが驚きだが、あのプレッシャーに当てられては並のウマ娘どころかG1級ですらペースを崩しかねないだろう。
「まぁとにかくお疲れ様、フクキタルもありがとうな」
次は撮っておいた映像と記録を見直しながら反省会だ。
……
最後の走り以外スピードが乗らずにずるずると落ちている。
ステラは自覚しきれていないようだった。
「ただ走るのとは違う、誰かと駆け引きをするってなるとスピードが落ちるようでな……やっぱり、どこかで怖いんだと思う」
「……大丈夫か?」
「ううん……今は大丈夫、トレーナーがミサンガが付けなおしてくれたから」
ミサンガに触りながらそう言われて少し照れ臭かったが、きっかけになってくれているなら喜ばしいことだ。
「まだウィンタードリームトロフィーまでは時間があるから……今のままじゃ、終われない」
ステラの目つきが変わる。
「あぁ、わかってる」
まだ走れるようになっただけのレベルだ。
ここから今行ける最高まで目指さなくてはならない。
遠い、道のりだ。