星は暗闇で輝く【完結】   作:一口さん

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U5、再走

 ゲートはないからそのままスタートの姿勢になる。

 ……大丈夫、大丈夫。

 スッと軽く一呼吸置いてまばたきをする。

 もうターフしか見えない、これでいい。

 あとは走るだけ……走るだけ、なのに。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 呼吸が荒くなって、滝のように汗が流れ出てくる、足に力が入らない。

 体は動けないままで、視界はぐんと狭くなっていく。

 視界に映る景色がモノクロ写真のように色を失っていく。

 怖い。

 

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い

 

 あの日の記憶が、あの怪我の恐怖が、足に絡みついてくる。

 

「ステラ!!!!!!」

 

 急に視界が広がって、景色に色が戻る。

 思わずそのまま座り込んでしまった。

 

「大丈夫か!?」

 

「うん……大丈夫な、はずなんだけど」

 

 わからない、頭で理解しているはずなのに。

 きっと走れるはずなのに。

 本能が拒否してくる、走ることを怖がっている。

 足は震えたままで、情けない限りだった。

 

「足、触るぞ」

 

 聞かれた言葉に応えるよりも早くトレーナーは動いていた。

 私をお姫様だっこすると、ターフから離れていく。

 ターフの外に出るとさっきのがうそのように呼吸が落ち着いた。

 

「すまない、おもっていたよりも深刻だった」

 

 謝るトレーナーの顔は真っ青で……。

 コーナーどころかスタートすらできないことが悔しくて……情けないと思った。

 トレーナーは決心してくれたのに、私がその決心を裏切ってどうするんだ。

 座り込んだまま涙が出てきた。

 

「私、もう走れないのかな」

 

 言ってしまった。

 言いたくなかったし言う気もなかった。

 でも口に出てしまった。

 下を向いたまま顔をあげられない、トレーナーの顔を見ることができない。

 

「違う、君は走れるさ」

 

「私は怖い、頭で走ろうと思っても体が動いてくれない、どうスタートを切ればいいかわかってるのに」

 

 黒い感情に押しつぶされそうになる。

 何も考えたくない……。

 

「なら、俺が走らせよう」

 

「え?ってちょっと!?」

 

 またお姫様だっこのままターフに戻る。

 何をする気なのこの人!?

 私を抱えたままトレーナーは走り出した。

 

「よいっしょぉ!」

 

「まってまって!キャアアア!!!」

 

 ウマ娘が走る速度には到底及ばない、それに私が走ってるわけでもない。

 でも……ターフの上の景色が進んでいくのがとてもきれいで。

 もっと、もっと見たい、見ていたい……そう思った。

 

「トレーナー!もっとはやく!」

 

「えぇ?ちょ……っとまって……」

 

 私を降ろしてトレーナーは座り込む。

 

「楽しい……だろ?」

 

「うん!……ありがとうトレーナー!」

 

 やっぱり私は、どうしようもないくらい走ることが大好きなんだ。

 ……もう一度ターフの上に立つ。

 息をたっぷり吸いこんで……スタートの姿勢を取る。

 こんどはターフだけじゃない。

 トレーナーが見える、それだけでなぜか……安心した。

 大丈夫。

 私はターフの上を駆け出した。

 風が気持ちよくて、流れる景色が私を震わせる。

 久しく感じてなかったこの高揚感。

 足が動く、手も動く。

 

「あはっ!」

 

 もっと、もっと速く。

 そう思うのにスピードは上がらない。

 軽く走るだけなのでセーブしたのもあるが……やはり落ちている。

 走っている途中で気が付いた。

 誰かが一緒に走ってる……?

