死がやって来た日
口寄せの術。
それはある程度の実力を持つ忍者ならば、それこそ下忍ですら行使可能な術だ。
そんな誰にでも扱える初歩の時空間忍術であり、さらにその使い方は多岐に及ぶ。故に愛用する忍者は殊の外多い。下忍から影クラスまで、最早使ったことのない忍者はいやしないだろう。
愛用者の多い術と言えば凄そうに聞こえるが、しかしてその扱われ方は所謂クナイや兵糧丸などの忍具に近い。
だがそれは仕方のないことでもある。結局口寄せの術というのは、武器の取り出しや偵察用の獣を呼び出す術なのだ。大型の獣や戦闘特化の口寄せする者もいないではないが、そのチャクラ消費量や契約機会の少なさでは厳しいと言える。
確かに決定力になり得る巨躯や特殊な忍術を持つ忍獣は、とても強力だ。場合によっては一騎当千の働きをしてくれるはずだ。とある仙境に住むと言う蝦蟇や蟒蛇が目の前に立ち塞がったなら、その絶望はひとしおだろう。
そんな大物を呼び出せるチャクラがあるなら、という点に目を瞑れば──────。
どの国にも属していない、隙間の様な山間にある小さな住処。近くの川と開墾した畑、そして月に一度街に行くというこじんまりとした生活を送っている一家がいた。
いや……正しくは一家ではなく、その三人だけの一族がいた。
寄木一族。
それが彼らの血の名前だった。
遠く戦国時代からある古き血ではあるが、戦乱の中に消えた……消えたとされていた一族の終着点。
彼らは誰にも知られず、血と術を守っていた。
そう、守っていた。今日までは。
「やっぱり大したことないわね。所詮は口寄せの術しか使えない劣等一族だわ」
「カフッ……! 鵺……逃げろ……!」
病的なまでに白い肌と蛇の様な目をした人間が、血の海の中悠々と立っていた。そしてその手には、つい先ほど男を切り裂いた草薙の剣が握られている。
倒れ伏して己の血の中に沈んでいる男は、家の奥壁で震えている一人娘に逃げろと叫んだ。彼の横には既にこと切れた妻がいた。
自分の娘もこうなると恐怖し、必死に叫んでいた。
「ヒッ……!」
ギョロリと蛇男の眼が突き刺さる。大凡経験したことのない寒気に襲われ、少女は震えることしかできない。
「ふん、寄木一族には秘伝の術があると聞いたから来たのに……死に掛けても使いやしないなんて。とんだガセネタだったようね。期待外れだわ」
蛇男は失望したように吐き捨て、倒れている男の背中にもう一度刃を突き立てた。それで男はこと切れた。
今ここにあるのは蛇に睨まれた、憐れな雛鳥のみ。
そして今、その雛鳥さえも毒牙に掛けられようとしていた。
「まぁいいわ。子供の死体は不足していたし、実験体くらいにはなるでしょう。安心して逝きなさい」
「い、いやぁ!」
眼前に迫った刃を、転がる様に避ける。無様だが、生きている。
少女は今際にて、古い忍者としての血を活性化させた。何としても、生き延びるために。死にたくないと叫んで!
「く……口寄せの術!」
父と母に教えてもらった、たった
そして勢い良く地面に叩きつけ、その存在を呼び出した。
「増えろ!」
そしてもう一つの術も、発動する。
「な、何よこれ!」
驚愕の声が
「口寄せの術!」
連続してもう一つの存在を呼び出す。それは丸々と育った熊だった。
「家を壊していい! 行って!」
熊は鵺の言葉を聞くや否や、彼女を背負い壁に突進する。頑丈な造りではない家の壁はすぐさま砕け、彼らは勢いよく外へ逃げ出した。
「クソ! 小賢しい真似を……!」
蛇男は手に収まった
(妙な術を使ったわね……! もしかしてあれが秘伝の術……?)
彼女がやったことは至極単純だった。
白い鳥が口寄せされると同時に、一つ命令を出した。『増えろ』と。
それが白い鳥に仕込まれた術のトリガーになっており、一瞬にして白い壁が出来たのかと錯覚するほど増殖したのだ。しかもそれは幻術などではなく実体で、その質量に圧倒された。
そしてその隙を突いて、口寄せされた熊が少女を担いで家を脱出した。その際も熊は号令と共に、いくら脆そうとは言え三人の人間が暮らしていた家を一撃で粉砕したのだ。明らかにその膂力は増強されていた。
「今なら……いや、少し時間を掛け過ぎたわね」
口寄せされた鳥とは言え、増える以外大した技能は無かったため一蹴するのは容易い。しかし初動の遅れと風遁による破壊の残滓が収まるまで、あの少女が逃げる時間は稼がれたと言えるだろう。
さらに言えば、あの分だと逃走用の口寄せも用意してあるに違いないと、蛇男は推測した。
「まぁいいわ。次見つけた時は……容赦しない」
不機嫌そうに鼻を鳴らし、最早廃墟となった家を去る。
その場にあった生命の吐息は、消え去っていた。