いつもと変わらない時間に目が覚める。
体調は……変わらない。
変わらない、そのはずなのに自分自身のどこかで違和感が芽生えてくる。
今日の日付に〇が書かれてカレンダーに触れる。
来てしまったんだ、この日が。
焦がれと同時に逃げたいとも思うこの日が。
準備をしてトレーナーの部屋へ向かう、どうにも落ち着かなくて早く顔が見たいと思った。
乱暴に扉を開ける。
「ステラか?どうした、行きは車で向かうからそっちで集合だって話してただろ?」
「いや……なんか違和感があって」
「!?足か?どこか怪我したのか?大丈夫なのか?」
ノータイムで足に触れてくる、何の抵抗もしないがこれが自然になるのって良くないのでは……?
「いやそうじゃなくて!……言葉で言い表しにくいというか、でも足は大丈夫だから」
「本当か?……ならいいんだが、違和感か」
トレーナーが困ったように顔上げて、こっちを見てから納得したような顔をした。
「顔、笑ってるぞ」
「え?」
そんなことはないと思いたいが……窓まで近づいて自分の顔を反射で見る、疑いようのないほどにやりとしている。
「楽しみなんだと思うぞ、自分で隠せないぐらいに」
今日は……ウィンタードリームトロフィー当日だ。
「さて、車に向かおうか、行こうステラ」
トレーナーがそう言って外に向かっていった。
後を追いかけて、車に乗り込む
学園からレース場に向かう。
結構見てきたはずの景色がどうにも違って見える。
緊張を……しているのだろうか。
……
ウィンタードリームトロフィー、開催。
そう書かれたポスターと並んだ出場バ達をみる。
全員が鋭く、強い目をしている。
心のどこかで楽しみにしていたことを自覚すると鼓動が早くなるのを感じる。
私は別に競うことが特段に好きというわけではない。
勝つ方が好きだと思う。
だけど胸が躍らずにはいられない。
それほどまでに自身の中にある興奮と熱狂を抑えられないままでいた。
まだレースの開催時間には早い。
勝負服、久しぶりに着るな。
やっぱり落ち着くというか体に馴染む感覚がある……柔軟で軽く体を動かしても違和感はない。
「トレーナー、着れたよ」
「入るぞ……似合ってるな」
まっすぐ言われたことに少し照れてしまいそうだ。
さっさと行ってしまおう。
「それじゃあ私パドックに向かうから」
「ちょっとまってくれ……ずっと忘れてたしな、ステラ、頭下げてくれるか?」
なんだろう……?ゆっくりと頭をトレーナーの方に下げる。
「耳触るぞ」
右耳に手が触れられる、これって……。
「耳……飾り」
預けたままでつけてなかったんだっけ……。
久しぶりにつけられたはずの耳飾りはなんの違和感もなく、いつもその場にあったようで……なんだか温かかった。
「よし……さぁ行ってこい!」
「うん……見せつけるよ」
私の人気はルドルフ、マルゼンに次いでの三番目だ。
二人ほどの期待はされていないだろうし、どちらかと言えば勝ってくれたら面白いだろうという面の方があるだろう。
パドックに立ち観客の前に姿を現す……ルドルフやマルゼンほどではないが歓声が上がった。
ここから先はレースですべてを語ってやろう。
……
ゲート入りが近づいている。
「いいレースにしよう、必ず」
「私が勝ってあなたをもう一度走らせるわ」
「負けないよ」
二人から声をかけられた一言をあっさりと返す。
ゲートの前に立つとざわざわとした胸騒ぎがして……。
目をつむってイメージを繰り返す……競う相手と、自分自身。
……追いつけない、抜かれていく。
誤魔化しきれない恐怖、胸の内に隠しきれてるとおもってた恐怖や不安……。
そんな想像が瞼の裏をよぎって……目を開ける。
そんなものはまやかしだ、現実を変えてやる。
ゲートに全員が入る。
……今だ!
スタートは完璧、なのは当然といったようにマルゼンがあっさりと先頭に立つ。
先行集団の先頭、マルゼンよりも三バ身離れた位置につけている。
だが後続の先行組が少しスピードを上げている、一体何が……?
肌にビリつく感覚がある、なるほど……これは確かにスピードを上げたくなる。
この圧倒的なプレッシャー、確認など必要ないな。
自分のペースを保ちながらひたすらに進んでいく。
ここでペースを崩してしまえば勝ちなどありえない……。
ナイフを首元に突き付けられているかのようなプレッシャー……にも拘わらず先頭を進み続けるマルゼンはペースを乱すどころか脅威的な速度を保っている。
引き離されるつもりはない、絶対に逃がすものか。
もどかしいが足を溜めて一気に抜ききらねば勝ちなんてありえない。
チャンスは一瞬、私の勝負は第四コーナーからだ。
私の武器はインをつく走りだが……マルゼンは恐らくインを詰めさせてはくれないだろう。
……理想を言えばコーナーから勝負したいが、おそらくコーナー後だろう。
ルドルフとマルゼン……そこに私が立つために、今できる理想で走るしかない。
淀みなくレースは進む、走り慣れた距離だったとしてもプレッシャーに耐えかねてペースを乱していたウマ娘は徐々にスピードが落ちてきている。
いつもより長く感じる……音が消えて、自分の呼吸しか聞こえない。
瞬きをすると……あれが見えた。
自分自身、私に背を向け、一瞥もせずに前を走っている。
負けない……負けたくない!
ルドルフに、マルゼンに、そしてなにより自分自身に!
最終コーナーに差し掛かる……ここから加速を。
できない……?なんで?足が回らない。
ペースは完璧だった、位置も悪くないはずだ、恐怖もないはずだ!
違う、衰えだ。
怪我の復帰からたったこれだけの期間でイメージする自分になれるなんて甘えなんだ。
ガス欠な体が悲鳴を上げていることに、自分自身が自覚した。
マルゼンに追いつく、ルドルフを離す、そう思っていたのに。
最終コーナーを抜けるころにはルドルフに抜かれた。
徐々に諦めの二文字が迫ってくる。
嫌だ、負けたくない。
足が痛みを訴えて走ることに抵抗してくる。
もう……ダメなのかもしれない。
自然と視線が下に向いてしまう。
「ロスゥゥゥゥゥゥ!!!!!」
馬鹿でかい声、急に背中を叩かれたような気がして顔が上を向く。
視界が通り、前が見える。
勝ちたい……勝ちたい勝ちたい!
「わた、しはぁ……!」
息が苦しい、酸素が肺に回っていないような感じがして、視界が狭く見えてくる……でも、それでも足は止まらない。
「ただ一人で勝つんじゃない!あの人と……トレーナーと笑って勝ちたいのよ!」
足に力を込める。
両足から激痛がする、右手から感触が消える。
「っ!ああああああ!!!!!!!」
二人に並ぶ……並ぶつもりなんてない!
一歩前にでて……。
ゴールに入った。
呼吸ができない、前が見えない、視界が端から黒くなっていく。
「ロス!ロス!」
聞き覚えのある声がして……そこで意識が、おちた。