 あの背中、あの走り方、間違いない。

 私自身だ……。

 途方もなく速い、追いつけない……。

 待って……私だって今でも走れる。

 過去に置いて行かれる。

 一周してきてトレーナーの前まで走るころには、私の幻影は消えていた。

 

 ……

 

 何度も、何度も走って……気が付けば夕暮れが近づいていた。

 着てきたジャージが汗でびしょびしょになっている、シャワーのことを考えたらそろそろ終わるべきだろう。

 トレーナーもいいタイミングだと考えていたのか。

 

「そろそろ終わりにするぞー!」

 

「わかったー!」

 

 返事をしてトレーナーの方を見ると、隣にルドルフと……マルゼンがいた。

 

「あれ?二人はなんでここに?」

 

「私はスターちゃんにお話、ルドルフは涙トレーナーにね」

 

「とりあえずシャワーを浴びに行くといい、汗を落とさないと気持ち悪いだろうしな」

 

 トレーナーが渡してくれたタオルで顔の汗を拭いながら返事をする。

 マルゼンが私に話したいことか……。

 

「んーそうする、歩きながらでもいい?」

 

「いいわよ~、のんびり行きましょ」

 

「シャワーが終わったら寮に帰ってゆっくり休むこと!まだ調整してるようなレベルだからな!」

 

 足で地面を叩く、うん、大丈夫そうだ。

 

「今のところは大丈夫、ゆっくり休むね」

 

 トレーナーとルドルフ、私とマルゼンは別々に歩き出した。

 

 ……

 

「で、話って?」

 

「先に聞きたいんだけど、あなた耳飾りは?つけてなかった?」

 

 自分の耳を触る……トレーナーに預けたままなことを思い出した。

 

「トレーナーに預けたまま、つけてくれるって約束……したから」

 

「やだこっちまで赤くなっちゃうわ、いつ付けるようになったの?」

 

「トレーナーが買ってくれたんだ、多分記憶ある時でも覚えてないけど」

 

 少しため息がでる、あの人は鈍感すぎる気がする。

 

「皐月賞のあとにね、髪飾り見てたらトレーナーが急に買ってきたの……驚いたけど嬉しかったなぁ、マーガレットの花飾りでね、花言葉の一つに信頼ってあるの」

 

「花言葉……意外とロマンチックね、もっと社交辞令的な関係かと思ってたわ」

 

「私は……」

 

 多分ここで嘘をついてもマルゼンは気が付くだろうな。

 

「トレーナーのことが、好きだから」

 

「あら……」

 

「そういえば本題って?」

 

 少し恥ずかしくなって話題を変える。

 

「……そのことなんだけど、少し強気で行くわね」

 

 あぁ、なんとなく察しがついてしまう。

 彼女の雰囲気が変わった、レースに出る強者の顔だ。

 

「あなた、そんな走りで本気でウィンタードリームトロフィーを取るつもり?よほどの自信家?それとも私たちをバカにしてる?」

 

「多分言われると思ってた」

 

 隠し事をするわけにもいかないだろう、一度歩くのを止めて自分の足をみる。

 

「うーん、多分っていうか、ほぼ確信なんだけど」

 

 一呼吸置く、私自身あまり実感したくない現実だ。

 

「私はきっと次に走るのが最後になるから」

 

 マルゼンが驚愕の表情をする。

 

「どういう……こと?」

 

「私の体のことは私が一番わかってるってこと、骨折が治ってから違和感はあったけど、今日走って確信に変わったの、骨がね……元の形に戻ったわけじゃないって」

 

「それじゃああなた……」

 

 うん、そうだよマルゼン。

 私はもう……全盛期のポテンシャルは無い。

 マルゼンやルドルフのように強かったからドリームトロフィー行きになってしまっただけで、怪我がなければ私の体はもっと強くなれた。

 でも怪我をして、しかも骨は治りきらなかった。

 つまりそこからの成長は見込めない。

 そこで頭打ち、限界が見えている。

 思考するだけ思考して、沈黙で答える。

 少し微笑んで答える。

 

「多分、ウィンタードリームトロフィーが私の最後」

 

「ッ……そう、なのね」

 

「それじゃあ私はシャワー浴びるから!マルゼン、私は負けないよ……例え限界が決まってても、まだ今の私は限界じゃないから」

 

「……あんまり舐めないで頂戴ね、返り討ちにするわ……それでサマードリームトロフィーでまた戦いなさい」

 

 マルゼンが力強く、そう言った。

 私は答えずにその場を後にした。

 ……私だってできればしたいけどね。

 

 ……

 

 シャワーを浴び終わって。

 布団の中に入る……。

 足の見た目は普通に見える、走っても違和感があるわけじゃない。

 でも、なぜかわかる。

 ごまかすように布団を頭まで被って瞼を閉じた。

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