星は暗闇で輝く【完結】   作:一口さん

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T4、協歩

 彼女はまだ諦めていなかった。

 彼女の言葉は重く、ゆっくりと頷く。

 

「また、よろしくお願いします」

 

 記憶がない俺が、ここまで覚悟を決めている彼女を支えることなんてできるんだろうか。

 情けない言葉は胸の中にしまう……勝たせるのが俺の役目だ。

 

 ……

 

「トレーナー、パソコン借りたいんだけどいいかな?」

 

「あぁ、構わない」

 

 ロンリーステラにパソコンを貸す。

 彼女が出て行ったあと、なぜかため息がでる。

 ……記憶がないというのは想像以上につらい。

 幸いあったころに書いた分厚いトレーニングメニュー、これのおかげで当面はなんとかなるだろう。

 彼女の目は本気だった、だけど俺はどうだ?

 記憶を失ったのは紛れもない事実で、どうしようもない現実だ。

 ……逃げたい、と思っていないわけじゃない。

 今の俺からしたら彼女は初対面となんら変わりない、話しやすいと感じるのは彼女自身の人当たりがいいからだろう。

 彼女の足が治るまでの期間、これを無駄にするわけにはいかない。

 治るまでに彼女の情報を頭に叩き込まなければならない。

 戸棚から一番分厚いファイルを取り出して、中身を広げていく。

 ファイルの中身は、全て彼女のレースや日々のトレーニングをまとめたものだ。

 

「やっぱりな」

 

 俺には一年サブトレとして働いた時期がある。

 その時から任された子の分は全てまとめるようにしていた。

 それと同時に確信になるものがある。

 

「消えたのはロンリーステラの記憶だけ……か」

 

 つまり他の担当のトレーナーとして普通に働けてしまうということだ。

 ……帰りのタクシーで見た俺の印象にさえ目をつぶれば。

 ますますどんよりとした感情が頭に浮かぶ。

 広げた紙を机の上に置いてソファに座る。

 中身を取り出し終わったファイルを横にずらすと中から写真がでてくる……。

 全部で3枚、ロンリーステラが2枚と二人で撮ったのが1枚……。

 

「これはダービーのか……」

 

 キラキラと笑顔が輝いて見える。

 とても自然に見えて……キレイだった。

 別の写真も手に取る。

 

「こっちはデビュー戦……」

 

 勝負服を着ていない……紙の中からデビュー戦のデータと全体の写真を見る……うん、デビュー戦の時だな。

 ふと2枚の写真に違和感を感じる。

 花の耳飾りがない。

 

「……先に三枚目も見るか」

 

 三枚目は肩を組むように取られていて、彼女の手にはあの花の耳飾りが握られていた。

 写真だからわかりにくいが、おそらく今よりもきれいだ。

 この時に買ったのか?

 日付がないせいでいつ撮ったのかがわからない。

 おそらくは……。

 

「皐月賞の後、か?」

 

 その時期からずっとつけているようだ。

 彼女の金髪に真っ白な花がよく目立っている。

 花言葉も知らなければ花の名前も知らないが。

 きれいだと……思った。

 不思議な感覚を感じながら、資料を見る作業に戻る。

 走りを録画で確認し、レース運びも確かめていく。

 

 突然扉がノックされて、すぐに開かれる。

 ノックしてからワンテンポぐらいはおいてほしいものだが。

 

「失礼するわね~」

 

「マルゼンスキー?君は海外に行っていたのでは?」

 

「ドリームトロフィーを貰いにきたのと、知り合いが怪我したって聞いて予定よりもはやく帰ってきちゃった」

 

 ドリームトロフィーを……?

 ルドルフを警戒させるつもりだったが思わぬ敵が現れたものだ……。

 スーパーカーと呼ばれるだけの能力の高さ、そしてレース運びも間違いなくトップクラスだ。

 

「思わぬ敵がいたものだな……ここへ何しに?」

 

「あら?ステラちゃんに会いに来たのよ?そんなに警戒しないで」

 

 本心だろうな、宣戦布告も兼ねてるだろうが。

 

「ステラなら今頃寮の自室だろう」

 

「……あなたの記憶の話もルドルフから聞いてるわ、涙トレーナー」

 

「プライバシーの侵害だぞ、そういうのは」

 

「昔から知った仲じゃない、サブトレで何度もタイム計測もしたし」

 

 マルゼンスキーは昔からこうだ……。

 周りをよく見て気を使ってくる。

 それの原因はもとの能力も努力も振り切れてるからだろう。

 併走が併走にならないレベルの、恐ろしい相手。

 

「ところであなた……何をそんなに迷っているの?」

 

 迷う?

