裏社会には、まっとうでない仕事がそこら中に転がっている。それは主に後ろ暗い用心棒業であったり、人攫いや盗み……果てには殺しまで暗色過多なものばかりだ。
しかしその代わり、単価が高いのも裏社会での仕事の特徴だ。それもそうだろう。命の危険がある仕事を二束三文で受ける者などいないのだから。
火の国における表の社会では動き辛いと思っているので、自然と裏社会へのコンタクトは知らぬ間に多くなっていた。
特にここ最近、水の国へ行く手段を探していた時がより顕著だ。
そして今、鵺は再び裏社会の縄張りに足を踏み入れていた。ここには忍者もいない──────逸れ者の弱い忍者はいるかもしれないが、鵺は認識していない──────ので、彼女も多少安心して踏み込めると言う訳だ。
彼女は最近知ったことだが、案外この世界には忍者が蔓延っているわけではないらしい。
「ッ! 何の用だガキ……」
「ガトーカンパニー関係のお仕事……ある?」
気丈に振る舞っているが、声の震えが収まっていない男に鵺は尋ねる。彼はこの港町周辺を縄張りにしている情報屋兼斡旋者なのだが、その恐怖は隠せていない。
どうやら初めて会った時に彼の用心棒をニ、三人茶鬼丸が叩き潰したのがよほど怖かったらしい。
『あれは彼が悪いのです。鵺を侮って、あまつさえ人買いに売り飛ばそうとしたのですから』
別段鵺は最初から乱暴をするつもりはなかった。と言うより、そもそも彼女はそこまで好戦的ではない。
あくまで必要だから……そして自分を守るためにその力が振るわれるわけで。
だからこそ向こうが手を出して来たのだから、こちらも出して構わない。そんな思考が成り立つのである。
それが少々過剰な防衛……具体的には問答無用で三人の命が消えることになっても、間違っているとは鵺は思わないのである。
そしてそれを諫めるモノは、家族の中にはいない。
何故なら彼らは皆、最終的には鵺の判断を是とするのだ。ある意味不幸な境遇だと言えるほどに。
鵺が情報屋の男をジッと見つめていると、彼は黙って一枚の紙を差し出した。
さっさと帰ってほしい感情がそこには滲んでいた。
「ガトーカンパニーの用心棒……ついでに民間人の暗殺……」
確認する様に読み上げるそれは、相場に疎い彼女でも分かるほど好待遇な仕事だった。
これなら水の国へ渡った後でも、十分真っ当に活動できる資金は残るだろう。鵺はこれを受けると即決した。
「これ、受ける」
「……分かった。依頼を達成したら、その報酬金の20%を仲介料として持って来い。それがルールだ、覚えてるな?」
「うん、分かった」
鵺は男の言葉にしっかりと頷く。彼女は良くも悪くも素直であり、ルールだと言われれば余程自分に損があったり嫌でなければ従うのだ。
そしてそれを情報屋はこの数週間で学んだのである。まぁだからと言って彼女を御せるとは微塵も思わず、なるべく関わりたくないのが本音なのだが。
何せ情報料と引き換えに頼んだとあるマフィアの暗殺において、彼女が持ってきた死体は頭部から下が茶鬼丸に潰されてぐちゃぐちゃだったのだ。
ナチュラルにイカレていると直感した彼は、彼女に深入りするのを止めた。
裏社会で生きるには、そういう勘が大事なのだと、彼は痛い程知っているのだから。
そうして裏路地から出た鵺はその足で港町から船に乗り、波の国へ向かった。
この船と船頭はあの男が用意したモノであり、その運用資金は依頼の前金から出ている。
鵺は知らないことではあるが、彼は常に依頼の前金として報酬の20%を先に受け取っている。そしてその半分を懐に入れ、もう半分を任務遂行の資金に当てているのだ。
そこからさらに達成後20%取るのだから、実質的に60%しか請負人に支払われていないのである。
この仕組みを知っている者には素直に前金を渡しているが、鵺は知らないので渡されていない。
裏社会において、自分を守ってくれるのは自分だけだ。知らない、あるいは弱いことにおいての損害は、全て自分が支払わなければならないのである。
『いい仕事がありましたね、鵺』
「うん。それにとっても
そんなこともつゆ知らぬ彼女たちは、ゆっくりと進む木製の手漕ぎボードの中で話していた。漕ぎ手などの傍から見れば、全身をフードローブで覆っているため見えぬ誰かと話しているように見えて非常に不気味だ。
「おい、着いたぞ」
「ん、ありがとー」
と、そうこうしている内に波の国へ到着した。目立たぬ場所に船を止めた船頭にお礼を言って、鵺は橋下から這い出る。
そして薄っすらと出ている霧が少々うざったいが、鵺は努めて気にしない様にしてガトーカンパニーへ向かう。
『何だか寂れてますね』
「そうだね」
あまり興味の無さげな、そんな無感情なことを呟き……波の国の街並みを横目に見ながら。