 

「急だな、俺は迷ってなんかいないが」

 

「嘘ね、顔に書いてあるレベルだわ、昔からわかりやすいもの」

 

 ……どうしてここまで見透かされるのだ。

 

「『記憶がない俺が彼女の担当をこのまましていいのか、いっそ他の子の担当をしたほうがいいのか』なんて思ってるんじゃない?どう?図星?」

 

 なにも言い返せない、まぎれもない事実だ。

 

「それが事実だとして、何が言いたいんだい?」

 

「あなたはそれいいのかしら?」

 

「俺が?彼女にとって俺がどう思われてるかだな」

 

「そうじゃないわ、あなたはそうやって周りに任せて逃げるつもりって聞いてるのよ」

 

 鋭く刺すような眼光、明らかな威圧だ……じわりと汗が肌をつたう。

 

「俺は……」

 

 言わなくちゃならない。

 覚悟しなくちゃならない。

 たとえ記憶がなくたって、彼女の走りを見直すだけで惚れ込んでしまう。

 きっとこれは失う前からそうだろう、リスクがあれども美しい走りだと、そう思ってしまう。

 

「俺は記憶を失った、でも彼女は俺を信じた……例えわからなくなっても信頼には答えたい、きっとここは失う前から変わらない……俺は彼女を支えてみせる、そこは譲れない信念だ」

 

「あら、急にいい顔つきになるじゃない、これならおせっかいだったかしら」

 

「いや……迷っていたのも事実だ、自分の意志を吐き出せると楽になるものだな」

 

「……ドリームトロフィー、楽しみにしてるわよ」

 

 静かに首を縦に振る。

 迷いがなくなったわけでも、記憶が戻ったわけでもない。

 でも、かすかな希望をつかんだような気がする。

 

「ロンリーステラに伝えておく、玉座から降ろすのが一人から二人になったと」

 

 マルゼンスキーはいつもの笑顔に戻ると、ひらひら手を振りながら部屋を出て行った。

 ……ありがとう。

 広げていた紙を一か所に集めてソファに横になる。

 彼女を支えて、勝たせてみせる。

 ゆっくりと意識を溶かしながら、誓う。

 いい夢が見れるといいが。

 

 ……

 

 ここは……。

 いや、ここには見覚えがある……彼女が転倒したG3。

 俺にその記憶はないはずなのに、その光景が頭に浮かぶ。

 ゲートが開く、いいスタートだ。

 食い入るようにその光景を見つめる。

 レースは流れるように展開していき、ステラが付いた位置はかなりいい位置だ。

 最終コーナーにさしかかる……いや彼女は転ばない、今まで以上に俺が支えてみせる。

 ステラが力強く踏み込んで加速する。

 完璧にコーナーを曲がりきり、内側の隙間に体を突っ込む。

 逃げのウマとは並ばない、完璧に追い抜いて、ゴールに飛び込む。

 まばたきをするとターフは消えて黒い世界が残る。

 ……やってやるさ。

 

 ……

 

 朝日で目が覚める……。

 ソファから体を起こして柔軟体操をする。

 時間は……少し早いぐらいか。

 歩きながら一か所に集めていた紙をぺらぺらとめくる。

 

「おはよ!トレーナー!あっ」

 

 挨拶を返そうと振り向くと……こちら側に倒れ込んでくるロンリーステラがいる。

 

「!?危ない!」

 

 手にもっていた紙を手放して受け止める……だけど衰えた体じゃ受け止めきれなかった。

 せめて彼女を傷つけないように包む。

 俺が下敷きになるように倒れることができた。

 

「ごごごめん!すぐどくから!」

 

「いてて……大丈夫だ、俺のことはいいが足は大丈夫か」

 

 顔をあげる、一瞬だけ見えた彼女の顔は真っ赤なような気がしたが……いちいち確認するようなことでもないだろう。

 

「大丈夫!大丈夫だから!さ、先に紙拾おう!」

 

「そうだな」

 

 俺としては心配だが……勢いが強すぎてそのまま返事を返してしまった。

 紙を何枚か拾ったところで、彼女がとあることに気が付く。

 

「あれ……これって」

 

「俺は記憶をなくしたからな、全部確認してかないと今の君に合わせられない」

 

「なにか……あった?」

 

「マルゼンスキーに叱責されてな、自分の思いを確認した……って感じかな、記憶がなくても俺は君のトレーナーだ」

 

 お互いが顔をあげて目があう、彼女の瞳はまっすぐこちらを捉えている。

 

「君を必ず勝たせてみせる」

 

 君のトレーナーだと、今の状態でも曇りなく言えるように、自分に言い聞かせるようにそう言った。

 

「……うん」

 

 消え入るような小さな返事が、確かに聞こえた。

 

 ……

 

 二人で資料を確認していく、勝ったレースはもちろん、負けたレースも今はより一層必要だ。

 必ず彼女をドリームトロフィーに出せるまで仕上げる、勝たせるならさらに努力しなくちゃならない。

 レースを一つ一つ確認していき、必要なことをさらに抜き出していく。

 ステラと勝つために。

 

 ……

 

 俺が悪夢、あの時のレースを見る数は明らかに減っている。

 あの場所だと、頭の考えは記憶がない今にもっていかれるが、意識するとあらわるのは記憶があるときの感情だ。

 不安や恐怖がステラといると解消されているようだった。

 ……思ったより、俺は彼女に依存しているのかもしれない。

 

 ……

 

 イメージトレーニングに励み、ゆっくりと調整して、時にはマッサージして……。

 一週間がたった時には彼女は走れるようになっていた。

 

「今日は軽く走ってみるだけだぞ」

 

「わかってる、治る前みたいには走れないしね」

 

 返事は帰ってきたが、ターフを見つめたままだ。

 ステラトラインに立たせることはできた、後はゴールまで向かうだけだ。

 俺は諦めない、勝利も、この記憶も。

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